コロナウイルス連作短編その54「12月23日」

 ただぼくは新橋を歩いていただけなんだよ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、ただ新橋を歩いていただけなんだが、いつものように誰かをブチ殺してやりたいと思っていたんだ、これはいつもの癖で精神科医にかかる必要は特段ない類の妄想なんだ、君も聞いたことあるだろ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、ぼくは大丈夫だ。だがその日はいつもと違うことを考えていた、実際に無差別殺人を行った人間に関してだ、ぼくはほとんどの場合にその加害者に嫌悪感を覚える、何故ならそういう人間の殆どは"誰かを殺してやりたかった"と自身の無差別性を喧伝しながら、実際に殺しているのは弱い人間ばかりだからだ。例えば授業を受けている小学生、老人ホームでベッドに横たわる要介護者たち、それから例え道端で殺人を行ったとしても女性ばかりを、陣目条は芳我鋼機にそう話す、ターゲットとする卑劣な人間が多すぎるんだよ、オルガ・ヘプナロヴァというチェコの殺人者を知ってるか。彼女はプラハの中心地で電車を待っていた二十何人の市民へとトラックで突っ込んだ、こういうのはなかなか良いと思う、無差別だから、だが確か死んだ八人は全員六十代以上で、実際は無差別ではなく意図的に老人の列を轢いていた訳だ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、結局アンタもかって幻滅した。ぼくはその場にいる人間を平等に皆殺しにしたい、でも実際に殺人を行っている時に、そうやって人間の命を平等に考えられるのかという疑問が湧いてくるようになった、今もどう結論づけていいのか分からない、でもこの新橋を歩いていた時に殺したいと思っていたのはやかましい右翼連中だった。夜に孤独に国粋主義を煽りたてる豚が、実際にその中年男の図体は豚のように肥大していたんだ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、彼が実際に豚であったならおそらく牧場主には大切に育てられていた個体であり、肉自体は美味なんだろうが、実際に彼を見れば分かるがその肉など絶対に食べたくはない。舌が腐る。だが奇妙だったのはこんな言葉だ、クリスマスに浮かれている不敬集団たちに告ぐ、今日は天皇誕生日であり天皇陛下を称えなくてはならない、いや今日は天皇誕生日ではない、僕はそう思った、陣目条は芳我鋼機にそう話す、天皇誕生日は2月23日だ、12月23日だったのは平成のことで今は令和だ、平成じゃない。令和だ、だがあの中年男は今日が天皇誕生日だと強情に主張し続けて周りのサラリーマンやカップルから失笑を買っている、まだ平成から抜け出てないのか、それとも右翼の世界もウルトラマンやMCUのようにマルチバース制が導入されているのか、その時ぼくも右翼も一枚岩ではないのだと考えを改めざるを得なくなった、陣目条は芳我鋼機にそう話す。そうして歩いていると、前から明らかに酔っぱらったカップルがやってくる、当然関わりたくはないと思ったが、そう願った時に限ってこういう類の肉塊はこっちへやってくるんだ、居酒屋どこですか、彼らはそう聞いてきて耳を疑った、明らかに居酒屋で飲んできた帰りのように見えたからだ、じゃあ戻ればいい、そうでなくともここは新橋なんだから居酒屋なんてどこにでもある、そう思う間にも右翼連中は絶叫を続けてぼくのイライラを加速させる、陣目条は芳我鋼機にそう話す、だがぼくは今みたいに饒舌に語ることはなかった、ぼくは全く何も言えずにいた、すると男の方が、教えろよおい、詰問してきた、知っての通りぼくは心のなかでは呪詛をがなりたてながらも実際に肉として在る人間存在の前に立つと、君以外の肉塊の前にいると、臆病が極まってしまうことを否定することができない。ぼくは詰問されるごとに臆病になり何も言えなさが深まる、アンタ童貞かよ、女の方がそう言ってきて驚いた、童貞だろ、男が言った、お前みたいに人と喋れない人間はクソ童貞だって決まってるんだよ、確かにぼくは童貞だった、童貞だろ、童貞、クソ童貞、セックスしたことないなんて憐れにもほどがあるだろ、私たちは週三回くらいヤッてるよ、クソ童貞、天皇陛下万歳!と右翼はやはり叫んでいた、陣目条は芳我鋼機にそう話す、ぼくは罵倒され続けた、クソ童貞と。