『白い世界が続く限り』 第十三話【目が醒めるとゲレンデだった】

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第十三話
 起きたらなんかもうみんな支度してた。
「おはーっす。」
 車のドアを少し開けてとりあえず挨拶すると、知ってる面々が挨拶してくれた。
 あ、一人新人がいるな。違うわ、いつみちゃんか。ウェアが変わってて一瞬判らなかった。
「みつまる、まだ寝ててもいいぞ~」
 事情を知ってるナックさんが気を使ってくれる。仕事納めで仕事残す訳にいかなかったから昨日は大忙しだったもんな、ウチ。工業団地に会社を構えてるお陰でいつも忙しいけど、この時期はやたらと仕事多いからマジしんどい。
 一番車を持ち込んでくるのナックさんの会社だけどな。デカい会社だから仕方ないけど。
 昨日帰ったの何時だったけなぁ。風呂はいってねぇから気持ち悪ぃ。
 つって、ここで寝てても来た意味無いしでバサッと毛布を投げて車から出る。さっぶ!清里マジさっぶ!
「歯、磨いて着替えてきます」
 カバン背負って下の更衣室に向かう。センターハウスとは真逆の方の、あんまり使われてない更衣室の小屋がある。夏に来るとここの広い駐車場でカーイベントとかやってて、この小屋が本部がわりに使われてるから意外と広くて綺麗なんだよな。
 支度して戻るとみんなが椅子に座ってお茶飲んでた。寒いせいか湯気がもくもくだ。
「もうチケット空きました?」
「まだ早いかなぁ?とりあえずしおさんとこ顔出して様子で買いに行けばって話してたところだよ〜」
「そっすね」
 ナックさんの車だけど勝手は知ってる。後ろ開けて着替えの入ってたカバンを乗せて、その代わりに折り畳み椅子と滑るときにいつも使うザックを出して座る。
 すっげぇ寒いのに動く気なし。まぁこう言うダラけた時間も悪く無いよな。
「軽く朝メシ食っていいっすか?」
 すぐ動く感じでも無いけども、一言言っておく。一瞬、ナックさんと目が合って許可とする。
 ザックからバナナと飲み物を取り出す。バナナは便利だよな、コンビニで売ってるし腹に溜まるし。
「しっかし寒いよねぇ」
 あきふゆさんが呟く。本気のマジ寒い。千葉出身の俺にはかなり寒く感じる。子供の頃よく行った群馬のゲレンデと違って、こっちの八ヶ岳らへんのゲレンデって寒いんだよな。だけど結構な確率で晴れてるから滑るのには気に入っている。
「今日は試乗メインっすかね?」
 どう言う話をしてたか知らんから訊いてみる。
「まずは半日そんな感じだね〜。いつみちゃんは片っ端から乗るでしょ?」
「あ、はい。その予定です。」
「みつまる君のは乗らない方が良いかもね。また買っちゃうだろうし」
 あきふゆさんに茶化される。気に入った板を買ってるだけなんだけどな。
 元々物に執着する質じゃないんだけど、スキボはなんか買い集めてる。シチュエーションで板変えると面白いし、それぞれに乗った感覚も違うから買い集めてたら部屋に収まりきらなくなった。たまたま寮の部屋が空いてるから許可貰って置いてるけど、置けなくなったらレンタル倉庫かな。

 スキボ始めたのは親のせいだ。ウチは親がスキーが好きで小さい頃から冬の遊びはスキーだった。なので高校くらいになっても家族でスキーしてたんだけど、この頃になると級を取れと煩くなった。オヤジはスキークラブに所属してプライズ検定に毎年チャレンジしていて、俺は高校にあがる前に三級を持ってた。
 そして次は二級とか言う話になったんだが、興味無かったんだよな。級を取るとなればそれなりに練習が必要……ってがイヤで、自由に滑るのに興味持ってた。
 ほら、フリースキーとかカッコいいじゃん?
 そんな中である時、オヤジと東京に行って板を買い換える事になった。多分その時にそのまま言うとおりに板を選んでいたら、今頃俺はスキーを辞めてたかも知れない。

