『白い世界が続く限り』 第十九話【証拠】

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第十九話

 事故の事を聞きたいとのことで私は案内された。救護室の隣はパトロールの方の待機室みたいで、色々なものが雑然と置かれていた。ホワイトボードや大きい時計、色々な機材、壁にはたくさんのスキーの板が立てかけられていて、救護室とは全く違う雰囲気だった。
「じゃ、書いてくんでお願いします。そちら座って下さい」
「は、はい。」
 事故の現場でタクヤさんと呼ばれていた隊員の人が書類を出して、私に椅子を差し出してくれた。私は座って一度、深呼吸をした。
「事故の場所とかからまず聞きますね……
 
 聞き取りが始まって私は思ったよりも細かく色々と聞かれて答えた。事故現場の事、事故の様子、相手の特徴など覚えている限りで。
 一通り答えてふと時計を見ると、結構時間が進んでいたように思う。
 
 ……はい、ありがとうございます。」
 私の聞き取りが済むと、救護室に戻った。私が戻るとそこにはあの子供の親と思われる人がナックさんに頭を下げていた。
「本当にすみません、うちの子が……!」
 見た感じ若そうなお父さんだ。子供は外にいるのかな?
「はは。怪我がなくて良かったし、巻き込まなくて良かった。怪我は私のせいですから。」
 寄りかかるために背中に丸めた布団を当てられ、左足を上げたまま少し上半身を起こした状態のナックさんに、若いお父さんは両膝をついて謝っていた。
「いえ、お話伺うにあなたがいなかったらうちの子が怪我をしていたってお話ですし!」
「その辺は……まぁ。それよりお子さん、ショックだったでしょうからこちらこそ申し訳ない。ケアしてあげて下さいね。」
 その雰囲気を遮らないように私は横にいたみつまるさんに声をかけて、聞き取りにみつまるさんが呼ばれていることを伝えて、みつまるさんが隣の部屋に出て行った。
 ナックさんとそのお父さんはお互いに色々と謝りつつ連絡先を交換、副隊長さんの促しもあってこの場ではあまり手間を取らずに、のちに落ち着いてお互いに連絡を取り合うと言う感じになった。
 立ち上がったお父さんがガチャっと救護室から外に出るために扉が開かれ、一瞬外の景色が見えた。

  その時、私はあの二人が外に見えた!青いウェアの白いヘルメットの!
 
