『白い世界が続く限り』 第十五話【クレーシャ】

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第十五話

 思いがけず始まったあきふゆレッスン。ハの字しか出来ない私に足を揃えて滑れと言う。
「大丈夫大丈夫!ほとんど出来てるし、誰しも通る道だから!」
 そりゃ、足揃えて滑れればカッコいいじゃん?だけどまだ始めて1日とちょっとだよ?
「しおさんレッスンで、斜めに滑るのやったよね?」
「斜め…あぁ、やりました。」
 確か、ただまっすぐ横見て滑ってくやつ。佐久穂でそれを何度か繰り返しやって結構滑れるようになった。
「それをさ、まーっすぐ滑って段々横見てくの。そうすれば斜めに行くから。やってみ?」
 と、あきふゆさんはお手本のように滑っていく。最初にまっすぐ下に滑って、緩やかに曲がって端までまっすぐ。
 とりあえずやってみる。滑って横……横……ゲレンデ方向だった進行方向が徐々に横になって、斜めに滑っていく。
「そーそー!そんな感じ!」
 離れた所からあきふゆさんが声をかけてくれる。斜めに滑れれば怖さは無いな。
「逆もやってみ?」
 またお手本が先に行く。ん?こっちの方がやりやすい気がするぞ?
「さっすがいつみん!出来てる!じゃあね、バレーでもやったと思うけど、反復横飛びあるじゃん?あれをゆっくりやる感じでさっきの曲がり始める時にやってみ?」
 反復横飛びって、あの左右にサッサと跳び続けるヤツだよね?部活でイヤって言うほどやったな、あれ。バレーだとあれにレシーブも加わるんだよね、嫌いな練習だった。
 またお手本が先に滑る。お、すっと曲がった!
「やってみー!?」
 じゃ、じゃあまっすぐから曲がり始めですっと……おお、曲がった!
「それそれ!ぐぐっとする感じで面白いでしょ?」
 確かになんかぐぐっとする。そうするとグッとした方向と逆にバネみたいに反発があって曲がってく。
「それをさ、タイミングよく左右にやってみ?曲がれるから。スケートの感覚も見つかればいい感じになれるよ?」
 そのいい感じは割と簡単に感じられた気がする。凄い、ハの字でなくて曲がれる!
「ね、できるでしょ?」
 滑りながらあきふゆさんが話し掛けてきた。
「で、できてます!?」
「出来てる出来てる!そのまま慣れちゃえばグラトリも余裕だよきっと!」
 そう言ってスーッと後ろ向きで滑ってくあきふゆさん。私は足元の新しい感覚に感激しながら追い掛けていった。

