猫のいない家 #呑みながら書きました
ずっと書こうと思っていた根野の話、じゃなくて猫のはなしをこの際書いておこうと。もう先月のことになってしまったが家の猫が逝ってしまった。というのも十七年もうちにいた猫だったから。いなくなるとやっぱり寂しい。
子供たちが巣立ってから数年たつが夫婦二人でも間が持ったのはこの猫のおかげだったろう。動物用の火葬施設に妻と二入で値を猫を運んでいたった。私はそのような所に行くのは初めてだったが妻は三回目だった。同じところで火葬してもらっていて全て猫で三回目だった。
いつもは都万妻と娘がいればっ娘が付き添って言ってもラテ貰っていた。にとの人の火葬もそうであるが待ち時間の手持ち豚さは何ともしがたいものがある。幸いなことにそこの待合s津室にはコーヒーサーバーがあってヘビードリンカーのわつぃ私には有難かった。コーヒーを丁度二杯のも終わった時、終わりましたと係りの人が呼びに来た。
動物用の骨壺に骨を二ロッテ拾って収めた。初めに係りの人に坪野壺のサイズを聞かれた。最初に持ってきたのでサイズ的には良さそうだったが妻は魔園医、、前に使ったのはもっと千沙かった小さかったと小声で言った。でも見るからに小さすぎるような気がしてちょっと大きめのやつにした。
入れてみると丁度収まった。猫んオの大きさに寄るかも知れないねなどと言いながら車に乗って帰った。
いrに帰って前の猫の骨壺と並べて置くとやっぱりワンサイズ大きかった。なので小さい二つの間に新しい大きなやつを置いてオリンピックの表彰台みたいな祭壇もどきになった。
いいんじゃない?大姉だったから貫禄あって。妻はそういった。不思議に納得している私がいた。
では、素敵な新年に乾杯!
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