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入院生活での時間と精神の旅

入院生活が長くなっている状況だけど、退院の目処も立ってきた。よく入院は退屈だと聞く。実際に入院してある程度元気になってくると、外に出たくなる気持ちはよくわかる。
しかし入院した時にしか、できない事もある。なぜなら圧倒的な時間があり、しかも病室に拘束されているからだ。元気な体で時間が有り余っていると、集中力が分散され、自分と向き合う事が後回しになり、僕は自分を見失う。
僕は入院する事になり、自分と向き合う事を決めた。この時間を絶対に無駄にしたくないと思った。

入院すると決まってから僕は、この期間にやることを決めた。
①読書
②映画鑑賞
③noteを毎日書く
④入院の記録 治療の仕方・経過・気持ちなど
⑤毎朝、頭の中に思い浮かんだことを書き出す

こんな感じで僕は入院に備えた。

僕は症状として食道が細くなってしまい、ご飯が食べれない状況になったものの、体のキツさは幸いなことにほとんどない。入院することで、点滴、流動食をとることで、ほぼ健康だからこの目標を実行できた。

上に書いたうちで読書、noteこの二つが今回の入院生活で僕の助けになったのだ。

この記事を書いている今、僕は入院13日目だ。目標を立てた事でほとんどやらなかったことは映画鑑賞だ。一度だけAmazonプライムで観たくらい。

毎朝、頭の中に浮かんだことをノートに書き出すことは、入院する前からしているので、ついでに入院の記録も朝の時間に書くようにしている。

読書とnote

入院して僕はとにかく本を読んでいる。仕事と思って僕は本を読むことにした。入院したから、今の自分があると思えるように、今出来ることをやるだけだ。Kindleに積読している本や、kindleユナイテッドで本にとにかく触れた。ビジネス書、自己啓発本、エッセイ、小説、精神世界の本などなんでも読んだ。本を通読しているわけではなく、自分に今、理解できるところを探して読むようにして。

そしてnoteも入院期間、毎日書いていくことを決めた。決めたからにはと、noteを開いて書こうとするのだけど、いざ書こうとすると言葉が出てこなかった。
必死で何か題材がないか考えて、うっすら浮かんできたものを書き始めるのだけど、言葉がつづかない。
一旦消去。これじゃない。今の僕はスラスラ出てくることしか書くことができない。(いや考える事もするよ。)自分が乗って書ける文章が大切で、文章の短い事、下手な事などは仕方ないと思って書いている。

入院しているから出てくる気持ちなど、書ける事があるかもしれないと思って書くこともあった。しかし毎日となると、入院しているからこそ思えることも、気持ちがあっても言葉が出てこなかったりする。毎日公開することを決めているから、伝えたい気持ちはあるのだけど、言葉が出てこない。それでも書いて投稿したこともあった。

翌朝、自分の記事を見直すと、自分の書いた言葉に気持ちが乗ってないのがはっきりとわかった。気持ちはあったが書きながら迷いもした。この文章は今書くべきかどうか。その気持ちが表れていた。そしてこの書きたかった文章は大事にしたい文章だった。ここで乱暴に出したら違うニュアンスになるような気がしたから、僕はその記事の公開を停止した。

それからも、毎日更新をするために、何を書こうか考えて、病室を見回す。何も浮かばない。ここは潔く
一時休憩して、雑誌を読み始める。読んでいると僕が書きたくなる文章に出会った。こんなふうに書きたいと思い、noteを開いた。

この入院生活で読書とnoteというものに救われた。読書でもnoteでも徹底して自分と向き合う。この2つは何が好きで何が嫌いか、何をしたいか、したくないか。また何を書きたいか、何を書きたくないかと自分と向き合う事になる。自分との対話が、精神世界の旅になる。

やることがあるという事は、張り合いが出てくる。毎日頭を使い、何かを生み出そうとする行為のおかげで、僕は暇で暇でしょうがないと思うこともなく、治療に専念することができる。



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