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コロナウイルス連作短編その193「自分にちゃんと誇り持たなきゃ」

 休み時間,田村堅碁は隠し持っているポテトチップスを味わいながら食べる.セブンイレブンで買ってきた,だしを食べるポテトチップスという名前のものだ.Yamayoshiのポテトチップスはどれも味が濃厚で,噛み締めるごとに自分が不健康になる感覚があり好きだった.だがこれはそこまでの濃厚さがない.少し幻滅するがこれは味の繊細さや複雑さをもっと味わえというYamayoshiからの忠告かもしれないと,堅碁は柄にもなくゆっくりとポテトチップスを喰らう.
「鎌形さんってさ,ハーフなん?」
 そんな声に前を見る.2つ前の席に座る鎌形マリア,彼女にそう問いかけたのが熊川未祐だと分かる.
 堅碁にとってその疑問はかなりもっともなものだった.
 うまく説明できないが,彼女の顔は明らかにヨーロッパ人のものだと彼には思えた.今はコロナのせいで目から下をマジマジと見据える余裕はないが,目許だけでも白人のそれだと思える.これを形容するに辺り“彫りが深い”という言葉を,確か母親は使っていた気がする.“深い”は理解できるが“彫り”とは何だろうか.堅碁の頭には美術の授業で,彫刻刀を使い木を抉った時の光景が浮かぶ.顔を彫るにあたって,彫刻刀で深く深く彫るならマリアの顔ができるのだろうか.少なくとも普通に掘ったら,未祐のような顔が出来上がっていた.つまり純日本的なブス顔だ.“平安美女(笑)の顔に納豆ぬったくったような顔”という,友人の平田の言葉は全く言い得て妙に思える.
 ブス特有の厚かましさで今のご時世に言いにくい質問をマリアにぶつけてくれたことに,彼は深く感謝する.
「えっ……」
 堅碁の位置では横顔しか見えないが,マリアは明らかに動揺していた.
「いや,えっと,よく言われるけど……別にそうじゃないよ」
 彼女の返事はしどろもどろなものだ.むしろ実際にハーフであるがそれを隠しているという方がしっくり来る.
「え~,ほんと?」
 未祐も自分と同じことを思っているようだった.
「昨日ニュースで自転車レースやってたんだよ.そこに,前地理の授業で聞いたルクセンブルクっていうヨーロッパの国の選手が出てたんだけど,その人にそっくりだった! 目とかめっちゃそうだったよ」
「へ,へえ……そうなんだね.でも,あの,私は違うから」
「ふうん」
 未祐は納得いっていないようだった.堅碁もそうだ.だからこそ“もっと色々言え! 押せ押せ!”と未祐を心のなかで応援していた.堅碁にとって驚くべきことだった.
「それに……」
 だが口を開いたのはマリアの方だった.
「“ハーフ”って言葉あまり使わない方がいい,かも.“ミックス”とか他にも色々言い方あるし……」
 全くもっともな言葉だからこそ,退屈な言葉に堅碁は少し白ける.思わずポテトチップスを大量に頬張る.大量に食べると相対的に味が濃く感じられ,旨い.
「何で? ハーフっていいじゃん,カッコいいじゃん!」
 そんな無邪気な反論に,堅碁の白けが少し晴れる.
「ハーフってみんな使ってるし,辞書にも載ってるくらいの伝統じゃん! つーか私だけじゃなくてハーフの友達も自分のこと言うとき普通に使ってるよ!」
 未祐の言葉の勢いに,マリアが気圧されているように見える.
「例えば陸上部の台湾とのハーフの岩ちゃんとか,メキシコとのハーフのラウラとかね.あと友達じゃないけど,アフリカ……どこだっけ,何かあんま聞いたことない国……まあ,アフリカとのハーフの子でバスケめっちゃ強い男子がいてさあ」
 そう言ってから,未祐はドリブルをしてみせる.無様だった.
「その子が前に学校のスピーチコンテスト出ててさ,自分が日本とアフリカ……いや,そん時はちゃんと国名言ってたけどね,その2つのハーフっていうのに誇りを持ってる!って言ってたよ.めっちゃカッコよかったよ.コンテストでも優勝してた!」
 そう話す未祐は,自分が成してもないことに酔いしれているようだった.
「う,うん……でも,あの,私はハーフじゃないから,本当に」
 顔面に冷や水を浴びせかけられたように,未祐の顔に落胆が浮かぶ.
「ふうん,そっか」
 マリアは少し安心したようだった.
「じゃあ鎌形さんがそう誇れるようになったら,私に真っ先に言ってね!」
 未祐はそう言った.そして遠くから彼女を呼ぶ声が響く.未祐は教室から去っていく.
 その頃には,堅碁は既にポテトチップスを食べ終えていた.最初の印象に反して,なかなかに旨く食べ終えたと彼にはそう思える.
 満足感とともに尿意を催すので,堅碁は立ち上がり教室のドアへ向かう.
 ガツン! 最初は何が起こったか分からない.だが鮮やかな痛みが込みあげてきた時,左の小指の辺りが机の足にぶつかったのに気づいた.
 そしてその机の主はマリアだった.
 思わず横を向くと,彼女は体をビクンと震わせていた.そして瞬間にこっちに視線を向けてくる.
「ご,ごめん!」
 そう言いながら,彼の意識はただただマリアの顔に注がれていた.
 何故か今,彼女はマスクをしていない.目から下も全てが白日のもとに晒されている.長い黒髪は純日本人という感じだが,顔は完全に白人のそれだ.本当に肌が白く輝いていて,見ているだけで小指の痛みが吹っ飛ぶ.頬骨はとても逞しく,アゴもかなり鋭角だ.唇も肉感的で,しかもどこまでもピンク色だ.どうして今,自分が直接彼女を目に映せているのか分からない.彼女はマーベルの映画に出てくる女性たちーー最近のフェイズ4によく出てくる未祐のようなブスとは違うーーや,ゴダールの映画に出てくる可愛いヒロインたちと同じ存在で,こんな日本の学校にいるべき人物ではない.
 そして堅碁は1つ思い出した.Pornhubなどの海外のエロサイトでは“黒髪”は“brunette”と呼ばれることを.
 マリアってやっぱ,めっちゃかわいいわ.
 堅碁は心のなかで独りごつ.
 トイレに行った後はこの顔を思い出しながら,もう1つのポテトチップスが食べたい.それは玉ねぎ味だ.珍しいので試しに買ってみたのだ.

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。