 そこで目に付いたんだよな。短い板に。

 その時は軽い言い争いになって、オヤジに板を買って貰うんじゃなく自分で買った。高校に入ってからバイトしてたから多少お金は持ってたけど、予算の都合で欲しいのでなく安いのを買った。それでもなんか気分が良かった。
 早速滑りたくて次の週末に室内ゲレンデに電車で行って、そこでヤバい人に出会った。
 クッソ狭い室内ゲレンデなのにメッチャグラトリしてる背の高い変人がいた。そこで色々教えて貰って一緒に遊ぶようになって、その人には今の職場の紹介までして貰った。ナックさんだけどな。

 ゲレンデに出ると相変わらずの混雑だった。清里は人気ゲレンデだから混むんだよな。その人が集まるセンターハウス前の左手にテラスがあって、そこによく見たロゴの旗が立ってた。
「おはーっす。しおさん」
「お、みんなきたねーありがとう!今準備してるから滑ってきなぁ」
 黄色のベストを着たしおさんたちは忙しそうに試乗会の準備をしてる。スタッフの二人はライダーのケニーさんにちっちさんか、後で一緒に滑りたいな。
「他の人も来てます?」
 横に居たあきふゆさんが訊ねた。
「GRのいつもの人たちは早速滑ってるぜ。Aコースに向かったよ。」
「流石だねー。」
 毎週末を雪山で過ごす猛者が居る。キャンプカーなみに車泊道具揃えて各地で車中泊しながら滑りまくってる彼らは少し羨ましくもある。俺は車がボロい軽で、それが理由ってのもあっていつもナックさんと相乗りでゲレンデに来るけど、今貯めてる貯金が目標に達したら俺もやってみようかと思ってる。
 スキボ買うせいでちっとも貯金が増えないけどな。
「しおさん後で来るわ~」
 忙しそうなの察してナックさんが告げる。こういうのを見たことないせいかいつみちゃんは興味ありありな感じだな。
 そこで気付いた。
「あれ?ゴーグル買ったの?」
「あ、はい。あきふゆさんにクリスマスプレゼントって頂いたんです」
 話を訊くと、あきふゆさんが前にイベントで貰ったゴーグルとのこと。確かにあの時のゴーグルだな。
「それ、けっこう良い奴だよ、確か」
「そうなんですか?」
「普通に買うとそこそこするはず。俺のよりモノはいいよ」
 俺のは予算の都合もあって安物。見やすくはあるけど曇るんだよな。
「そんないいもの、頂いちゃったんですね。」
「使ってなかったんならいいんじゃね?よく似合ってるよ」
 白いフレームのゴーグルって、オレンジのウェアとあってるよな。
「え、あ、……そうですか?」
 なんか、初々しくていいな。
「いい板あればいいよな。」
「はい。それにしても沢山あるんですね。」
 GRのスタッフのみんなが板を並べて準備してるけど、ずらりと並んだそれは壮観だ。
「GRの板って全部乗った感じ違うから面白いよ」
 実際、GRだけでなく他のメーカーのものも持ってる俺は色々乗り比べてるけど、GRのは顕著に違いが判るんだよな。他のメーカーってスキボ試乗やらないから持ってないと比べるのが難しいけど、こうして試乗会やってくれないかな?
「始めたばかりの私でもいいんですか?」
「始めたばかりだからいいんじゃね?」
 実際、いつみちゃんはセンスありそうだもんな。バレーやってたって話しだけど、さすがって気がする。
 さて、滑りに行くか。
「いつみちゃん、滑りに行く?」
 と訊いて板を持ってない事に気付いた。
「あれ?板借りてないの?」
 そう言えば佐久穂ではしおさんに板借りてたんだっけな。
「レンタルで借りるつもりなんですが……今から。」
「ここで?だったら付き添おうか?」
「あ、独りで大丈夫ですよ、なんか悪いです。」
 とは言え、ほぼ初めてだろ?
「あ~いつみちゃん、レンタル行くならみつまるについてって貰いなよ。せっかく仲間で来てるんだし」
 ナックさんナイスフォロー。
「ってことで行こうか」
「ありがとうございます。」

