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Xという猛毒が君をチー牛堕ちさせる作用機序【X断ちのススメ】

 私の世代―2001年生まれ―は、まさにインターネットと成長を共にしてきたと形容しても過言ではない。
 小学校低学年の頃、ちょうど「バイオレンスサザエさん」や「替え歌」といったコンテンツが話題になり、学校でも「あれ見たか?」という話が流行った。パパやママのPCを借りられるゆるい家庭の子は、厳しめの家庭では摂取できないコンテンツをネットで見られたため、「クールなやつだ」「知らないことも知っている」とある種の憧れの的にすらなれた。小学校高学年から中学校前半にかけてはゆっくり実況を楽しみに家に帰った思い出がある。当時はまだゆっくり解説よりもゆっくり実況が優勢だったのだ。
 初めてインターネットの娯楽を目にしたとき、「こんなにも型破りで、奔放なユーモアがあるのか」と驚いたものだ。私よりも賢い友達はいち早くネットミームの把握に手をつけ、それのもたらすシニカルな笑いもまた魅力的に映ったことを覚えている。
 ヒカキンの全盛期で、シバターの攻撃性は当時驚くべきレベルだった。ガーシーも立花隆志もまだいない。
 
 その頃、私の一回り上の世代では愛国活動に熱中するネット民が相次いでいた。フジテレビ抗議デモ(2011年ごろフジテレビは韓国に媚びているという陰謀論が流行った)の熱が冷めやらない、ネトウヨの最盛期である。
 2008年、リーマンブラザーズが倒産し、当時大学卒業を控えていた世代が未曾有の就職難に陥った。今でもなお就職に苦労し、失われた世代を意味する英語フレーズを短縮して「ロスジェネ」と呼ばれる。
 この不況を機に専業主婦は一般的な時代から贅沢品へと変貌を遂げた。専業主婦を迎えた幸せな家庭を築きたいと思っていた若者たちは一転、派遣社員からの脱出を目指すだけで精いっぱいの時代になってくるのである。
 当時は自民党ではなく民主党が与党を担っていた。我々は経済的な苦境を舐めているのに、テレビでは幸せそうな韓国ドラマが流れている。民主党は東日本大震災への対応も散々だった。何かがおかしい。誰かが意図的に、日本人を冷遇しているのではないか?そう疑いたくなるほど彼らのキャリアは苦境に陥っていた。
 このぼんやりとした違和感を言語化してくれるコミュニティが2ちゃんねるに存在していた。当時最新のメディア、インターネットに深く没入した若者たちは、フジテレビの前に集まった。今振り返れば、Qアノンの走りであった――。

 Z世代に話を戻そう。
 Z世代が高校に入り大学に進むまでの2017~2020年ごろ、彼らのメインSNSはTwitterからInstagramやTiktokに移っていた。陽キャが自撮りを上げたり、BBQの様子を上げたり、踊ったりしている場所。
 自撮りやダンスの何がおもろいねん!陰キャはそう思っていたし、Twitterはまだ辛うじて膝を叩くようなライフハックや学術的知識が流れていた最後の頃であった。ツイートが収益化され、稼げるポストほど伸びるようになるのは数年先になる。

 しかし2020年を過ぎた頃、Twitterのメインユーザー層はひねくれたおっさんになっていた。もはや若者のツールではなかったのである。しかし彼らも元は若者であった。インターネットの黎明を目撃し、未曾有の就職難で今なおキャリアアップに苦慮する世代。失われた時代を体験した世代。
 彼らは2ちゃんねるとXとYouTubeでヘゲモニーを獲得し、日本人に就職難を味わせた政治家と、隣国を憎む。そして、そのヘゲモニーの価値観に同化しないコミュニティを冷笑し、激しく排斥する。異民族を中傷し、フジテレビの前に集まった青春を嬉々として懐古する。

 InstagramやTiktokは、陽キャがヘゲモニーを取っている。
 内向的な一般人からすれば「まぁそんなものか」「何が面白いのかわかんないなぁ」程度のコミュニティだろう。
 しかし、陽キャのコミュニティに同化することに苦々しさを感じていた陰キャからすれば、その感情をネット上でも思い起こさせる場所に違いない。そもそも着飾って被写体を用意する手間をしなくとも、脳に浮かんだ140字を書けば発信できる場所があるのに、わざわざ外に出て写真を撮る必要を感じないだろう。

 クラスで陽キャと話すとき、興味のない服や体育会系部活に合わせなければならない。それに応じなければ「なんだこいつ」と白眼視されるし、スクールカーストを維持できない。クラスのヘゲモニーへの同化に報酬を与え、同化への拒否にはペナルティを与える、陽キャの同化主義である。
 良心を備えた陽キャは同化主義棒を振るわない。しかし、治安の悪い公立中学校や高卒になるマイルドヤンキーはこういう同化主義的カーストを形成しがちだ。ここに巻き込まれないためには少しでも偏差値の高い高校に行く必要がある。

