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小林さん

小林さんは誰が見ても正統派の美人。街ゆく人が振り返るほどた。しかも優しくてユーモアがある。一緒にいるともれなく幸せになる人だ。

小林さんとは新卒で入社したデザイン関係の会社で出会った。女性ばかりの会社で社員同士は仲が良く、変わったこと、美しいこと、新しいことが好きな人たちが集まっている美大の延長線みたいな職場。

小林さんは私の上司だった。週に3日は近くのお店にランチに行き、帰りにセブンイレブンのコーヒーを買うのがお決まり。
「セブンのコーヒーってなんでこんないつも飲みたくなるんだろうね、中毒性あるよね」小林さんは買い終えるといつも同じような事を笑いながら話す。一年中、コーヒーを買っていたと思うのに、思い出すのは氷がたくさん入ったアイスコーヒーと風になびくノースリーブを着た小林さんの後ろ姿だ。

小林さんの素敵なところをあげるときりがない。一つ挙げるとしたら、どんな時も全力で楽しく過ごそうとすること。彼女がいるだけで、ピリピリして暗い現場もパッと明るく朗らかになる。

仕事柄、家に帰るのが数時間で、週のほとんどを職場で過ごすような時期がある。さまざまな職人さんたちを束ねて、一つのプロジェクトを完成させるため、どうしても現場に張り付かないといけない。
そんな時は、センスの良い音楽をかけながらピザパーティーを開催したり、美味しいものを見つけてはチームメンバー分を買ってきて、仕事中でも構わず休憩と称してお茶会を開いたりしていた。いつも明るく、無理なく他人を楽しませる彼女と仕事をするのは、もれなくみんな大好きだった。小林さんは、楽しさを押し付けたり強要したりはしない。さりげなくみんなを楽しませる。
職人さん達からも慕われて、ファンが多すぎて姫と呼ばれたりしていた。

十数年も経ち、今思い返してみれば、キラキラした記憶ばかりの仕事も、生活するにはあまりにも給料が低く、親のバックアップなしには生活ができない状態だった。よくデザインやアート関係の道を選ぶ人は、独立までは血を吐くような苦労をするとか、実家が手堅くお金の心配がない人が向いているなどと言うのは本当だと思う。普通のサラリーマン家庭に育った身としては、長期的に下積みを続けるほど経済的に恵まれてはなかったし、何より不規則なスケジュールで体調も崩しがちになって、大きなプロジェクトがクローズすると共に退職した。

小林さんは退職の日まで変わらず、優しく楽しく接してくれた。数年間、家族以上に一緒に過ごす時間があったのに、最後の最後まで嫌なところが一つもない人だった。
美しい人は心も美しいと言う言葉は信じていないけど、まさに言葉通りの人だった。

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