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コロナウイルス連作短編その136「俺も人権侵したいわあ」

 その一方で濃沼直井は公民の授業で人権について学ぶ。日本国憲法では人権はだれもが生まれながら持っている“侵すことができない永久の権利”として規定されているのだという。教師によって白いチョークが黒板に叩きつけられ、鋭い響きが爆ぜる、耳障りだった。人権という言葉を聞いたのは初めてではないが、こうして授業で知識として学ぶのは初めてだ。感慨を抱くなどは特にない。
 授業が終わり、放課後に直井は友人たちと会話する。
「人権といえばApexだよなあ」
 須天博人が言った。
「11月はピースキーパーが何か、人権武器だったよな」
「アプデされた時、判定デカくなっててマジビビったわ。でも俺、前から使ってたのに、人権武器認定から使い始めたにわか扱いされてクソムカついた」
 直井の親しんでいる“人権”の使用法はこうだ。つまりは“主にオンライン/ソーシャルゲームにおいて、所持することが前提となる重要武器やキャラクター”もしくは“ゲットすれば戦力が劇的なまでに強化され、所持しているか否かでプレイヤーの間に圧倒的な差がついてしまうようなアイテム”だ。とはいえ、今は授業で“人権”という言葉が出たゆえ、友人たちがわざとこの言葉を多用してはしゃいでいるのが容易に伺える。直井は逆に“人権”を1度も使わないようにする。
 教室に恋人である阿佐谷穂波がやってきたので、直井は帰ろうとする。後ろからひゅうひゅうという声が聞こえてくるので、直井は両手で中指を突き立ててみせる。
「なに話してたん」
 彼がそう話しかけてくる。
「別に、エペのこと話してただけ」
 外に出ると穂波が手を繋ごうとしてくるので、繋いだフリをして指で手のひらをこしょぐってやる。笑いにも似た悲鳴をあげるが、それによって鼓膜が震わされる時、自然と“女っぽい”という言葉が頭に浮かぶ。穂波はいわゆるトランス男性という存在だ。最近まで“女の子として生かされていた”が、学校の先輩がトランス男性とカミングアウトし、それに勇気づけられたという。制服や髪型も徐々に男らしいものになったが、穂波という名前は変えようとしない、直井にとっては最も“女らしい”ものに思えたものを。穂波は“愛着がある”という理由で、名前をそのまま使い続けている。
 しばらく一緒に通学路を歩き、別れるところになり、2人はキスをする。彼の唇は今までキスした男のなかで一番柔らかく酸味がある、直井は毎回そう思う。
 夜、家で両親と晩御飯で餃子(最近は福しんの餃子サブスクに母親がはまり、食卓に並んでいる)を食べながら、テレビを観る。放送されているのはドッキリ番組だ。1人のお笑い芸人が個室トイレに入っていく。その後に玩具の車が現れて、隙間から個室に忍びこみ、突如爆発音が響き渡る、車体には爆竹が備え付けられていた。当然、芸人は凄まじい悲鳴を挙げ、脱兎のごとく個室から逃げだす。その姿があまりにも滑稽で直井も両親も爆笑した。そこにやってくるのは姉である観月だった。大学生だが独り暮らしはせずに、実家で暮らしている。邪魔な存在が消えるという予想が惨めに外れた後、彼女の姿が視界に入るたび、苛つかされる。餃子も不味くなる。姉はしばらくテレビを観ていた。また1人のお笑い芸人が爆竹の犠牲になっていた。
「こんな野蛮なことずっとやってるから、日本は韓国に抜かされるんだよ。こういうマジで下等な人権侵害番組、まだやってんの日本だけだろ」
 そう言ってからリビングを出ていく。ドアを過剰に乱雑に閉めたゆえに、爆竹よりも重い炸裂音が部屋に響いた。口から噛み砕かれた肉の残骸を取りだして、姉の背中に投げつけてやりたいと、直井は思う。
 何が人権侵害番組だよ、大袈裟すぎんだろ。
 直井は心のなかで吐き捨てる。台湾人の留学生と付きあい始めてから、日本を小馬鹿にする姉の無粋な精神が加速したように感じる。これを直井は憎む。だがドッキリ番組をそのまま観続けるうちに、彼のなかにある考えが生まれる。
 いや、ドッキリってマジで人権侵害番組かもしんないな、だからこそサイコーに面白い。
 ラー油入りタレをベトベトにつけた餃子と一緒に白飯を頬張る。
 アイツの言うことは取り敢えず嘘だ。だってこの前、これよりタチ悪いドッキリやってるブラジルの番組とか観たし。人権侵害ってやっぱ面白いんだよな。だから日本でもブラジルでも、つーか多分台湾とかでも、こういうドッキリ番組ってやってるんだし、それがずっと放送されてるってことは、視聴者も人権侵害を楽しんでんだよ、人権侵害ってみんなに求められる娯楽なんだよ。
 直井は白飯と餃子のぐちゃぐちゃな塊を一気に嚥下する。
 俺も人権侵したいわあ。
 後日、直井は穂波と彼の部屋でセックスをするが、ある願望を吐露する。
「いいじゃん、こういうの1回くらいしてみたいの。何かエロサイトでもそうやってヤッてるの観るし」
「でも、それとこれとは話が別っていうか……」
「何がだよ、俺のこと好きじゃないの」
「それ言うのズルくない?……」
 そこから沈黙が続く。空気が淀むのを感じながら、直井は無言で穂波の顔を見つめ続けるという行動を行う。彼は俯きながら、時々視線をこちらに向け、直井の頑なな瞳を申し訳なさげに見る。
「……分かった、分かった、いいよ」
「おっ、マジで? それは同意したってことだよな、同意したってことだよな」
 直井は誇張して喜びを表現しながら、その言葉を繰り返す。
「同意、したってことだよな?」
「……うん」
 その言葉を聞いた時、直井はポケットからスマートフォンを取りだし、これ見よがしに録音画面を誇示する。そして彼の耳元で、小さく囁く。
「“セーテキコーイのキョーヨー”とか、後で言うなよね?」
 直井はベッドに寝転がると、ペニスを露出した後、SwitchでApexを始める。穂波は彼のペニスを指で刺激し勃起させると、フェラチオを始める。穂波はペニスを舐めるのが巧いと思う。直井はゲーム内でフィールドを目まぐるしく駆け回るが、股間から湧きあがる快感に気を散らされるのが、今は嬉しい。その最中に穂波の黒髪を撫でると、彼は自然と下着を脱ぎ、自身のヴァギナにペニスを挿入しようとする。
「おいおい、ゴム着けてよ」
 そう言うと、穂波は体をビクつかせ、鞄からゴムを取り出し、勃起したペニスに装着する。そして騎乗位の体勢で、ヴァギナにペニスを挿入する。動きはぎこちないが合格点ではある。Apexも調子が出てきて、ピースキーパーで敵を猛烈に破壊していく。気分がいい。
「もうちょい喘いでよ」
 その言葉に、穂波は声を上げはじめる、腰の動きも心なしか激しくなった。絶頂の時が近づくのを感じる、どうせなのでリザルト画面を見ながら射精がしたいと思う。そして激戦の後、“You're the Champion!”というお決まりの言葉が画面に現れた。
「もうそろそろイクわ」
 事も無げにそう呟くと、穂波が挿入を止めるので、直井は立ちあがり、ペニスをその顔に向ける。穂波は急いでゴムを取りフェラチオを始めるので、Switchは持ったままで直井は腰を激しく振る。そしてそのまま射精をした。やはりとっても気持ちがよかった。

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