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1. 親子留学をしようと思ったワケ

はじめに

はじめまして。訪問いただきありがとうございます。Greenといいます。子ども2人とともに親子でカナダのトロントに留学中です。2019年夏から2022年夏までの予定、これを書いている今は2021年の12月なので、日本に戻るまであと半年、というところです。

元々は留学体験をブログなどの記事にまとめるつもりはなかったんですが、来年親子留学をする予定だという方がTwitterでDMをくださったことをきっかけに、オンラインでお話することになり、もう忘れかけている2、3年前のことを思い出すよい機会となりました。それで、いち個人の経験談ではあるけれど、何かしら今後親子留学を検討する人たちの役に立つことがあるのなら書いてまとめておこうかなという気になったのです。自分にとっても振り返るよい機会になるかなと。

とはいえ、わたしは書き出すと長くなるタイプで、書くのに時間もかかるんですよね。そこに時間をさいているひまがあれば、他のこと(例えば英語の勉強とか英語の勉強とか英語の勉強とか?)やったほうがいいのでは、というのが当初思っていたところで、ブログはやらないと決めていました。やるならTwitterの140字くらいがちょうどいいなと思い、両親に生存報告&孫の日常を見せるためにカナダに来た直後からTwitterをはじめました。

そんな始め方だったんですが、トロント在住、カナダ在住、アメリカ在住などの人たちのツイートを芋づる式に見ることで、いろいろ知ることができたりして、すっかり好きな場所になってしまいました。それはさておき。

親子留学は、 “楽しいからみんなもやってみて!” と気軽にオススメできる類のものではありません。ワーキングホリデーみたいに年齢の制限があって、若いうちに経験しておいたらいいかもね!みたいなものでもありません。お金はかかるし、子どものことと自分のことで悩ましいことはいろいろあるし、本当にごくごく一部の好奇心旺盛な(?) 奇特な(?)人が希望するスタイルなのではないかと思っています。でも、それをやってみたい、という人に対してはぜひ!と思うし、応援したい!です。

ということでnoteを書くことにしました。主に留学前に準備したことや留学中のあれこれ(エリア決め、家探し、学校手続き、食べ物、金融機関、英語力)について書いていく予定です。

親子留学は片親か家族みんなかでずいぶん違うし、永住を目的に行くのか、そうじゃないのかなどなど細かいバリエーションによって選択観点も異なってきますが、わたし自身が体験したあれこれを綴っていくことで、ひとつの留学パターンとして何かのヒントになれば幸いです。

それでははじめます。最初はベタになぜ親子留学しようと思ったのか? からです。

親子留学のきっかけとなった2冊の本

親子留学を考えるもとになった本が2冊あります。1冊目は20代の頃に読んだ桐島洋子さんの『マザー・グースと三匹の子豚たち』です。

桐島さんを知ったのは、『聡明な女は料理がうまい』という本です。1976年に初版が出て、その後1990年代に文庫本で再販されていたというこの本は、私が20代の頃、本屋で平積みになっていました。ふとしたきっかけでこの本を手に取り、桐島さんのモノ言いや生き方に感化されました(“聡明”ってとてもあこがれる形容詞のひとつです)。桐島さんの他の本も読み始め、そのうちの一冊が先述の『マザー・グースと三匹の子豚たち』でした。彼女が1970年代に、大人1人で子ども3人を連れてアメリカに行った話です。衝撃でした。こんなことしてもいいんだっ、こんなことできるんだって。

しかも! 用意周到に準備して行ったわけでもなく、直前まで仕事でバタバタしてて、子どもたちには自由に自分たちでパッキングさせて空港で集合したとか、たしかそんな感じだったと思います。1970年代ですよ? 肝すわりすぎ!!

このインパクトはすごかったのですが、とはいえその時のわたしは20代で、結婚の“け”の字もないライフスタイル。自分が子どもを産むかも分からないし、その時感じた衝撃はいつしか頭の片隅だか心の奥底だかにしまいこまれました。

それから時は流れ、2冊目の本にであうのは2014年か2015年、小島慶子さんの『大黒柱マザー』という本です。小島慶子さんはご存知の方も多いと思いますが、元テレビアナウンサーで、その後フリーになり執筆やコメンテーターをされている方です。この本には、小学校高学年の息子さんたち2人を連れて家族でオーストラリアに移住、夫さんは向こうで専業主夫、小島さんは東京とオーストラリアを行ったり来たりしているという、移住のような、二地域居住のような、そんなお話でした。

わがやと同じく男の子2人を育てていらっしゃるので、勝手にプチ親近感がわいているなか、東京に住んでいると多くの人が考える中学受験について、こんなことを書かれていて共感しました。上のお子さんが中学受験のために塾に行き始め、夜ご飯もお弁当になって、、これでいいんだろうか? と思い始めたと。そんななか夫さんが会社を辞めてしまったそうで、最初は怒り心頭だったけれど、会社員でないならば住む場所にこだわらなくていいのでは?という発想と、もともと海外志向があったことから、いっそ海外で暮らしてみたらどうだろう? と考えたということです。

わたしも夫もそろって地方育ちで、高校まで地元の公立に行くのが当たり前、塾も行ったことないという環境で育っているせいか、中学受験に全然ぴんときていなくて、まわりが受験すると聞いてもそうなんだー、うちはいいかなって感じで、東京の私立受験戦争みたいなものは、遠く遠くにありました。

この本が出版された2014年の私たち家族は、子どもが5歳と3歳、そろそろ家を買おう、どこに買おうか?という時期でした。そして長らく勤めていた会社に関しては、もうずいぶん働いたしあと数年でやめよう、と決めていた時期でもありました。

