コロナウイルス連作短編その17「ご協力のほど感謝いたします」

 午後、磯貝摩耶は成宮大学へと電話をかける。背中がとても痒く、まるで細胞が蛙の死骸のごとく爆裂を遂げているのではないかと思われた。
「もしもし、成宮大学の方ですか? あの、私の息子がここに通っているんですけれど、私聞いたんですよ。お宅の教授がコロナウイルスに罹かって亡くなったって。それで、大学の安全体制というものがとても心配になってしまって。確かに今は在宅授業であって、息子も家にいますよ。ですけど自粛が終わった後にも、コロナウイルスが消えたわけではないでしょう。だから大学の不手際で息子がコロナウイルスに罹かったら困るんですよ。分かりますか? あなたが親でないなら、この気持ちを完全には理解できないでしょうけれどね。でも私たちはいつだって子供を想っているわけなんですよ。だからもっと安全対策に力を入れてほしいんですよ。何でこんなにもあなたの大学を心配しなくてはならないんですか? 私、成宮大学がこんな酷い大学だとは思いませんでした。恥を知るべきですよ。知っていたら、私の息子をこの大学には入学させなかったのに。いいですか、安全を徹底してくださいね。それでは」
 電話が終わった後、摩耶は背中を掻きむしった。爪のあいだに垢が挟まるような感覚があった。成宮大学に息子が通っているというのは嘘だった。大学の教授がコロナウイルスで亡くなったことも嘘だった。摩耶はただただ曖昧なる憎しみを以て、成宮大学に電話をかけたのだった。摩耶は深く溜め息をついてから、立ちあがろうとする。だが足の関節が不気味な痛みに襲われ、思わず床に踞ってしまう。彼女は足に淀む不穏なる痛みを呪った。朽ちゆく己の身体を呪った。そしてもう一度だけ、背中を掻きはじめる。
 夕食を作った後、摩耶はそれを息子である晶のもとに持っていこうとする。階段を歩く時はなるべく音を立てないように気をつけるのだが、絶対に木が軋む音が響いてしまう。それが摩耶の心臓を締めつけるんだった。部屋のドアは閉められているが、それが開いていたことはほとんどない。晶は六年前に大学受験に失敗したのをきっかけに、心の均衡を失ってしまい、引きこもりとなってしまったのだ。彼はほとんどの時間を部屋のなかで孤独に過ごしており、その姿はまるで世界への絶望に打ちひしがれた隠遁者のようであった。ドアに近づくと、野生めいた異臭が漂ってくる。それはおそらく晶の身体の匂いであった。
「晶、夕飯作ったからね。ドアの前に置いておくから」
 可能なかぎり優しい声色で以て、摩耶は晶に語りかける。そしてトレイを床に置いて立ちさろうとすると、後ろから鋭い音が聞こえた。振りむくと、晶はドアを勢いよく開けて、トレイ上の料理にぶつけ、それを全て床にブチ撒けていた。ドアはゆっくりと閉まっていく。摩耶は震えるような怒りを感じながら、洗面所から雑巾を持ってきて、部屋の前に戻ってくる。彼女は必死になって汚れを拭きつづけた。消えないとは分かっていても、強く力を込めなければ泣いてしまいそうだった。だがいきなりドアが乱暴に開いて、それが摩耶の身体に衝突する。痛みに満ちた吐き気とともに、摩耶の身体は吹っとんだ。そして彼女の顔面は味噌汁の染みに沈んだ。
 摩耶は夫である磯貝慎吾と夕食を食べることになる。だが二人とも終始無言であり、いかなる会話をも成立することがない。摩耶は夫と前にいつ喋ったのかを全く覚えていなかった。だが思い出したいとは感じなかったし、もうこの人間と会話をしようとも思わなかった。摩耶は、彼が家族を思わなかったせいで、息子である晶は引きこもりになってしまったのだと確信していた。晶が受験で苦しんでいた時、慎吾は彼に対していかなる労りも優しさも見せることがなかった。ただただ延々と無視を続けるだけであった。摩耶は彼に深い怒りをいだき、時には心臓に深くナイフを突きさして殺してやりたいとすら思った。
 慎吾は夕食を食べ終わった後、いつも歯を磨いてからすぐに眠ってしまう。まだ午後九時ながらも、そんなことは気にせずに寝室へと赴くのだ。なぜ彼がそんなに早く眠るのか、摩耶には全く理解できなかった。彼の生活は仕事と食事だけでできており、他の作業が入る余地のないように思える。
 あの男、何が楽しくて生きてるんだ?
