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コロナウイルス連作短編その65「安倍晋三」

 桝川容は親友である有沢重春と牛角に行き、2560円の食べ放題を頼む。久しぶりの贅沢だった。韓国のりたっぷりのカルビ専用ごはんを食べ、コーラを無限に鯨飲し、肉も食べまくっていたが、その途中で腹部に痛みを感じる。最近、よく腹痛に襲われるようになった。原因は分からない。腹部と一緒に肛門も震える。とうとう我慢できなくなり、容はお腹を擦りながらトイレに駆けこみ、便をブチ撒けた。やはり下痢便である。しかも少し粘っているのが不気味だ。丹念に肛門を拭くが、手は洗わない。排尿時は手を洗うが、排泄時は手を洗わない、容の奇妙な癖だった。戻ると重春がニヤニヤ笑っている。その黒髪の、ゴキブリのようなテカりに苛つかされる。
「何かお前最近ずっとお腹痛くなってないか?」
 確かにそうだった。腹痛は場所を選ばずやってくる。バイト先でも、親友の前でも、恋人の前でも、地下鉄内でもだ。
「アレじゃねえの、安倍晋三と同じ病気じゃねえの」
 そう言われても、何の病気か全く見当がつかなかった。だが重春が自分を馬鹿にしていることだけは分かった。
「ふざけんなよ、誰がクソ野郎と同じ病気だよ。お前も安倍晋三と一緒にぶっ殺すぞ」
 重春は口を掻っ捌きながら爆笑した。容はもはや意地で肉を喰い、コーラを飲みまくった。帰り道には案の定再びの腹痛に襲われる。彼は少し怖くなって、近くのマツモトキヨシに赴き整腸剤を探した。どれを買えばいいかなど分からないので、適当にパンラクミンプラスという整腸剤を買った。植物性乳酸菌と納豆菌が入っているということだったが、それが腸を整えるうえでどういう役割を果たすかなど知らなかった。

 夜中にまた腹痛に襲われる。しばらくは我慢するが、腹部の脂肪をゾリゾリと削られるような痛みが容を苛む。そして最後にはトイレへ駆けこむ。粘りを感じながら肛門を拭きとり、ふとトイレットペーパーに視線を向ける。血まみれだった。戦争における虐殺現場のような有様に怖気をふるい、急いで水を流す。何枚ものトイレットペーパーで肛門を何度も拭いた後、確認もせずに水で流す。容はリビングに走っていき、整腸剤を6錠も飲んだ。震えは収まらない。容はGoogleで"安倍晋三 病気"と調べる。すると"潰瘍性大腸炎"という文字列が出てくる。難病、異常免疫、手術、原因不明、ステロイドといった単語が目睫に現れては消える。吐き気を感じた。主な症状を確認すると"血便、下痢、腹痛。症状が重くなると発熱、体重減少、貧血などを伴う"とそんなことが書かれている。前半3つは完全に当てはまるうえに、後半3つも体重減少に関しては怪訝に思っていたところだった。
 自分は潰瘍性大腸炎かもしれない。
 そんな疑念が容の心に刻まれる。この日、彼は寝ることができない。腸の脈動が彼を眠らせない。

 容はLithuaniaというスープカレー屋でアルバイトをしている。特にリトアニアの材料を使ったり料理を作ったりしている訳ではない。店長である市川雅也がリトアニアを好きなだけだった。容はマスクをしながら勤勉に働き続けるが、ふとした瞬間に腹痛が新星の瞬きのように兆し、ある時から急激に肥大化する。このパターンは彼にとってお馴染みのものだが、潰瘍性大腸炎を意識し始めてからその勢いは増してきている感覚がある。何とか仕事を切り抜け、彼は職場のトイレで下痢便を噴出する。だがもはや便器もトイレットペーパーも見れない。肛門を綺麗にした後は手も洗わずに個室から逃げる。戻ってきた時、店長と目が合う。
「ねえ容くん、最近お腹の調子とか悪い?」
 なあアンタも重春みたいに言うのか、ほっとけよマジでクソが。
 実際にそう言うことは当然できない。
「いや、そうなんですよね。何かお腹結構痛くて。整腸剤飲んだりしてるんですけど、ダメなんですよね」
 容は爽やかな笑顔を浮かべようと努める。