 Z世代の陰キャにとって、陽キャの同化主義が働かないXを最初に見たとき、間違いなく魅力的に映る。陰キャが作り上げたネットミームを覚えれば覚えるほどXでウケ、歓迎してもらえる。Xにいる何人ものアイドル、AV嬢、声優が「自分は陰キャだ」アピールをしてくれる。そればかりか、「陰キャでも悪くない」「陽キャは酷い」という発信までしてくれる。
 現実社会と違ってXで交友を広げるとき、自分は譲歩する必要がない。単純に譲歩せずとも付き合ってくれる人間が絶対にいるからだ。そして文化的同質性の高いコミュニティだって簡単に形成できる。そしてその不文律に従わないニワカが来訪しても、追い払うのだって簡単だ。嫌なら見なければいいのに。
 婚活板の高望みまんさんはやっぱり草生えますわw  は、チー牛?好きでこんな格好に生まれたわけじゃないのに何で差別されなきゃいけないんだ?人権感覚が死んでる奴ここにはいらねぇよ!
 本当にDQNの話題って全然面白くねぇよな、なんJ民もいいこと言うじゃん。は、駅メモがキモい?呂布カルマもまんさんのお仲間かよw
 俺に好きな人?まぁ家庭科の授業で結構話す子かもね。は、兎田ぺこらがルナルナ入れてた?女を知らないオタクにサービスするのがVtuberなのに、思い上がってるんじゃねぇよ!

 チー牛のダサさはこの非対称性にある。
 自分は差別するが、差別されるとキレる。自分は陽キャに同化しないが、他のコミュニティの人間がネット文化に同化しないとキレる。自分は話しかけられた女にガチ恋するが、推しの恋愛が露呈するとキレる。女タレントの容姿は品評するが、「眉くらい整えろ」と言われるとキレる。

 これこそが陰キャの同化主義である。現実社会で同化を求められた際には自らを被害者と感じるのに、ネットでヘゲモニーを取った瞬間、自分が同化主義棒を振るうことに何の抵抗も感じないのだ。

 良識を備えた陰キャは同化主義棒を振るわない。しかし、インターネットの閉じられたコミュニティに楽しみを見出すチー牛は、こういうフィルターバブルな界隈を形成しがちである。ここに巻き込まれないためには、「俺はチー牛にはならないんだ!」と固く決心する必要がある。
 それには、「ネットで根強い意見=正論」とせず、自らの思考を独立させて理性を保ちたいと信じ続ければならない。そしてより良い情報、より精緻な意見はXやYouTubeやブログにはない。ほかでもない、印刷された本に書いているのである。
 愚昧な陽キャのDQNと陰湿な陰キャのチー牛は相いれない。
 しかし、良識ある陽キャと良識ある陰キャは対話可能であるし、陽と陰というよりもその良識をもって建設的なコミュニティを築くことができる――お互いが譲歩すれば。結局、良い友情は良い譲歩から生まれるのだ。
 
 幼いころ、ネット的なシニカルな笑いに魅了されたこともある。しかし、ネットでイケている人間は、現実社会ではどうしようもなくダサい人間であることがほとんどだ。この動画を見てほしい。

 こんな奴と呑みに行きたいだろうか?こんな奴とカラオケに行きたいだろうか?
 チー牛とは差別するための単語ではないし、ミサンドリーでもない。友達にも、ましてや彼氏にもしたくない、つまんなくてどうしようもなくダサい陰キャ男の形容である。
 氷河期世代には政治改革やボランティアを志して、問題に正面から立ち向かおうとする人もいる。しかし、Xに根を張って生活しているような氷河期世代は、その負のリビドーをゼノフォビアやミソジニーなど、問題を何も解決しない無駄な当てつけで発散しているだけである。そこに、陰湿なZ世代のチー牛が合流した。そんな脇汗と加齢臭の混ざった、トレカショップじみた酸っぱい匂いのするSNSに楽しさなんてものを見出した日には、終わりでしかない

 仮にXをするにしても、それをメインの情報源や世論を把握するソースにしてはいけない。仮にこれが世論だったとしたら、こんな愚昧な群集の定説なんて従わない方がいいに決まっている。ブログの更新のお知らせとか、日常の一コマとか、そういった使い方に留めるのが最善だろう。
 Xのタイムラインに釘付けになるくらいだったら、Tinderで顔をスワイプしまくった方がよっぽど建設的だ。私はもうXのタイムラインを見るのを止めている。それでも今のイーロン禍のXのタイムラインを見たいなら、好きな絵師や猫画像で埋め尽くすのが一番マシだろう。決して滝沢ガレソやShare News Japanに侵されてはいけない。
 一番大事なのは「稼げないコミュニティに居場所を作る」ということだ。今のXもYouTubeも、稼げる投稿=伸びる投稿になっている。しかし収益化できないSNSやサイバーコミュニティでは、そもそも稼げないため、センセーショナルな投稿をするインセンティブがない。DiscordやTruth Socialはそこに存在意義があるのだ。
 最後に一言、こんな言葉を贈りたい。

たとえ体はチー牛でも、心までチー牛になるな!!!



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