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コロナウイルス連作短編その188「近くに立って、ウルトラチョップ」

 そう歌いながら、彼女の娘である真海佳英が、床に屈みこんでいた阿連川瑠々の首にチョップをする。骨が軋むような重苦しい音が響いた。佳英はそれに対し特に反応することもなく、無邪気に笑っている。“骨の関節が軋むような重苦しい音が響いたと、少なくとも瑠々は思った”と認識を改めた方がいいのかもしれない。
 不思議と冷静に現状を把握していたが、同時に瑠々は苦痛も感じていた。手刀のように伸びた佳英の右手が彼女の首に衝突し、肉へとめり込んだ後、その内部へと衝撃波が広がっていく。波は濁った痛みとして進んでいき、肉や筋肉、血やその他の体液に満ち渡る細胞を死滅させていく、そんな感覚を瑠々は味わう。
 このチョップは4才児によって実践されたものだ。しかし生やさしいものではない。むしろ子供ゆえの加減のなさが、そのチョップには宿っている。生じた衝撃波は彼女の小さな手には余る強靭さ、そして根強さを誇る。波はいつしか骨の奥にまで伝導し、苦痛に対する呻きが震えとして湧きあがってくる。
 音叉。
 瑠々の頭に浮かぶのはあのU字状に分かたれた金属製の器具だ。肉の内部で、骨が音叉のように震えているような気が彼女にはする。だが高校の物理の授業で聞いた、あの清冽な響きを瑠々の骨も奏でているかといえば、それは自分でも疑問だった。
 このような剥き身の身体的暴力を、瑠々はこれまで受けたことがついぞなかった。両親は虫も殺すことのない優しい人々だった。姉も彼らの気質を受け継ぎ自然を深く愛していた、その優しさゆえ20歳で己の息の根を止めたが。今まで瑠々が恋人としてきた何人もの女性たちも身体的暴力とは無縁だった。愛という概念にはお決まりの精神的暴力はあったが、それはまた別の話だ。そして日本で生きるうえでひどく幸運なことに、痴漢などの性暴力にもほとんど遭ったことがない。今のパートナーである真海遠も暴力を振るったことは一度もなかった。
 だが真海佳英という存在は違う。
 佳英は瑠々の肩を拳骨で殴り、瑠々の脛を足で蹴る。
 そして瑠々の首に手刀を振りおろす。最初はじゃれるような力の程度で瑠々も寛大に付きあいながら、加速度的に成長するごとにそこに宿る力も増幅していき、苦痛もまた増大していく。だが注意するならば凄まじい形で泣き喚き、収集がつけられない。その暴力性を自身も認識しているのか、これを行うのは“時々”だった。それを鑑みるなら躾で泣き喚かせるより、我慢する方が労力を割かずに済む。
「うわ~」
 瑠々はふやけた悲鳴をあげながら、床に倒れこむ。ウルトラマンにやられる怪獣の物真似だ。すると佳英は、きゃははは、そう笑う。
 こんな剥き身の暴力を喰らわされる、喰らわされ続ける生活は全く初めての経験だった。しかもその加害者が自分の娘であるというのは予想もしていなかった。
 娘の暴力に心を踏みにじられるたび、子供を持つというのはこういうことかと分からされる。
 だから嫌だったのに。
 そしてこの言葉を、瑠々はいつも飲みくだし、胃液で溶かす。

