コロナウイルス連作短編その38「お前の映画はマジでゴミだよ」
頭を掴まれながら、鈴木大は強制的にぺニスを舐めさせられていた。和月拓という青年のぺニスはとても大きく、喉を突き刺されるような心地がした。拓は支配者であり、大は奴隷だった。突然電話が鳴り、拓は大にぺニスを舐めさせたままでそれに出る。
「もしもし、美保。何だよ、いきなり電話してくんなよ。今、俺チンポ舐められてんだよなあ。誰に舐められてると思う? 鈴木大だよ。そう、あの眼鏡がキモくて、ニキビが不潔な奴。アイツ、今、俺のフェラチオ・マシーン。ぶっちゃけお前よりチンポ舐めんのうまいよ。だってお前、チンポ舐める時、めっちゃ歯当たんだもん。地味にムカつくよな。何度言っても直さねえじゃねえか。お前も大からフェラチオの何たるかを学べよ、なあ。女って男にセックスの文句言う癖に、自分は下手くそなの直そうとしねえからムカつくよ。お前もマジでそうだろ。真面目にチンポ舐めろよ、ボケ」
拓は大の口のなかで射精した。肉壁にビチビチと精子が飛び散るのを彼は感じた。ぺニスを口から出した後、拓は大の首を掴む。
「おい、飲めよ。俺の精子、ちゃんと飲めよ、豚野郎」
大は身体を震わせながら、彼の精子を飲みくだした。
「よくやったな。お前知ってるか、精子にはたくさんタンパク質が入ってるからさ、肌にいいんだよ。肌が綺麗な女はみんな彼氏の精子飲みまくってんだよ。お前のクソ汚ねえ肌も、俺の精子のおかげでプリップリだよ。お前って本当に幸運な奴だな。もちろんいつでも飲ませてやるからな。俺たち親友だろ、豚野郎」
高校から帰る時、大はマスクをした。いつもは夏の暑さが相当激しいこともあり、外ではマスクを着用しない。今日はぺニスを舐めさせられた口を誰にも見せたくないので、マスクをした。そのマスクのなかには拓の精子の匂いが充満している。
家に帰ったが、そこには誰もいなかった。母親の秋は看護師として病院で働いており、父親の博也は映画監督として毎日遅くまで働いていた。彼は自分の部屋に籠って、パソコンで映画を観始める。それは博也の監督した映画だった。ガリ勉として冴えない青春を送っていた主人公は、高校に入学した時、クイズ研究会というものを見つける。それは文字通りクイズを作ったり、クイズ番組に参加したりするクラブだった。ここで彼の知識は大いに役立ち、先輩や同級生の信頼をすぐさま勝ちとっていく。クイズというおおよそ映画として映えないはずの題材が、博也の手にかかると正に映画的としか言い様のない輝きを獲得する。何よりイケてなくて勉強しかできないことがここでは高らかに肯定されている。それが素晴らしいと思った。
以前、彼は「ブックスマート」という青春映画を観て、吐き気を催した。ガリ勉である二人の少女が自分の今までに絶望して、卒業前に弾けまくる。そしてリア充に肯定され、恋人もできてハッピーになる。ここに自分の居場所は全くないと大は思った。俳優として成功して、鳴り物入りで映画監督になったという、しょせん恵まれた人間ーーしかも白人という特権を持っているーーに弱者の尊厳は描けない。強者に媚びへつらい認められ、自身も強者の仲間入りをする、そんな奴隷しか書けないのだ。人々はこの映画を多様性の塊だと誉めているが、白人にお膳立てされた多様性など要らないと大は思った。この映画を観てから、父の映画に更なる愛着を持つようになった。ここで主人公はほとんど何も変わらない。才能を認めてくれる友人や先輩が少しできるが、主人公は変わらず勉強をずっと続ける。恋人ができたり、キスを経験したりすることもない。それでも彼は少し生きやすくなって、笑顔を浮かべる回数が増える。この光景を博也は繊細に描きだしていた。