「――あ!あの二人!あの二人です!!」
 私は咄嗟に飛び出した!雪をかけ、ぶつかって怪我させて謝らず立ち去った二人を、私は許せなかった!
 出ようとしていたお父さんを驚かしてしまったけど、先に外に出た私は、滑ってリフト乗り場に向かっていた二人を追いかけた!だけどスキーブーツじゃ追いつけそうにない!
 と、このタイミングで同じように二人に気づいた人がもう一人いた。
「まちやがれぇぇぇ!!!!」
 まるでタックルでもするかのように走って行ったクリームグリーンの人影!車からもどってきたあきふゆさんも二人に気付いて、声を上げながら飛びかかろうとしている所だった!
 その声に驚いて気づいたのか、青いウェアの人が振り返ると同時に、あきふゆさんがその腕にしがみついて声を上げた!
「こいつ犯人です!怪我させた!!!」
 リフト待ちの待機列の近くや、子供の遊びの施設が近いところというのもあってそれは大いに目を引いた。
「な、なんだよ君は!!」
 剣幕に怯んだ青いウェアの人物が答える。
「お前!私の友達を怪我させたんだ!逃げたでしょ!!」
 周りがざわつく。
「は、な、何言ってるんだ!」
「雪かけて怪我させて!ふざけんな!」
 必死に捕まえようとするあきふゆさん!だけど小柄で軽いあきふゆさんが、体格に勝る男性に敵うはずがない!
「うっるさい!離れろ!!」
 青いウェアの人物があきふゆさんを振り解いて転ばせる!そこに私が追いついて、私はすぐさまビンディングの外すところを踏んで板を外してやった!
「うわ!」
 その勢いでその場に転ぶ青ウェア。その転ぶ勢いで振り回された彼のストックが私の頬に当たった!
「っ!」
 頬がジーンとする。だけどそれが私の怒りを加速させた。
「オマエ!さいていだ!!」
 私はのしかかるようにして青ウェアを押さえた!
「ばかやろう!ふざけんな!……ばかやろう!!」
 押さえたまま、私は大声を上げた!悔しさと怒りで、私は人目を憚らずに声を上げていた!
 私はあきふゆさんのように軽くないし、体格だって負けてない。私がのしかかって青ウェアは苦しそうにしていたけどなんとか顔だけ押しのけて、同行の人に大声で叫んだ!
「西内さん!110番だ!警察を呼んでくれ暴漢だ!」
 立ちすくんでいたピンクのヘルメットの人がその声で動き出す!ポケットからスマホを取り出そうとして、その手を後ろから黄色のウェアの手で掴まれた。
「ちょっと待ってな……」
 みつまるさんだ!多分私が出て行ったのを隣の部屋で気付いて、出てきてくれたみたいだ!
「お前だよな、犯人」
 みつまるさんは凄く深い所から声を出しているように、凄みを滲ませて話す。
「だ、誰が犯人だ!私はぶつかってない!勝手に転んだだけだろう!?」
「誰が誰にぶつかったって?原因は間違い無くお前だよな、ねぇ?」
 いい終わりに合わせてゆっくりと顔だけ向けて、みつまるさんが問い掛ける相手は今腕を掴んでいる方の人物……。
「は、はい……」
 西内と呼ばれたピンクのヘルメットの人物がそう答えてしまう。
「ば、バカなことを答えるな!!」
 声を荒げる青ウェア。この時一瞬、捕まえたのが全然違う人だったらって脳裏によぎったけど、こうした反応を見るに間違ってはいない。
「とにかくさ、大人しくしような?」
 ピンクヘルメットから離れて、ゆっくりとした動作でみつまるさんが青ウェアに近づく。
「いつみちゃん、ありがとう。もうちょっとそのままで居てな。そっちのピンクヘルメット!この後もご協力宜しくな。」
 私が取り押さえたままの状態でいるとみつまるさんはしゃがみながら私に言う。みつまるさんはゴソゴソとポケットを探って、そしてスマホを取り出した。
 青ウエアのゴーグルに手を伸ばすと、それを引き延ばすように上にずらして