 摩耶は寝室でベッドに横たわる慎吾の姿を想像しながら、心のなかで吐きすてた。ただただ荒涼たる日常を、生きる喜びなしに、どうやって生きていくことができるのか? だが実際には摩耶の人生も同じようなものだった。それを否定したくて、摩耶は慎吾のことを心のなかで罵りつづけた。
 駅で待ちあわせをする。コロナウイルスのせいで人は少ないが、それでも楽観的な若者たちが駅前をフラフラと歩きまわっている。しばらくその姿を眺めていたが、そんな彼女の前に一人の青年が現れた。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然」
 丸藤風磨という名前の青年は、摩耶にキスをした。突然の感触に、身体が雷撃に撃たれるような衝撃を感じた。キスはどんどん深くなっていき、摩耶はその粘ついたワームホールに吸いこまれていく。キスが終わった時、全身の細胞が喘いでいるのが聞こえた。
「行こうよ」
 彼らは街中を歩く。その間にも風磨は摩耶の首筋をキスしたり、お尻を鷲掴みにした。摩耶は自分が猥褻な物体のように扱われているのを感じた。全身が性的な物体と見なされ、風磨の好きなように弄ばれるような感触だ。しかしそれでも風磨が自分を深く求めているのが分かった。自分の唇を、首筋を、乳房を、そしてヴァギナを求めていた。その渇望によって全身を蹂躙されるのは、あまりにも心地よかった。そして風磨は摩耶の乳房を乱暴に叩いた。それを前を歩くサラリーマンが一瞬見て、視線を外した。おそらく彼の脳髄のなかで、自分は破格の淫乱女として記憶されるだろう。だが摩耶にとってはどうでもよかった。
 そのまま、私の幻想と一緒に死ね。
 そして摩耶はホテルで風磨とセックスを始める。風磨の行動は乱暴でかつ暴力的で、摩耶の身体は鼻水用のティッシュのように扱われた。摩耶は途方もない快楽を感じながらも、この事実は世界に生きている女性たちの尊厳を汚すものではないかと思える。だが快楽には抗えなかった。風磨は固くなったぺニスを摩耶の大きな乳房で包ませた後、腰を振りはじめる。その激しさに自分の身体が壊されるような恐怖を覚えた。だがクリトリスを刺激し、その恐怖を快楽で掻きけした。そして脳髄が沸騰するような愉悦に全身を焼かれた後、風磨はぺニスを摩耶の口に突っこみ、そのなかで射精した。摩耶は陶酔のなかで、その精液を飲みほす。
「汚ねえババアだな、お前」
 風磨は摩耶の頬にビンタを浴びせかける。
 摩耶は買い物に行くのだったが、通りがかった和食店がコロナウイルスにも関わらず開いているのに気づいた。そこには自粛に疲れはてた人々が多く集まり、昼食を食べながらお喋りを楽しんでいる。久しぶりの外食に、彼らも陽気になっているようだった。摩耶はそんな光景に、筆舌に尽くしがたい吐き気を抱いた。その後、家に帰ると、彼はパソコンで文章を打ちはじめる。

失礼を承知で、意見させてもらいます。
あなた方はこの町にコロナウイルスを広めたいのですか?
あなた方が店を開くせいで、人が死ぬかもしれないんですよ?
