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(短編小説)れんげ草の花かんむり

 集会所に選挙の投票に行っての帰り、レンゲ畑に大きなつばの麦わら帽子が落ちていると思ったら、うずくまる様に花摘みをしている男の子だった。
 男の子がレンゲ摘みとはめずらしい。綾子がその様子を眺めていると、やがてすくっと立ち上り、振り向いて叫んだ。
 「おかあちゃん!」
 男の子の視線の先、綾子の左手奥の坂道から女性がひとり降りてきて、
 「お昼ごはんよ」と手招きをする。 
 「ほら、これ見て」と持ち上げた男の子の右手には、レンゲ草の花かんむりが握られていた。再度レンゲ畑にしゃがみこみ、それから急いで駆け寄ると、左手いっぱいのレンゲの花を母親に預け、花かんむりを両手でかざす。母親は腰をかがめて頭に受け取り、息子を抱きしめて言った。
 「上手に出来たね。ありがとう!」
 「うん!」
 男の子は満足そうにうなずき、母親と手をつないで坂道を登っていく。
 (そうか。今日は母の日ね)
 一連の光景に遭遇して、綾子は忘れられないプレゼントを自分ももらったようで嬉しくなり、足取り軽く家路についた。

 自宅に戻ると玄関先に、段ボールの小箱が置かれている。配達伝票とメモ書きが貼ってあった。
 (お留守のようですので、置かせていただきました。お受け取りになられましたら、ご一報いただけると幸いです)
 中身は生花店から届いたアレンジバスケット。投票日と重なって留守の家も多いだろう。配達に苦労してるはず。早速、受け取りましたの電話を済ませ、バスケットのラップをはずして居間のテーブルに飾った。ピンク系のスプレーカーネーションとトルコキキョウ。濃淡のグラデーションでかわいくまとめてあり、一気に居間の雰囲気が明るくなった。
 贈り主は娘の京子だ。小さな封筒の中にメッセージカードが入っている。
 〔車を買ってくれたら 帰りますw〕
(・・まったく。ほかに書くことがあるでしょうに)
 綾子は呆れたとでも言うように首を振って、ひとりの昼食を済ませるべくキッチンに向かった。
 (あの男の子の、爪の垢でも煎じて飲ませたいわ)
 しかし、れんげ草がどんな味なのかは綾子にもわからない。

 「ほらこれ、帰りに買ってきたぞ」
 夫の修三が手渡したレジ袋には、綾子の好きなアイスクリームが入っていた。六ピースパックだ。ささやかな、母の日の夫の気遣い。 
 「お疲れさま。ありがとね」
 「お安い御用で。こちらこそ、ありがとう」
 夫は、立ち合い人として投票所に一日座っていたから疲れただろう。
 「すぐに夕飯にするからね」
 居間にあるバスケットに気づいた夫は、
 「京子か?なにか言ってきたのか?」と聞く。
 「これよ。読んでみて」
 綾子は京子の書いたメッセージカードを夫に渡した。
 「・・車かぁ。中古車じゃダメか?」
 「ダメよ。もちろん新車も。京子に買わせないとね」
 男親は娘に甘い。一人っ子だから余計である。大学進学から故郷を離れてもう十年。そろそろ戻って、こちらで婿をもらって家を継いでもらいたいというのが綾子の希望で、その帰る条件を京子が要求したというわけだ。
 修三自身が婿である。家の存続は綾子の意見が優先される。男の子を産めなかったことを綾子はどう思っているのか、あえて京子に厳しいのは婿取りの立場であることを自覚させたいが為であろう。修三は京子が不憫で、申し訳ない気持ちがぬぐえない。

 この地方は7月がお盆の季節。京子からお盆に帰るよと連絡があり、いよいよ故郷に戻る気になったかと綾子は喜んだ。ところがお盆が来て、京子は男性を伴って帰郷した。
 「石橋修一と申します。京子さんとお付き合いさせていただいてます」
と自己紹介したからびっくりだ。夫の名前の石橋修三と一字しか違わない。
 「ようこそ、いらっしゃいました。京子ったら何も言わないもんだから、夫もまだ外出中で」
 あたふたする母親にキッチンで冷たい麦茶を入れながら笑顔の京子。
「突然、押しかけて申し訳ありません」
「大したおもてなしもできませんが・・」
「私がね、驚かせようと思って黙ってたのよ」
 京子がお盆を抱えて入ってきた。
「充分驚いてるわよ」
 綾子は娘をにらみ、一方でこの人が婿になってくれたら苗字も変わらず好都合、あとは長男か否かだと値踏みするかのように修一をちら見している。その意を汲んだかのように、京子に目配せされた修一が話し出した。
 「おかあさん。お話があります」
 「は、はい」
 いきなり来た。居ずまいを正し、綾子は正面を向く。
 「私は長男です。ですが婿入りOKなんです。私は自動車整備士1級と介護の資格を持っていますから全国どこでも働けます。うちは名家でも旧家でもありません。両親はまだまだ元気ですが、我々が死んだら墓じまいをして共同墓地でいいから、お前は自由に生きろと言ってくれます。父は、オレは墓にはいない、魂は自由だからなと言ってます。それで京子さんのことを話したら、両親は婿入りを賛成してくれました。ですから、京子さんとの結婚をお許しください」
 一気に話し終えると、修一は頭を下げてそのまま動かない。京子も横に座って同じ姿勢だ。
 綾子は口を開けたまま、何かを言い出そうとするが言葉が見つからない。許すも許さないもない。完璧にしてやられた。
(京子ったら本当にもう。。)
「京子を、よろしくお願いします」とだけ答えるのが精いっぱいだった。

