「暗殺のターゲットが元カノだった」第3話

 その日の夜、うるは暗殺の依頼主が亡くなったという報告を受け、急いで事務所に戻ってきたミサ。
 詳細を聞く為社長室へと足を運ぶと、妹のアヤネが「突然お呼びしてすみません」と先に謝意を述べる。

「それで、どういう事なの?」

 息を切らしながら尋ねるミサ。
 その問いに答えようと、アヤネはパソコンの画面をミサに見せ、今表示されている内容について説明を始めた。

「本日17時30分頃、依頼主のアインザッツ氏が自室にて死亡している姿が発見されました。死因は銃殺であるとされ、後頭部から額にかけて銃弾が貫通したと思われる痕が確認されました」
「後頭部から額にかけて……? なんだか変な言い回しね。普通逆じゃないの?」

 額から後頭部にかけてという表現の方が一般的なのでは。
 そのようにミサが問い掛けると、アヤネもコクリと頷いて。

「ハイ。なので、何故わざわざそのように記載してあるかと言いますと、アインザッツ氏は後頭部から撃たれた可能性が極めて高いからです。実際、彼の後方に在る窓はガラスが割れ、破片が死体の周囲に多く散乱しています」

 その言葉と共に、アヤネは割れた窓ガラスの画像を表示させると。

「つまり、アインザッツ氏は外から狙撃された線が濃いと」

 ミサの考察にアヤネがコクリと頷く。

「まさかこのような事態になるとは……」

 殺し屋を雇う者が必ずしも狙われない訳ではない。
 そういった世界に深く踏み込んでいる者程、誰かの恨みを買い、逆に狙われてしまうのは珍しくない事だ。
 これでうるはを暗殺する必要は無くなった。それ事態はめでたい事だ。めでたい事なのだが……。

(結局、この人がうるはくんの首を狙っていた理由は分からず終いか……)

 ――7月22日、12時30分。
 結局、ミサが一体何を話したかったのか分からぬまま、昨日まで悶々としているうるは。

「もしかして記憶が……? いやでもいきなりそんな事は……」

 顎に手をやりながら街中を歩いていたその時。

「るーはせんぱーい!!」
「ぐふぉ!?」

 背後から突如として衝撃が入り、大ダメージを受けるうるは。

「お久でございます、るは先輩! アナタのことりが、先輩に会いに来ましたよ!」
「ちょっ、ことりちゃん! 人前でくっ付くな! 見られてるだろうが!」
「ええ、見られていますよ。見られて当然でしょう! 何故ならこのことり、この道の一番人通りの多いタイミングを見計らって、先輩に突撃しましたから!」
「意味分かんねぇ!」

 腹部の腕を引き剥がし、なんとか背後から抱き着いてきたその少女から解放されるうるは。
 背中を摩りながら振り向くと、その制服姿の少女はうるはの顔をマジマジと見て。

「おや、先輩なんだか疲れてますね」
「よく分かったじゃないか。今ちょうど会話するだけで体力を持っていかれそうな女の子に、背後から襲撃を受けたところだからね」
「なんと! 一体どこのどいつですか、その不埒者は!? 安心してください、先輩。そんな奴、このことりが一瞬にしてハチの巣にしてやりますよ」

 それだと自分で自分をハチの巣にする事になるのとだが。
 なんてツッコミを入れる気力もなく、うるはは「はいはい」と投げやりに返事をしてしまう。

「んで、ことりちゃんよ。なんでキミは当たり前のように学校を抜け出しているのかな? 昼休み中とはいえ、その行動は感心しないぞ」
「先輩の居るところにことり在りですからね〜。ちょうど教室から先輩の姿が見えたので、そのまま凸っちゃいました。言い変えれば、先輩がうちの学校の近くを通らなければ、ことりも学校を抜け出す事はなかったので。ここは実質、先輩が一番悪いという事でいかがでしょう!?」
「な訳あるか! 暴論が過ぎるぞことり後輩!」
「ああっ! ちゃん付けで呼んでくれなくなりました! 先輩、それは少し淋しいです。ことり、先輩にはことりちゃんか、ことりんか、ハニーって呼んで欲しいです! そう、ハチの巣だけに!」
「ちくしょう! ちょっと上手いかもと思う自分が居る!」
「何をやっているのアナタ達は……?」