人を殺してでも、協力金が欲しいのですか。浅ましい連中だな。
もし本当に人が死んだらどう責任を取るおつもりですか。
無責任な人々には即刻、店を閉めてほしいです。
死ぬなら、あなたがたが死ね。
当然、店の動向については監視を続けています。
もしあなた方が協力金を請求したら、詐欺罪で訴えますから覚悟しろ。
ご協力のほど感謝いたします。

 深夜、家を抜けだして、あの店の前に赴く。摩耶は周りを見渡しながら、ドアに誹謗中傷のチラシを張りつけた。セロハンテープの粘着性が摩耶の神経を苛つかせる。
「こんな時に店なんか開いてんじゃねえよ。ボケ」
 捨て台詞を吐きながら、家へと帰る。ふと空を見上げると、満開の満月が空に広がっていた。それは普通のものよりも巨大で、光輝いている。まるで月が地球めがけて落ちてきているようだった。思わぬ美しさに、摩耶はしばらく見とれてしまう。そして思い出したのは、息子である晶が小さかった頃、家族で満月を見ながらお団子を食べたことだった。彼女自身の作ったお団子は少し歪んでいて、とても美味しいとは言えなかった。だが晶は夢中でお団子を食べており、むしろ満月を見なかった。一方で摩耶は黄色い満月を眺めながら、小さな幸福感を噛みしめていた。こんな時間が長く続くようにと願った。だがその幸せが長く続くことはなかった。摩耶はその思い出の美しさに、涙を流す。涙は側溝のヘドロのように苦かった。
 家事を終えて、トイレに入る。深く溜め息をつきながら、彼女は排尿を行った。ここは家のなかで独りになれる数少ない場所だった。だがいきなりトイレのドアが開いた。そこに立っていたのは晶だった。彼は長い引きこもり生活のせいで醜く肥えふとり、まるで破壊された土偶のような姿をしていた。そして晶は排尿する母親を見据えつづけた。沈黙のなかで、尿が落ちる音だけが響きわたる。
「何してるの、早く閉めなさい!」
 摩耶はそう叫んだが、晶は母親の排尿を観察しつづけた。脂っぽい長髪の合間から晶の瞳が見えてくる。放射能まみれの油のように淀んだ瞳が、無音のままに摩耶は観察する。そして恐怖を感じて、排尿が終わった後、摩耶はすぐさまトイレから逃げさった。寝室に篭り、ベッドの上で心臓を握りつぶされるような痛みを感じる。だが目を閉じると、晶のあの淀んだ視線が甦る。その冷たさが彼女の全身を滅多刺しにするのだ。外からは子供たちの歓声が聞こえてくる。彼らはコロナウイルスで苦しんだとしても構わないらしい。この途方もない痛み、今すぐにでも馬鹿な子供たちに味わわせてやりたかった。
 夜に再び家を抜けだして、摩耶は風磨と会った。誰もいない土手まで行ってから、草むらに座り、彼らは自然を味わう。この日の満月もやはり美しいものだった。しかし風磨は摩耶の肉体についてしか考えておらず、彼は常にその身体を触りつづけた。摩耶は服を着たままで、乳房やヴァギナだけを乱暴に露出させられる。そして彼の機嫌のままに触られ、身体は乱暴に破壊されつづけた。そしてまず正常位で挿入を始める。群青色の空に聳える黒い影、それが固くなったぺニスで摩耶を刺しつづける。まるで摩耶は闇に犯されているような気分になった。そして四つん這いにされるのだが、風磨はヴァギナではなくアナルにぺニスを挿入しようとする。
「止めて、止めて」
「良いじゃん、別に」
 風磨は強引にぺニスを摩耶のアナルに挿入した。風磨が激しく腰を振るたびに、摩耶は吐き気を催した。だが実際に嘔吐することはなく、彼女は喘ぎつづけた。そうやって全身を破壊される感覚に陶酔した。最後に風磨は摩耶のなかで射精した。摩耶は圧倒的な疲労感のなかで、草むらのなかに倒れこんだ。お尻のなかで精液が油のように這いずりまわるのを感じた。そして身体が寒さに震えた後、精子まみれの糞便がアナルから漏れでた。
 数日後、今度は慎吾にレイプされる。レイプの最中、摩耶はある思い出について考えた。彼女は小さな晶や慎吾と一緒に水族館へと赴く。晶はペンギンやサメがとても好きなので、水族館でははしゃぎまわっていた。そして摩耶は慎吾と一緒にそんな元気一杯な晶のことを眺めていた。突然、慎吾の湿った体臭が鼻に届いたのだが、不快ではなかった。むしろ彼への愛おしさが溢れてきて、摩耶は慎吾を抱きしめる。と、はしゃぎすぎて転んでしまい、晶は泣きはじめる。摩耶は彼の頭を撫でながら、慰めるのだけども、最後には晶は疲れはてて眠ってしまう。彼の寝顔はとても安らかで、まるで生まれたばかりの天使のようだった。少しだけ膨らんだ頬を人差し指で突いてみる。晶はブルブルと首を振った。
 慎吾は摩耶のなかに射精した後、再び眠った。摩耶は眠ることができなかった。
 散歩のために外へと出る。以前立ちよった店のまえに行くと、未だにそこは開いており、客で溢れかえっていた。この光景には激しく苛つかされ、摩耶は店のなかへと飛びこんで、全てを破壊してやろうかという衝動に苛まれる。気分は第二次世界大戦の特攻隊だった。だがそこに突然、みすぼらしい格好をした中年男性が現れる。彼の顔では真っ赤な怒りが燃えあがっていた。
「お前らふざけるな! 俺らをコロナで殺すつもりか!」
 彼は店のなかへと走りこんでいったかと思うと、店員に凄惨な暴力を振りはじめる。頭を殴ったあと、彼は執拗に店員の腹を蹴りつづけたんだった。周りの客が止めようとするのだが、中年男性の力はあまりにも強すぎた。そして彼は店内を破壊しはじめる。その有り様はまるで凄絶な戦場のようだった。摩耶はその風景を見ながら、すさまじく興奮していた。神による天罰の瞬間を目の当たりにしているような興奮だった。
 もっと壊せ! もっと壊せ!
