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こんぺいとう

 その声がすると、あぁ、お八つ時なのだなぁと思います。
「こ〜んぺ〜とぉだよぉ〜 あ〜まいよぉ〜」
 少し間のびした、歌うようなその声に、そこらで遊んでいた子供たちがいっせいに走りだすのです。
 上の坊ちゃんや近所のおともだちやらが、あっという間にわいのわいのと集まります。
 
 声の主、わたしにはとってもおじいさんに見えるのですが、となりの五平さんのように腰は曲がっていないし、向かいのよねさんより、ずっとすたすたと歩いているから、おじいさんじゃないのかもしれません。
 でも、おつむりがまっ白で、お日さまが当たるとぴかぴかするところは、里のじいちゃんそっくりなんです。だからわたしは毎日、このひとはおじいさんなのかおじさんなのか、とってもふしぎでついつい見てしまうのでした。
 わたしが見ているのに気がつくと、おじいさんはいつもにっこりわらって手まねきしてくれます。わたしは恥ずかしくなって、あわててぷいっと顔をむこうにむけて知らんふりをします。
 だって、わたしは下の坊ちゃんの子守りです。お八つなんてほしがったら、きっとひどく叱られるでしょう。
 大きなねえやさんが言ってました。わたしみたいな『こむすめ』が、三度三度のごはんをいただいて、りっぱな夜具を使わせてもらうと『ごたいそうなあつかいさん』だそうです。
『ごたいそうなあつかいさん』がなんなのか、さっぱりわかりませんが、なにかおそろしいことなのです。なぜなら、わたしがちょっとでも座ろうとしたり、垣根に手をついてたりすると、後からさんざん尻を叩かれるからです。きっと『ごたいそうなあつかいさん』が、どこかで見ているにちがいありません。たまに上の坊ちゃんや嬢ちゃんにも見られていますが。
 
 でもほんとうのほんとうは、ちょっぴりあの『こんぺと』と言うのを食べてみたいんです。
 みなが持った渋紙の中には、白かったりうすいたまご色みたいなちぃちゃいつぶつぶが、たくさんころころしているのです。あのつぶつぶの一つでいいから、食べてみたいなぁ、と、あの声がするたびに思ってしまうのです。
「おい、おまえ、これ食いてぇんだろ?」
 一度だけ、上の坊ちゃんにそう言われました。坊ちゃんの手のひらには、あの『こんぺと』がいくつものっていました。あぁ、一つだけ、そう思って手を出したら、竹馬で思いきり叩かれたんです。
「ばぁか!子守りおんなになんかやるわけねぇだろ!んなに欲しけりゃひろって食いやがれ!」
 そう言うと坊ちゃんは、手のひらの『こんぺと』を投げすてて、足でぐりぐりと踏みつけました。あのきれいなつぶつぶは、こなごなになって土ぼこりにまみれしまいました。わたしはとてもとても悲しくなって、そうしたら、なみだがぽろんぽろんと落ちてゆきました。
 わたしがほしがらなかったら、このつぶつぶは土にまみれることはなかったのです。わたしが落としたなみだが『こんぺと』のかけらに重なって、じわじわと溶けていくようでした。
 そんなことがあっても、やっぱりわたしはあの声が聞こえると、ついついおじいさんを見てしまうのです。おじいさんなのかおじさんなのか、あの『こんぺと』はどんな味がするのか、どうしても気になるのでした。

