『白い世界が続く限り』 第七話 【山頂】

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第七話

 自販機のところで話をしたあと、しおてんさんのバナナチョコクレープはただのミニチョコクレープになっていた。
「せっかく当たったのに、なんて奴らだ!」
「……ダイエットしたいとか言ってませんでした?」
「そ、そりゃあ腰のチャンピオンベルトは何とかしたいけどさ。みつまる君だってそのうちこうなるんだぜ?」
「うち、親父とか痩せてるんで多分ならないっすよ。」
「俺も昔はそう思ってた。まあいいから一口返せ」
 みつまるさんって、斜に構えてる感じかと思ったら意外と誰とでも話をしてる。目つきが悪いだけの人なのかな?
「いつみん、まだ滑れる?」
 そんな事を思いながらタブルベリークレープを食べていると、あきふゆさんに訊かれた。
 運動しなくなったとはいえ、元々身体は鍛えられてるから体力には自信がある。
「まだ大丈夫ですよ。」
「さっき話しててさ、今クレープ食べてるし、お昼飛ばして滑って早めに上がろうか?って考えてるんだけど、どう?」
 確かに今クレープを食べたら多分お昼は13時くらいにならないと食べれない気がする。
「私は大丈夫ですよ。合わせます。」
「それでそのあと温泉行くんだけど、道具持ってきてるよね?」
「はい、大丈夫です。」
 温泉は楽しみだ。そもそも温泉の事が無かったらスキーボードやあきふゆさんたちとの事は無かったかもしれない。
 ひとり暮らしをしてお風呂に入れる有り難みを凄く感じる。手足を伸ばしてお湯に浸かれるなんて最高だ!実家のお風呂は広かったので意識してなかったけど、ユニットバス暮らしになった今は本当に贅沢だったと感じる。
「あ、そうだ。クレンジングとか持ってきた?日焼け止め落とすのって結構大変なんだよね。それと化粧水も」
「クレンジング、温泉にないですか?」
「あるけど肌に合う合わないあるからねぇ。顔がパッツンパッツンになるかも」
「あ~……」
 そう言えばあきふゆさんって化粧してるのかな?普段は凄い美人だったりして。……無いか。
「む?何か今考えた?」
「イエ、ナンデモアリマセンヨ。」
 妙に勘がいいな。この人。
 そんな段取りでこのまま滑ることになった。トイレとか済ませてゲレンデに戻ると、他のみんなは既に待っていた。
「すみません、遅くなりました。」
「いや、気にしないで。さて、どうするか?」
 しおてんさんが意見を伺ってると、あきふゆさんが提案した。
「第三いってみる?迂回回らないで滑れれば山頂行けるし」
「だね~。あきふゆちゃん、レベルアップしようか?」
「へ?」
 と言うわけで並ぶリフトはさっきと違う。周りの人もなんか本格的な雰囲気の人が多い気がする。滑れるようになった第四コースの隣、中級者向けの第三コースだ。
 となるとやっぱり気後れする。
「い、いいんですか?」
「いいんです!」
 あきふゆさんが自信たっぷりに答える。
「誰もが通る道だからね~こういうのは。」
 ナックさんがお気楽に励ましてくれるけど、やっぱり……何というか……。
「前にお進み下さ~い」
 あ、私たちの乗る番だ……。第三リフトは第四リフトより更に速く感じた。乗るときの衝撃が強い!
「うわっと!これ痛いよね、乗ると遅いのにさ」
 リフトでぶらんとなったあとであきふゆさんが苦言を言う。
 と、思い出した。
「そう言えばはじめて行った清里のスキー場のリフト、乗るときにふくらはぎに当たるほど速くなかったと思うんですがなんか違うんですか?」
 記憶にはあのリフトは四人乗れて、凄く速かった気がする。
「あー、あそこのはクワッドだからじゃない?乗り降りだけ遅くなるの。楽だよね。」
「クワッド、四人乗りだとそうなんですか?」
 佐久穂高原スキー場のリフトは、見た所二人乗りしかない。
「えーとね、確か高速リフトって言ったかな、そういうのは仕組みが違うみたい。二人乗りの高速リフトも余所にはあるよ。」
「そうなんですね。」
「一人乗りってのもあるよ。あれは馴れないと乗れないかも……」
 一人乗り……なんかイメージがつかない。
「難しいんですか?」
「難しいって言うか怖い?不安になる華奢さ?」
「え、それは嫌ですね。」
「風が吹くと結構揺れてさぁ。ぶら下がってるリフトの支柱にこうしてしがみついて乗る感じなんだけど、それにずっと力がはいっちゃう感じ?」
 と、彼氏の腕に抱きつくようにあきふゆさんが私の腕にしがみついてきたのでちょっとびっくりした!