それで、この本を読んで会社をやめたら子どもたちを連れて留学しようかな!?という思いが湧いてきたわけです。桐島さんの本を読んだときのおどろきがあり、現実的に自分が子どもを育てる年齢になったころに出会った小島さんの本によって、”子どもを連れて海外に” が自分の中で現実感を帯びてきた感じになったのかなぁと。

きっかけはそれとして、さらに踏み込んで、じゃあなぜ親子留学したいのか? についてあらためて考えたというか思い出してみます。

一度海外に住んでみたかった

それは本当に単純に、小さいころから、一度海外に住んでみたかった✨というのが第1位✨

わたしは田舎育ちだったし、家はお金持ちじゃなかったし、例えば高校の時に海外留学とかそういう発想は一ミリもなかったし、19歳になるまで海外旅行も行ったことなかった。世界ふしぎ発見を見ながら、ミステリーハンターにあこがれ、いつか海外に行ってみたいなと思うようなそんな田舎女子でした。

はじめて海外旅行に行ったのは、大学1年生の夏、19歳、ハワイ。このベタベタな選択が今となってはとても笑えるんだけど、なぜか翌年からいきなりバックパッカーに転身しました(どうしたんだオイ、笑)。

20歳ドイツひとりたび3週間。宿はユースホステル。予約は電話か直接行くことしかできないなか(1990年代です)、大学で専攻していたドイツ語を使って宿をとってました。“今晩泊まりたいんですけどベッドあいてますか?” このフレーズだけ今でもドイツ語で言える気がする笑 部屋空いてますか?じゃなくてベッドですよ。だって相部屋だから。

そんなわけでバックパックひとり旅の醍醐味をあじわってしまい、そこから20代の半ばくらいまで、ひとり貧乏旅行でいろんなところに行きました。そのほとんどはヨーロッパで、時間はあるけどお金はない、という典型的な大学生だったので、1回の旅行は3週間など長めにして、あちこち安い宿に泊まりながら電車で移動するスタイル。

そしてあるとき、社会人になってから行ったベトナムで気づきます。ヤモリが壁にいるようないまだ相部屋に泊まりながら、そういえば、わたしもう収入あるんだしこんな貧乏旅行する必要ないじゃんって。そのくらい貧乏旅行がしみついてしまっていて、自分で自分に苦笑。

その後もひとり旅は続くけど、さすがにバックパッカーはやめて、スーツケースでちゃんとしたホテルに泊まるようになりました。それが20代半ば。ニューヨーク、そしてまたヨーロッパあちこち。

とにかく海外旅行が好きで、ひとりで街をぶらぶらするのが好きだったんです(というか今も)。知らない人たちに囲まれてすました感じで歩くのが心地よかったし、ときどきさみしさを感じるけれど、そのさみしい感じもまたいいわけです(分かってくれる人、たぶんいますよね?)。

基本的に新しいことが好きだし、知らないことを知るのが好き。そして海外に行くと気持ちが張り詰める緊張感があるんだけど、その緊張感もたぶん好き。日本にいると勝手知ったるわがや感あるけど、海外に行くと語学の壁はもちろん、文化の違いもあって、全然通用しないことがある。

かと思えば、言葉は通じないけど優しくされてうれしくなることとか、そういう体験もあるわけです。そんなこんなをひっくるめて、すっごく陳腐な言葉になってしまうけれど、今までの常識はくずれ、自分の視野が広がる感があるわけです。

だから当然、旅行ではなく「住む」となったら、また一段と大きな“新たなこと”に出会えるわけで、もちろん不安はあるけれど、どちらかというとそれも含めて楽しみ、と思えるタイプなんだろうな、と。

世界は広いんだって身をもって体験してほしい

異文化体験で感じるおどろき、これを子どもたちが小さいうちに一緒に体験したかった。これが第2位✨
世界にはいろんな人がいて、いろんな考え方があり、いいところも悪いところもひっくるめて世界は広いんだ、ということを身をもって体験してほしかった。

これが親子留学をしたかった理由です。

夫は留学には賛成でしたが、その理由は私のそれとはやや異なります。彼は未来の日本は人口も減るし、現状の閉塞的な環境が改善される見込みも薄いし、いい仕事を得るにもなかなか厳しいのでは、という考えを持っています。かつ、今の日本の教育にも疑問を持っていて、だから海外に行くのは良いことだという考え方です。むしろ高校卒業まで海外にいたら?というのが彼の意見です。カナダは高校受験ないですしね。

え?高校卒業まで??
当時下の子が7歳だったので彼が18歳になるまでと考えるとあと10年以上。そんなに長い期間、父親と一緒に暮らさないというのは私の中ではナシだったし、ひとりで子どもの面倒を見る、しかも10年いるなら仕事探さないといけないし、って考えるだけでくらくら。とにかく高校までわたしひとりと子どもたちだけでいるのは無理と考え、いったん3年という期限を決めました。どうしても残りたくなったり、あるいは子どもが海外を気に入って気に入って絶対に戻りたくない、となったらまたその時考えよう、でもとりあえず3年でと。

というわけで40代になって会社をやめようと決めていた私は、2018年に会社を退職し、1年間の準備期間を経て、2019年に親子留学へと旅立つわけです。

以上、長くなりましたが、はじめにのごあいさつと親子留学をしようと思ったワケについてでした。お読みいただきありがとうございました。次回は行き先選びについてです。

それでは、また♪


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