(超短編小説) NOはガクアジサイ
「あっ!アジサイが、ころもがえしてる~ほら見て、あそこ」
息子の翔太が声をあげた。指さす先にはガクアジサイが咲いている。
「おお~花びらが少なくて、涼しそうだ」
アジサイの衣替え。親バカながら、この子は天才かと思ってしまった。
(あれはガクアジサイって言うんだよ。アジサイもそうだけど、花びらに見えるのは、本当はガクなんだよ)
そんな言葉が頭の中をめぐったが、何かがそれを押しとどめて、声にならない。(あぁ、あれか。。)あれからもう一年なんだな。
一年前。
妻の陽子が大事に育てていたアジサイの鉢の、花がついて大きくなったその一輪を、オレは切って花瓶に生けて、枕もとの小テーブルに置いたのだった。陽子は怒った。オレの浅はかな魂胆を、見切って言った。
「なんで切っちゃうのよ!イエスノー枕の方がまだマシ!ほんと、バカなんだから!あきれるわ」
それ以来、あじさい(紫陽花)は、オレの中では禁句になった。もちろん、今夜「しようか」なんて、口にして誘うこともできなくなった。陽子の逆鱗が復活するだけだ。翔太が一人っ子のままでは、かわいそうなのに。
公園でキャッチボールをしての帰り道。翔太がぼそぼそと話し始めた。
「この前ね、結愛ちゃんに言ったの」
「池田さんちのゆうあちゃん?何て?」
「僕、結愛ちゃんのこと好きだよ」「おお!そしたら?」
「そしたら、私も翔太のこと好きよって」「やったじゃん!」
「でもね、結愛ちゃん、勇太のことも好きだからぁ~ひとりに決められないわぁって」
途中、モノマネが入ったらしい。
「そうかあ。そりゃ、悩ましいな」
「女って面倒だね」
(おいおい。小2で言うセリフか??だが、わからんでもない)
「でも、女も自分で自分が面倒くさいらしいぞ?」
「そうなの?」「たぶん。よく知らんけど、男だし」
「僕も男だし」「男同士、仲良くしようぜ」
いえ~い。もうすぐ自宅で、二人の男がハイタッチ。
「何、やってるの?お二人さん」
陽子が外で二人の帰宅を待っていた。もうすぐ夕飯。
「何の話してたの?」「男同志の秘密だよな」「そう。秘密、秘密」
そう答えて家の中に駆け出した翔太を見送りながら、陽子がささやいた。
「今夜、あじさいね」
ずきゅ~ん。な、なんというタイミング。ストレートな逆ワードセンス。これだから女はすごいし、よくわからん。
(だからこそ、魅力的なのかもな。そう思うだろ?翔太も。男だし)
(了)
後日談。
オレ「OKはあじさいで、NOはアソコがガクあじさいってことで」
陽子「ほんと、懲りないおバカさんね」
オレ「・・・(シュン)・・・」
陽子「わかった、わかった。アソコ無しのガクアジサイで、いいよもう。
ちなみに、今日はガクアジサイ」
オレ「ガックシ・・」
ガクアジサイ
花言葉:謙虚、控えめ
アジサイは、日本のガクアジサイを西洋人が品種改良して
作ったもの。それが逆輸入されて、日本でも広まりました。
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