博也は大に映画の楽しみを教えてくれた張本人だ。彼が「ダイハード」を初めて見せてくれた時のことを今でも覚えている。彼は汚い髭面を柔らかく歪ませて“メリークリスマス!”と言ったんだった。映画監督として多忙ゆえに一緒にいることはあまりないが、代わりに大は彼の映画を観るようになる。時には小さな小さな映画館で、時には部屋で、時にその作品は正に傑作であり、時にその作品は頭を抱えるほどの駄作であったりした。それでも一貫して父の作品が好きだと言える理由は、弱い立場に追いやられている人物たちへの尊敬と親愛ゆえだった。大のようないじめられっ子の生徒を主役にした作品もあり、その映画は彼を生きることの絶望から救いだしている。大を生かしているのは父の存在に他ならなかった。
映画を観終わった後、大はTwitterを眺める。彼は高校の同級生の代わりに、日本中にいる映画ファンだけをフォローしていた。皆が皆、自分の好きな映画についてばかり呟いているこの光景が好きだった。今日は様子が違った。映画ファンたちは一様に怒りを露にし、ある者は深い落胆を見せていた。Twitterを散策するうち、その火種となった呟きを見つけた。
“私、飯井垣祥太郎は映画監督である鈴木博也から数年に渡って性的な虐待を受けていました。ここにそれを全て告発します”
祥太郎という人物は虐待の全てをネットに晒していた。博也との出会い、最初抱いていた博也への尊敬、それゆえに心の隙間に漬けこまれていく状況、精神的肉体的虐待の数々とその詳細。大はその告発を、妊娠した牛の歩みのような速さでゆっくりと読んだ。その中には音声ファイルが付属してあった。大はそれを聞いてみる。最初、聞こえてきたのは蛙の死骸が爆発するような音だった。しばらく聞いているうち、それは拓にフェラチオを強制されていた時、大自身の口から出ていた音と同じなことに気づいた。
「お前の映画はマジでゴミだよ。それなのに劇場公開とはいいご身分だよな。お前、どんだけの奴らに媚売ったんだよ。チンポもマンコも舐めまくったか、おい。ふざけやがって。お前と同じ年の頃、俺はなクソみたいな下積み仕事いっぱいやって辛酸舐めまくってたんだよ。江上藤四郎って監督知ってるか、もうくたばったけど、アイツは俺のこと無能って言いながら何度も何度もブン殴ってきやがったよ。皆、俺の顔は歪んでるって言うけど、全部アイツのせいなんだよ。俺の手でブチ殺してやるって決めてたのに、先に交通事故で死にやがって。逃げたんだよ、アイツは、俺に脳みそブチ壊されたくなくてな。俺はずっと頑張って頑張って頑張って、やっとここまで来たのに、お前はあのファスビンダーのパクりみてえな映画で一躍時代の寵児って訳か。笑わせるよ、俺の言わせりゃあんな映画、ゲロ以下だよ。ファスビンダーなんてキモい作家の映画パクって、キモい映画作って、お前もホモか、なあホモか。ホモだよな、こんなチンポ、舐めまくってんだからな。お前のチンポ舐め、お前の映画より全然傑作だよ。ホモビデオの男優やれよ、ほらニコニコ動画の何とか言う奴みたいにさ」
しばらく罵倒を続けた後、博也は呻き声をあげて沈黙が訪れた。また罵倒が始まり、その途中で音声ファイルは終わった。
大はまたTwitterを見始めたが、誰かが博也が自身の映画の披露試写会に出ている時の映像を上げていた。その中で博也はやはり汚ならしい髭面だったが、映画を観客に観てもらえることの純粋な喜びがそこには浮かんでいた。喋るのは得意ではなく、何度も何度も言葉がつっかえてしまうのだが、その木訥さは彼が監督した映画の魂と共鳴しているように思えた。言いたいことを全て言い終えた後、彼は柔らかな笑顔を浮かべる、「ダイハード」を観た時と同じような。
大はパソコンの電源を切り、息を深く吐いた。立ち上がって少し身体を動かすと、解放感からか自然とぺニスが勃起した。ズボンを脱いで、そのぺニスを眺める。大きくはないが、とても固いぺニスだった。彼は目をつぶって、そのぺニスを父親である博也が舐めている様子を思い浮かべた。大はフケの多く溜まった黒髪を鷲掴みにしながら、強制的に博也にぺニスを舐めさせた。強く腰を振る、大は腰を振り続ける。博也の口から響いてくるのは、蛙の死骸が爆発するようなあの音だった。
ゴブッゴブッ、ゴブッゴブッ、ゴブッゴブッ、ゴブッゴブッ。
私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。