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風を切って移動したくなる都市・ニューヨークの自転車政策

以前、書籍『Walkable city』で有名なジェフ・スペック氏が語るTED Talkを見た際、印象的だった言葉があります。

ウォーカブルシティを分かりやすく定義すると、「自動車が必要不可欠というより 選択肢の1つであるような都市」のことです。

ウォーカブルシティ=自動車はあくまで「ひとつの選択肢」である都市

この言葉を読み解いてみると、つまりウォーカブル都市の重要な視点の一つは、自動車以外の移動手段が日常的に使いやすい都市であるということではないでしょうか。

そのためには、自動車の代替となる手段によって快適に移動できる環境が必要であるともいえます。

以前このマガジンでも、ウォーカブルなまちをつくる手段としてのバス交通について、小山市の事例を浅見さんが紹介してくれました。
本記事では、交通手段としての自転車に焦点を当て、ニューヨーク市交通局の情報発信等を参照しつつポイントを解説していきます!(参考資料等は記事最下部へまとめています)

自転車は効率的・お手頃・公平・健康的・環境にやさしい。メリットの多い移動手段!:ニューヨークの取り組みから

ニューヨークでは、2007年に策定された長期計画(いわゆる総合計画)であるPlaNYCに基づいて、様々な都市政策が実行されています。

日本と異なり、まだまだ人口増が見込まれるニューヨークでは2030年までに900万人を超えると言われているため、それを前提として様々な都市機能を向上させることで市民生活の質を高め、同時に環境課題に立ち向かうことを目指した計画が立てられています。

ニューヨーク市では交通局(Department of Transportation’s)が主体となり、様々な施策が実行されており、自転車施策については大きく5つの柱に分類できます。

(1)自転車専用レーンの整備

ニューヨークで自転車レーン(自転車専用道)が最初にできたのは1894 年。ブルックリンにアメリカで初めてできた自転車レーンでした。その後、1993年にA Greenway Plan for NYCという計画で道路を「自転車と歩行者のための道」ともすることを求めて以来、現在に至るまで全長約2200km以上の自転車ネットワークが整備されました。

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1997年から2019年の間に整備されたバイクレーンの変遷(DOT資料より引用)

ニューヨークは2014年に、「アメリカで最も自転車が快適な都市」に選ばれていますが、経過を見るとそれまでに長い年月をかけてきたことがわかります。またDOTのプロジェクトサイトみると、地域との協議をコツコツと重ねながら進めてきたことがうかがえます。自転車ネットワークを広げることで、より安全・快適な移動がしやすくなり、自動車等での移動を減らして自転車利用者を増やすことを意図しています。

さらに安全で快適な自転車利用を進めるための最新計画であるGreen Waveプランでは、自転車保護レーンを約50km/年整備することや、自転車保護レーンのある道路のネットワークを拡充することが明記されています。

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もちろんニューヨークでも最初から完全に安全な状態の自転車レーンができていたわけではなく、徐々にアップグレードしています。そのうちの多くは車道を減少させたり、幅員構成を変更するということも行われています。

道路構成の変更による自転車レーン整備は、ウォーカブル推進+人口減少が進展する日本にも適した方法ではないかと思います。

(2)自転車マップの作成

これら自転車ネットワークは毎年更新されてバイクマップとしてまとめられています。DOTのwebページでPDFでダウンロードできるほか、市内の自転車店や公共施設でも配布しているそうです。

日本ではいまデジタル化(DX)が叫ばれていますが、ニューヨークがさすがだなと思うのは、マップがオープンデータとして公開されています。さらにユーザーとして嬉しいのは、これがGoogle mapにも表示されていること。専用道なのか、レーン有りなのかも分けて表示されているという。行政データがオープンデータになることの素晴らしさ・・・!

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そのほかにも、マップの凡例をみているだけもそこをどんな状態で走れるのかがわかるので、眺めてルートを想像するだけで楽しいです。

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またニューヨークにはGreenwayと呼ばれている特別な自転車レーンもあり、これは海岸沿いなどに設けられているレクリエーション用道路のこと。ここは通常の自転車レーンとは異なり、歩行やジョギングなどでも利用できます。

(3)バイクシェア(自転車シェアリング)

ニューヨークには、citibikeというバイクシェアリングプログラムがあります。その名の通り、金融機関のCitiグループがスポンサーとなり、4,100万ドルを拠出して設置されました。自転車にはシティグループの企業デザインが施されています。2013年にサービスがローンチされてから、なんと82億回も利用されているそうです。

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このシェアバイクの特徴は、自転車を持たない人の近距離移動や観光客の足となる自転車システムという位置づけで運用されていることです。料金体系は、シングルパス(1回乗車)、デイパス(1日乗車)、年間パスの3パターン。かつ、1回の乗車は基本30分までで、それまでに移動先のポートに戻さなくてはいけません。