 そんな話をしているとリフトはぐんぐんと高度を上げて第三コースの山頂へ。このコースは中級レベルのコースで、迂回路からは第四コースに抜けれるそうだ。
 そうして第三コースの山頂に着くと目の前に経験のない斜度のコースが現れた。
「はい。ここが第三。まっすぐ行けば気持ちいい斜面で、怖かったら右の迂回コースから第四に行けるよ。」
「これ……何度あるんですか?」
 正直怖じ気づいてる。怖い。
「いくつだろ?しおさーん、ここ何度?」
 しおてんさんから返ってきた答えは10度。10度?10度ってそんなに急なの?
「え?じゃあ第四コースは?」
「5度くらいだよ。ちなみに佐久穂の最大斜度は30度だったかな?」
 こ、ここの三倍!?
「と言ってもそこは一般のコースじゃないし今日は行けないから大丈夫。まずは迂回コースから行こうか。」
 迂回コースへは看板も出ていて、『初心者は迂回コースへ』と案内が出ていた。迂回コースは見た感じ最初だけ少し急に落ちてるけどあとは平坦に見える。
「じゃ、第四コースまで抜けよう。とりあえずゆっくり滑って合流点の前で止まってね」
 言われて素直についていく。平坦な所は第四コースよりも斜度が無かったけど林の中を抜けていくのでちょっと新鮮だった。
 第四コースに行くと『斜滑降』というのを習った。と言っても斜めにコースの端から端にまっすぐ滑って、ジグザグに降りてくだけのものだったけど、この滑りが出来ればどんな斜面も滑れる大事な技術との事だった。そうして再び第三コース山頂に到着すると、この斜滑降が大事な技術だと体感する事になった。
「どう?行けそう?」
 第三コースを前にしおてんさんが尋ねてくる。
「は、はい。多分行けます」
「まぁ斜度にして10度から15度くらいだから。三角定規の尖ってる方より斜度無いから。」
 そう聴くと浅い角度にも思えるけど、やっぱりドキドキする。
 リフトの上で滑り方は聞いてる。何時でも止まれる速度で斜滑降だ。コツは下側になる手を行きたい方向に指差して斜面の下を見ない事。意識は横だ。
 最初にしおてんさんがお手本を見せてくれる。イメージ通りの動きだ。二回ほど曲がってしおてんさんが泊まる。
 よし、行こう。……行こう。
 ずずっと動き出す。行きたいのは左の林の方だから右手を真っ直ぐ前に……、見るのは下じゃ無くて前、横、前、前。
 おおおおお、おおお……
 程なく端が迫って来るので減速……ハの字のまま止まりそうなスピードでぐるっと回って……今度は左手を前に出して真っ直ぐ……また回って……
 するとだんだんとしおてんさんの声が近づいてきて、最初のチャレンジは無事に到着できた!
「いーねー。どうだった?」
「意外と……すべれる?」
 率直に言うと、思ったより滑れた気がする。最初はガチガチに力が入ってた気がするけど、少し速度が乗るとその方が楽なようにも感じた。
「いいね。今のイメージでそのまま滑っていこう。今滑った所より斜度のある所はこの先無いから、ゆっくり行こう!」
 しおてんさんが滑り始めるのでついていく。だんだん滑り方が判ってきて、どんどん自由な感じになっていく。スピードも出てくる。
 そして前を滑るしおてんさんが減速したので、私も減速して止まった。
「よし!じゃ、今度はいつみさんが前ね。俺は上から見てるから、斜滑降の意識はそのままで自由にすべってみ?」
 今度はひとりだ。斜めに滑る意識はそのまま、自分なりに滑ってみる。
 なんだろう?第四コースで滑ったときとまた違う、スピードに乗ってく楽しさ!ジグザグだった滑りは曲線のようになっていって、減速もそんなに必要なく感じていた。むしろブレーキに力を使う方が大変で、乗っていく方がいい感じに思う。
 なんと言ってもスキーボードは身体を回すだけで簡単に曲がれるから感覚が直感的だ。長い板の時の痛みや不快感は無く、ただ気分がいい。
 そのままリフト乗り場の近くまで来てしまった。
 私が止まって振り返ると、ほんの少し前までは滑れるとおもわなかった所が、また新しいフィールドに感じられる。
 そこにしおてんさんと、他の皆も追いついてきてた。
「いつみーん!凄いじゃん!あんだけ滑れるなら山頂余裕だよ!」
「え、見てたんですか?」
「見てた見てた。センスあると思うよ、まだ滑りはじめて半日も経ってないのに!」
