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(短編ショート)再会モミジアオイ

 その赤い花の鮮烈な輝きに、和也は目を射抜かれた。
「毎年、咲くよ。何にもしてないのに。昔、ばあさんが植えたらしい」
 早坂篤志の祖母が生前住んでいた離れの建物と、道路に面した垣根との間に、夏の直射日光を浴びて咲く赤い花。それがモミジアオイだと知ったのは去年の夏だ。
 
 祖母の亡き後、篤志は母屋からその離れを自分の部屋にした。その部屋は夜遅い時間でも出入り自由の、同級生たちの青春のたまり場になった。夏休みに篤志の部屋に遊びに行くと、まず最初に赤い花が出迎えてくれた。時が過ぎ、去年のお盆に帰省して久しぶりに篤志の家を訪れると、離れは解体され垣根もなく、跡地は篤志の車の駐車場に変貌していた。
 「このあたりに赤い花が咲いてたよな?」
 「ん?赤い花?覚えてないなぁ」
 「おいおい。ボケるのはまだ早いぞ。昔、ばあさんが植えたらしいって言ってたぞ」
 「それがさ。大きな声では言えないけど・・いや、その前にとにかく上がれよ」
 篤志の部屋は、元の場所に戻っていた。

 篤志は東京で商社に勤めていたが、父親の介護のために退職し帰郷して、今はコンビニの深夜枠で働いている。オーナーが途中で変わり、ベテランとして再雇用され、時給はその店でだれよりも高いらしい。親の年金と自分の給料、それに株の売買で得る利益で、充分暮らしは成り立っているという。
 「実はな・・この前さ」
 幾分低い声で篤志が話し始めた。
 「客が途切れて、深夜枠の若い兄ちゃんと話してたら言われたんだよ。早坂さん、その話聞くの三度目ですよって」
 思わず和也は笑ってしまった。ボケるのは早いぞの続きの話だ。
 「笑いごとじゃないんだよ。そいつだけじゃなく、オーナーチェンジしてから入ってきた若い女の子にも言われてさ。その話、前に聞きましたよ。早坂さん、話したの忘れちゃったんですか?ってさ」
 和也は可笑しくてたまらない。まだまだ若いつもりながら、若者たちから見れば、じいさんの範疇なのだ。さらに神妙な顔つきで篤志が言った。
 「和也もさ、俺が同じ話を始めたら、ちゃんと言ってくれよな。その話、前にも聞いたぞってな」
 和也は爆笑を何とかこらえた。篤志の心配もわかるのだ。介護していた父親は痴呆になった。肺がんが見つかり入院を経て、すでに鬼籍に入っている。篤志は痴呆の遺伝を気にしているのだ。
 しかしである。若い時から篤志はそういうやつなのだ。だれよりも先に情報を仕入れ、誰も考えつかないような志向で物事をとらえる。和也は幾度も感心し、あきれてきた。同じ話を何度も聞いた。そのたびに話の中の微妙なニュアンスの違いも知っている。だから、同じ話ではないとも言える。
 篤志は話したいのだ。相手が誰かは関係ない。その反応が薄ければ、また同じ話をするだろう。誰にでもあることだ。その熱量が高いだけなのだ。
 「話す前に(この話、前にもしたかもしれないけど)をくっつけて話せばいいよ。そしたら、前にも聞いたと言えない人は我慢して同じ話を聞かなくて済むだろ?」
 「なるほど。それなら、前にも聞きましたよって、すぐに言いやすいな」
なんて素直なやつんだろうと和也は思った。丸くなったというべきか。
 和也はスマホを取り出し検索を始めた。ハイビスカスに似た赤い花。
 「あった。あった。モミジアオイというのか」
 「何だよ、急に」
 「ほら、見てみろ。この花だよ。ばあさんが植えたらしいって言ってたやつ」
 スマホを渡すと、篤志はメガネを額に乗せ画面を凝視した。
 「おお、これか。確かに咲いてた。不思議な花でさ、つぼみはたくさんあるのに一輪ずつしか咲かないんだよ。咲く順番待ちしてるみたいで」
 「ちゃんと覚えてるじゃないか。全然大丈夫だな」
 篤志は画面に視線を落としたまま、なんとも言えない顔をして「そう願いたい」と答え、「この花、まるで震災の時に一列にならんだ被災者みたいだな」と付け加えた。そう来るかと和也はまたひとつ感心せざるを得なかった。相変わらずだ、安心しろ。和也は自分をも励ますようにつぶやくと、モミジアオイが咲いていた頃のなつかしい風景を脳裏に描いた。
                           (了)

    モミジアオイ
      花言葉:思いやり
 
 

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