 かしゃ。

 乾いたシャッター音。青ウェアの顔が写真に収められた。

 半ば強引な感じもあったけど、青ウェアがその場から連れて行かれた。行き先はすぐそこの救護室、遠くに救急車のサイレンの音を感じたので、程なく怪我をしたナックさんがそれに乗って運ばれるのだろう。
 私は少し力が抜けていた。パトの人の手を借りて立ち上がり、頬が赤く腫れていたので、処置を促された。あきふゆさんはまわりの人たちに「お騒がせしました!」と頭を下げて、私についてきてくれた。
 救護室では連れて行かれた青ウェアが怪我をしているナックさんを目の前に騒いでいた。
「身に覚えのないことに巻き込まれて何様だ!早く警察を呼んでくれ!」
 先ほどはみつまるさんに怯んだ様子もあったけど、あっさり元に戻って彼は騒いでいた。対照的にパトロールの人に連れてこられたピンクヘルメットの人は気づかなかったけど女性で、俯いて立っていた。
 横になったままのナックさんはその青ウェアの姿を一目見てこう言った。
「あ、この人です。間違いないですねぇ。」
「何を!何を証拠に言うんだね!」
 青ウェアの剣幕ははっきり言ってみっともなくも見えた。私は救護室の端の方で、冷やすようにと雪の詰められた袋と白い当て布をもらって、叩かれた頬にそれを当てた。
「証拠ですか。咄嗟だったんでうまく行ったか不安でしたがねぇ。ほら、そのウエアのところに血が付いてますよぉ。」
 勤めて冷静なナックさん。痛みもあるだろうに笑顔をにこりと浮かべて、青ウェアの横の裾のあたりを指さす。そこはウェアのデザインで白いストライプラインが入っていて、一部に赤いものが掠るようについていた。
「え?あ、血?血だと?そ、それは違う、俺の鼻血か何かだ。」
「いや、俺のでしょぉ。あんたが立ち上がる時逃げる気がしたから、足から血が出てたから咄嗟に俺が付けたんだよ。」
「血、血なんてどこかでなんでも付くだろう!いや違う、これは錆の色だ!これは違う!」
 明らかに見える証拠がナックさんによって示されてるけど、青ウェアは頑としてそれを認めない。
 だけど、次の一言でその威勢も消える事になった。
「俺ねぇ、RHマイナスのB型なんだよ。その血、調べて貰えばすぐにわかるぜぇ。RHマイナスのABに比べりゃ多い方だがぁ……それでも今このゲレンデに多分10人も居ない血液型だぜ。あんたがRHマイナスBって言うなら話は別だけどなぁ。」
 血液型はよくわからないけど、確かRHマイナスABとかってすごく珍しい血液型で、小説でもたまに出てきてたのを思い出す。ナックさんの血液型はそれに近いぐらい珍しいみたいで、何人いるかも判らないくらい混み合うこの年末のゲレンデでも10人も居ないとなると、相当レアだと言うのはわかる。
「ま、DNA鑑定してもらったら最高だけどなぁ。動かぬ証拠だ。今救急車で運ばれるのも、実際は俺の血液型が珍しいせいで呼ぶ話にしたもんだしなぁ。」
 あとで知った話、手術などの可能性もあってナックさんの珍しい血液型に対応してもらえるようにとの判断で救急車を呼んだと言う話だった。
「……!」
 青ウェアは答えることができなかった。
 救護室の中でも救急車のサイレンが近づいていることが判って、事態が終わりになることを示していた。
 それに察したのか、青ウェアが捨て台詞のように吐いた!
 
「お、オマエらは邪魔だっただろ!邪魔してただろ!ゲレンデでダラダラ滑ったり立ち止まってやがって下手くそのくせに!下手くそは上級者にコース譲って初級者コースを滑ってればこんな事にならなかったんだ!わかるだろ?!」

  一体誰に同意を求めたのかわからないけど、私にすらその言動が無様でみっともない事がわかった。
 それに答えたのはずっとナックさんの隣に居た副隊長さんだった。
「お客さん、FIS10ルールはご存知ですか?」
「そんなものは知らん!か、勝手なルールだろ!」
「いえ、どこのゲレンデにもわかるように掲示されている国際スキー連盟による世界基準のルールです。」
 副隊長さんがすっと指で壁の掲示物を示した。その黄色の貼り紙にはゲレンデ利用でのルールがわかりやすく10項目に分けられて書かれていた。
 サッと見て私ものその10のルールはとても当たり前で、守るのが難しいものとは思えないものだった。
「事故状況や伺ったお話を聞くに、これらの多くが守られていなかったようですね?」
「は?そんなの関係ないだろう!守るかどうかはこっちが決めることだ!こっちは金払って来てるんだ!お客様だろ?」
 うわ。……本当にそう言うこと言う人って、居たんだ……。
「……そうですか。」
 副隊長さんはそうとだけ答えるとにっこり笑った。
 けたたましいサイレンがすぐそこまでやってくると、その音が消えた。
「すみません、救急ですのでご協力ください。」
 副隊長さんが立ち上がって場を促す。
 がちゃりと救護室の扉が開けられて、救急隊員さんたちが入ってくる。
「救急です!救助者はそちらですね!」
「はい、お願いします!」
 応急処置は終わっていて出発の準備もほぼ済んでいたので行動は早かった。すぐさまストレッチャーに乗せられて運ばれていくナックさんは、顔が赤くなって額から汗をながす青ウェアに最後にこう言った。
「あとで連絡先をお願いしますね。弁護士からご相談させて頂きますから。警察も呼んでありますので。」
 いつの間にナックさんは警察に通報をしていた。ナックさんと同行のあきふゆさんを乗せた救急車が病院に向かって走っていた後、別のサイレンが近づいてきて白黒の車が到着するのは、そう間を置かない時間だった。
 
 
 

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