 道のど真ん中でしょうもないやり取りを交わしていたその時、うるはの背後から今度はミサがやってきた。

「あっ、蒼霧先輩こんちわーっす」
「こんにちは。相変わらず元気そうね、弾黄さん」

 うるはの時とは打って変わり、相対的にかなりドライな挨拶をすることりに、ミサもいつも通りの様子で返す。
 やけに距離感の近い二人を見て、ミサは嫉妬心を心の奥底に閉じ込めながら訊ねた。

「二人共随分と仲がいいのね」
「ええ、るは先輩とことりは一心同体! 心も体もいつだって通じ合っていますから!」
「余計な事は言わんでよろしい!」
「ふーん、そー……」

 ことりが口を開く度にどんどんミサの双眸が鋭くなっていく。
 閉じ込めていた筈の嫉妬心もいつの間にか浮き彫りになりつつあり、彼女の背中には炎が燃え盛っていた。

「にしても驚きね、まさかことりもうるはくんの事を知っていたなんて」
「? 知っていたもなにも、るは先輩はミサ先輩と同じアタシの先輩ですもん」

 ミサの問い掛けにことりが答えたその時、刹那の静寂がこの空気と場を支配した。

「え?」
(マズい……!)

 このままでは良くない。そう判断したうるはは、ことりの手を掴んで。

「こ、ことりちゃん! そろそろ学校に戻らなきゃいけない時間だろう! 一人じゃ危ないだろうし、僕が連れて行ってやるよ!」
「つまり、エスコートって事ですか!? ちょっと先輩! 一体いつそんな出来る男ムーブかませるようになったんですか!」

 彼女を学校へ送る為、そそくさとその場を立ち去ろうとするうるは。

「んじゃ、ミサ。また!」
「え、ええ、また……」

 勢いに飲み込まれ、ただ手を振ってやる事しか出来ないミサ。
 またしても彼をことりと二人きりにしてしまった。
 しかし、その状況をあっさりと見逃してしまうくらい、遥かに気になる疑問が彼女の頭からずっと離れないでいた。

「先輩……。私と同じ……」

 その日の夜、ミサはマンションへと帰宅するや否や、タンスの中身を漁っていた。

「あった……」

 ようやく奥底から見付けて引っ張り出したのは、つい四ヶ月前まで在籍していた高校の卒業アルバム。
 早速卒業生徒のページを開き、一人一人顔写真をチェックしていくミサ。
 
「違う……違う……」

 一枚ページを捲り、次のクラスの顔と名前を一人一人チェックしていく。
 更にまたもう一枚、自身が在籍していた三年三組のページを開いたその時。

「うるは……くん?」

 そこには……彼と同じ名前の、彼と同じ顔をした青年の写真が残っていた。

 同じ頃、

「イヤ〜〜、まさか久々にるは先輩のお顔を拝めるとは。今日のことりは大吉です!」

 ことりの方もちょうど学校から帰宅を果たしたところであった。
 玄関でローファーを脱ぎ、そのまま一直線に廊下を歩いていく。

「さてと……」

 目的の部屋の前で立ち止まり、ドアを開けたその瞬間。
 部屋に掛けられた無数の銃火器がことりを出迎えた。

「ようやくです。ずっと、ずぅ〜っと我慢してきました。本当に、今日のことりは大吉過ぎます」

 部屋に設置された一台のパソコン。
 その画面に表示された短い文章。そこにはターゲットの名前と写真が表示されていた。
 後ろに纏められた蒼い髪。蛇のような鋭い瞳で敵を捉え、自由自在に鎖を操る女性の姿。

「もう生かしておく理由なんて無いですし、過去の女には退場してもらいましょう……」

 指でピストルの形を作り、冷たい瞳で写真の眉間に銃口を突き付ける美少女の姿がそこにはあった。
 彼女の名は弾黄はじき小酉ことり
 職業・殺し屋(フリー)。コードネーム:イエロースター。

#創作大賞2024
#漫画原作部門

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