見出し画像

コロナウイルス連作短編その71「ああ、マジで売れてえ」

「俺らもさ、何か差別発言すれば売れんじゃねえの」
 舞台でのネタ見せを終えた後、行きつけの居酒屋ゴンで麦川保が堀崎安野に言った。彼らはブルガリアン金剛という名前のコンビを組んでいたが、全く売れない。保自身、その原因はネタが難解かつ前衛すぎるからと信じていたが、このネタを薄めるのは最低の妥協だと思っている。安野にも俺を信じろと言い続けているが、この5年で売れた形跡はない。そんなお笑い芸人は珍しくもないが、自身の才能を鑑みれば状況は不当だと信じてやまない。
「どういうことだよ。俺がヒトラーの物真似してユダヤ人差別するみたいなやつか」
 安野は口髭を撫でた。
「いやそりゃダメだ。もう既にヒトラーは有象無象のYoutuberに玩具にされてる。どんだけ多くのガキが、2021年にもなって『ヒトラー最期の12日間』のヒトラーがブチ切れる場面をネタにしているか知らねえのか。もう脱政治化されている。ヒトラー使うやつは素人、もはやネタにしても少ししか炎上しない」
 安野は口髭を撫でた。
「俺の考えてんのはもっとアメリカの、ポリティカル・コレクトネス的なやつだよ。ほらあのクソつまんねえAマッソがさ、どっちか忘れたが大坂なおみに『こいつに必要なのは漂白剤。あの人日焼けしすぎやろ!』とか馬鹿にして、炎上したろ。アメリカ人とか人権守るマンとかにボコボコに叩かれてた。でも今どうだよ、何かテレビに出て売れてるどころか、文芸誌に小説とかとか発表していっぱしの小説家気取りだろ。禊終わるの早すぎじゃねえの、アンジャッシュ渡部だってまだ港で働いてんだろ。で次は芥川賞作家ってか、なあ?」
 保は自分のレモンサワーに唾を吐きすててから、それを飲んだ。
「今日のスッキリ見たか?」
「いや見てねえわ。朝とか起きれないし」
 安野の呑気さに保はイラつく。
「今日、アイヌの……知ってるだろ、北海道のよく分かんねえ民族。『ゴールデン・カムイ』に出てくるやつ。アイヌが紹介されたんだよ、スッキリで。それでさ、その紹介の後におふざけで脳みそ夫さんが『この作品とかけまして、動物を見つけたとときます。その心はあ、犬』って言ったんだよ。で、Twitterで炎上」
「はあ、マジ? 何でだよ?」
 安野は義憤に駆られているようだった。安野も保も先輩芸人として脳みそ夫には尊敬を持っていた。
「何でもアイヌと犬をなぞらえる差別発言は昔からめっちゃあったらしくて、それで実際アイヌは被害受けてきたとか何とか。それをテレビでやるのは差別の再生産みたいな」
「意味分かんねえな。それって犬を見下した発言じゃねえの。犬のこと人間のパートナーじゃなくて犬畜生みたいに思ってるんだよ。これ、逆差別じゃね。差別発言って思うこと自体が差別だろ」
「だよなあ。でも、俺何か、何となくこの発言がきっかけで脳みそ夫さん売れる気がすんだよ、Aマッソみたいに。てか、マジで売れてほしい」
 保は肘のあたりを掻いた。
「脳みそ夫さんのネタ好きだよ。表面上は軽薄だけど、俺は知性を感じる。OL聖徳太子とかさ、ちゃんと歴史の授業とか聞いたり、図書館で聖徳太子や奈良時代のあれこれを調べたからこそできるネタだろ。付け焼き刃じゃない。他のネタだってかなり知的だ。俺は錦鯉とかおいでやす子みたいなうるせえ排泄物じゃなくて、大自然さんとか脳みそ夫さんとかそういう知性や余裕のある笑いを生み出せる本物の実力派が売れるべきだと思う」
 安野が1本の鶏皮を一気に喰らった。
「でもテレビとかじゃやっぱ分かりやすい、キャッチーで瞬間的なネタできるお笑い芸人が売れんだよな。それがマジで許せねえ、これが資本主義の論理ってやつだろ。最低だな。でもこのガラスの天井を突き破る可能性を持つものがある」
