コロナウイルス連作短編その30「ただ健やかで普通なら、それでいい」

 日曜日、朝起きてから、柴崎哲司は自分のぺニスが勃起していることに気づく。彼は横で眠っている恋人の有河のぞみの身体にそれを擦りつけた。しばらくするとのぞみは起きて、その感触に気づき笑いはじめる。
「ねえ、またしたいの?」
「うん、すっげえしたい」
 哲司は喉を鳴らす猫のようにそう言った。彼らはキスをし、身体を貪りあう。哲司は自分の性欲を受け入れてくれた感謝として、のぞみの女性器を濃厚に、執拗に舐めた。のぞみはクンニリングスが好きで、それをされている時、何度も身体を捻るのだ。それを見るのが好きで、哲司は何時間でもクンニリングスをすることができた。哲司はのぞみの心が好きな一方で、その柔らかな身体も好きだった。それは彼女を対象化していることに他ならないように思えたが、この欲望を隠すことができなかった。彼は一度、のぞみの心も好きだが身体も好きだと告白したことがある。彼女は曖昧な表情をしながら「それで別にいいんじゃない」と答えた。
 哲司はゴムをつけずにのぞみのなかに挿入する。彼らは今、初めての子供を迎えようとする真っ最中だった。だがそれ以上に生の男性器でのぞみの生の肉を感じるのは極上だった。しばらく腰を振りつづけ、そして最後に中で射精する。その後、哲司はのぞみの身体を力強く抱きしめる。のぞみも強く抱き返し、そして彼の肩を噛んだ。
 哲司は朝ご飯にフレンチトーストを作った。それは彼の得意料理だった。のぞみは涎を足らしながらそのトーストを頬張る。その時の笑顔はまるで夏の弾ける太陽のようだ。その輝きに晒されて、哲司は溶けてしまいそうな錯覚に襲われる。
 皿を洗ってから、哲司はのぞみと一緒にテレビを見る。現在、熊本では記録的な大雨が降っており、人々が避難所へと押しよせていた。だがコロナウイルスが蔓延している故に、避難所でも危機的な状況は続いている。そんな時、哲司は過去にネットで見たニュースを思い出した。避難所の女性たちは性的なハラスメントや暴力にも晒されることになるのだと。彼女たちは自分たち男性よりも多くの被害の可能性に晒されているのだ。哲司はそれに怒りを覚えた。そして傍らでテレビを見ているのぞみを見つめた。哲司は彼女に近寄っていって、その身体を抱きしめる。
「なに、どうしたの?」
 彼女は笑うが、哲司は笑わなかった。彼女の肉感的な身体は、今繊細なガラス細工のように思われる。だから哲司は彼女を優しく抱きしめる。
 哲司は本を借りに、図書館へと向かった。図書館には行き場をなくした老人、特に老いた男性たちが多かった。彼らは妻に対して、差別的な扱いをして、最後には見捨てられてしまったのだろう。当然の報いを彼らは受けているように思われる。哲司はのぞみのことを考えながら、内心微笑んだ。彼は小説が好きなので、そのブースへと足を踏みいれる。色々と物色した後、結局借りようと思ったのはレティシア・コロンバニの「彼女たちの部屋」とファトス・コンゴリの「敗残者」、李琴峰の「ポラリスが降り注ぐ夜」とチェ・ウニョンの「わたしに無害な人」だった。無人貸出器で全てを借りた後、入り口へ向かうのだが、そこで一人の老人が職員である女性に激怒している光景を目撃した。声が自然と耳に入るわけだが、その内容は支離滅裂でただ女性を怖がらせたいだけのように思われる。哲司は老人に近づいていき、彼を叱った。180cmある哲司の身体に恐れを成したのか、老人は見る間に無口になり、最後には逃げていった。職員の女性は深々とお辞儀をする。それを見ると、彼は誇らしい気分になる。
 哲司はコカ・コーラを買いに、図書館の横にあるショッピングモールへと行った。そこでトイレに入ろうとすると、明らかに女装をしているように見える人間が女子トイレに入ろうとしているのに気づいた。哲司は吐き気を催した。
「おいちょっと、何してんだよ」
 彼女は哲司の威圧的な言葉に身体を震わせた。
「あんた、何女性トイレ入ろうとしてるんだよ、男のくせに。変態か?」
「私は女性ですけど……」
 彼女はそう言ったが、哲司は彼女を明らかな男性と認識した、醜い男性だと。
「ふざけるなよ、お前、男だろ」
「だから、違います。何言ってるんですか」
「冗談言うんじゃねえよ、ボケ。キモい格好しやがって」
 その後も無駄な口論が行われた後、哲司は彼女の首根っこを掴んで、男子トイレに引っ張っていった。そして床に引き倒し、彼女が履くズボンを剥ぎ取ろうとする。
「止めて、止めて!」
「このクソキモいオカマが。お前みたいな奴らのせいで、女性が安心して暮らせないんだよ。分かるか。俺の恋人だってな、辛い思いしてるんだよ。怖がってるんだよ。そのくせお前らみたいな存在はのうのうと女子トイレ使ったり何したりしやがって、ボケがよお」
 そしてズボンと下着を脱がせるが、彼女の股間には女性器があるのみだった。一瞬呆気に取られた後、哲司は怒りに任せて女性器を蹴り、それからトイレから逃げ去った。
 家に帰った後、哲司は夕御飯を作った。チーズリゾット、鶏肉と茄子の炒め物、ちくわの肉巻き、そして味噌汁という内容だった。のぞみはいつもとても美味しそうに食べるので、哲司はとても嬉しく思う。彼女と一緒に料理を食べていると、心がとても暖まるのだ。晩御飯の後には、二人でマリオカートをする。のぞみはマリオカートがとても上手く、哲司はいつも勝つことができない。しかし彼女と一緒に遊ぶことそれ自体が素晴らしいことなのだった。
 夜、今度はのぞみの方がセックスをせがんでくる。少し疲れていたが、哲司は彼女の欲望を受けいれた。その身体はマシュマロのように柔らかく、いくら貪っても飽きることがない。彼女のこの肉体が自分だけのものであることは、哲司にとって稀な恩寵のように思われた。
 そして何度もキスをした後、哲司はのぞみのなかに挿入する。途方もない快楽を抱きながら、哲司は頭では子供について考えていた。
 自分の精子がのぞみの卵子と結びついて、そして子供が生まれる。それはどんな子供なのだろうか。サッカーの大好きな子供か。お人形さんの大好きな子供か。算数の好きな子供か。マリオの大好きな子供か。だけどそんなことは実際どうでもいいんだ。ただ健やかで、普通の子供ならそれでいいんだ。
 哲司はのぞみの体内に精液をブチまける。彼の男性器が精液とのぞみの肉のなかでピクピクと震える、まるで枯れ木に吊るされた蛇の死骸のように。

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