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山の困ったさんに「勝つ」植物と「負けない」植物


先日、山のものなんでも食べつくしちゃう困ったシカについてお話ししました。

今回はその続き、「そうはいっても食べ残すものがあるよ」編をお送りします。

木の皮まで食べるシカですが

上記の「食べつくすまで止まらない!」の記事内にもあるように、シカが背の低い低木や草、いわゆる下層植生をどんどん食べてしまう被害が出ています。地域により差が大きいのですが、どんなに歩いても、冬でもないのに、草1つ生えていないという森林が各地で見られます。

そんな茶色い森林の中に、突然草の集まりが!

ヒトリシズカ林床

木の皮まで食べないとお腹が満たされないシカ、お腹が空きすぎて頭が回らないシカ、こんなに残っている草に気付いていないのでしょうか。

いいえそんなことはありません。
写真をよく見ると、葉や花の形、背の高さから全部同じ種類のものに見えるかと思います。

実はこれら全て「ヒトリシズカ」「フタリシズカ」という、同じではないですが大変よく似た2種(葉のつやつや具合などが違います)で、シカが好まず器用に食べ残しているため下層植生が残っているように見えるのです。

そのような、シカが全く食べない、または食べたとしてもほかの植物より相対的に食べる頻度が少ないものを一般に不嗜好性植物と言います。今は不嗜好性植物でも、他に食べるものがなくなったら食糧とする場合もあるので、あくまで相対的な分類です。

シカがなにをもって「この草は嫌いだ」と思うかは種ごとの特徴により、また明らかにされていないものもありますが、シカが食べ残す植物、シカの不嗜好性植物をご紹介します!

以下参考・引用 - 神奈川県シカ不嗜好性植物図鑑
http://www.agri-kanagawa.jp/tebiki/fushiko_2016.pdf


シカの前でも堂々とする植物たち

シキミ

シキミ

和歌で詠まれたり、仏教では葬儀で用いられたり、日本文化ではなじみのある植物ですが、「アンチサニン」という有毒成分を全体に持ち、中でも種子は食べるとヒト・他の動物問わず死亡する恐れもあるとか。種子は八角に似ていますが、八角を実らせる近縁のトウシキミは日本には自生していないので、それらしいものを見つけても絶対に食べてはいけません。


ヨウシュヤマゴボウ

ヨウシュヤマゴボウ

北アメリカ原産ですが日本で広く繁殖した植物です。まち中でも道路の脇などでたまに見かけます。ブルーベリーが整列したような果実をつけますが根がごぼう状になっています。こちらも全体、特に種子に強い毒をもちますが、食べられそうな見た目をしているので恐ろしさ倍増です。


ミツマタ

ミツマタ

写真ではちょっとしおれていますが半球状にふわっとかわいらしい黄色い花を咲かせます。枝の分かれ目が必ず三つ又に分かれるという性質が名前の由来です。毒はないようですが、和紙の原料として使われている植物というのもあって、ちょっと食べるのには硬いのでしょうか(完全に個人の見解です)。


アセビ

アセビ

漢字では「馬酔木」、が食べるとっているようにふらついてしまう、というのが由来とされています。血圧低下や腹痛、神経麻痺等の症状が出る毒を含むので確かにその通りなのかもしれませんが、当て字過ぎやしませんか。


生き残り戦略は「食べられない」だけじゃない

シカの不嗜好性植物は、そもそも食べられないことでシカ頭数が過去最大とされる現代でも悠々と生き残っていますが、「勝つ」だけが生き残る手段ではありません。「負けない」ことで生き残っている植物もあります。

どれだけ食べられても、繁殖スピードが上回れば増え続けられます。また、地上部が食べつくされても土の中の根で来年の再生を可能にすることが出来ます。そのような、シカの採食に負けにくい種を一般に採食耐性植物と言います。

ここからは、シカの前ではおとなしく食べられながら、陰では余裕な顔をしていそうな採食耐性植物をご紹介します。


ミヤマクマザサ

ミヤマクマザサ

ササは茎が地面を這い、その節々から根を出し地面に活着する「出走枝(ランナー)」で密集して広がります。一部の葉が無くなっても茎を通して栄養を送りあうことが出来るので、採食に比較的強いです。
シカは冬の貴重な餌としてササを好んで利用するため、かつては山の中腹でも地面をびっしり覆っていたものの、今は高標高まで退行しているというのがササ全体の傾向です。ミヤマクマザサはササの中でも比較的食べられても枯れにくく量が残っていますが、採食圧に負けてしまうのも時間の問題かもしれません。


ヘビイチゴ

ヘビイチゴ

山でなくても公園などで目にしたことがある方は多いのではないでしょうか。丸くて赤い表面がつぶつぶした、一見おいしそうですが中はスポンジのようにスカスカで味が薄い実をつけます。こちらもササ同様「出走枝」で生活範囲を広げます。
ヒトが見ても食べやすそうだなあと思いますが(ササなんて口の中を切ってしまいそうではないですか)、食べられても地下で生き延びて翌年再び葉と花を芽吹かせます。

アザミ類

アザミ類

(例えば「カントウタンポポ」「セイヨウタンポポ」が正式名称で、「タンポポ」が総称であるように)アザミは総称ですが、共通の特徴として葉や花の付け根に鋭いトゲを持ち、触ると大抵痛いです。そのせいかは分かりませんが花言葉は「報復」「触れないで」など厳しいものです。
上のミヤマクマザサやヘビイチゴとは異なり地上に見えている個体はそれぞれ独立していますが、多年草(冬を越して数年生きる草)のため、トゲで食べられる被害を最小限にすることで翌年も生き残ることができていると考えられます。


不嗜好性植物を植えたら解決?

「下層植生が無いならシカ不嗜好性植物を植えればいいじゃない」
と気軽に言えないのが難しいところです。

人為的に生態系に手を加えると、ほぼ不可逆的な変化をもたらすことが多いです。沖縄でハブを駆除するために導入したマングースが固有種であるアマミノクロウサギを積極的に捕食してしまったのもその一例です。

採食により土壌が露出してしまうことを防ごう!と持ち込んだ不嗜好性植物が、シカより強い力で在来種を追いやることも考えられます。「土壌露出を防ぐ」という目的を達成できても、生態系のバランスが崩れシカ以外の動物や昆虫が姿を消してしまっては長期的な目で見ると森林が貧しくなります。

私個人の意見としては、できるだけ生態系には手を加えず、猟師を生計が立てられる職業としてもっと確立させてほしい、それと同時に柵や防護道具を用いて棲み分けが出来たらいいと考えますが、シカの増加スピードや予算、人手などから、それではぬるいというのが現状です。


普通に生活していたらほとんどの人が身近に感じることが無い「シカと森林被害」、気付いた時には森林がすっからかんになってしまう可能性が、実はもうすぐそこまで来ているのです。


■氏名:清水美波
■所属:GFnote編集部ライター
■紹介文:神奈川県出身。幼少期からの外遊び好きが高じて、また一方で身近に遊べる自然環境が少なかったことが心残りで森林や植物に関わる仕事・生活をしたいと考えている。現在大学で森林情報の解析を専攻。西粟倉村の株式会社百森に就職予定。

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