 彼女は心のなかで叫びつづけ、中年男性は店内を破壊しつづけた。しかし一転、彼は心変わりをした後、店から出ていってしまった。後には疲弊した客とボロボロの店員だけが残された。摩耶は店を後にしながらも、ニヤつきを抑えることができなかった。
 あの馬鹿どもは暴力を受けるべくして受けたんだ。
 そう考えると、晴れやかな喜びが彼女の心を包んだ。
 だがパチンコ店に長蛇の列が並んでいるのを目撃して、その喜びは雲散霧消した。彼らはコロナウイルスなど気にもせず、ギャンブルに享受する準備をしていた。
 周りの人間のことを一切考えずにいる馬鹿野郎どもがこんなにもいる。こんなやつら全員ブチ殺されればいいんだ。車でも突っこんで虐殺されればいい。
 しかし摩耶は何もせずに家へと帰った。
 摩耶は風磨とホテルに行って、彼とキスをする。この時間だけが摩耶の心の癒しとなった。だがそこに風磨と同世代の青年たちが現れる。彼らは不愉快なニヤつきを露にしながら、摩耶を眺めていた。
「コロナ自粛のせいで性欲溜まってんだよ、こいつら。相手してやって」
 摩耶は全身を青年たちにまさぐられた。それから服を脱がされて、ぺニスを舐めさせられた。彼らは次々と射精をし、精子が摩耶の身体にかかったが、そのぺニスはすぐに固くなり、また射精をした。摩耶は勃起したぺニスの群れを舐めつづけた。虐待される快楽を存分に味わった。その後、風磨が最初にヴァギナに挿入し、中で射精した。その後に青年たちが挿入し、摩耶の乳房や腹、顔に射精していった。摩耶は全身を青年たちの精液で汚されたが、その腐った匂いに包まれながら、摩耶はオナニーを始める。激しくクリトリスを刺激した後、死に際の魚のように身体を痙攣させた。
「ど変態だな、このババア」
 風磨は笑いながら、萎びたぺニスを摩耶に舐めさせた。
 朝食におにぎりを作った後、摩耶は晶の部屋のまえに、それを置きにいく。階段が軋まないようにゆっくりと歩くのだが、摩耶はつい大きな音を立ててしまう。するといきなり晶がドアを開くのだが、彼は鬼の形相をしていた。
「うるせえよ!」
 晶は部屋から出てきて、摩耶の頬をブン殴った。彼女はバランスを崩して、階段から落ちていった。そして頭が激痛に襲われた瞬間、彼女のなかで何かが弾けた。激痛にも関わらず、摩耶は外へと出ていく。向かったのは長蛇の列ができているパチンコ店だった。彼女は客を見据えながら、叫ぶ。
「このボケども、お前らのせいでこの町はコロナウイルスで死ぬんだよ。お前らがギャンブルにかまけてる間に、全部が腐りおちるんだよ。お前らは自分のことしか考えてない正真正銘の屑だ。生きる価値なんかない。地獄に落ちろ、地獄に落ちろ!」
 そして摩耶は客に襲いかかった。だが彼女は非力で、その身体はすぐに跳ねとばされた。客たちは彼女を嘲笑う。摩耶は再び襲いかかるのだが、やはりすぐに倒されてしまう。それを何度も繰りかえしても、摩耶は襲いかかり続けた。こうして彼女は晶にされたように頬をブン殴られる。吹っ飛ばされて、床に倒れた摩耶を、客たちは暴行した。彼女は全身を蹴られつづけ、血反吐を吐いてから動かなくなった。パチンコ屋が開いたので、客たちはそこに吸いこまれていった。最後には摩耶の身体だけが残された。

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。