楽器が弾けない私が半年で東京藝術大学の音楽環境創造科に合格した方法

 このnoteでは、高校三年生の夏から音楽環境創造科を志望し、合格するまでの半年間の私の体験をお伝えします。同学科を受験しようと考える皆様の
お役に立てたら幸いです。
 前半は音楽環境創造科の概要と私の受験体験記、後半は各試験について具体的に行った対策について記述します。

はじめに——音楽環境創造科とは

 音楽環境創造科(音環)は、2002年に設立された東京藝術大学の中で最も新しい学科です。ホームページの専攻概要を見ると、「従来の枠をこえた観点で音楽芸術の創造――」などと難しいことが書いてありますが、基本的には器楽科や作曲科など音楽学部の他の学科に含まれない領域を広くカバーする学科であると考えてもらっていいと思います。
 入学後は「音響」「創作」「アートプロデュース」の3つのプロジェクトに分かれてそれぞれが自分のしたい研究をしていくことになります。よく勘違いされていますがこれらすべてを網羅的に学んでいくというわけではなく(授業を受けることはできますが)、あくまで自分が所属しているプロジェクトを中心的に学んでいくので、面接などで「音響技術を生かしたアートプロジェクトマネジメントを——」などと言うと「同時にはできないけど大丈夫?」と言われるかもしれないのでご注意ください。

なぜ音環を志望したのか

 知り合いに藝大を受験している人がいて、たまたま藝祭(藝大の文化祭のようなもの)でもらってきたというパンフレットを覗いてみたところ、音環というものがあるらしいということを知ったのが高校三年生の夏。
 当時の私は藝大に興味が無いわけではなかったものの、才能に溢れているか幼少期から英才教育を受けている人たちが行くようなところで自分には縁の無いもの、と思っていた(入学後に、音環以外の学部については大体その認識が間違っていなかったことを確認しました)ので、ちょっとした興味でこの学科のことをすこし調べてみると、情報はかなり少ないものの卒業生にでんぱ組.incのプロデューサーである福嶋麻衣子さんやWONK、millennium paradeのキーボーディストである江﨑文武さんなどがいて、藝大の閉鎖的なイメージに比べると比較的社会との接点が多そう——。クラシックはほぼ聞いたことが無い私でもこの試験方式ならいけるかもしれない、と思ったのが志望を決めるきっかけでした。この時点で高校三年生の2学期に入っていたので、かなり遅い方だったのではないでしょうか。

音環の入試概要

 音環の入試の概要を説明すると、共通テスト500点 + 音楽に関する筆記試験 200点 + 小論文100点 + 面接200点 の計1000点満点で、得点の高い順に上位20人が合格する仕組みとなっています。特徴的なのは藝大の他の学科と比べて共通テストの比率が高いことと、試験に面接が含まれることです。
 基本的に藝大は共通テストの得点はそれほど重要視されない(3割以下でも受かる人がいる)ですが、音環においては共通テストは全体の得点の半分を占め、ボーダー得点率もおよそ80%と美術学部の芸術学科84%に次いで2番目に高くなっており、学力はかなり結果を左右するファクターです。
 面接に関しては作曲科などにもありますが、音環の面接は「自己表現」を含む特殊なもので、「演奏」「パフォーマンス」「プレゼンテーション」のどれか(あるいはこれらを組み合わせて)で5分間の自己表現を行い、その後に15分間の質疑応答で計20分間で行われます。

難易度・倍率

 20人の枠に対し例年大体130~140人の志望者がいるので、倍率は6~7倍くらいになっています。藝大の中では突出して高いというわけでもないですが、他の大学と比較すると7倍という数字に恐怖を怯えるかもしれません。
 ですが倍率の高さは定員が少ないことによるもので、何千人も受けるような試験とは違うのでむやみに恐れる必要は無いと思います。詳細は後述しますが、実際に受験してみて体感では受験者のレベルもそれほど高いわけではないように感じたので、倍率で躊躇している皆さんはぜひチャレンジしてみると良いと思います。

注意点

 音環に関して調べている方の中で、「音環の入試は一発芸入試」であったり「音環は面接で全てが決まる」「インパクトや創造性、芸術性が必要」といった情報を目にした方も多いと思います。音環は得点開示ができないので、真実は誰にもわからないですが、私はこのような言説は誤りだと考えています。
 そもそも面接の配点は 200 / 1000 しかないですし、音環は創作だけをやっている学科では無くて、音楽文化の研究や録音技法の習得、アートプロジェクトの運営など入ってからやることも人によって全く違います。もとより明確に差を付け辛い試験方式ですし、面接で見られているのはむしろなぜこれをしたのか、なぜこの学科に入りたいのかを論理的に説明できるかということなのではないでしょうか。
 受験するにあたって多くの情報を集めることは大事なことですが、私も含め個人の視点では主観的が過ぎてわからないことが多すぎますし、いたずらに不安を煽って情報に投資するよう持ち掛けるような手口もあるかもしれません。入学してから気づきましたが、音環に関してインターネットにある情報は本当に玉石混淆で、学科の卒業生など一見信ぴょう性のありそうな経歴に見えたとしても、当時から時間が経ってすっかり変わっていたりして現在は違う、というようなことはたくさんあります。
 基本的には募集要項や入試情報サイトの出題意図など、大学から与えられる情報を基準にして考えるべきだと思います。与えられた情報をしっかり理解し、自分なりに考えることを第一にして、インターネットで得られた情報は補助的に用いるのが良いでしょう。

