『白い世界が続く限り』 第十七話【事故】

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第十七話

 しばらくみつまるさんと二人で試乗を楽しんでいると、リフトの上で「ご飯そろそろ炊くよー」と言うメッセージがあきふゆさんから入った。混み合うレストランでの食事を避けて車で食べるということでもともと段取りしていたので、早めに車に戻ってご飯を炊くらしい。
 車に戻るとあきふゆさんとナックさんで談笑していた。
「お、きたきた。どーだった?試乗」
 二人は炊飯とお湯をわかしていたようで、キャンプのような雰囲気で小さいテーブルを囲んで座っていた。テーブルの上には黒々とした飯盒が火にかけられていて、ちょうど私たちが戻ったタイミングでアラームが鳴った。あきふゆさんが「よっ」と飯盒を厚手のタオルで手に取って、それを勢いよくひっくり返してタオルで包んでテーブルに置く。ナックさんの方のやかんからは白い湯気が出ている。
 キャンプって、ちょっと憧れがあるんだよね。経験は学校の林間教室だけだし。飯盒炊爨は失敗して上のほうしかご飯が食べられなかったけど、楽しかった思い出がある。
 そんなことも脳裏に思い出しつつ、初めての試乗会でのはじめての試乗。乗った機種は4機種で、確かは名前はOverDose、Klesha、Ifwish、Crossだったかな。ペンギンの絵が可愛いIfwishは軽くて楽しかったし、Crossは本格派と聞いて滑って、なんかよくわかんないけど凄いって感じた。
「楽しかったです!」
 朝に貸して貰った椅子が用意されていたので、そこに座りながら答える。
「あきふゆちゃんすげーよ。もう普通に滑れてる」
 みつまるさんも椅子を広げながら答えた。あきふゆさんもだったけど、みつまるさんって教え方が上手なのか試乗の合間に色々教えてくれて、自分でも上達を感じてる。
「へー。ズルい。」
「ズルいってなんでですか!?」
「その運動神経、ちょっとよこせ」
 あきふゆさんに茶化される。普通はそんなに直ぐに上達しないものらしくて、
「一生足揃えて滑れない人も珍しくないからねぇ」
 と、ナックさんに言われた。まぁ私の場合、大学に入ってからはほとんど運動してないけど、それまでの積み上げが生きてるんだろうなぁ。
 めいめいに昼食の準備をしながら、話は進む。ナックさんたちはカップラーメンの用意をしつつ別のコンロも用意してお餅も焼いてる。ちょうどお正月も直ぐなので、ナックさんのお嫁さんがお餅をついたそうだ。
 いいなぁ、お餅。ダイエットの敵だけど。油断するとすぐにデカくなるんだよね、私の体。
 私達はカップラーメンに炊きたてご飯。ひっくり返された飯ごうが再び元に戻されると、ほわっと湯気と共に白いご飯が現れた。
「飯盒って、なんで炊けるとひっくり返して蒸らすんでしょう?」
「え?確かそのまま蒸らすと底の熱で余計に火が入って焦げるからじゃないの?あと水分を均一にするとか何とか。」
 何気ない私の質問にあきふゆさんが答える。へー。そうなんだ。
「あきふゆさんって、キャンプも詳しいんですね。」
「アニメか何かの影響で弟が好きなんよ。おかげでね〜。」
 このタイミングでカップラーメンも三分が経過して食べ頃になる。ご飯をあきふゆさんがよそってくれて、ラーメンライスが完成した。
「前週のラーメンライス思い出しちゃいません?」
 何気に言うと、あきふゆさんが固まった表情で、
「――あれはあれ、これはこれ。」
 と答えた。
「何?なんかあったの~?」
「ええ、山梨にちょっと凄い大盛の定食屋さんがあって、美味しかったんですが、あきふゆさんがそこで戦死しました。」
「……弔ってくれたまえ。」
 あの大盛は私も初体験だったから、なんか楽しかったなぁ。定食屋さんの事を伝えると二人とも興味深々だったので、場所だけ教えといた。
 私は行かない。楽しかったけど。