 恋人である縣真坂の部屋に行く。真坂は容を抱きしめると「カレーの匂いと容の体臭が混ざってる」と嬉しそうに言った。真坂の頭皮からはコーンフレークのような匂いがした。
 しばらくはTVを見ながら日常に関する話をする。おいでやすこがいかに退屈で最低かについて。真坂が最近観たフィンランド映画について。看護師の日雇い派遣について。コロナウイルスのワクチンについて。そんな中で容は彼女に自分が潰瘍性大腸炎かもしれないという恐怖を吐露する。これを告白したのは彼女が初めてだった。
「いや、ちゃんと病院行くべきだよ、ホント」
「何かそういう気分じゃないんだよ」
「そういう気分って何」
「気分じゃないって言ってるだろ。お金とかないしさ、病院って怖いしさ。あと何かお金ないと俺って病院行く資格あんのかなとか考えちゃうんだよ」
「何言ってんの、じゃあ一緒に行こうよ、私がお金払うから」
「はあ、それこそおかしいだろ。ほっといてくれよ、マジで」
 容は真坂に告白をしたことを後悔する。そして彼は、今後絶対にこの腹痛に関しては病院に行くことはないという奇妙な、しかし盤石の確信が心に根づいていることを悟った。
 その後、容と真坂はセックスをした。ゴムは着けたくなかったので、そうお願いすると真坂は渋々了承した。容は真坂のヴァギナにペニスを生で挿入し、最後にはお腹の上で射精をする。気持ちが良かった。

 自宅のトイレで再び下痢便を噴出する。だが違和感がある。何か肛門がすこぶる乾いているような感覚だ。まるで砕かれた骨の粒でできた漠砂が肛門を覆いつくしているようなのだ。乾き、そして滑らかの熱を伴っている。今までこんな感覚を味わったことはない。容はウォシュレットを噴射し、肛門に水を当て続ける。漠砂を大量の水で覆い隠そうとしながら、容は願う。
 俺は潰瘍性大腸炎じゃない、俺は潰瘍性大腸炎
じゃない、俺は潰瘍性大腸炎じゃない、俺は潰瘍性大腸炎じゃない、俺は安倍晋三じゃない!

「よお、安倍晋三!」
 重春が容のバイト先へやってくる。その人懐こい笑顔を破壊してやりたい、特に右の頬骨を完膚なきまでに破壊してやりたいと容は思う。
「マジでその呼び方やめろよ」
 だが重春は幼稚園児のように彼を安倍晋三と呼び続ける。同僚である針沢リンがそれを聞いて、思わず吹きだす。
「いや何で安倍晋三なの?」
「コイツずっとお腹痛がってるんですよ、最近。だから安倍晋三と同じ病気なんじゃねえのって思って。名前忘れましたけど、アレって難病なんですよね。じゃあもうコイツ自身が安倍晋三じゃねえの、みたいな」
 重春が爆笑し、リンも爆笑する。集まってきた同僚たちもつられて笑いを響かせる。
 この時からリンを筆頭に同僚たちもまた容を安倍晋三と呼び始める。安倍晋三、安倍晋三、安倍晋三、安倍晋三、安倍晋三……ある時、容が休憩所で煙草を吸っていると、ある同僚が「安倍晋三、昭恵からマリファナもらったか?」と言った。
「もうこのバイト辞めますよ、マジで」
 容は激昂しながら店長にそう主張する。
「いや、いやいや僕からちゃんと注意しておくからそれは止めよう。いや本当、皆小学生みたいだね。僕もさ、小学生の頃、体操着に着替えてる時、ヘソに毛が生えてるの見られて"まさけっけ"とか言われて、嗤われたよ。アレはホント厭な経験だった。こういうのダメだよね。僕とビシッと言うから、気にしないで欲しいよ」
 そんな言葉が何とか容の心を落ち着けてくれる。

 帰り道、やはり腹痛に襲われる。小さな痛みが加速度的に大きくなる、この勢いがすこぶる速く容は危機感を感じた。家に着く前に便を漏らすことは確実だと思われる。そして多くのコンビニはコロナウイルス対策でトイレを封鎖している。事態は急速に悪化するが、その時にローソンが見える。このローソンはここ一帯で最も大きなコンビニであり、それ故かトイレも開いていたと容は思いだす。ローソンへ彼は衝突するように突っ込んでいく。店内を走った。だがトイレは封鎖されていた。便意は収まらず、肥大する。走ってコンビニを出た時、限界が来た。
 歩いて家に帰り、風呂に行き、トランクスやジーンズを床に置く。漏らした便のシミも確認することなく、シャワーでそこに熱湯をかけた。ビビャビャビャビャという滑稽な音が響いている。そのなかで容は泣いたんだった。苦い涙を流したんだった。そして肛門を洗った。

