【ショートショート】『夜釣り』
近所の防波堤まで夜の散歩だ。
今夜も夜釣りの連中の影が見える。
皆から離れた場所でぽつんと一人、男が釣り糸を垂れている。
「釣れますか?」
「全然だね」
「何を狙ってるんです?」
「ぎたいうお」
「ほう。釣れるといいですね」
つい、知ったかぶりをしてしまった。ぎたいうおとはなんだ? この地方での方言呼称だと思うのだが、どの魚を差すのかわからない。
あくる日も男はそこにいた。
明るいと思ったら今夜は月がでかい。
その日は男の方が待ち構え得ていたようだ。
「やっと釣れたよ。見るかい?」
手招きされてバケツを覗き込む。
暗くて良く見えない。
男は人形を持つみたいにそれを掴んで持ち上げる。
「人魚?」
魚と思ったがおもちゃの人形のように見えたのだ。
「擬態魚さ。捕まえられた相手に気に入られるように擬態して生き延びようとする。俺たちはカメレオン魚って呼んでる」
「では、なぜ人魚に擬態を?」
「こいつは俺の波動を読み取って、これが一番気に入られる姿だと察知したんだ」
見る見るうちに下半身のヒレは人間の足へと変わっていった。綺麗な足だった。人魚の姿は、まだ擬態の途中だったのだ。そして小さいが綺麗な女性になっていた。
「うーん、波動の読み取りがまだまだ甘いな、こいつは。まだちょっと若いのかも知れないな」
男は気に入らない様子だ。
「持ってみなよ。気に入ったらやるよ」
手渡されると女性の顔や体つきが徐々に変化していくのがわかった。
「あっ」
僕は驚きのあまり言葉が出なかった。
男は僕の手の中の擬態魚を覗き込むと言った。
「やっぱり、こんなんじゃ気に入らないよな」
僕の手から乱暴につかみ取ると海に放り投げた。
「ええー」
めちゃくちゃ好みのイケメンだったのに。
なんてことを。
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