 ソファーに寝転がり、瑠々はぼうと天井を見つめている。
「ただいま」
 声が聞こえ、起きあがる。そこには真海遠がいる。こちらに笑顔を向けてくる。その時に首の逞しい筋が皮膚に浮かびあがり、瑠々の心臓が少し早まる。
 遠は瑠々が作りおきしていたミートソースパスタをレンジで熱した後、他のシーザーサラダなどと一緒に食べ始める。瑠々はもう既に食事など終えていたが、食卓の椅子に座って彼女が食べる姿を眺める。遠は本当に美味しそうに食事をする。1回で食べる量の多さ、頬張る時の口の大きさ、モゴモゴと咀嚼する時の動きの大袈裟さ。その無邪気で猛烈な勢いを見ていると、こちらまでお腹が空いてくる。自分の網膜をカメラとしてこの光景を撮影し、Youtubeで配信するならAMSR動画として人気を博すのではないか?と、そんな妄想まで捗ってしまう。
「何、笑ってんの?」
 気づくと、遠がこちらを見ながらニヤついている。口許はミートソースでグチャグチャだ。それをティッシュで拭き取ってあげたくなる。
「遠が可愛すぎるから」
 彼女のニヤつきが、すぐさまぎこちない恥じらいに変わっていく。逞しい首も細く繊細な氷柱にすら見えてくる。それを目の当たりにしているだけで疲労感も、舌に置かれた砂糖のように一瞬で溶けていってしまう。
「ママ! ママ!」
 だがそんな喚き声が聞こえてきて、胸に満ちていた愛が砂粒と化していく。そして目の前にいる遠こそがそもそも子供が欲しいと言い、瑠々を度重なる説得の末に懐柔した後、精子提供を受けて妊娠、そして佳英を産んだ張本人であることを思い出す。
 瑠々が立ちあがろうとするが、少し立ちくらみがしてしまう。すると遠が「瑠々は休んでて」と言う。最後の麺を勢いよく啜りきったと思うと、そのまま寝室へ行った。瑠々は残された群青色の皿を見た。そこにはかなり多くのパスタが入っていたが、遠は数分で平らげてしまう。いつものことだ。佳英もまた食欲が旺盛で、彼女は産みの母の性質を引き継いだように思う。
 “産みの母”と、そんな言葉が頭に浮かんだことに驚く。なら自分は“育ての母”か。だが異性愛者中心の社会で生まれた語彙を、自分たちの関係性にそのまま適用するのは癪だった。それでも他の言葉が思いつくかと言えば、そうではない。瑠々は社会学者でも詩人でもなかった。今は専業主婦だ、そしておそらくこれからも。
「ウルトラチョップ!」
 そんな叫びに瑠々は暴力的な形で現実に引き戻される。そして重苦しい痛みを首全体に感じ始めた。今日、左側と右側のどちらに手刀を振るわれたかなど、もはや関係はない。肉から骨、筋肉から体液まで首を構成する全てが鈍重に悲鳴をあげている。

 “近くに立って ウルトラチョップ”
 これはウルトラマンのOPの歌詞だった。だがウルトラマンには20を越えるシリーズがあり、どのシリーズのOPかまでは瑠々は知らない。だが少なくとも佳英がこの歌詞を異様なまでに気に入ったことは、彼女の振るう暴力からして間違いない。
 佳英にウルトラマンを見せているのは遠だ。彼女はウルトラマンなどの特撮を好み、前々から子供ができたら特撮をたくさん見せたいと公言していたが、現在正にこれを実践しているということだ。
 何故見せたいのか? 正義の心を教えてくれる、他人にどう優しくすればいいかを教えてくれる、これが遠の主張だった。
 だが瑠々の目からすれば、ウルトラマンから佳英が学びとっているものは暴力だけだ。以前瑠々は、ウルトラマンという存在は主に光線で怪獣と戦うものと認識していたが、遠に付きあいそれを鑑賞するうち、むしろ攻撃方法は肉弾戦が主であることに気づいた。殴打、蹴撃、投げ。そういった生身の暴力によって怪獣を蹂躙し、サブ技として小規模な光線技を時おり使用した後、より大規模な必殺光線で怪獣を倒す。この流れが歌舞伎や能の型さながら踏襲されているが、そこに現れる暴力の殆どは生身の暴力だった。
 現在、ウルトラマンの新しいシリーズが放送されており、瑠々も視聴する機会があった。そこではウルトラマンの姿が変化、より肉弾戦に特化した赤い姿となる。固く握りしめた拳を怪獣の肉にめりこませる様に、遠も佳英も歓声をあげる。そしてウルトラマンがポーズを決め、爆炎のようなエネルギーが溢れ始める。この勢いで披露した必殺技は、踵落としだった。これによって弱点である頭部を破壊、そこに防衛隊の戦闘機が駄目押しの攻撃を加えることで、怪獣は倒されるのだった。この放送後、瑠々は佳英が所持している怪獣の人形に踵落としを加えようとする姿を目撃した。
「ドーン!」
 痛みのなかで瑠々はそんな声を聞く。自然と目を閉じてしまうが、瞼の裏側には遠が佳英がチョップを喰らい、床に転がる様が浮かぶ。彼女は加減のない佳英の暴力によって倒れ伏し、苦悶に喘ぐことになる。その時にあげる悲痛な声はどんなものなのか。
「うわ、やったな!」
 遠の快活な声が聞こえ、言葉にならない陽気な歓声が続く、いつまでも続いていく。古傷のような痛みが、首の細胞を腐敗させていく。