 そうだ。私、今日からスキーボードやってるんだった。なんだか前から滑れていたような気になってしまっていた。
「さすがバレーボールやってた経験かもね。運動経験ある人の上達は基本的に早いから。」
 褒められて素直に嬉しい。
「ありがとうございます!普通はどれくらいかかるんですか?」
「だいたい1日滑ってって感じだね。スキボは最初はとても簡単に滑れるようになるから。でもいつみさんの上達は早い方だね。」
 そこでナックさんがみつまるさんに尋ねた。
「みつまるはどれくらいかかった~?」
「オレっすか?元々スキー滑れてたんで比較にならないっすね。ナックさんは?」
「俺もそうだなぁ。俺の世代は大体親が滑れるしな~」
 二人は簡単に滑れるようになったらしい。いいなぁ。
「俺らもすぐ滑れますかね?」
 ボードの高島さんが訊いてきた。
「ボードでそんだけ滑れれば苦労はしないと思うよ」
 答えるのはしおてんさん。やっぱり難しくないんだ。
「スキーは最初なかなか止まれないし、ボードはなかなか曲がれない。そういう意味ですぐにスキボは段階を踏んでいけば止まるのも曲がるのもできるから簡単だね。ただここからが奥が深いのもスキボだけどね。」
「そうだよねぇ。やればやるほど出来ることが増えるんだもん。困るよね、スキボ。」
「板も増えるしな」
「みつまる君は買いすぎ。」
 なんだろう?板が増えるって?

 第三コースは慣れるごとに楽しく感じられるコースかもしれない。三度目ともなれば全然止まらずに降りてこれるようになった。
 そうして次に挑むは山頂コース。尾根沿いの山頂からの白樺コースなら第三コースと斜度は違いがないそうなので、今の私でも行けるとの事だった。
 ただ、第二コースの方はまだ行かないようにとの話だ。いずれチャレンジするだろうけど。
 そうして乗るリフトは朝にナックさん達が並んだリフトだった。あの時にまさか自分がここに並ぶなんて想像もしてなかった。
「ほら、上から右にずーっと滑るコース。ここのコースで一番長くて、山頂の景色はなかなかだよ」
 山登りとか全然してこなかったから、山頂からの景色と言っても想像がつかないけど、あきふゆさんがニコニコしながら言うものだからきっと良いものなんだろう。
 そうしてたどり着いた山頂で、私は景色に溶け込んでいた。
 青い空、白い雪との対比が凄く綺麗。真っ白な道がその空に伸びていて、白樺の林の中に浮かんでいる。
 その背景に聳えるのが浅間山。佐久の象徴で活火山として有名だけど、それが見えるとは思わなかった。実際は第四コースとかからも見えていたようだけど、それに気付く余裕とか無かったので今がはじめてのように感じた。
 そして滑り出した白樺コースは広くなったり狭くなったり、ちょっと急な所もあったけど一息に滑ると爽快感のあるコースだった!
「ちょ、ちょっと待ってよ!いつみん!バケモノか!その体力は!」
 滑り降りると息が上がってたけど楽しかった!少し経って到着したあきふゆさんは、頬が赤く染まってサンタの格好と相まって可愛く感じたけど、私が止まらずに滑ってしまったから大変だったようだ。
「いやぁ、いつみちゃんはとばすねぇ~」
 ナックさんのそれは誉めてるってとらえていいのかな?
 でもさ、だって気持ちいいんだもん。広いゲレンデを滑るのも楽しかったけど、こんな天の回廊を滑るのもとても刺激的だった。長い距離を滑るのも、滑り終わって山頂を見るのも新鮮だった。
 自分の世界じゃないと思っていたあの山頂は、私の世界の一部だった。
「これは……しおさん、クレーシャ乗せたら凄そうだね。」
「ホントにな。コレは試乗会が楽しみだ。」
 そのあとも時間いっぱい山頂から滑ってしまった。最後の方はあきふゆさんがギブアップになってしまい、私とみつまるさんとしおてんさんの三人で何度も滑ってお終いになった。
 帰りとなったセンターハウスからの道。行きはぎこちなくスキーブーツで歩いていたその道も、何故か不思議な自信を持って歩けている。白い雪がこびりついた青い板は、そんな私にとって頼もしい相棒のようにも感じた。

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