『白い世界が続く限り』 第八話 【温泉と帰り道】
前話まではこちら
第八話
「うへぇぇぇぇぇ……。」
温泉はいい。最高だ。
衝立の向こうに見えるのは八ヶ岳、空、雲。広い湯船で手足も伸び伸び、開放的だ。
八嶺温泉は佐久穂高原スキー場からの帰り道にあった。けっこう大きな日帰り温泉で、アメニティなども充実していてなかなか印象がいい。茶色いっぽい源泉はちょうど良い湯加減で、露天は加水のちょっと熱めだけど、外気の冷たさとのバランスが絶妙に感じる。
コレはリピート止む無しだ。
「お、いたいた。」
身体を洗ってから露天で肩まで浸かって溶けていたら、あきふゆさんが探していたみたいで近くに来た。
湯に浸かりながら話しかけてくる。
「どうだい?ここは?」
「素晴らしいです。はあぁ……。」
少し早めに来たので今はさほど混んでいないけど、混み合う時間は洗い場もいっぱいになるほど人気だそうた。
「よく来るんですか?」
「佐久穂帰りはだいたいね~。通り道だし、ここ、ご飯も美味しいんだよ。」
「そうなんですか?」
ゲレンデからここまでの道中でチョコとクッキーを貰ったので空腹感は薄れてたけど、今日はまともなご飯をたべてない。
ご飯が食べたい。身体が大きいせいか、私は女がてらに割と食べる方なのだ。
カツ丼くらいならペロリだ、デザートもイケる。駄目だ、今日はトンカツ食べたいかも。身体が油を欲してる!
「ここで食べていきます?」
「そうしたいね。男どももお腹空いてるだろうし。待たせている間に食べてたりして」
「そうですね。女のお風呂は時間かかりますしね」
そこで何故かあきふゆさんが笑った。
「……なんか、うれしいな」
「え?」
「いままでさ、こうして女同士でスキー場帰りに温泉なんてあまりなかったからさ、嬉しくって。」
「そうなんですか?女性のスキーボードって少ないんですか?」
「居ない訳じゃないけど、単独とかで来る人は近くにあまり居なくてね。それにあたしはだいたいいつもナックさん達と一緒だから、今回誘って凄く楽しかった!また行こうよ!スキーも温泉も!」
「……誘って貰えるなら是非!」
思えば私も、こうしてどこかに出掛けて一緒に温泉に行くなんて初めてだ。
――なんか、ちょっと熱くなってきたな。
手近な石の上に腰掛けて涼む。腰掛けた岩の冷たさが少し身体を引き締めた。
そんな私をじーっと見てあきふゆさんが言った。
「いつみんって、モデルさんみたいだね。手足長くて背も高いし、出るとこ出てて引き締まってて……」
「え、そんな事ないですよただの巨大女ですし、顔も地味ですし!出るとこも出過ぎてますしお尻も大きすぎるし筋肉質だし……」
「……わたしなんてちびっ子だし上から下まで全部引き締まってるだけだし……」
あ、あきふゆさんがジト目の流し目してる……
「そんなそんな、あきふゆさんアイドルみたいじゃないですか!うらやましいです。」
「でもモテないんだよ?」
「普通にモテますよね?」
「……モテないんだよ……」
ああ、話の方向修正が……
「やめましょう、足の引きずり合いになりそうです……」
「……そうだね、不毛だね。」
気を取り直してスキーボードの話題に切り替えを試みる。ここまでの道中で今日の感想とかたくさん話をしていたけど、その中で少し意識したことがあった。
「スキーボードを始めるにあたって、最初に何が要ります?」
もちろんスキーボードだろうけど、スキーボードはバイトのシフトが空いてれば週末に開催されるしおてんさんの試乗会を経験してからと考えているので、それ以外に何から必要か疑問に思ったのだ。
「スキボ以外でだよね?そーだなー。しおさんが良く言ってるのはブーツかな」
「スキーブーツですか?」
「そうそう。実際私もブーツ買い換えて上達を実感したってのもあるんだけど、ブーツ履いてて痛くないのが一番大事かも」
言われて思い返すと、今日はブーツの痛みを感じていなかった。以前、スキー教室の時のくるぶしは途中で痛くて赤く腫れてたけど、今、自分の足に目を落として触って確認したけど、あの時のような痛みも腫れも無いように思う。
だけど気がつくと足の小指の外側がちょっと腫れてる。痛みほどではないけど、繰り返したら痛くなりそうだ。
「ブーツですか~普通にレンタルだといくらくらいなんですか?」
とりあえずスキーボードは買うつもりだけど、ブーツまで買うとなれば結構な金額になりそうだ。たまたま車の免許を取ろうとバイトで貯めていたお金があるけど、たくさん使える訳ではないし。
レンタルで済めばありがたいんだけど。
「んー、分かんないけど、多分3000円くらいじゃない?あぁ、あとブーツって絶対に履いて買えってしおさんが力説してたね」
「え?ネットじゃ駄目なんですか?」
スキーのお店なんて知らないし何となく敷居の高さを感じる。それにネットの方が安いだろうから、絶対そっちの方が良さそうなのに……。
「色々言ってたけど、履いて買わないと損するって。確かに私のも東京に行って買ったけど、とにかく履けるの履いて確認しまくったもんなぁ。意外と同じサイズでも合う合わないあってねぇ。結局足が小さすぎてジュニア用のブーツになっちゃったけどさ。」
そう言ってお湯の中から見せてくれた足は小さくてかわいらしかった。正直羨ましい。
対して私の大足はでかい、見比べるまでもない……
「……そうだ、まだ時間早いし、帰りにお店よってく?夜はなんか用事ある?」
「夜は無いですけど、良いんですか?」
「あたしは道中だし。その代わりここでの夕飯を我慢しなければならないけど」
そのセリフと共にお腹が鳴ってしまった。恥ずかしい。
「……せめて何か買ってから行こうか。」
と言うわけで温泉から上がり、休憩所で待っていた男性陣と合流してその事を伝えると、ちょうど朝の忘れ物の件でナックさんたちはしおてんさんの家に行くと言う話になっていて、ここで男性陣と女性陣で別れることになった。
「じゃ、週末の試乗会で!」
あきふゆさんが元気に挨拶して私も手を振って挨拶する。だいぶ日も傾きはじめて時間の流れを感じた。
八嶺温泉からしばらく下ると、ちょっと先に美味しいパン屋さんがあるそうで少し寄り道して立ち寄り、パンを買って再び車に乗った。
「ひふひん、はひはっは?」
運転しながら既にあきふゆさんの口にはパンが咥えられている。
「何買った?」だよね?
