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再読「舞姫テレプシコーラ」

山岸凉子の言わずと知れた名作、「舞姫テレプシコーラ」を再読した。内容はほとんど覚えていたけれど、読めば読むほど新しい発見のある素晴らしい漫画だったので、つらつら感想を書きたいと思う。
第一部までの結末を含んだ感想なので、未読の方はご注意ください。

舞姫テレプシコーラは、バレエに魅せられた少女たちの物語である。
メインで出てくる全くタイプの違う三人の少女たちについて、まずは語りたいと思う。

一人目は、主人公の六花(ゆき)。
母親がバレエ教室を運営しており、環境的にも金銭的にも恵まれているが、少々自己肯定感が低く、努力が嫌いなのんびり屋。股関節のソケットが深いというバレリーナとしては致命的な欠陥を持っている。しかし、想像力と表現力に長け、物語が進むにつれ、コリオグラファー(振付師)としての才能を開花させていく。

二人目、六花のクラスに転校してきた空美(くみ)。
幻のプリマである伯母から指導を受け、自身も天才的な才能に恵まれているが、父親の酒乱と金遣いの荒さから困窮した生活を送っている。六花の計らいにより、六花の母親の教室で無料でレッスンを受けられるようになる。

最後は、六花の姉、千花。
六花と違い、真面目な努力家。バレリーナを目指し、日々弛まぬ努力を続けている。学校や語学の勉強にも決して手を抜かず、目標に向かって邁進する強い精神力を持っている。

意外に空美が序盤で退場してしまうのには驚いたけれど、これは無理もないことだと思う。空美は、謎に包まれた部分が多いので、漫画的に華がある。あのままメインで出続けていれば、きっと六花の存在が霞んでしまう。
六花の才能が徐々に花開いていくところは大好きなのだけれど、空美が主役の話も読んでみたかったなあ、と思う。

さて、「舞姫テレプシコーラ」の第一部はなんといっても、千花の壮絶な運命が要である。第一部に限って言えば、これは千花の物語だ、と言ってしまってもいい。

コンクールで優秀な成績を収めた千花は、バレエ団の公演「くるみ割り人形」でクララ役に抜擢される。しかし、公演の真っ最中に、転倒、靭帯を断裂する大怪我を負ってしまう。
復帰を目指し、リハビリに励む千花に、その後も追い打ちをかけるように不幸が降りかかる。
度重なる手術、医療ミス…。気丈に振る舞っていた千花も徐々に影に囚われるようになる。

そして、第一部の最終巻、千花は自死を選んでしまう。

三人の少女たちの中で、私が一番応援していたのは、千花だった。
六花は間違いなく天才型の才能の持ち主だけれど、千花は六花とは全く違う、努力の人だった。
千花が怪我を克服してまた舞台に立てる日が来るのを楽しみにしていた。
だから、千花の死のシーンを読んだ時は、頭が真っ白になった。

なぜ、山岸凉子は千花にこんな運命を背負わせたのだろう?タイプの違う姉妹が、それぞれの道でバレリーナを目指す物語では、なぜいけなかったのだろう?

しかし、何度も何度も読み返すうちに、千花の死は最初から決まっていたこと、逃れられない運命だったということに気付く。

序盤の千花のセリフに「同情や哀れみを受けるくらいなら 無視されるほうがまし…」というものがある。
千花の高いプライド、そして誰にも弱みをみせまいとする性格がうかがえる。
そのためか、度重なる不幸に周囲は不安を見せつつも、二言目には「千花ならきっと大丈夫」というセリフが出てくる。
自分で招いたこととはいえ、千花の弱さに寄り添ってくれる人は誰もいなかった。
千花は、自分にバレエを踊る以外の人生を周囲の人間が求めていないことを知っていた。そして何より、自分自身が他の人生を生きることが出来なかったのだ。


「舞姫テレプシコーラ」には衝撃的なシーンがいくつもあるけれど、私は千花の運命が決まってしまった「くるみ割り人形」の転倒のシーンが一番印象に残っている。

まず本番当日の朝、千花は恐れていた初潮が初まってしまう。初潮は、千花のこの先の暗い運命を暗示した表現なのだと思われる。
そして、幕が上がり、快調に思えた千花は、一番の見せ場のシーンで転倒してしまう。
この転倒のシーンは、バレエ団の人々が蹴った紙の雪が集まったところに、たまたま千花の足がとられしまったために起こった不運な事故なのだが、無音で雪が集まっていくあのシーンに、私はゾッとするような恐ろしさを感じてしまった。

千花が、特定の人物に嫌がらせを受けている描写は序盤からある。そして、直接嫌がらせをしなくても、千花の才能への嫉妬、密かな悪意を持っていった人間はきっとたくさんいたのだろう。
私には雪が集まっていくシーンは、千花への悪意が積もり積もっていくように見えた。ついに千花はその悪意に捕まってしまった。そして、舞踏の神テレプシコーラは、その瞬間千花を見放したのだ。

山岸凉子は千花という少女を通して、バレエという世界の美しさと残酷さを、読者に垣間見せようとしたのかもしれない。
それでもやっぱり、私は千花ちゃんに幸せになって欲しかった。

Kindleでも読めるようになりましたね!
「アラベスク」は未読なので、そちらも読んでみたい。



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