受験期の計画

 志望したのが遅かったこと、さらに滑り止めで私大を受験することを決めていたこともあり、実際に対策に取り掛かったときはとにかく明確な目的意識を持って勉強することを心がけていました。具体的には筆記試験の為の勉強と、面接のための情報収集の二つの必要性を感じ、詳細は後述しますが点が獲れるところを落とさないこと、差がつくところでしっかり得点を稼ぐということにフォーカスしました。
 重要なのはとにかく過去問等を見て自分に何が足りないのかを把握してそれに応じた対策をすることです。高校一、二年生であればなんとなく聞く音楽のアンテナを広げたり芸術に関心を持つだけでもいいかもしれないですが、高校三年生以上は漠然とした対策をする段階ではなく、いかに他の受験生と差を付けるかということを意識する必要があります。
 私は共通テストまでは面接や筆記の対策をほぼしていなかった上に、直前期はかなり気が抜けてしまい十分な準備をしなかったという気がしていますが、そんな私でもなんとか合格できたのは現状から目標点までをどこで稼ぐかをある種戦略的に捉えてきたからだと思います。ただし実際には1月中には併願校の出願等で忙しかったり、大学からの指示をこまめに追うだけでも大変だったりと想定外の事態も起こりますので適度にマージンを取って対策に臨むことを推奨します。
 入学後に試験の話をして思ったのは、「これを知っていないと受からない」というような情報は無いと言うことです。限られた情報からきちんと求められているものを理解し、深く考えることができる人が受かる可能性が高いです。準備量の差が合否に直結するわけではないですし、時間が無いからといって悲観的になる必要はありません。他の受験生も皆限られた情報と時間の中でやれるだけのことをやってくるわけですから、淡々と目標に向けてできることを積み重ねていくのがいいと思います。

実際に受験して思ったこと

 他の学科と比べると受験者が多いこともあり、受験時の待機場所は音環の受験生が多くいます。音環の試験は一次試験と二次試験に分かれており、二次試験に進むのは60名と受験者の約半分なので、二次試験まで進むとかなり減った感じがすると思います。
 受験生の雰囲気としては、中には派手な容姿の人もいたりしましたが大多数は真面目な印象を受けました。おそらく友達と一緒に受験するような人も少ない(合格した人どうしでも入学前からの知り合いはほとんどいない)と思われます。合格した人たちがみな個性的なわけでは無いので、「受かるには強い個性が必要」ということも無いので安心してください。
 地方から来ている人も多く、入学者はむしろ東京出身の人がほとんどいないくらいです。藝大には寮がありますし、寮は上野キャンパスよりも音環がある千住キャンパスの方に近いので地方出身者にも優しくなっています。試験が何日もある都合上地方出身者は大変ですが、受かった人はたとえば東京近郊に住んでいる親戚を頼ったりしている場合が多いです。

合格時の心境

 藝大は合格発表が遅いので試験後しばらく眠れない夜を過ごす人も多いと思います。私としては落ちたら落ちたで適性が無かったということで諦めようと思っていたので基本的には平静に過ごしていました。併願していた私立に受かっていたこともかなり精神的に余裕をもたらしてくれました。面接時の感触はけして良いものではなかったですが、そもそも音環に関しては面接が終わった段階で受かったことを確信できるような人はまずいないので、過ぎたことは振り返らず受かったときと落ちた時誰に一番に連絡するかなどを考えていました。中学生の頃から音環を目指している人もいるようなので、この試験に人生が懸かっているような感じがする人もいるかもしれませんが、大学受験はあくまで通過点ですので、その先に何がしたいかということを考えるのも良いと思います。
 合格発表の日には藝大のサイトが落ちるという毎年の恒例行事のせいで想定よりも待たされることになり、この時は流石に緊張しました。自分の受験番号を見つけた時は大変嬉しかったですが、中々信じることができず、入学手続きの書類が来てようやく実感を得ることができたのを覚えています。

各試験の具体的な対策について

 ここから先は、私が各試験に対して行ってきた対策をできるだけ具体的に紹介します。必要な対策はそれぞれ異なると思いますし、同じように対策すれば絶対に受かるというわけではないので、一つの参考として投資する価値があると考えた場合のみお読みください。

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