読書感想 「薔薇のなかの蛇」/恩田陸

たぶん、俺は気配を感じているのだ——この娘の中に、「敵」の気配を。

バス待ちをしている間にふらりと書店に入り、何気なく新刊の棚に目をやると、
「理瀬シリーズ」、17年ぶりの最新長編!
という帯の文句が飛び込んできた。
最近、ハードカバーを買うことは滅多にないのだけれど、そのままふらふらと一冊手に取り、レジに並んでしまった。
だってしょうがない。
「理瀬シリーズ」の新刊なんだもん。

「理瀬シリーズ」、水野理瀬という登場人物が登場する作品群は、恩田陸作品の中でも独特の雰囲気があると思う。 
特に、理瀬が活躍する「麦の海に沈む果実」は、好きな人には堪らない世界感。
陸の孤島に佇む全寮制の学園。
謎多き生徒たち。
性別不詳の美しい校長。
不気味な降霊会。
そして、消えた『三月は深き紅の淵を』という一冊の本…。
魅力に溢れた世界が次々と展開する。

しかし、2004年に刊行された「黄昏の百合の骨」以降、シリーズの続きが書かれることはなく(番外編除く)、私ももう続きは読めないだろうな、と思っていた。
そこに、まさかのシリーズ新刊。期待に胸を高鳴らせながら、本を開いた。


さて、「薔薇のなかの蛇」の簡単なあらすじはこうである。

舞台はイギリス。
「ブラックローズハウス」と呼ばれる薔薇の花弁を象った館で、当主の誕生日パーティーが開かれることとなった。
当主の息子、アーサーは、招待客の中の美しい東洋の娘に強く興味を駆り立てられる。
一方、屋敷の近くの村では「祭壇殺人事件」と呼ばれる事件が起こっていた。
やがて、屋敷の敷地内で、「祭壇殺人事件」と同じく、まっぷたつに切られた人間の胴体が発見される——。

何というか、ミステリィ小説を読むのがずいぶん久しぶりで、次々に起こる事件や、刑事からの事情聴取、登場人物たちによる事件の考察、館の秘密の構造等、懐かしくて楽しくて、にやにやしながら読んでしまった。
警備員を呼ぼうと受話器を上げたら、電話線が切られてるとことかもう最高。


それはそれとして、本書を「理瀬シリーズの新刊」と思いながら読むと、少なからずがっかりしてしまう。
理瀬はあくまでもこの本の中では脇役であり、意味深なキャラとしては存在感があるけれども、特にこれといった見せ場もない。
ただ、シリーズのファンならニヤリとしてしまう場面はあるし、何より最後まで読むと、この本がやがて書かれるかもしれない理瀬が主人公の長編小説の序章なのでは、と期待に胸が膨らむ。

肝心のミステリィ部分は、広げ方は上手いのに畳み方がひどく雑、という恩田作品にありがちな悪い癖が出てしまっていて、少し残念だった。
雰囲気作りは相変わらず素晴らしいのになあ。

色々書いてしまったけど、「理瀬シリーズ」を読んでいた頃の気持ちに戻って本を読むのは、なかなか楽しい経験だった。
芯が強いのに、どこか危うい部分を持っていたあの特別な少女は、いつのまにか立派なレディへと成長していた。
彼女の少女時代はいつ終わりを告げたのだろうと、少しの寂しさを感じながら考える。
そして、いつの日か読むことが出来るだろう、大人になった彼女が活躍する小説を読むことを、心待ちにしている。

 







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