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「文字と本とものがたりと」

文字と本とものがたりと

「長く短い人生で、苦い想いを心に抱いた時、キャンディだって毒になる
時折キャンディよりも、甘い物語が苦い想いを打ち消すだろう
甘い物語が苦い物語に感じたなら、それは死よりも悪い運命だ」

この詩集で間違いありませんか?
そう、それならば、良かった。
私も好きなんですよ、この詩。
長い詩の中の、この一文、私も好きなんです
この文字列の中で、文字より長い物語を、私は感じます。
言葉の裏にある物語はどれくらい長いんでしょうね。

……文字は文字、言ってしまえば、ただの記号です。
記号の列が言葉を紡いでいく。言葉を並べることで文章になる。文章が並ぶことで感情が生まれる。生まれた感情の集まりが、数枚・数十枚・数百枚の紙に書かれ、本というものになる。その本が大切にいつまでも伝え残す「ものがたり」。
その「ものがたり」が好きなんです。
私は様々な「ものがたり」を愛して、本を集め、この小さな図書館を作ってしまいました。

すみません。
図書館で静かにすることを注意するべき人間が、あれこれお話ししてしまって。
お客様の選ばれた本が、私の、特にお気に入りの「ものがたり」の本ばかりだったので、つい……。

え?
もう少し私の「ものがたり」の話を聞きたい、ですか?
……そうですか。
今日はお客様のほかには、お見えになっている方もいらっしゃいませんし、陽も落ち着き始めたみたいですから。

そうですね。この建物に「ものがたり」を集めた、私の「ものがたり」を、少しお話しさせていただいてもいいのかもしれませんね。

「ものがたり」

ある人にとっては大切なもの。
ある人にとってはどうでもいいもの。
ある人にとってはあってもなくてもいいもの。
ある人にとってはなくてはならないもの。

私にとって、「ものがたり」は…命そのもの。
そう、思います。

「本」というものひとつひとつにこめられた「ものがたり」を私は愛さずにはいられないのです。
文章が織りなす喜怒哀楽が「ものがたり」として、紙に刻み込みこまれ、ひとつにまとめられて本というものへとなり、私の手元に届く。

ある本は、お洒落な女の子がふとした出来事から冒険に出ることになる軽快な「物語」で、私にドキドキとワクワクを届けてくれました。
ある本は、不可思議な運命に左右される小説家の一生を描いた「者語り」の世界で、一喜一憂しながらひとりの人生を追体験させてくれました。
ある本は、詐欺師同士の息つまるような駆け引きでだましだまされ、読んでいる読者をもだます「物騙り」へと私を引き込みました。

そんな「ものがたり」の世界にひたる時、私は心の底から喜びを得るのです。
文章に託された人間のよろこび・いかり・かなしみ・たのしみに心を動かされ、私は「ものがたり」の世界に入っていく。

「ものがたり」を託された文字たち。
時には童話として子どもの心に好奇心を育てます。
時には詩集となって短い文章として並び、知性や想像力を刺激します。
時には事実を並べたノンフィクションの世界が、人びとの心を揺り動かします。

ノンフィクションの中で、特に印象深く残っている「ものがたり」があります。
ある黒人の女性ジャズシンガーの本です。
貧しく生まれ、酒場で歌い始め、見初められて、少女歌手としてデビュー。美声で有名になり、成長とともに色気ある顔立ちになり、伸びやかな歌声で人気を得ました。
しかし、差別や偏見、また人間関係のもつれ……様々な困難が彼女を追いつめました。
彼女はアルコールで現実から逃げようとし、ついにはいけない煙に手を出しました。おかげで生活は荒れ、のどは焼け、評判は落ちていき、おちぶれたまま、彼女はこの世を去りました。
しかし、しわがれた声で歌うジャズ・ブルースを記録したレコードは音楽の「奇妙な果実」として、かつての美声とともに、死後、再評価されました。
彼女の人生は今も語り継がれる栄枯盛衰の「ものがたり」として、人びとの、私の心をつかみます。

「ものがたり」を愛すること。
それは私にとって、命を愛すること。

私は数々の「ものがたり」に心を救われてきました。
喜びを教えてくれる、人生の指針になるような「ものがたり」がありました。
怒りを覚えた時、心をいさめてくれるような「ものがたり」がありました。
哀しい想いに、そっと寄り添って慰めてくれた「ものがたり」がありました。
楽しい気持ちを、より膨らませてくれた「ものがたり」がありました。

私は数えきれないほどの文字を見つめ、本を読み、「ものがたり」に触れていく。そしてこの図書館へ収める。
「ものがたり」に心を救われた私は、そうやって「ものがたり」を救っていきたいのです。

そういえば、その詩集に、こんな続きがありました。
「死より悪い運命より、もしも悪い運命があるのなら、それは物語のない人生だ」

私は「ものがたり」に囲まれた人生を送っています。
今までも、今も、これからも。
それを幸福な運命だ、と、信じます。

この想いもまた、ひとつの「ものがたり」かもしれません。

だいぶ陽が落ちてしまったようですね。
私も話すことに夢中になってしまい、気づきませんでした。
貸出のお手続きをしましょうか。

私で良ければ、この図書館にいつもおりますから。
とっておきの「ものがたり」をご用意して、お待ちしていますね。


【補足】
この作品は差異等たかひ子さん(https://note.com/sayonaratukiyo)が主宰する「カフェあめだまプロジェクト」で、2018年9月1日に行われた「言の葉テント」用に書き下ろした朗読用テキストです。
このイベントは、まず「物書き」が文章を書き、それを「デザイナー」が1枚のフレームに収め、それを受けて更に出来上がったテキストを「役者」が朗読してお客様にお届けする、という、作り手をmixした催しでした。

この時は、「物語」がテーマでした。
そのテーマをこねくった時に出て来たフレーズが「文字と本とものがたりと」でした。

デザイン用のテキストを小田急線町田駅のホームで、iPhoneに向かって口述筆記したのを覚えています。そのテキストを演劇集団LGBTI東京に所属している役者・デザイナー等々で活躍されている立花みず季さんにデザインしてもらい、文章とデザインが組み合わさったアート作品がひとつ出来上がりました。
その作品を元に、旧知の仲である女優の三枝ゆきのさんに当て書きをした10分のテキストを書き、朗読してもらいました。三枝さんに当て書きをする際には必ず彼女の校閲を入れてもらいます。俺は自分のことを「台本書き」であると称しています。あくまで「作家」のリズムで台本を書きます。書きやすいリズム感に任せて初稿を書き上げ、そこから「役者」のリズムへと落とし込んでもらう作業を行います。もちろん誰にでも、という訳ではありません。三枝さんと組む時は、自然とこの作業に入ります。

当日は2回公演。
幸いにもご好評を頂きました。

諸事情により音源はお出しできないので、文字だけですが、小さな図書館を想像して読んで頂ければ幸いです。

サポートいただければ嬉しいです 今後の教養の糧に使わせていただきます!