 容はYoutubeで安倍晋三の会見を見た。自身の網膜に安倍晋三の身振り手振りを焼きつけようとした。まず印象に残ったのは頬に刻まれたほうれい線の数々だ。淀んだ影を伴い、線の数々は仄暗く皮膚のうえを漂う。この線によって安倍晋三が犬に準えられることを興味深く思う。容は動画を一時停止し、ほうれい線に沿って自分の皮膚に爪をたてる。その肌に安倍晋三の線を刻もうと思いながら、表情筋を蠢かせ影を捉えようとする。それを毎日続けた。
 容が次に注目したのは黒目の動きだ。彼の視線が動く時、少し遅れて重い瞼のなかで黒目が鈍重な金魚さながらに動く。この動きが容には何か異様なもののように思える。耳では安倍晋三の会見を聞きながら、視線を動かし、黒目を動かす。最初の実感として視線が動くと同時に黒目も動いた。手鏡を持ってきて、その動きを実際に確認もした。黒目の動きを遅くしたい、容はそう願った。視線と黒目の蠢きを乖離させることが今の彼には必要だった。
 その最中に、安倍晋三の声を聞くことも重要だった。舌足らずであるが、耳に残る余韻はそう悪いものではない。容はその声のなかに水晶のような滑らかさをも感じた。自分の声をタブレットで録音して、その響きを確認する。奇妙なまでに活舌がいい、これを更に曖昧にする必要がある。そしてかなり早口だ、安倍晋三に合わせてもっとゆっくり喋る必要がある。容は会見の音声をダウンロードして、暇な時間には聞き続けた。自身の鼓膜に、脳髄に安倍晋三の声を刻みつけようと努力した。

 Zoomで重春と喋っている時、容は安倍晋三の物真似を練習していると告白し、彼を驚かせる。容は実際にYoutubeの動画を送った後、実際に安倍晋三の物真似をした。言葉を紡ぎながら、自身の表情筋があの印象的なほうれい線を描きだすことを願う。重春がそのほうれい線を実際に自身の皮膚に見ていることを願う。そして視線と黒目の速度の乖離も意識した。だがここに関しては同時に動いてしまうのを感じて、鍛錬不足な自分を恥じた。声に関して、自分の耳で自分の声を聞くと否応なくバイアスがかかり、似ている筈だと確信してしまう。
 物真似が終った時、重春はいつものように笑わなかった。拍手をした。そして容の安倍晋三の物真似がいかに稚拙だかを滾々と説いた。それは罵詈雑言ではなく、微に入り細を穿つ助言であった。容はその言葉についてメモを取る。途中で腹部に激痛を感じ、いつものようにトイレで下痢便を噴出する。便器に座っている間、重春の言葉を眺めた。戻ってきた時、彼は再び安倍晋三の物真似をした。
「さっきよりは良いな」
 重春にそう言われたのが嬉しかった。

 物真似の鍛錬を積んでいたある日、重春が1本の動画を送ってきた。それはマリオカートの実況動画だった。生意気そうだが響きのいい声が聞こえてくる。実況主はマリオカートの腕が全くなく、甲羅やバナナで妨害される度に罵声を吐いて、その勢いのよさに容は思わず笑う。そして最下位を獲った時、ダンダンダンダン!という鋭い音が響く。彼はコントローラーでテーブルか何かを叩きまくっていた。その愚かさに容は笑いを抑えきれなかった。コメント欄を見ると実況主は視聴者からも猿と呼ばれ馬鹿にされていたが、何故だかそれが愛されているからこそと思えてくる。

"小学生が使う悪口オールスターで草"
"あんたの台パンがないと寝れなくなっちまったよ"
"これゲーム実況者がいったら終わりやんw"

