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せっせと墓穴を掘っている

年末年始にかけて、お店がお休みなので、多少は時間が空くだろうと思ったのだが、メンテナンス年賀状作業など、案外その時にしか出来ないことが目白押しで、期待通りにはいかなかったりする。

が、ちょっとくらいは、お休みっぽいこともしなくてはと、普段やりもしない「読書」なんぞを試みようと図書館へ行く。

何の気なく棚を眺めていたら、椎名誠さんのコーナーで

・「ぼくがいま、死について思うこと/新潮社」
・「遺言未満、/集英社」

といったタイトルの本が目に入ってきた。

椎名誠さんといえば、僕らの世代(現在53歳です)では、「強い男」の象徴のようなところがあって、実際僕の周りの、ちょっと悪ガキっぽい連中でも、彼の本だけは読んでいる、なんていう輩は結構多かった。もちろん僕もその口だ。

成人してしばらくは、なぜか遠のいてしまっていたのだが、今頃になって、氏のこのような題材の著書を目にすると、「ああ、時間って経ったんだなあ。」などと、勝手に感慨に浸ってしまう。

そこで、新年の善行のひとつとして、

・「わしも「死」について考えた。」(椎名誠風)(笑。


ところで、これは毎年思うことなのだが、正月に親父の墓参りに鎌倉の腰越へ行くと、故人と、そして存命のお袋には申し訳ないのだが、

「ここには入りたくないなあ。」

と思うのだ。

いや、あの寺が嫌だとか、親と一緒なのが嫌だとか、そういう事ではない。

「墓」という閉じた環境に押し込められるのが嫌なのだ。

先の椎名さんの著書でも、氏のこれまでの旅路で出会った様々な「葬送」について触れられていた。

火葬、土葬、風葬、樹上葬、ミイラ葬、水葬、鳥葬、舟葬、樹木葬・・・。

この世には、本当にいろんな葬られ方がある。

他の国の、文化的背景からくる「葬送方」を否定するつもりはないが、

最終的に「墓」という固定された土地に葬られるだけは、どうにも気が進まない。


当然のことだが、我々人間も自然物のひとつにすぎない。

したがって、自然の摂理からすれば、死ねば早々に元のサイクルに戻してあげるのが筋で、「墓」という閉じた環境は、少なからずそれを阻害する。

まあ、もちろんどんな埋葬の仕方であれ、長い年月でみれば自然のサイクルに戻ると言えるのかもしれないが、それを鑑みたとしても、やっぱり僕自身は出来るだけ早くそのサイクルの中に入りたいと思う。

そう考えると、水葬や鳥葬が適しているのかもしれないが、幾ら何でも現代において、それはちょっと難しいと思われるので、やっぱりしかるべき施設で綺麗に焼かれ、その骨を海なり山なりに撒いて自然に返す「散骨葬」がいいんじゃないかと思っている。


「散骨葬」


極めて自然の摂理にかなっているのではないか。

「墓」など要らぬ。

今後はそれが主流になれば良いとすら、思う。
(以前にも書いたが、僕の父方の実家は「お寺」で、こういうことを書くとちょっと・・・、なのだが。)


「それでは故人を偲ぶ場所がない」と仰る方もおられると思うが、そもそもこの先何代にも渡って偲ばれるべき人物など、そうそういるだろうか。

元来、「墓」というものは、それ相応の地位の人のみに許されたものであって、極々一般の庶民など、祀られるような習慣はなかったはずだ。

死んでまで、生きている人達の貴重な「不動産」を占拠して良いはずがない。

偲ぶ人のいない人間は、せめて物質として早々に自然に帰るべきである。

「自然を愛でる」のが、最大の供養。

それで、いい。

(それに、話は逸れるが、皆が皆、なかなか自然のサイクルに戻せない「埋葬」を選んだとしたら、なんだか地球上の物質のバランスが崩れるような気にすらなる。
最近、人類が怒りっぽいのは、もしかするとカルシウム不足なんじゃないかと、冗談ではなく真剣に思っている(笑。)


それでは、極々一般庶民は、どうやって故人を偲べば良いのだろうか。

それこそ、インターネットの役目である。

インターネットの世界では、個人の主義主張や趣味思考などは、いくらでも表現し放題。その人間がどういった人物だったのかを知るには、まさにうってつけの場所である。しかも、ほぼ「無料」。名前しかわからない、家族しか訪れない(いればの話)「墓」とはえらい違いだ。


以前、仏教学者の佐々木閑さんが、著書「ネットカルマ/角川新書」の中で、「インターネットは人類の墓場である。」という趣旨のことを述べられていたが、全く御意に感じる。

インターネットに流れた情報は、いつまでも漂い、永遠に残る。

我々が、日常何気なく呟いているその言葉は、そのまま自分の墓標を刻んでいるに他ならない。

ネットに残る、無数の墓標。


人類が作り上げた、最大の墓場。


実は、皆様も僕も、日々こうしてせっせと「墓標を刻んでいる」という訳です。


僕の場合、内容としては「墓穴を掘る」に近いのですが・・・。


神保町へお越しの際は、是非お立ち寄りください。

いえ、誰も墓参りしてくれる人がいないだけですけども(笑。

お待ちしております。


Life / The Mighty Bop
Yellow productions
2000

(本文の最後に、お店でよくかける音楽を紹介しています。お家でお酒を飲まれる際に是非どうぞ。今度お店に聴きに来てくださいね。)

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