 それからすこしばかりたった雨の日です。
 ちょうどお八つ時におつかいに出たわたしは、ひと通りむこうでおじいさんに会いました。おじいさんは大きなお店の軒さきで、のんびりと雨やどりをしているようです。わたしはうつむいて、その前を通りすぎようとしました。
「おんや、おじょうちゃん、雨の中お使いかい?」
 おじいさんの声はやっぱり間のびしていて、どこか歌うようです。だからつい、顔をあげてしまったのでした。
「ちいちゃいのにえらいねぇ、ほぅら、ごほうびだよ」
 そう言うとおじいさんは、あの『こんぺと』のはいった袋を持たせてくれました。手の中にぱっと咲いたような茶色い袋にびっくりして、うれしくてうれしくて開けようとします。そのせいで、抱えていたお使いの包みを落としてしまいました。
 パシャッ!
 足もとでつめたい水がはねて、ぞっとしました。水に、じゃありません。お使いの包みが、泥だらけになってしまったからです。あぁ、どうしよう、あわてて開けようとしたからだ、どんなに怒られるかと思うと、足ががくがくふるえました。
「あぁあぁ、すまないね、わしが持っておくべきだった」
 おじいさんはお使いの包みを拾うと、わたしを連れて雨やどりをしていたお店の中に入りました。
 泣きべそをかいているわたしを式台にすわらせると、おじいさんはお店のご主人となにやら話しています。ご主人がなにか言うと、女のひとがお使いの包みを持って奥に入っていきました。わたしはびっくりして追いかけようとしましたが、おじいさんがにっこりしながら言うのです。
「いい子だね。だいじょうぶだから、ほぅら、これ、食べてごらん」
 おじいさんはわたしの手の中で袋を開けてくれました。あぁ、なんてきれいなんでしょう。ちぃちゃくてころころしたつぶつぶ、よぉく見るとほんとうにちぃちゃいつぶつぶがいっぱいいっぱいあつまって、一つのつぶつぶになっていました。やっと一つ手にとろうとして浮かんだのは、おかみさんの怒った顔です。
「あの、いただいてはいけないと言われています」
 なんとかおかみさんや大きいねえやさんにおそわったことばで、『ていねいにおへんじ』します。里のことばが出ては、お家の恥とやらになると叱られました。
 わたしの言いかたがおかしかったのでしょうか、おじいさんはふわっはっはと笑いました。
「これはおじょうちゃんにわしがあげたんじゃ、だれにことわらんでもええで。そう言えとおしえられとるんじゃろうが、気にせんでええ」
 そうは言われても、もう『ごたいそうなあつかいさん』に見られているかもしれません。わたしはどこかに目がないかと、びくびくしてまわりを見まわします。
「おや、どうしたんかね?だれもおらんよ」
 わたしはおじいさんを見上げて、思わず言ってしまいました。
「だって、もしも『ごたいそうなあつかいさん』が見ていたら、バレちまう……」
 おじいさんは、ひとしきり目をぱちくりとさせていましたが、わたしの話を聞くとゆかいゆかいと、ひざを叩いて笑いました。そうしてだいじょうぶ、だいじょうぶと一つぶ口にはこんでくれました。
 それはほんとうにふうわりとした、いままで食べたことのない味でした。ころころと口の中でころがすたびにひろがるのは、おじいさんの言う『あ〜まいよ』なのでしょう。おいしくてうれしくて、もう一つ、もう一つと口に入れて、おじいさんを見上げます。
「ありがとね。『こんぺと』って『あ〜まいよ』なんね」
 これまたなにかおかしなことを言ったらしく、おじいさんは今度はかわいやかわいやと頭をなでてくれるのです。
「こいつはのぉ、っちゅうんだぁ。味は、あ・ま・い、じゃあ」
 おじいさんとお店のご主人は、その後もおもしろそうに笑っていて、わたしもなぁんとなくおかしいような、うれしいような、あ〜まいきもちになっていました。
 そうこうするうちに、奥に入っていった女のひとがお使いの包みを持ってきてくれました。ふろしきの泥が落とされて、なかみもなんともないよと言って、にこにこしながら返してくれました。わたしはおじいさんとご主人と、その女のひとにきちんとお礼を言って、いそいで帰りました。雨はもうこぶりになっていて、わたしの口の中ではのこりの『こんぺいとう』がとけ始めていました。

 あぁでも、楽しかったことはすぐに消えてしまいました。まるで口の中の『こんぺいとう』のように。
 やっぱり『ごたいそうなあつかいさん』はいるのです。おそろしいものなのです。わたしは帰ってしばらくしてから、おかみさんに呼ばれました。おかみさんは、お使いの帰りに何があったかすっかり知っていて、それはもうとてもとても叱られたのです。
「まったく、使いもきちんと出来やしないくせに、ひと様から恵んでもらったりして!とんだ恥さらしだよ!」
 わたしはいつもよりたくさん尻を叩かれて、痛くて痛くてわんわん泣きました。たくさんたくさんあやまっても、おかみさんはずうっと怒っていて、その夜はごはんもぬきで、バツだからと言って表のたるの上で寝るようにと、追い出されてしまいました。
 雨のあがった後はひんやりと寒くて、さんざん叩かれた尻が痛くてすわることも出来ません。わたしはあの『こんぺいとう』を食べてしまわずに、とっておけばよかったなぁ、とまた悲しくなりました。口の中にふわふわと広がった『あまい』をおもいだしたら、ちょっぴり元気になるかと思ったけれど、はんたいにもっともっと悲しくなって、しおからいなみだがぽろんぽろんぽとんと落ちてくるばかりです。もうどうしようもなくて、つっ立ったまま泣いていると、ちょうちんのあかりといっしょにおじいさんが歩いてきました。
「あぁやれやれ、わるいことをしたのぅ。ずいぶんとされたようじゃのぅ、かわいそうにのぅ」
 おじいさんがわたしの頭をなでながら、優しくそう言ってくれたので、なんだかどんどん悲しくなってなみだがもっともっと落ちてゆくのでした。
 もう流れるなみだもなくなって、ひぃひぃと声を出すしかなくなったわたしの手を引いて、おじいさんはゆっくりと歩き出します。どこに行くのかきくことも忘れて、泣きすぎてぼんやりした頭で、わたしはあいかわらずこのひとはおじいさんなのかおじさんなのかと考えていました。
 