 だが重春がこの動画を送った意味は分からない。尋ねてみると、この実況主はもこうというマリオカートやポケモンの超有名な実況者であり、中高生から絶大な人気があるという答えが返ってくる。だがそれは容の疑問の答えにはならない。重春は2本目の動画を送ってくる。そこではサングラスをかけたもこう自身が現れる。冒頭で安倍晋三が潰瘍性大腸炎であることに言及した後、自身も潰瘍性大腸炎であることを明らかにする。彼は視聴者に対してこの難病がいかなるものであるかを解説していた。先ほどの稚拙な暴言は一切現れず、彼は視聴者を見据えながら潰瘍性大腸炎について説明を続ける。容は泣きそうになって、動画を停止した。コメント欄にはもこうへの讃辞と、そして安倍晋三へのねぎらいの言葉が多く書かれ、容は心を動かされる。

"こう思うと安倍さん凄いな。日本のトップとして表に立ち、八割ストレスみたいな環境下で7年8ヶ月もやり抜いたっていうのは"
"僕も今回の騒動を機に潰瘍性大腸炎について調べるまでは、ここまできつい病気だとは知りませんでした。そんな難病を抱えたまま総理としての仕事を全うしてくれた安倍総理には、最大限の敬意と感謝を示したいです"
"大変な病気ですね。安倍さんは再発してたにも関わらず、職務を全うしようと頑張っておられたので、立派だと思いました。8年間お疲れ様でした。ありがとうございました。と伝えたいです"

 数日後、容はバイトに行く。当然のようにリンたちが彼を安倍晋三と呼んだ。容は唐突に姿勢を正し、彼女らの前で会見を始めた。ほうれい線の震え、視線と黒目の乖離、声の滑らかな響き。この3つを強く意識しながらも、鍛錬を重ねた容の心には余裕すらあった。今、彼は物真似をするとともに、安倍晋三を解釈していた。印象派絵画のように曖昧な、安倍晋三の日常を幻視していた。それを言葉を越えた段階で解釈し、その動力を以て表情筋を動かしていた。
 物真似を終えた時、同僚たちは今まで聞いたことのないほどの音量で爆笑を遂げた。飛沫がマスクから食みだしても気にしないようだった。悪くない気分だった。
 休憩時間に店の裏に行くと、店長がいた。彼は容を見つけると拍手をした。
「実はぼくも君のこと、安倍晋三って呼びたかったんだよ」
 彼ははにかみながらそう告白した。
「もちろん、安倍晋三って呼んでくれて構いませんよ」
 容は嘘偽りなく、笑顔を浮かべる。

 容は駅にいたが、やはり腹痛がやってくる。だがいつもと種類が違った。下痢便を噴出した後に、吐き気が込みあげてきてしまう。しばらく我慢するが、とうとう便器に嘔吐する。不思議と固形物が少ない、ほとんどが液体だ。吐き気が収まると、再び腹痛がやってくる。下痢便を噴出し、吐き気の末に吐瀉物をブチ撒ける。これを1時間ほど繰り返した。どちらも収まったように思え、容はホームに向かうが、そこに立っていると眩暈に襲われる。意識が朦朧として、更には両腕が電流を流されたように痺れる。限界が来て、容は地面に倒れた。意識が明滅する。風景が情報さながら網膜に雪崩こむかと思いきや、闇が広がる。これが反復された後、容は白い光を浴びる自分に気づくとともに「大丈夫ですかあ」という女性の声を聞いた。瞬間に全てへの恐怖が湧きあがり、容の口から言葉が迸る。
「俺、潰瘍性大腸炎かもしんないんです。ヤバいですよ、マジで潰瘍性大腸炎かもしんない、コロナとかじゃないけど、でも潰瘍性大腸炎かもしんない、怖いんですよ、だって難病ですよ、死にはしないけど一生苦しむんですよ、潰瘍性大腸炎ってそういう奴でしょう、俺マジでそうだったらどうしよう、何なんだよもう、俺の人生なんて全然いいことなかった、お金とかどうすりゃいいんだよ、潰瘍性大腸炎とかお金ヤバいかかるだろ、あっ何か国から助成金出るとか言ってたな、でも全部払われる訳じゃないですよねえ、そうだったらもうダメじゃないすか、潰瘍性大腸炎だったら俺もう最低な気分だ」
 容は泣いた、泣き続けた。そして最後には眠りに落ちた。