 食べ終わって一服すると、午後の段取りを検討した。試乗については私は板をレンタルしてるのもあるので午後は試乗より滑る方を優先、あきふゆさんやナックさんはまだ乗りたい板があるとのことで、引き続き二人で動くみたい。みつまるさんは食後で凄い眠そうにしてるけど、私と滑ってくれるそうだ。
 方針が決まって支度をする。みんなで囲んで食べた野外昼食、雰囲気もあってか楽しくて美味しかった印象に少し後ろ髪を引かれる気持ちもありつつ、私は借りてた椅子を畳んだ。
 ゲレンデに戻ると、午後のはじめの時間なのか人でいっぱいだ!たくさん立てかけられた板の中から自分の板を探して、軽くしおてんさんたちに挨拶して私とみつまるさんは自分の板をガチャンと履いた。
 しおてんさんたちはとても忙しそうだった。試乗会って、凄いんだなぁ。あきふゆさんは乗りたい板があったからすぐに貸してもらえてたけど、ナックさんはタイミング悪く板がなくて、しぶしぶ自分の板を履いていた。
「待ってればいいんじゃないっすか?」
「さっき出たばっかりだって話でね〜。腹ごなしに滑ってた方がいいっしょ。」
 屈んで板をブーツにはめながら答えるナックさん。固定式とかって奴は脱ぎ履きが簡単じゃなさそう。
 ぱちん!と板から伸びるコードをブーツに取り付けて、ナックさんが体を起こすと4人で滑りに出た。目指すコースはメインコースで、私はこのコースにすっかりハマっていた。
 何より、頂上の眺めがすごい!標高もすごい高いらしくて、山梨の象徴の富士山は向こうに見えるし、眼下には山梨の密集した町が見える。振り返れば八ヶ岳はすぐそこで、佐久穂でもみれた浅間山も遠くに見える。山には詳しくないけどさらに100名山と言われる山々がいくつかここから見られるそうだ。
 その標高2000m近い山頂から滑り降りる快感ったら無い!初めはちょっと怖さも感じた始めの急な部分も、慣れてしまえば快感のアプローチに感じる!Kleshaほどでも無いにしろレンタルのInnocentも滑っていてとても楽しさを感じるし、確実に自分がこの趣味にどハマりしているのを理解する。
 山頂から早速滑ってみた。やはり楽しい。このまま下まで滑り降りたい気持ちだったけど、中間のところにあるコースの分かれるところが見えて、私はコースのはじの方で止まった。
「はぁ、ふぅ、ちょっと、いつみんどういうこと??」
 足を止めてふりかえってみると、そこにあきふゆさんが話しかけてきた。
「え?」
「いきなり滑れすぎてない??」
 軽く荒れた呼吸を整えながら文句を言う顔の向こうは笑ってるのが分かる。
「あきふゆさんのおかげと、みつまるさんに色々教わったらこんな感じになったんです。」
 そこにナックさんやみつまるさんも集まってくる。
「腹ごなしどころじゃないな。おじさんには」
 そうナックさんが言うけども、ナックさんは後ろ向きとかで私についてきていたのを知っている。ナックさんが本気で滑ったら私なんてあっというまに置いてかれるに違いない。
 4人が一度揃ったところであきふゆさんが見回して、
「じゃ、ここで別れてく?いつみんたちはメイン回すでしょ?」
 このコースの分岐をまっすぐ行けばそのままこのコースのリフト乗り場に向かえる。試乗会のブースの方へは左のコースから向かった方が楽と言う構造だ。
 私的には、メインコースのこの先の斜面は滑りたいけど、4人で滑るのも楽しいからついていきたい気持ちもある。
「俺はどっちでもいいけど、ついてくよ」
 みつまるさんって……なんかお兄ちゃんに雰囲気が近いからか知らないけど、割と一緒に居て違和感がなくて、最初の印象よりも頼れる感じがある。自分も気にしていると言う目つきも、ゴーグルがあればよくわかんないし、男性の友人がすごく少ない私でも緊張しないでいられる。
 って言うか、お兄ちゃんのせいで近所でも男の子の友達少ないんだよね。ヨネ君の妹っていうだけでなんか無駄に一目置かれてたし。
 そんなことをなんとなく考えていると、唐突に目の前で雪が舞った!
「うわっ!」
 一瞬何が起こったんだろう!?って理解できなかったけど、それがなんだったのかは直ぐにみつまるさんの言葉で分かった。
「んだ?あの野郎、ギリギリ通って雪かけていきやがって!」
 私たちが立っていたのはゲレンデの分岐の脇のところ。そこで私たちの際を通って行った人が居たみたいだ。みつまるさんの目線の方をみると、青いウエアのスキーヤーっぽい人がゲレンデの下の方で私たちじゃない別の人に何かの合図を出している。その方向を見ると、似たデザインのウエアを着た別の人がその合図で滑って降りて行った。
「あれ、仲間かぁ。」
「みたいっすね。ったく。」
 私には事情が見えなかったけど、あの人たちは私たちのことを気にしている様子が見えなかった。
 私が止まってた場所がいけないのかな?そんなふうに少しショックを感じている私だけど、あきふゆさん達はあまり気にしてない様子だ。
「ああいう手合いはどこにでも居るねぇ。」
 ナックさんがため息をつくように言う。
「まぁ気にしないで行こうか。とりあえずこのままメインコース滑っていこう〜。」
 さっと気持ちを切り替えたのか、声色でそのことをナックさんが伝えると率先して滑っていくナックさん。私たちもそれを追いかけるように滑って行き、さっきの雪をかけて行った人の前を通り過ぎて滑って行った。
 