 瑠々には確信していることがある。
 佳英は遠に対して自分に行うほど強くはチョップを打っていないと。
 そして佳英は相手によってチョップの力加減を調整していると。
 瑠々と遠は2人とも女性だ。彼女たちは娘である佳英と家族を構成するにあたり、どちらが母親でどちらが父親かという異性愛規範に即した役割分担が生まれないように心掛けている。自分たちはこの規範に潰された骸のうえに生きているという意識がある、ゆえに犠牲になった者たちのためせめて自分たちは規範を否定する生き方を成していきたかった。
 だが共生は瑠々に不都合な事実を突きつける。遠は仕事を行い生活費を稼ぐ、瑠々は家事や子育てを行い家庭を維持する生活様式が自然と固定化していた。レズビアンカップルにおける父親役と母親役という固定概念を、自分たちは明らかに踏襲してしまっているという焦燥感が瑠々にはある。
 その一方でこの役割の固着に安堵している自分にも気づいている。彼女は常々自分が社会人として生きていくに適していない存在だと思ってきた。アルバイトやパート含めどんな仕事も長続きすることがない。業務はもちろん人間関係も円滑に築くことができず不満と羞恥心に塗れてきた。唯一の正社員としての仕事においても、この人間関係によって神経衰弱に追いこまれ、休職ののち退職を余儀なくされた。残されたのは適応障害の診断書のみだった。
 これに比べれば専業主婦として家事育児に徹する現状は、マシなものと言えた。あくまでマシというレベルだが、それでも日常生活を一応は恙無く続けられる状況が瑠々にとってかけがえがない。この状況は理想とは言えないまでも、楽だ。遠自身もこの状況に特段の不満は覚えていないようだった。だが問題はこれが正に忌避すべき性の固定概念に追従し、再生産を行うもののようにしか自分で思えないことだ。個人の性質よりも、社会に構築されたイメージに人生を掌握され、操られているような感覚を覚える。それが恐ろしい。
 そして佳英が自分を“母親”と、遠を“父親”と認識しているのではないかという疑念も拭いきれない。佳英は父親である遠には強く出ることがない。我が儘にしろじゃれつきにしろ、加減を的確に抑えながら実践を行っている節が見られる。佳英にとって遠は権威であり、彼女を怒らせれば不都合なことが起こると熟知している。
 一度、大切にしていた黄色いマグカップを佳英がふざけて壊してしまった際、遠は今まで見たことのない勢いで徹底的に叱り続けた。部屋が地震に見舞われたように揺れていた様を、何より瑠々の皮膚が最も鮮烈に覚えている。それから佳英は夜中泣き続け、部屋は再び揺れ動いた。その後、遠に対する態度が決定的に変わったように瑠々には思える。子供らしさが周到に計算されたうえで行われているように見えるのだ。それを瑠々に確信させるのは遠の前で見せる、自分たち以外に周囲に誰がいるかを確認する、太陽光に浮かぶ無数の塵のように漂う目付きだった。
 そして佳英は遠の前で発露させることのできない暴力を、母親である自分には思うままにぶつけているのだ。これを象徴するのがあのウルトラチョップなのだと。
 首の苦痛は瑠々をこのような思考に追いこむ。
 自分の娘は暴力を加減なしに振るっても許される相手を目敏く吟味したうえで暴力行為を行っており、彼女の“母親”である自分はその許される相手の1人として見なされている、と。
「夜でも元気だよねえ、佳英は」
 戻ってきての遠の第一声がこれだった。運動でもしたように頬がうっすらと赤く染まり、高揚している様子が見てとれる。これが子育ての旨みだけをかっさらう人間の笑顔なんだと、瑠々は思った。
「もう食器洗っちゃったの?」
 台所に視線を向けながら、遠は言った。その後に首を回す。
「別に私がやるのに。瑠々はやるの早すぎなんだよ」
「だって、いつもやるの遅いし。今だっていつ戻ってくるか分からなかったから、洗わないとずっと残ってそうだったし」
「いや、私はやる気だったけどねえ。瑠々はもうちょっとゆったり家事をやるべきだよ」
 “ゆったり”というふやけた言葉に少し苛つく。
 何故こんな言葉遣いをする人間が暴力の対象にならず、自分がそうなるのかが分からない。