 ふと気づくと傍らでは真坂が容の手を握っていた。意識を取り戻した彼に気づくと、唇を舐めてから彼の頭を撫でる。脂まみれの髪に彼女のしなやかな指が通る感覚の鮮烈さが、容を本当の意味で目覚めさせた。そこに太った醜悪な中年男性が現れる。彼が容の主治医らしかった。
「結構酷い胃腸炎だったね。栄養失調が原因だと思われますよ。君、独り暮らしでコンビニ弁当とかばっかり食べてるんじゃあないかね。それじゃあダメだよ。こんな可愛い恋人さんいるんだから、毎日栄養いっぱいの料理作ってもらんなさい」
 彼の言葉に対し、真坂は明らかに気分を害したようだった。神経質そうに額の側面を掻き毟る。
「それからね、君、意識朦朧としながら潰瘍性大腸炎かも、潰瘍性大腸炎かもって言ってたらしいね。大丈夫だったよ、心配ないね。君は間違いなく潰瘍性大腸炎ではない。そんな潰瘍性大腸炎なんてね、難病なんだから罹る人間はそう多くないよ。そんな悩む必要なんてなかったね。私たちが出す薬を飲めば大丈夫だ、治る、全てが治るよ。安倍首相みたいにならなくてよかったね」
 男は別の患者のところへ行った。

 深夜、腹痛で目覚めるが、横には真坂がいて安心する。彼女の匂いを嗅いでいると、容のペニスは自然と勃起した。秘かにパジャマと下着を脱がせて、容はペニスを真坂のヴァギナに挿入する。粘液に塗れていずとも、彼女の肉は頗るキツく、気持ちが良かった。絶頂に達する直前、ペニスを引き抜きティッシュのうえに射精する。満足感がある。
 お腹もなかなか良い塩梅で痛んできたので、トイレで便を噴出する。肛門からまろび出る便は心なしか固形に戻ってきており、感触も悪くない。容は意を決して便器を見るが、そこには糞便の茶色が広がっているのみで、赤は少しも見られなかった。
 排泄後、容は久しぶりに手を洗う。その水は春の始まりでも未だに冷たく感じた。細胞が瞬間に収縮する風景を、彼は橙の灯に見出した。そして鏡に映る自分の顔が目に入る。桝川容は安倍晋三ではなかった。だが表情筋を動かして、あのほうれい線を自身の皮膚に再生しようとした。視線と黒目のすれ違いを、自分の眼で再現しようとした。容は解釈をする。会見ではYシャツに包まれて見えなかった首筋の蠢きを解釈する。台の下にほぼ隠されて、数秒しかカメラに晒されなかった手の、指の動きを解釈する。そして容は口を開いた。

日本は戦後70年近く、一貫して平和国家としての道を歩んできました。これからもこの歩みが変わることはありません。しかし、平和国家であると口で唱えるだけで私たちの平和な暮らしを守ることはできません。私たちの平和な暮らしも突然の危機に直面するかもしれない。そんなことはないと誰が言い切れるでしょうか。

テロリストが潜む世界の現状に目を向けたとき、そんな保障はどこにもありません。政府は、私たちは、この現実に真正面から向き合うべきだと私は考えます。私たちの命を守り、私たちの平和な暮らしを守る、そのためにはいかなる事態にも対応できるよう、常日頃から隙のない備えをするとともに、各国と協力を深めていかなければなりません。それによって抑止力が高まり、我が国が戦争に巻き込まれることがなくなると考えます。

先ほど申し上げたような事態においても、しっかりと日本人の命を守ることこそが総理大臣である私の責任であると確信します。今後、検討を進めるに当たり、国民の皆様のご理解を心からお願い申し上げる次第であります。私からも引き続き、あらゆる機会を通して、丁寧に説明をしていきたいと思います。

再度申し上げますが、まさに紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さんや、おじいさんやおばあさん、子供たちかもしれない。彼らが乗っている米国の船を今、私たちは守ることができない。そして、世界の平和のためにまさに一生懸命汗を流している若い皆さん、日本人を、私たちは自衛隊という能力を持った諸君がいても、守ることができない。そして、一緒に汗を流している他国の部隊、もし逆であったら、彼らは救援に訪れる。しかし、私たちはそれを断らなければならない、見捨てなければならない。おそらく、世界は驚くことでしょう。こうした課題に、日本人の命に対して守らなければいけないその責任を有する私は、総理大臣は、日本国政府は、検討をしていく責務があると私は考えます。私からは以上であります

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。