 レンタルも混んでた。まぁピークは過ぎた感じで受付の紙を書く所は空いてたからすぐに借りれそうだ。
「これに書いて受付に出せば借りれるよ。」
 受付の紙にはちゃんと『スキーボード(ファンスキー)』って項目がある。よし。
「借りるときにちゃんとブーツ合わせしてもらうようにお願いしてな。自前のブーツに合わせてくれって頼めばやってくれるはずだから。」
「そういう感じなんですね。」
「他、あんまり知らないけどな。スキボレンタル自体あんまないし。」
「あ、それあきふゆさんも言ってました。なんでなんですか?」
「なんだっけな。詳しくはしおさんに聞いてみるといいけど、そもそもユーザーが少ないから儲からないしやってないってな単純な理由じゃね?」
「あ〜、需要と供給みたいな関係ですか?」
「そんなとこ?知らんけど。」
 いつみちゃんって、見かけによらず頭良さそうなんだよな。実際大学行ってるんだもんな、俺なんかよりずっと頭いいよな。
 いつみちゃんが受付に向かっていろいろ準備してもらってるのを見ながら遠巻きに見守る。こうして見るといつみちゃん、目立つな。ウェアの色もそうだけど、やっぱ背が高いし、胸でかいし。手足も長くて羨ましいわ。
 顔も、まあ地元の同級みたいなケバい化粧したらわかんねぇけど、どっちかっていうと整ってるよな。顔ちっさいし。
 整ってるって言えばあきふゆさんか。ただあの人は年上なのに年下にしか見えないからダメだな。化粧とかしてねぇだろ、あの人。仕事もどっちかって言うとドカタ寄りだしな。
 ってか、思い出したけどナックさんの嫁さんとかめっちゃ美人なんだよな。ナックさんがイケメンだからそりゃそうだろうけど、元モデルとかどこで出会うんだよ。
 ナックさんの嫁さんといつみちゃん並べて真ん中にあきふゆさん置いたら面白い絵面になるな。こんどやってもらうか。
 そんなこと考えてたらいつみちゃんが青い板を手に戻ってきた。
「お待たせしました。」
「じゃ、行こうか。」
 なんとなくホクホク顔なのが見て取れる。いつみちゃんって、言葉数少ないけど割と表情見てると楽しい感じだな。リアクションが煩いあきふさんとは大違いだな。
「そのブーツも新品なんでしょ?楽しみじゃん?」
「あ、はい。」
 上がってる気分をもう少し押してやると表情がもう1段階明るく見えた気がする。
 喜ばせるの面白いな。

 そのまま一滑りする話になって、俺たちはリフトに並んでいた。
「今日も混んでるねぇ。」
 あきふゆさんが隣で呟く。
「本当にな。年末年始だししょうがないんじゃね?」
 世の中は正月を控えて休みだから、当然こういう所は混み合う。ファミリーに人気の清里はなおのことで、リフト待ちも相応に長い。
 今並んでいるリフトは初心者向けのコースのリフトで、このGコースは真っ平でまっすぐだからグラトリが捗る。500mの短いコースだけど、リフト併走だからギャラリーもとれるしな。
「あれ?今日はODじゃないんすね」
 ナックさんがいつもの赤い板に乗っていないのに気づいた。
「たまには昔の板履こうかとおもってね〜。懐かしいっしょ〜」
 確かにそれはすごく古く板だ。今は生産してない海外メーカーの骨董品だけど、今でもファンが多い特別な板でもある。俺も持ってるけど、プレス系の技が異様にやりやすいんだよな。
「最近、ノーズマニュアルやってないからね〜オーバードーズは少しやりにくいし」
「あー、確かにあの板は汎用性高いけどニッチな運用は適さない板っすもんね。」
「ニッチとか言うなニッチとかぁ。結構憧れの技なんだぞ?」
「知ってますって。俺苦手なんすよね、ノーズ系の技」
「出来るのにやらないからだろうねぇ。」
「だって、踵痛いんすもん」
「次ブーツ買うときは、いつみちゃんみたいにちゃんと選んで買おうな~」
「選んだつもりだったんすけどねぇ。ブーツ選びは難しいっすよ」
 スキボ師匠でもあるナックさん。しおさんとの付き合いも長いから色々知ってるんだよな。
「いつみちゃんはそのブーツ、いまんとこ痛くない?」
 ちょうど話がそちらに向いたので話し掛けてみた。
「えーと、どうですかね?まだ滑ってないですし。でも痛みとかは全く感じなくて良いです。スキー教室の時のブーツは履いてすぐ痛かったです」
 奮発しただろうその新しいブーツ。俺も板ばっか買ってないでそろそろマトモなブーツとかゴーグル買うべきかなぁ。
 

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