いやフランス人の彼女がいますよ、ぼくは嘘をついた、陣目条は芳我鋼機にそう話す、でも何故こんな嘘をついたか、ぼくはフランスを憎んでいる、フランス人もフランス文化もフランス語も憎んでいる、この世界で最も下劣な存在はフランス以外にないだろう、フランス語は英語とともに文化的植民地主義を推し進める悪であり、地球上の吐き気を催す間抜けどもは、世界の文化をこの二つの言語に翻訳することで知識の中央集権化を進めていく、そして世界は加速度的に貧しくなっていく、つまり英語とフランス語を学ぶ人間はこれに与する悪であるということだ、特に美学的な観点から明らかに醜いフランス語を学ぶ人間、特に日本語という辺境の言語に属する日本人がフランス語を学ぶのは罪だ、そして日本人でありながらフランス語で書く人間は文化の虐殺者であり最も下等な日本人だ。今すぐに死刑に処されるべきなんだ、そんな人間は、陣目条は芳我鋼機にそう話す、だがぼくはフランスの女に惹かれる、フランス語を喋る白人の女たちに劣情を催してペニスを勃起させるんだ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、XVIDEOSではいつも"French Ameteur"と検索するんだ、フランス人の素人、そしてフランス語を喋る白人のフランス人のポルノで射精をする、この前は眼鏡をかけた短髪の巨乳で白人のフランス人のヴァギナにペニスが挿入されるのを見ながら射精をした、彼女はケツ穴から下痢便を噴出したくなるほどエロかった、だが射精をした後にティッシュをゴミ箱に捨てる時、深淵の、陣目条は芳我鋼機にそう話す、ような救いがたい虚しさに襲われた、こんな猥褻な身体を持った白人のフランス人とセックスをできる時など一生こないんだ、クソだな、クソだ。クソ、クソクソクソ、その願望がフランス人の恋人、もちろん黒人やアジア系、アラブ系じゃない、白人だ、そんな幻想を生み出したんだ、嘘だろ、男はそう言ったが右翼が天皇陛下万歳!と言うので聞こえにくかった、それでも女と一緒に爆笑を始める、じゃあフランス語喋れるのかよ、実際にぼくはフランス語を喋ることはできない、何故ならフランス語を喋れるというのは恥だからだ、何にしろフランス語は喋れない、だから映画で聞いたフランス語の単語を喋った、映画というのはフランシス・サヴァルやジャン=ダニエル・キャディノーの作品のことだ、やはりぼくの目の前にいるカップルは爆笑した、だが女の方が少し真顔に戻った後にフランス語を喋りはじめた、間違いない、彼女の喋る言葉はフランス語だった、ベラベラと恥晒しな形で言葉をブチ撒けながらぼくに詰め寄ってくる、ぼくは、陣目条は芳我鋼機にそう話す、多大なる、人生それ自体にすら禍根を残すような屈辱を受けた、それを祝福するかのように右翼の豚は天皇陛下万歳!と言ったんだ、ぼくは身体を震わせながら逃げようとした、だが女は執拗にぼくについてきて後ろでフランス語を喋りつづける、フランス語が分からないぼくでもそれが罵倒の言葉であることは容易に窺い知れる、右翼の豚のあの忌々しい言葉まで聞こえてくる、脳髄が沸騰して爆裂しそうになる、ぼくは思わず女を殴りつけた。弱弱しい拳でも彼女の右の頬に当たったので、彼女はよろつきながら地面に倒れた、男が怒って、天皇陛下万歳! 陣目条は芳我鋼機にそう話す、ぼくに襲ってきて構えながらも当然ボコボコにされた。ぼくの身体は心と同じように弱いからだ。ぼくはがむしゃらに身体を動かしまくった、すると偶然にぼくの蹴りが男の股間に当たった、彼がひるむのでその隙に何発もパンチ叩きこんだ、そしてむやみやたらの膝蹴りが彼の顔面に直撃して、右翼の豚が天皇陛下万歳!と叫ぶなかで、彼は鼻血を出しながら倒れたんだった。地面に二人の身体が転がっていた、ぼくは勝ったんだ、天皇陛下万歳! ぼくは勝ったんだ、ただ純粋に嬉しかった、ぼくは右翼の中年男の許へと歩いていき、両腕を掲げながら天皇陛下万歳!と叫んだ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、すると右翼の豚は感極まったような表情を浮かべながら、天皇陛下万歳!と叫び返してくる、だからぼくも天皇陛下万歳!と再び叫ぶ、彼は誇りを以て天皇陛下万歳!と叫びまくる、天皇陛下万歳! 陣目条は芳我鋼機にそう話す、君も言えよ、なあ、陣目条は芳我鋼機にそう話す、天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 陣目条は芳我鋼機にそう話す、ぼくは勝ったんだ。

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。