 試乗会ブースに戻って早速しおてんさんが話し掛けてきた。
「お疲れ様!どうだった?」
「凄くいい感じです!あきふゆさんのおかげで足も揃えて滑れました!」
 なんだか誉めて欲しくてそう言うと、
「お、凄いじゃん!先週の時点でほぼできてたしね!それ出来れば他の板も色々楽しめるよ!」
「そうなんですね」
「今乗って貰ったオーバードーズは足揃えて滑りやすい板だしね。安定感あるし。」
「そうです!その辺に凄いの違いを感じました!」
「となれば……一回イノセント乗ってきてみな?格段に進化してると思うよ?」
 進化?
「まぁ騙されたと思って。ちょうど今、試乗板もほとんど出払っちゃってるから」
 さっきまでずらりと並んでた板は今は少ししかない。長いのと、黄色いのとあきふゆさんが乗ってたのと私の赤いのと前に借りたイノセントだけだ。
 そのあと……あきふゆさんが赤いの、オーバードーズに乗りたいということになって調整してもらって、再び二人で初心者コースの方に向かった。
 あれ?板を替えたら足元のグリップ感が違う?赤いのより雪を踏みやすいというか……
「あー。やっぱりあたしにはオーバードーズでっかいなぁ」
 あきふゆさんが隣でそんな事を言っている。見れば確かに凄い大きく感じる。
「やっぱりちがいます?」
「うん。全然ちがう。リフトまでの移動で既にちがう。いつみんは?」
「そうですね。ぐっとくる感覚が違う気がします。板が近くにある感じ?」
「あー、そうかも。わかる!」
「滑ったらもっと違うんですかね?」
「多分ね。いつみんは多分その板でも足揃えて滑れるよ。同じ事してみ?」
 と言うわけで山頂に到着して滑ってみると……
「わわ!全然違う!」
 イノセントでもなんかすんなり足揃えて滑れたんだけど、曲がる感じと言うか、進む感覚が赤いのと全然違う!イノセントの方が曲がるのがぐいぐいくる!
 安定感は圧倒的にさっきの赤い板。だけど、この感覚はあちらになかった。
 そんな赤い板に乗ってるあきふゆさんは相変わらずの滑りだ。ただ、さっきよりまっすぐ滑ってる感じがする。
 下まで降りてくるともう一度リフトに乗る事にして、再び山頂に向かう。こんどは右側の、ジャンプの奴とかクネクネ曲がるとことかある方を滑る事にして、お互いに感想を言い合う。
「やっぱりでっかいなあ。あたしにはもはや長板だよこれ。」
「長板?」
「ああ、スキーボーダーって区別に普通のスキーの長い板を『長板』って呼ぶんだよね。いつみんも長板は経験あるんでしょ?」
「ええ、高校の時にここで。」
「その長板みたいだなーって。まあスキボなんだけど、あたしにはこの長さは持て余すなあ」
「そうなんですね。私は割と印象良かったですよ?」
「いつみんはイノセントとどっちがいい?」
 私はリフトに揺られながら自分の青い板とあきふゆさんの赤い板を見比べる。
「よくわかんないですけど、この中間が好きかもです。」
 曖昧な答えだ。
「中間?」
「ぐっとくる感じはイノセントの方が楽しいんですが、乗っててどんどんいけそうなのは赤い、オーバードーズ?でしたっけ?そっちの方が。どっちもいいんですが、どうなんでしょう?」
 ほんと、何言ってるんだかわかんない。
「あー。わかるわ。」
 わかるの??
「いつみんは安定感が欲しいタイプなのかもね。まあ身長あるしなぁ。試乗会に居た背の高い人、わかる?」
「あ、あのちょっと怖そうな人?」
「そうそう、全然怖い人じゃないけどね。ケニーさんは身長あるからイノセントみたいな長さだと乗れないんだって。短すぎて。」
「じゃあ、大きい人は長い板の方がいいんですか?」
「それも一概に言えなくてね。同じ背の高いナックさんなんかだと短いのも好んでるし、短いのしか履かない背の高い人もいる。みつまる君は長いのも良く履くし、結局は好みじゃないかな?」
 そうなんだ。確かこれより長いのも短いのもあるんだよね。どう違うんだろう?
 するとリフト降り場の横に見かけた黄色のウェアと、赤いウェアの人がいた。ナックさんたちだ。あちらも気がついたのかこっちに手を振っている。
 そのままリフトを降りて合流する。
「お、調子どうだい?試乗会は?」
 ナックさんとみつまるさんは同じ短い板を履いていた。試乗のところに並んでた奴だ。
「オーバードーズはやっぱりあたしには大きいかな?GDはどう?」
「買いっすね。」
「早いよ!もう少し悩もうよ!」
「去年も試乗してるし、オレは」
「俺ももしかしたら買うかもなぁ。こりゃ凄い。」
 私には頼り無いくらい短い板に乗る二人だけど、評価は上々みたいだ。さっきの話を聞いてみていると、ちょっと履いてみたい気持ちになる。
「へー。これでブース戻るの?」
「そのつもりだよ~。クレーシャも乗りたいしね」
「やった!じゃあ次あたしGD乗る!」
「いつみちゃんはどう?短いのも乗ってみる?」
 みつまるさんが訊いてきた。
「ちょっと興味あります。乗れますかね?」
「どんどん履いた方がいいよ?試乗会なんだし」
 ゴーグル越しに無愛想なイメージだったみつまるさんが笑ったような気がした。