日本ではシェアサイクルの盗難や回収に苦労している地域も多いと聞きますが、CitiBikeは事前カード決済となっているため、ポートに戻さなければ延長料金を課金されてしまいます。

私もニューヨークを訪れた際に利用しましたが、これはめちゃくちゃ便利でした。ユーザー視点からみた便利ポイントをあげてみます。

①とにかくたくさんポートがある!どこでも乗り降りできる安心感。
主要な交差点にはほぼすべてあるのではないかと思うくらい、ポートがたくさんあります。停めようと思っていった先が満車でも、すぐ近くにもポートがあるので、返す場所には困りません。

②ポートの状態がweb上やアプリで見られて便利。
CitiBikeのサイト上やアプリでポートの状態がみられるほか、オープンデータになっていることでGoogle マップでもポートの場所を見ることができます。ニューヨーク観光をした際には、どうやって移動しようかなと経路検索をするたびに、地下鉄、タクシーに乗る以外の選択肢として常にシェアバイクがあったので移動のストレスはかなり低かったです!

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(4)無料駐輪場の整備

シェアバイクは専用ラックがありますが、ニューヨークでは一般自転車のための無料ラックも充実しています。市が設置しているこの無料ラックは「シティラック」と呼ばれており、現在は市全体で28,000個以上が設置されています。こちらもオンライン上でマッピングされたものが見られます。
出かけた時に、自転車を置く場所の心配をしなくても良いのは心理的安心につながります。気軽に自転車で出かけようという気持ちになれますね。

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駐輪ラックを置く場所の配置もストリートデザインマニュアルに定められており、通行の邪魔にならないようにきちんと配置設計されているようです。

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この無料駐輪場を増やす取り組み全体はシティーラックプログラムと位置付けられており、市民とのコミュニケーションのなかで設置を推進しています。どんな取り組みをしているのかみていきます。

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駐輪場といっても日本のような面的な駐輪場ではなく、繋いだり立てかけるタイプの駐輪用ファニチャーを設置している。(DOT webサイトより)

市民とのコミュニケーション① 駐輪ラックの設置場所を市民が提案できるDOTはwebサイト上で、市民から駐輪ラックの設置場所提案を募集しています。そのなかでも、主要な道路に面した場所など、特に設置の優先度を高くしている場所も明示されています。

・バイクレーン沿いであること
・交通機関(地下鉄の駅など)の近くの歩道
・商業的なゾーン内、ショッピング街区
・市営の施設(例:公共図書館、学校、病院)

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設置場所をリクエストする際には、これらの駐輪ラックについての心配事に関するアンケートを組み込み、設置にあたっての市民の不安を事前に払拭する取り組みをしている点も大事なポイントです。

市民とのコミュニケーション② 問題のある駐輪ラックを通報できる
近隣の駐輪ラックに問題が発生していた場合、市民はwebサイトを通じて市にに知らせることができます。例えば保守点検が必要な場合や、損傷によって交換が必要な場合など、市民に対応が必要な駐輪ラックの場所・状態を知らせてもらうことで、市が状態を把握し、メンテナンスの効率化を図ることができます。
そのほか、駐輪ラックに置きっぱなしにしてある自転車や、不法投棄と思われるものの除去についても市民から報告できる仕組みとなっています。

これらシティーラックプログラム以外にも、様々な形態や官民連携パートナーシップによって駐輪場を増やし、より快適な自転車移動や通勤ができる環境づくりを進めています。

・メンテナンスパートナーがいる場合に設置できるBikeCorrals
・駐輪シェルターを設置するBike Parking Shelters
・自転車を建物内のワークスペースまで持ち込むためのBikes in Buildings

(5)安全な利用のための啓発活動

自転車利用環境を整えることで利用者数が増えますが、同時に事故が増える可能性も高まるため、安全のための啓発活動も活発に行われています。
ニューヨークの安全啓発の表現はビジュアルがポップで親しみやすく、わかりやすい!交通安全というと、日本ではダサくて堅いイメージになりがちですが、ユーザーが読みたくなる・分かりやすいデザインは大事ですね。

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ニューヨークでは様々な取り組みがされているのですが、その中でも私がすごいと思った取り組みを紹介します。
こちらのYoutubeは、低視力や盲目など、目の見えない人に対して配慮することの重要性をアピールする動画。その下に貼った画像は、自転車に乗る人がどのような配慮や注意をするべきかを明示してあるものです。


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注意して見ること:白と赤の長い杖を持っている人や盲導犬と一緒に歩いている人に注意してください。障害のある人はあなたを察知してどれくらい距離があるのかなどをを教えてくれるとは限らないことを覚えておいてください。
待つこと:常に歩く人を先に行かせ、横断歩道を空けておくこと。歩行者には、シェア歩道とグリーンウェイを通る権利があることを忘れないでください。盲導犬やそのオーナーの周囲で乗ってはいけません。
警告すること:歩いている人の近くで速度を落とし、ベルを鳴らすか声をかけて、あなたが近づいていることを知らせること。

