「暗殺のターゲットが元カノだった」第2話
「キャンセルしてちょうだい」
その日、新しい暗殺の依頼が来ていた事に気付いたミサは、そそくさとうるはのもとを離れるなり、事務所に突撃していた。
「無理です」
パソコンをカタカタと鳴らしながら、ミサの要求をズバッと切るように拒否する少女。
彼女の名は蒼霧アヤネ。株式会社疾針プロダクション・代表取締役にして、ミサの実妹である。
「どうして?」
「どうしてもこうしてもないですよ。何が『キャンセルして』ですか。仕事に私情を持ち込むなんて、姉様らしくもない……」
ため息を吐いた後、アヤネは一度タイピングを止め、依頼について書かれた書類をミサに手渡して続ける。
「大体、このレッドラビットは一昨日姉様を襲ってきた殺し屋ですよ。なんでこんな奴を庇おうとするんですか!?」
「それは……」
「しかも昨日なんて、この男と一緒に姉様暗殺を依頼してきた組織を潰しに行ったらしいじゃないですか! ニュースになってましたよ!」
そう言って、アヤネはパソコンでとあるニュース記事を開くなり、それをミサに見せ付ける。
そこには確かに、昨夜うるはと一緒に戦ったボロボロになった倉庫の画像が張られており、死傷者の人数と現場の状況が事細かに書かれていた。
幸い、表では爆発事故として取り上げられているらしいが、見る者が見れば如何にも怪しい事は丸分かりである。
「私の目は誤魔化せませんよ、姉様。襲撃に遭った後、この男のストーカーをしているところを私も見ていたんですから」
「ストーカーじゃないわ、監視よ。というか、私が彼を見ていたところを見ていたって、それストー……」
「ストーカーじゃありません、監視です」
ミサの発言を遮るように否定した後、アヤネは尚も続けて糾弾する。
「おまけにこの男、姉様を眠らせた挙句『斬雨』のビルに連れて帰ってましたよね。何事も無かったから良かったものの、もし酷い目に遭っていたら……」
「そうなのよね。彼ったらちっとも私の体にイタズラしてくれなかったの。そんなに私って魅力に欠けているかしら……?」
「そんな訳ありません! 姉様はこの世で最も尊く、最も美しい女性です! アイドルや二次元なんて比較にもならない、日本の……いいえ、世界で随一の宝物です!」
思わずシスコンっぷりが爆発してしまい、ミサの身の安全からミサの魅力へと話題が逸れてしまうアヤネ。
「そうですよ! 姉様が無防備な姿を晒しているっていうのに、そこに一切手を付けないというのがもう重罪! いいえ、死罪もんですよ! 聖人気取りの偽善者が! そんなに姉様の肌に触れるのが怖いか! 唇を奪うのが怖いか!」
「ア、アヤネ?」
「この意気地無しが! もっとガッツけよ! もっと己の欲望に従えよ! 私が同じ立場だったら、まず一枚一枚衣服をひん剥いて、そっから……」
「ええっと……あっ、そうだ! 私ちょっと行くところあるから、また後でね!」
妹の暴走に歯止めが効かず、ミサは逃げるようにそそくさとその場を後にするのであった。
――7月21日、14時30分。
(どうしようかしら……)
表では大学生として振る舞っているミサは、キャンパスの大講義室で授業を受けながら、今回の依頼について頭を悩ませていた。
うるはを殺したくない。
でも依頼のキャンセルは出来そうにない。
(彼に相談? いやでも、こんなのターゲットにする話じゃ絶対ないし、もし彼が私を警戒してどこか遠くに行ってしまったら……)
話してもダメ、話さなくてもダメという完全なデッドロック状態に陥り、うーんと頭を悩ませ続けるミサ。
(とりあえず、ド直球に訊くのはリスクが大きいし、それとなく訊いてみて反応を窺おう)
一旦そのように決め、カバンからスマホを取り出しメッセージを送信しようと試みるも……。
「連絡先……聞いてなかった」
肝心な事にようやく気付き、失意のままに机にもたれ掛かってしまうのであった。
(そうだったわ。ラインを訊こうとしてスマホを開いたら通知にビックリしてそのまま別れたんだった……。っていうか、なんで当たり前のように彼に連絡する手段がある前提で動こうとしてんの私! そんなのまるで……)
まるで、ずっと前からそうしてきたかのようじゃないか。
講義の終了を伝えるチャイムが鳴り、一斉に学生達が講義室を後にしていく。
ミサも続いてその場を退室した後、大学を出ていつものように事務所へ向かおうとする。
しかし、どうにも足取りは重く、未だに結論は出ないばかりであった。
「どうにかしてうるはくんの連絡先を確保しないと……」
「僕がなんだって?」
不思議と聞き馴染みのある声が背後から聞こえ、ミサは咄嗟に振り向くと。
「るるるるはきゅん!?」
「その呼び方止めて。社長のキモい顔がよぎるから」
Tシャツに短パンというラフな格好をしたうるはが、パンパンに詰まったエコバッグを片手に立っていた。
