西穂高岳で登山が大好きになった話
「ああ、しんどい。」
もう何度、そう思ったのだろう。
友人の誘いを受け、軽い気持ちでついて来てしまった北アルプス南部・穂高連峰の南端、長野県と岐阜県の県境に位置する西穂高岳。
社会人になってから運動はからっきしだった私だけれども、友人の熱意に押され、登山用にトレッキングシューズや登山リュックを揃え、人生で初めての登山に挑戦した。
最初は、なだらかだった砂利道も、気付けば傾斜の強いガレ場になっている。
「去年、そこの木に寄りかかった拍子にバランス崩して、滑落して亡くなった人がいるから、気をつけて〜。」
山男と呼ぶにふさわしい、屈強なガイドさんからのアドバイスを聞いて、ひゅっと息をのむ。
ただ歩を進めているだけなのに、ここまで命の危険を感じたのは初めてかもしれない。
あたりを見渡すと高山植物がちらほらと咲いており、それらを見て気持ちを落ち着かせる。
前を歩く人の背中が突然止まった。
どうしたんだろうと横から覗くとそこにあるのは、そびえ立つ岩の壁。
「え、これ、よじ登るの?」
一瞬固まる私をよそ目に、ガイドさんの指南が始まる。
深呼吸しながら、慎重に手をかけ、足をかけ、三点支持でゆっくり体をもち上げる。
下を見ると足がすくんでしまうから、ひたすら視線はあげたまま。
体重を預ける岩が崩れると命取りのため、先人が岩場に描いてくれている→や〇のペイントマークに従って、一歩一歩、選択を迫られながら登っていく。
やっと着いた独標(2,701M)で一息ついて、次はピラミッドピークを目指して進みだす。
独標から下を覗き込むと、まるで崖のよう。
体を岩壁にピッタリとつけ、おそるおそる降り始める。
崩れやすく細い尾根道に入るとすぐに、両側が切れ落ちた稜線となる。
さらに岩稜のナイフエッジを登り降りすれば、ピラミッドピークに到達する。
眼下には一面に雲が広がり、見たことのない景色に心奪われる。
今にも手が届きそうな位置に悠々と動く雲を見て、鼓動が高鳴る。
「私、雲の上に立っているんだ。」
よく目を凝らすと虹のリングがうっすらと見え、共に登ってきた友人とテンション高く喜ぶ。
そしてまたアップダウンがきついガレ場に入る。
時にはすれ違う登山家たちに挨拶をしながら、時には山彦にチャレンジしながら峰をどんどん超えていく。
けれど峰を幾ら超えても山頂は近づいてくる気がしない。
「永遠に辿り着けないのではないかしら。」
途中、そんな思いに挫けそうになりながらも、友人と励まし励まされながら、なんとか喰らいつく。
ノコギリの刃のような11個の岩峰を越えて、やっとの思いで西穂高岳山頂(2,909M)に到着した。
「私でも登りきれた!」
その開放感や達成感は、今までに味わったことはなかった。
空気が澄み、しんとした神聖な雰囲気に、言葉では言い表せない感動で心がいっぱいになった。
西穂山荘まで下山する頃には、膝は大笑いしており、まともに歩けない状態だった。
だが、疲労困憊でもう動けないと思っても、お腹は空く。
登山メンバーで西穂山荘の西穂ラーメンをいただいた。
「う、うまい。」
その美味しさと言ったら。
あれほど体にも心にも沁みる醤油ラーメンは、後にも先にもないだろう。
この西穂高岳登山の経験が、私を一気に山好きに変えてくれた、という話。
✳︎登山する際は、ヘルメット着用を推奨します。また体力づくりのため低山等でトレーニングもかかせません。安全第一で登山を楽しんでくださいね!
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