 最悪は、その後だった。

 ちょうどそこから先は最後の斜面とばかりに、少し斜度のある広く長いゲレンデが続いてリフト乗り場になる。この斜面は人気の斜面らしくて、センターハウスなどからも見えるのでさまざまな人が勢いよく降りていく所だ。私もその斜面を一息に滑っていく気持ちよさがちょっと分かってきていて、午前中はここを何度も滑った。
 その斜面の途中あたりで子供が転倒してしまったらしく、板が外れて困っていたのを見つけた。外れた板がその子よりもゲレンデの上にあったので、気づいたナックさんがそれを滑りながら拾い、すーっと子供の所に持って行って渡そうとした。他の私たちは、そのまま少し下に滑っていって、20mくらい下でナックさんを待つためにゲレンデ脇に止まった。
 そうした時だった!その上部のナックさんと子供の二人のところで、雪煙が上がった!
「え?」
 気がつくと、赤いウェアのナックさんが倒れていた。そして青いウェアの人も倒れていたけど、別の仲間みたいな人がすぐにそこに追いついて、その青いウェアの人は程なく立ち上がって、ただ転んで起き上がっただけのように雪を払って、別の仲間みたいな人と一緒にすーっと滑って降りてしまった。
「……え、待って?ナックさん事故!?」
 あきふゆさんの言葉で何が起こったのかが理解できた。
「マジか!」
 みつまるさんは一瞬滑り降りて行った二人の方にいこうとしつつ、直ぐに上を見てぱぱっと板を外して自分の板を持つと、急な雪の斜面なのに、動きにくいスキーブーツなのに駆け上がって行った!
「ナックさん!!」
 みつまるさんが、そんな大きな声出るんだ!ってぐらいの声で呼びかけた。ナックさんはその声に反応して動いて、まずは安心かと思ったけど、体が起こせないまま自分で頭の上に腕で×印を掲げた。
「!いつみちゃんはそこにいて!あきふゆさん!パト呼んで!」
「わ、わかった!いつみん、ここでよろしく!」
 その一連で何かがあったか――あきふゆさんは直ぐに滑って降りて行って、これが事故だと言う事が私にも理解できた……。 

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