「うるはくん、どうしてここに?」
「買い出し。予備の弾薬が無くなってきたから、ちょっくらスーパーで買ってこいって言われて」
「そんな調味料みたく気軽に買える物だったかしら?」
さらっとツッコミを入れるミサであったが、今はまともに顔が見れないでいた。
会えたはいいものの、一体なんと説明すれば良いのやら。
左手の人差し指で頬をポリポリと掻いていたその時、
「なんか困り事?」
「え? なんで分かって……」
「だってミサ、なんか困った事があるとよく下向きながらほっぺ掻いてたから」
そう言われると同時にハッとしたミサは、左手を後ろに回し、顔を赤らめてしまう。
「そ、そうなの? ヤダ、恥ずかしい……」
「そう? 結構可愛い癖だと思うけど」
「か、かわっ……!?」
追い討ちを掛けられ、更に顔を赤くしてしまうミサ。
「っていうか、なんでうるはくんがそんな事知ってるの? 私達って、まだ知り合ってそこまで経っていないのに……」
「え!? あーいやー、そのー……」
唐突な質問に動揺し、うるははなんとか言い訳を模索する。
目が泳ぎまくり、ミサの頭上に疑問符が浮かび上がっていると。
「ア、アレだよ! 僕って人間観察が趣味だからさ、人の癖とかそういうのって短時間で見抜いちゃうんだよ! それにホラ、こういうのって磨いていけば仕事にも役立つっしょ?」
「成程、確かにそうね」
(よ、よっしゃ〜……! マジでビビった〜!)
なんとか納得を得れた事に安堵し、ホッと胸を撫で下ろすうるは。
これ以上一緒に居るのはマズい、そう判断するや否や、「んじゃ、僕はこれで」とその場を立ち去ろうとしたその時。
「待って!」
咄嗟にうるはの手を掴み、頬を赤らめたまま上目遣いで。
「少し、付き合ってもらっていいかしら?」
「ハイ」
即答で返事をするうるはであった。
(ハッ! しまった、可愛過ぎてつい二つ返事で……)
場所を移動し、旭川駅前のイオンモールにやってきたうるはとミサ。
「夏服が見たい?」
「え、ええ、そうなの。最近暑くなってきたし、衣替えをしたいなーと思って」
「それで新しいのを買いたいって? 止めときなよ。どうせタンスの奥とかにいっぱいしまってあるから。新しく用意したって無駄になるだけだって」
「酷い言い草ね。私の衣装お披露目に立ち会うのがそんなに嫌?」
「嫌とかじゃなくて、まずは部屋をちゃんと整頓してから新しい物を買いなさいって言ってんの」
「何故かしら、うるはくんとお出掛けするのはこれが初めての筈なのに、何度も注意されてきたかんじがするわ……」
2階のショップに到着すると、ミサは早速何着か手に取り、更衣室へと向かっていく。
「どう?」
「可愛い!」
「どう?」
「クール!」
「どう?」
「そそそそいつは際ど過ぎやしませんか!?」
当初の目的を忘れ、いつの間にか普通にショッピングを楽しんでしまっている二人。
あちこち店を回っているうちに、二人の両手は塞がってしまっていた。
((どうしよう! こんな事している場合じゃないのに!))
すっかり日も暮れ始め、二人はフードコートのテーブルで一緒に頭を抱えていた。
もう時間もない。こうなったら一か八か、もう打ち明けるしかない!
そう決意したミサはスッと顔を上げて、
「うるはくん」
「なに?」
「実は、ずっと話したかった事があって……」
言葉を振り絞り、なんとか彼から拒絶されないよう、必死に言葉を選びながら……。
「あのね……私、うるはくんを……」
その先を続けようとしたその時、ミサのスマホから通話の着信が鳴り出した。
「ごめんなさい」と一度頭を下げ確認すると、通話の主は妹のアヤネである事が明らかとなる。
「もしもし?」
『あっ、姉様! 大変です!』
「どうしたの? 一体何があったの?」
やけに慌てた様子のアヤネに、ミサは電話越しに問い掛けると。
『亡くなったんですよ!』
「誰が?」
『依頼主です! なので、今回の依頼も自動的にキャンセルとなってしまいました!』
「……え?」
まさかの事態に言葉を失ってしまうミサ。
ひとまず電話を切ると今度はうるはから質問が飛び。
「大丈夫? なんかあったの?」
「え、ええ! そうね、何かあったといえばあるし、むしろ無くなったと言った方が正しいのだけれど……」
余計に意味が分からなくなり、首を傾げるうるは。
「まあ、なんでもいいけど……。ところで、さっき言ってた話したい事って……」
「ご、ごめんなさい! やっぱりなんでもないわ! 今日は付き合ってくれてありがとう、またね!」
そう言うと、ミサは慌てたように荷物をまとめ、その場を去っていくのであった。
一人ポツンと残されてしまい、何が何だか分からないままのうるは。
「え、なに? うるはくんを……なに? なに!?」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?