「ブルーベリーのベーグルとメロンパンです」
あきふゆさんはゴクンとパンを飲み込んで
「あ、メロンパン美味しいよ!あたしも買えば良かったなぁ」
と言ってまたパンを咥える。小さくて砂糖のかかったパンだ。
「それも美味しそうですね。揚げパンですか?」
私の質問にモグモグ、ゴクンと飲み込んでから
「これ、あそこの名物なのよ。ちびまるぱんって、揚げパンとはちょっと違うかな?食べてみる?」
と、袋ごと渡された。小さくて丸いパンがあと三つ入っている。
遠慮なく貰って食べる。おいしい。小さいけど食べやすくて、軽くて甘い。
「あ、美味しい……」
「でしょ!そして運転しながらでも食べれる。」
そう言って私の方に手を伸ばすと袋からひょいっと一つ取り出してパクリ。
甘さに笑みがこぼれてる。年上なのにかわいいなぁ。
私はお礼にメロンパンをちぎって袋に入れて返した。残りはもちろん私がかぶりつく。はらぺこの今の私にバターたっぷりのメロンパンは至福だった。
よし、また買おう。ちびまるぱん、お前もだ。
それにしても車っていいな。バイクも好きだけどあれはこうしてのんびりと移動を過ごせない。解放感は全然バイクの方がいいけど、スキーボードをやるならやっぱり必要かな?
バイトを始めた時に単純に時間もあったし、何となく目標に免許取得を考えてた。実際山梨って車が無いとかなり不便で、家族で一台づつ持ってるなんて家も珍しくない。
だけど、今日そんな漠然としたイメージが変わった。車も欲しい。うーん、色々欲しいものが増えてしまった。
「あきふゆさんは車っていつから乗ってるんです?」
何となく訊いてみた。
「車?実家の影響で免許は18になってすぐ取ったし、車も短大出て卒業祝いに貰ったなぁ」
「貰った?いいなぁ」
「って、良いもんでもなかったよ。うちって建機リース会社でさ、使い古しの社用車をね。」
「この車は?」
「これは二台目、去年会社のリースのヤツを払い下げてもらって買ったんだ。まだまだローンたっぷりだよ。」
そうなんだ。でもこうして見るとなんか相棒感があっていいな。
ふと、自分が車に乗っている姿を想像する。乗るならどんな車がいいかな?やっぱり雪山に行ける車だよね。
「車買うなら相談に乗るよ~。そっちの方の話は割と口が利けるから。あとみつまる君も頼れるな、車の整備士だし。」
「あー、みつまるさんはそんなイメージありました。」
勝手にツナギ姿を想像したけど、似合う。お兄ちゃんと話が合いそうだ。
「スキーボードだと車選びで困らないのも良いんだよね」
「そうなんですか?」
「ボードとかスキーだと板が長いじゃん?だからある程度大きい車とかになっちゃうけど、板が短いスキーボードはトランクでも余裕で入るから。」
確かに、いざ車を買ったとしてもし積み込むなら、スキーボードは困らなそうだ。それに多分車を買ったとしても最初は軽自動車だろうし、そういう部分でもスキーボードには利点がありそうだ。
「あきふゆさんはどうしてこの車にしたんですか?」
あまり見かけない構造の車、確かデッキバンって言ってたかな?
「見た目可愛いいしさ、濡れたままでも板積めるし、あたしサイズなら車中泊もできるのさ」
「車中泊?」
「車の中で寝泊まりするの。長野の北の方のスキー場とか行くとさ、宿取るの高いし面倒じゃん?」
「え?ここで寝るんですか?」
もしかしてこの荷物の多さはそのため?
「そう、助手席改造してあってね、倒せば足伸ばして寝れるの。いつみんサイズだと無理かなぁ」
私だとどう足掻いてもこの中で寝れる気がしない。
「まあ、慣れないとおすすめしないし、あたしら女の子だからね、その辺は覚悟いるけどさ」
「よくやるんですか?車中泊」
「たまにだよ。スキボ仲間には毎週末してる人もいるよ。車の中に電子レンジとか積んでて住めるレベル。ネットとかで調べると色々出てくるよ」
そうなんだ。なんだか楽しそう。キャンプとかもそんなに経験が無いのでちょっと心をくすぐる。今日は本当に色々と世界が広がっている気がする。
気ままに出かけて滑って、温泉入って車で過ごす。
うん、全然想像もしたことない世界だ!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?