 瑠々はふと気づくと、自分がどこか開けた空間にいることに気づく。
 周囲に意識を向けると、自分は少し固い椅子に座り、透明な仕切りのついた焦げ茶色の小テーブルに向かっているのが分かった。ここは近くのショッピングモールのフードコーナーだと、瞬間に理解する。
 だが違和感がある、脳髄の側面に噛みかけのガムのような違和感が張りついている。未だ少し掠れた風景へ意識を漂わせていると、その正体が明らかになる。周囲に佳英がいないのだ。物理として佳英を感じないとともに、その気配なども同様に伺えない。こういった状況は、特に最近はほとんど有り得るはずがない。それでも焦燥感はなかった。“佳英がいない”と感じた時点で、これが夢だとハッキリ分かったからだ。
 瑠々の目の前には分厚い本とノート、それにシャープペンシルがあった。
 ひとりでに彼女の腕が動き始め、本を読んでいく。細い指がなかなか勢いよくページを捲っていくが、文章は判然としない。しばらくすると本に何かを挟んだうえで閉じ、横のノートにメモを取っていく。
 そういえば、瑠々は思った、昔はこうやって読書していっぱいノートに色々書いてたな。図書館は静かすぎて全然落ち着かなくて、逆に子供とかいてうるさいショッピングモールとかの席で読書するのが好きだったな、その方がむしろ落ち着いたしね、こういうのどれくらいしてないっけ、そういえば、何か、思い出せないけど結構長い気がする、ラテン語とかまた勉強してみたいな……
 そして瑠々の目がノートを捉える。
 Desines timere, si sperare desieris
 そんな文字列が、交通事故さながら網膜に衝突してくる。これは、ラテン語だった。意味は全く分からないのに、この文字列は鮮明に浮かんでくる。昔、大学の授業で習ったもののはずだ。それでもやはり意味が思いだせない。
 Desines timere, si sperare desieris
 文字列がさらに迫ってくる。己の筆跡で書かれたそれが瑠々に迫ってくる。
 そこから、音が聞こえてくる。乾ききった爪を黒板に擦りつけるような音だ。
 音は徐々に大きくなる、加速度的に大きくなる。
 大きく。
 大きく。

 ばっと目が覚めた瞬間、耳に佳英の声が届く。
 ぎゃあぎゃあと喚き散らし、家の壁に不可視の穴を無数に開いていく。
 携帯を確認すると午前6時34分だった。1日の始まりだ。
 目を擦りながら立ちあがり、寝室を出て子供部屋に行く。
 そこで佳英は静かに人形の体を撫でてあげていた、母親が赤子を慈愛の心でケアするように。
 だが瑠々に気づくと、人形を床に叩きつけ笑顔で走り寄ってくる。
「おなかすいた、パンたべたい!」
「まずは“おはよう”でしょう」
「おはようございます!」
 自分の言いつけを聞かずに“おはよう”ではなく“おはようございます”とわざわざ丁寧な物言いをしたことに苛つく。
 佳英は自分を待たずに部屋を駆け出て、リビングへ向かう。瑠々も追いつこうと歩き出て、廊下を歩き、そして半開きにされたドアを抜けようとする。だが立ちくらみがして、力なく床へと踞ってしまう。世界が色を失うような気分だ。
「ちかくぅにたぁぁぁって……」
 佳英の歌がどこからか聞こえてきた。状況から判断してそれは自分の前から聞こえてくるはずだが、その響きは自分を取り囲む網のようだった。
 ああ、またあの痛いの喰らうわけだな。
 心にそんな諦めが兆した。ふぅと、溜め息をつく。
「ウルトラチョォップゥゥ!」
 そんな歓声が響いた後、世界が一瞬真っ白になり、そしてふと、自分の右手が佳英の手刀を受け止めているのに瑠々は気づいた。
「ママ、ママ」
 佳英は不安げな声をあげる。
 こうして見比べるなら自分の手と佳英の手、というより大人の手と子供の手は相当大きさが違うと分かる。遠の手は女性として平均以上の大きさで、彼女と比べると自分の手はかなり小さいものと思えた。だが佳英という4才児の手と比べるなら、瑠々の手は大きな部類として見なせる。“相対的”という言葉を理解するにはうってつけの状況だった。
「ママ、ママ」
 瑠々は自分が“大人”であると感じながら、右手へと徐々に力を加えていく。大きな手が小さな手を覆い隠し、存在を掻き消していく。
「佳英、そのあとの歌詞って覚えてる?」
 瑠々は言った。佳英は「ママ、ママ」と言わなくなる。
「“凶悪怪獣 たおすため”だよね? それでさ……」
 瑠々は言った。佳英は「ママ、ママ」と言わない。
「ということは、佳英がウルトラマンで、じゃあるるお母さんは“凶悪怪獣”ってことだよね?」
 瑠々は言った。佳英はもう「ママ、ママ」と言う気配がない。
「そうだよね?」
 佳英は答えない。ただ唇を引き締め、体を震わせている。
 だが母親として、分からせる必要がある。

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。