「それがポリティカル・コレクトネスってか」
「だな」
 保は新しいレモンサワーを頼む。
「でも前から黒人差別発言してる金属バット、売れてるか微妙じゃねえの」
「あいつらの敗因はもうそういうキャラだって定着してることだろ。誰も驚かない、こいつらなら言っても納得とか思われる。そうじゃないやつらがいきなり差別発言すんのが肝なんだよ。Aマッソもそうだったろ」
「いや知らねえ、あいつらのおふざけ見てると吐き気がする」
「まあな、まあな、分かるよ。重要なのは差別キャラじゃないやつが差別発言するってことだよ。俺たち、そういう印象ないだろ」
「客にどう思われてるかなんて考えたことないな」
「俺らは、違う。割りと知的だけど、そういう政治的なことからは離れたところにいる。そんな俺らみたいな存在がいきなり……エタヒニン!みたいなことを言うんだよ。まあもうちょっと知性ある感じの発言にする必要あるが」
「うわ、なつ。それ中学校の歴史の授業で習ったわ」
 2人は爆笑する。
「だからさ、いや俺らそもそもテレビとか出れてるお笑い芸人じゃないけど、そもそもAマッソだってライブに来た客の密告でバレたんだ。日々、ライブ会場でもどこでもここぞというところで差別発言ブチこんでく、それで炎上! 次に形式上の謝罪! 反省と学ぶ姿勢! そして大衆が差別発言忘れたところでテレビ出演、スターダムだ!」
 こう高らかに叫ぶと、実際これが可能なのでは?という期待が心に浮かぶ。
「でも何、差別すんだよ」
 安野がレバーを喰らった。
「まあそれは問題だな、確かに。アイヌは二番煎じ感あるよな、でも『ゴールデン・カムイ』とかまだ人気だし、ネタにする価値はある。後は……部落差別とかか」
「あと沖縄とかいいんじゃねえの。ウーマンラッシュアワーのやつとか消えたろ、あいつに中指立てる感じで差別発言ブチこむ。あとは韓国とか」
「いや韓国人差別なんて普通すぎんだろ、どいつもこいつやってる。それなら東南アジアのベトナムとかフィリピンの方が良いと思うわ。こいつら今、技能実習生絡みで被害者面してるから、それへのカウンターでさ」
「精神障害者もよくないか、ガイジ。今流行りの発達障害とかさ、こいつら間抜けで気が効かねえクソなのに、精神の障害があるからって見過ごされてるだろ。こいつらに一言言ってやりてえ日本人っていうのは多いと思うな。それにガイジってテレビで言ったら絶対小学生に大ウケだろ」
「あとヴィーガンとかいう野菜しか食べないやつらとかも良いかもなあ。環境破壊とか動物愛護のために肉食べねえとか俺にとっちゃ信じられねえよ、アホにも程がある……」
 彼らは午後8時までずっと喋り続けた。ここまで白熱した会話を繰り広げるのは久しぶりだった。
 保は家に帰ってから、まず最寄りの図書館のサイトを開く。今は緊急事態宣言のため図書館は一般解放されておらず、ネットで予約した後に本を受付へ取りにいくという手法が取られている。保はまず“アイヌ”で検索をした。578件もの文献がヒットし、さすがに驚いてしまう。『樺太アイヌ民族誌   その生活と世界観』『シマフクロウとサケ   アイヌのカムイユカラ(神謡)より』『問いかけるアイヌ・アート』『アイヌと神々の謡   カムイユカラと子守歌』『アイヌの権利とは何か   新法・象徴空間・東京五輪と先住民族』……文献の量はあまりにも膨大で、保は目眩を覚える。だが同時に焼けつくような興奮をも胸に感じている。
 むしろ差別するために学ぶって、何かカッコよくないか?
 そう自分に問いかけてから、彼は次々と文献を予約していく。
 ここから俺たちの本当の芸人人生が始まるんだ。
 保は強く、拳を握りしめる。

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。