「よしよし、雨が洗ってくれたからきれいなもんじゃ」
 近くの原っぱまで来ると、おじいさんはゆっくりとのびをしてそう言いました。なにがきれいなのかわからず首をかしげていると、おじいさんはまっすぐに腕をのばして空をゆびさしました。
「ほぃさ、よぉくごらん。おほしさまがきれいじゃ」
 言われて見上げると、そうでした。黒いのと青いのがまざった空に、大きいのや小さいのがちかちかぴかぴかしています。あぁ、まるでおじいさんにもらった『こんぺいとう』のように、それはつぶつぶと空に灯っているのです。
「おじいさんの『こんぺいとう』みたいじゃねぇ」
 わたしがそう言うと、おじいさんはまた目をぱちくりしていましたが、すぐにおもしろいおもしろいと笑いました。そんなおじいさんがおかしくて、わたしもついさっきあんなに泣いたのがばかみたいで、笑ってしまいました。
「ふんふん、おじょうちゃんは見込みがあるなぁ。せっかくだから、とくべつなこんぺいとうを出してやろう」
 ちょうちんしか持っていないのに、と思っていると、おじいさんはふところから竹筒のようなものを取り出して、口に当てます。
「おじいさん、夜に笛をふいたらヘビが出る言いよるよ」
 慌てたわたしに、おじいさんはにっこりすると、ふぃ、と息を吹きこみました。おじいさんが息を吹きこむたびに、竹筒はどんどんどんどんのびていって、もうそれは空にささるんじゃないかとさえ思いました。
「あれあれ……」
 わたしは口をぽかぁんと開けて、それを見つめます。
「そぅら、ほいほい」
 なにやらゆかいなかけ声をあげて、おじいさんがながぁいながぁい竹筒で空をつつくと、ぱらりぱらりとおほしさまが落ちてくるじゃあありませんか。
「そぅら、ほいほい」
 おじいさんのかけ声といっしょに、おほしさまがきらりちかりと光っては、ぱらりぴかりと落ちてきます。
「ほぅらほら、おじょうちゃん、はやく集めてくれんかね」
 言われてわたしは、足もとにひかるおほしさまをひろいます。それはとてもちぃちゃくなって、つぶつぶしたきれいな『こんぺいとう』でした。ふうわり白くひかるのや、やわらかいたまごいろのようにひかるのや、中にはりんごのように赤いのや、びぃどろみたいに青いのもありました。
 あっと言うまにりょう手いっぱいになったので、わたしは前かけをはずして原っぱに広げて、あちこちに落ちるおほしさまを集めます。あぁ、なんて楽しくて、なんてきれいなんでしょう。わたしはほんとうにほんとうに『こんぺいとう』がだいすきになりました。だってこれは、おほしさまなのです。お空にひかるおほしさまなのです。
 そうして、このないしょを知っているのは、おじいさんとわたしだけなのです。わたしはもうこの時、おじいさんなのかおじさんなのか、なんてことはどうでもよくなっていました。
「うむうむ、良いあとつぎが出来たのぅ」
『あとつぎ』がなんなのかさっぱりわかりませんが、『ごたいそうなあつかいさん』のようにおそろしいものじゃあないことは、わかりました。
 この夜、たくさんのながれぼしを見たひとがいたそうです。

 その声がすると、誰もが、あぁ、お八つ時なのだなぁと思います。
「こ〜んぺ〜とぉだよぉ〜 あ〜まいよぉ〜」

2024/07/21脱稿

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