 夜に帰宅した夫も結婚に賛成して、新しい家族になる4人で夕食を囲んだ。話が尽きない。二人は勤務地の異業種交流会で知り合ったという。
 「僕は最初から狙われてたんですよ」
 「確かに同姓ハンターだったのは認めるけど、修一だったのは計算外よ」
 「それこそ、運命の出会いってやつだね」
 普段飲まない酒がまわっていい気分の修三が口をはさんで、京子もうれしそうだ。修一は将来、自分の自動車整備工場を持つのが夢だという。それを維持するのは、京子の双肩にかかっている。経理は京子の専門職だ。
 綾子が母の日のメッセージカードの話を持ち出し、「京子が車を買って、修一さんが整備をするわけね」と機先を制すると、「先月、修一さんが買ってくれたよ」と京子が舌を出した。頼りになる(婿殿)だ。
 母の日と云えばと綾子があの日の男の子の話をすると、京子が尋ねた。
 「集会所の近くの坂道?もしかして岡本さんちの弟君かも。確かタカシ君じゃない?」
 「岡本さんなら知ってるぞ。孫がふたりいて、上が沙織ちゃんで下がそう、隆君だ」と修三が答えた。
 「やっぱりそうだ」と確信する京子。
 「おとうさんならわかるけど、なんで京子が知ってるのよ」
 京子は卒業前に故郷の小学校で教育実習を経験した。先生になるのもひとつの目標だったが迷って諦めた。教職の加重労働の実態を知り、自分にはとても務まらないと思ったのだ。最後の授業で試みたのが、シロツメ草の花かんむり作りだった。幼いころに綾子に教わった花かんむり。故郷の何気ない自然に目を向けられる人になってほしいという思いだった。その時間一番熱心だったのが沙織ちゃんだったから、よく覚えている。
 「だからね、隆君は花かんむりの作り方を姉の沙織ちゃんに教わったのよ。お姉ちゃんに負けずに、お母さんを喜ばせたかったのね」
 
 翌日、四人で墓参りをして、二人は故郷をあとにした。残った二人が居間に座って、昨日の話をしている。
 綾子は、しみじみと夫の修三に語っていた。
 「私は間違っていたかもしれない。今時、婿入りがどうのこうのなんて時代じゃないわね」
 「でも、京子はそれをずっと考えてた。それは、かあさんが口をすっぱくして・・」
 「そうなのよ。でももういいわ。魂は自由だっていう先方のお父様の言葉が胸に染みたの」
 その場にいなかった修三は、まだ見ぬ先方の両親の心境を考えた。
 「早めに、あちらのご両親にお会いしなくちゃな」
 「お会いして、こちらからお願いしてみましょう。京子を修一さんの嫁にもらってくださいって」
 「そうしてみるか。答えはおのずと出る。二人がどう生きるかは二人の問題だからな。京子には悪いが、俺たちが甘えてはいけない」
 「そうよね。二人だったら大丈夫よね。私たちもね」
 「大丈夫だし、大丈夫にしないとな。それにしても、修一とは参ったよ」
 「え?どういうこと?」
 「私より二つも先を行ってる。若いやつには、かなわないってことだよ」
 「まあ、おとうさんったら」
 夫婦の笑い声が居間を突き抜け、夏の空に広がっていった。

 「私から京子につないだ花かんむりが、隆君からお母さんに届いたように、若い二人が作る花かんむりはもっと多くの人に届くはず。私はそれを見守れるだけで幸せよ。結婚おめでとう! 母より +便乗する義母よりw」

                           (了)

           レンゲ草
             花言葉
                          あなたと一緒なら苦痛が和らぐ 

 


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