コロナウイルス連作短編その52「2年と5ヶ月後」

「おい、ちょっと待てって!」
 坂崎大和は息子である坂崎日かりにそうさけぶのだけど、かれはタッタカとかがやく巨大なクリスマスツリーをめざして走り、いきおいよく転んだ。横からまた大きな男性が走ってきて、その足が日かりのずがいをブチくだいた。傷あとからのうずいの破片が流れていくけども、当然これは大和のもうそうだった。実際、日かりはころばずに走ったあと、他のこどもたちとはしゃぎまわる。かれのマスクはぴんく色だ。
「あいつ、本当ワガママだよ」
「何いってんの、それがこどもでしょ。私はそう思うけど」
 妻の朝がそう言い、大和のほおがゆるむ。かのじょのマスクはくろい。
「たたたた! まままま!」
 大和はいつもこういう風に両親をよんでいた。だがどうして“パパ”が“た”のられつとして表現されるのか、大和は日かりの喉と舌のこうぞう、そして思考のながれというものに疑問をいだく。かれらは手をふり、ちかづいていくが、日かりはさけぶ。
「きちゃダメだぜ!」
 クリスマスツリーへのきょうみが失せて、はじめて日かりは大和と朝のところにもどってくる。朝は日かりの髪をワシャワシャともみくちゃにし、かれはマンゾクそうに笑うんだった。朝は日かりがすきで、大和がすきだった。日かりはままままがすきで、たたたたがすきだった。そして大和は朝がすきで、日かりを殺してやりたいほど憎んでいた。絶対に殺してやる、絶対に殺すんだよ、俺の人生にこの肉かいは必要ない。だが俺の手では殺さない、コロナも違う、神が殺す、俺の人生はお前が死んでも潰えることはない、傷つくことはない。
 日かりはまた走っていって、ツリーのまえにある階段へといった。そして上っていくけども、朝たちもまた階段をのぼろうとする。
「たたたた! まままま! ぼくだけこっち!」
 おさない怒りのひょうじょうを浮かべ、日かりはよこのエスカレーターをゆびさす。これで上ってきなさい、という訳だった。
「はいはい、分かったよ!」
 朝はまるでクリトリスでも刺激されているようなひょうじょうで、大和のうでをつかみ、エスカレーターへといく。動く足場、大和にはこのげんりが、おおぞらを飛行機がなぜとぶのかと同じようにリカイデキナイ。
「たたたた! まままま!」
 当然だが、ここでも大和は日かりが死ぬもうそうをしようとする。だが階段からころげおち、ふたたびのうずいが露になるというにはアンイだ。だがそれ以外になにがあるのか。死のもうそうに創造性はひつようない、ただ死ねばいい。なので日かりののうずいがふたたび地面にながれた。実際、日かりはチョウジョウまで上ると、今度は下っていく。朝と大和も下りのエスカレーターにのる。そしてサンニンは地上でさいかいするのだ。今度はしゃがんだ朝の髪を、日かりがワシャワシャする。
 大和はお腹がいたくなったので、ふたたびエスカレーターにのって、建物ないにいった。はいべんを行ったあと、コシツのかどに設置してあるベビーチェアをながめる。注意書には“このイスには生後5ヶ月から3歳までのこどもが座れます”と記してあり、下にはえいごとちゅうごくご、かんこくごがしるしてある。大和はえいごも、ちゅうごくごも、かんこくごも読めない。しかし発見があった。ちゅうごくごには5と3が書かれている。だがえいごには5と3が書かれていない、5と36が書かれている。おそらくこれは“生後5ヶ月から生後36ヶ月まで”といういみだろう。そしてかんこくごにも5と36が書かれている。日本語とかんこくごは割かしにているので、日本人がべんきょうしやすいと聞いたことがある。だが赤ちゃんのねんれいの数えかたにおいて、日本語とかんこくごにはソウイがあり、むしろえいごとかんこくごが近い。大和にはそれが不思議だった。
 エスカレーターをおりるが、朝と日かりがいない。とまどっていると、女性のゼッキョウが聞こえた。声のほうこうにいくと、朝が地面をのたうちまわっていた。大和に気づくと、すがりついてくる。
「なんか
あっ、あっ、あっ、あっ
あっ
あっ
あっ
あっ
あある、あっ、あっ日かりが
日かり、ひっ
ああああ日かり、あっ、あっ
ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああ、日かり
日かり
日かり、あっ
あの子だって、私はちゃんと見てた!」
 道路には日かりのからだがころがっていた。ビクビクとけいれんする肉から、血がダラダラながれている。かたわらでかれをひいたらしいわかい男が、さむそうに震えている。ただ、のうずいが道にながれていない、これだけがザンネンなところだった。
 そして日かりは死んだが、2年と5ヶ月後、朝はゆう日というおんなのこを生んだ。大和がついコンドームをつけずにセックスしたからだ。
 

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