見出し画像

駐輪場代1万4000円

やってしまった。家から徒歩5分の、よく行くドラッグストアの駐輪場にて。駐輪場代1万4000円。

自転車をここ数週間見かけていなかった。ギター教室に行くときに、無いな、と気づいた。その日は走って行った。ありふれた鍵の、ありふれた自転車だったので、誰かに盗られたのかと思っていた。

そもそも、痩せようと思い昨年買ったその自転車にはあまり乗らず、シェアサイクリングばかり使っていた。30分130円。電動自転車で、所定の位置であればどこでも借りて返却できる。もう少し振り返ると、3月4月と余裕がなかった。演劇の稽古だったり人間関係のいざこざだったり。自転車がマンションの小さな駐輪場にない、ということすら分かっていなかった。何かや誰かのために一生懸命になると、自分の足元がおざなりになることはよくある、と思う。

自転車がないと気づいたとき、盗られたのかもと思いつつ、自分がどこかに置いてきたという懸念はあった。だから盗難届を出さず、生活圏内の自分がよく通る道を、何気なく目で追いかけた。ありふれたデザインの自転車だったから、駅前の駐輪場で同じものをよく見かけた。私の鍵を差してみても差さらないことが何度かあって、ばつが悪かった。

ある日、何気なく日用品を買いに行ったドラッグストアにその自転車はあった。ラック式の、有料駐輪場の真ん中にポツンと止められていた。一度鍵を差してみて鍵は回らなかった。翌日やっぱり気になって、少し動かすと鍵はあっさり開いた。雨ざらしで少し黒ずんでいたが、確かに自分の自転車だ。

駐輪場にある機械に停車箇所の番号、52番を打ち込むと、赤いデジタル文字で「14000」と表示された。駐輪場代、1万4000円。1か月近く停めっぱなしになっていたらしい。すぐに払える金額でもないし、自転車の購入代金が1万2000円だったことを思い返すと、より一層払えそうもない。

掲示されている「お客様センター」に電話をかける。謝罪しつつも、交渉の余地はないものかと考える。センターの女性は「そうですね、払っていただくしかないですね~」「1000円札しか入らない機械ですので、ご準備くださいね」と言う。そりゃそうである。払うしかないのである。

本音を言うと、払わないで逃げてしまおうかとも思った。新しい自転車を買う方が安い。でも1か月駐輪場の一角を占拠していた責任や、自分の持ち物を管理する責任が頭をよぎる。自分の足元すらおぼつかないこの1か月に、けじめをつける必要もある気がした。金欠の私には1万4000円は大金で、動悸がして、足元がぐらぐらする。

急いで近くのコンビニに行ってお金をおろした。14枚の千円札。旧式の機械は悠長に一枚ずつべーっとお札を飲み込む。その間に誰かが私の後ろに並ぶのはたまったもんじゃないと、半ばやけになり急いでお札を突っ込んでいった。なんの意味もないけれども、悔しくて領収書を受け取った。

1か月放っておいた自転車だったが、思ったより乗り心地はいい。決して1万4千円払った自分に言い聞かせているわけではない。電動自転車のような軽快さはないが、自分の力で漕がなければならない、自分の力で漕ぐと進むという着実さがあると思う。結局、毎朝その自転車で通勤しているし、近々自転車屋さんでメンテナンスでもしてもらおうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?