 再び試乗会のブースに戻ってくると、大賑わいだった。黄色のスタッフベストの皆さんが動き回ってる。次の板を借りようと受付の札をポケットから取り出してみるけど、ちょっと尻込みしちゃう。
「しおさーん、次GDいいかな?」
 ガンガン行けるあきふゆさんがうらやましい。でも試乗会は先着順だって話なので、どんどん行かないと乗りたい板に乗れないことも多いそうだ。
 と、他のお客さんが試乗を終えた板が戻されてた。紫の不思議な印象の板、たしかクレーシャとかいう今回の目玉の板だ。
 上下逆さまに描かれた女性と白い蛇がこちらを見てる。
 ……。
「あ、あの、これいいですか!」
 私は札を差し出しつつもう一人のスタッフの方にお願いした。
「クレーシャ?いいですよ。調整しますね。」
 と、札を手に取ってもらったところでみつまるさんが話しかけてきた。
「あ、クレーシャ空いてたんだ。ちっちさん、次、オレそれに乗りたいっす。」
「ええよ〜。でもみつまるくん、GD買うんじゃない?」
「買うけど決定じゃないですって。でもエアで使うならクレーシャっすよね?」
「そやね、GDでも飛べるけどな。」
「それちっちさんだからっすよね?」
 なんか、二人は仲良さそう。
「あ、いつみちゃんあとでちっちさんの動画見せてあげる。すげーよ。」
「動画ってどっちや?」
「あっちは濃すぎるから一般人コスの方ですかね?」
 一般人コスって、そんな単語私知らない。
「ま、ええわ。はい、じゃあ履いてみて?」
 そんなちっちさんと呼ばれていた人に促されて履いてみる。ほんと、この板のデザイン目を引くなあ。クレーシャって、この女性の名前か何かかな?
「はい、オッケー。じゃ、20分ぐらいで。みつまる君は何乗るん?」
「そっすね。クロス空いてるならクロスで。」
 そんな感じで次はみつまるさんと滑る感じになった。

 そうして借りた紫の板、クレーシャは凄かった。

 な、なんだこれ。めっちゃくちゃ滑りやすい。安定感あるのに普通に滑りやすい!
 再び初心者コースで滑り始めたんだけど、もう違いで喜んでしまっていた。自分がさっきようやく足をそろえて滑れるようになったなんて忘れてしまうくらい、自分の中にばっちりとハマってる感じがした。
「さすが運動神経いいよね。クレーシャどう?」
「えっと、やばいです。今のところ最高です!」
 思わず声が大きくなっちゃう。さっきイノセントとオーバードースを履いて何となく感じた「こんな感じの」って部分にぴったりハマってる気がする。
「だったらさ、ちょっと斜面あるところ滑った方がもっとわかると思うよ。向こうのペアリフトの方。」
 みつまるさんが指刺す方には別のリフトがある。佐久穂で乗ったのと同じようなタイプのリフトで、そちらに中級者向けの斜面があるという。
「え?私滑れます?」
「佐久穂の第3滑ってるんだから大丈夫。それにその板、スピード出てからが本番だしね。」
「そうなんですか?みつまるさんはもう乗りました?」
「去年、しおさんにテスト機を乗らしてもらったけど製品版はまだだね。しおさんがもっと仕上げたって言ってたから、もっと滑れるんだろうし。」
 上手なみつまるさんがそう言うのだから、ちょっと怖いけどそっちのコース行ってみようかな。
「――じゃあ、行ってみます。」
「おっけー。そしたら一回降りてリフト乗って乗り継ぎだから行こうか。」
 みつまるさんがすっと前に滑り出て、私もそれを追っていく。長いのに長くない、軽いのに不安感がないクレーシャは、すごく滑りを気持ち良くしてくれてる気がする。みつまるさんを追いかけながら、私はちょっとこの板にハマりつつあった。
 
 
 
 
 

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