そのほか、主要な取り組みとして自転車利用ガイドブック「Bike Smart」の発行(10か国語の多言語対応)や利用促進キャンペーン、交通安全イベントの開催、自転車乗車ルールの警察による取締りなども厳しく行われています。すべての取り組みはこちらからチェックしてみてください。現在はCOVID-19対応の注意事項も掲載されています。

(6)利用者統計とレポートの作成

最後に、なぜニューヨーク市がここまで自転車環境を整え、利用を促進してこれたのか?それは長年にわたって関連データを取り、さらには年次ごとのレポーティングを行うことで、エビエンスに基づいた施策の実行と更新を行ってきたからです。

定期的な自転車乗車数のカウントや、利用者統計、バイクレーンネットワークの調査、事故データ、さらにはシェアバイクの利用履歴に基づいた統計などもオープンにしています。

これらの調査によって、自転車レーンがニューヨーク市の移動の安全性、移動性、経済活力の向上にどのように影響してきたかを評価し、さらなる推進力をつくってきました。

まとめ バイクフレンドリーなまちづくりにむけて

ニューヨークの自転車施策を通じて、これからの日本にも参考になりそうなポイントをまとめてみます。

1.長期的な視点に基づいて環境整備と啓発を地道に続けること。
ニューヨークは何のためにそれらを整備するのかという目的・フォーカスが明確であり、長期ビジョンに基づいてコツコツと続けてきたからこそこれだけの自転車ネットワークを築けているのではないかと思います。まずはウォーカブルな都市づくりのために、自分のまちではどんな移動手段が必要なのか?を議論し、地域の状況に合わせて目的・フォーカスする点をしっかりと定めることが重要だと思います。


2.自転車を利用しやすい環境は市民とともにつくる。
ニューヨークでは、自転車レーン整備のためのワークショップや駐輪場のリクエストなど、市民の声を反映しながら環境づくりが進められてきました。一方で、例えば東京都は2020年度までに約100kmを整備するという方針を出していましたが、いつもの道路に気がついたら自転車マークのペイントがされ、走ってはみるものの、利用者が安全快適に走れる道になっているかというといち住民の観点からは微妙でした。また意見聴取は一定期間しか開かれておらず、必ずしも市民とともにつくる仕組みにはなっていません。

自転車レーンがあっても停められる場所がなく、仕方なくガードレールやおけそうな場所に不法駐輪...というパターンも頻繁に見かけます。自転車の通行空間だけでなく、自転車の停車空間についても考えていく必要があります。

とはいえ日本ではまだまだ始まったばかり。あのニューヨークだって、本格的に取り組み始めてから20年でようやくここまで...!と考えると、今後のアップデートを応援したい気持ちになります。


3.データ化することでユーザビリティが高まり、さらなる利用促進につながる。
自転車レーンや駐輪場、シェアバイクの位置などがすべてweb上でオープンデータとして公開されており、それらがGoogleマップなど市民が利用しやすい形で活用されていることが利用促進につながっているように思います。行政サービスのDX化も叫ばれているいまだからこそ、データを取得し、それらをどう扱うかという戦略性をもつことが求められると思います。

4.サイクリスト本人だけでなく、周りの人も安全に過ごせるよう想像力を巡らせること。
まちのなかには、様々な状況に置かれている人がいます。自転車を単独で使う人、子どもを前後に乗せた人、自転車の側を歩いている人、何らかの理由で自転車に気がつくことができない人など、自分以外の人の状況を想像したり、それを想定した利用時想定を頭に入れておくことが必要です。

交通安全の啓発というと、ダサくて堅いイメージになりがちですが、ニューヨークのように楽しいイベントとコラボレーションしたり、ポップなビジュアルづくりやキャンペーンの工夫で親しみやすさも変わってくるのではないでしょうか。

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このマガジンでは、ウォーカブルシティづくりのポイント、考え方、様々なウォーカブルな都市の事例などをまとめています。ウォーカブルなまちづくりを推進していく立場の方や、実践者の方に役立つ記事を発信していきます。また、興味をもってくれた仲間と一緒に執筆・運営していけたらと思っています。一緒に記事を書いてくれる方も随時募集していますし、知りたいことのリクエストなどもぜひご連絡ください!➡️Twitter DMまで

<参考/引用資料>
・Green Wave(NYC DOT)
・CYCLING IN NEW YORK CITY(NYC DOT)
・Green Wave progress report(NYC DOT)
・PlaNYC(NYC DOT)
・Street Design Manual(NYC DOT)
・New York State Department of Transportation  webサイト
・ニューヨーク市における自転車利用環境について(一般財団法人自治体国際化協会)





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