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アリ

モハメド・アリを初めて知ったのは、小学生の時に読み耽っていたドラえもんだった。ただ、シンプルに「知った」だけで理解は覚束なかった。

僕がそれを読んだ当時、すでにモハメド・アリは引退しており(してたはず)、ボクシングファンでもなんでもない、山を切り開いた造成地の一区画でひまを持て余していた小学生には、知るべくもない言葉だった。

モハメド・アリの名は「無敵コンチュー丹」というエピソードに出てきた。一粒飲めばさまざまな虫たちが持つ特殊能力を手に入れられる、という丸薬のお話で、このひみつ道具との兼ね合いが、モハメド・アリに関する理解を鈍らせた。

いつものようにジャイアンにいじめられて愚痴るのび太に対し、ドラえもんが「モハメド・アリを知っているか」と、偉大なるボクサーを例にあげて諭すところからストーリーは動き出す。

のだが、そのあとに続く説明ゼリフに、モハメド・アリの闘いっぷりを評した有名なキャッチフレーズ「蝶のように舞い、蜂のように刺す」が登場し、さらに続いて「アリの怪力」「カブトムシのかたい体」などと今度は実在のモハメド・アリとはリンクしない(けれどコンチュー丹の効能説明としては必要な)ワードがぽこぽこと続くものだから、「え、モハメド・アリってボクサーじゃないの?アリなの?」と頭の中の造成地が土砂崩れを起こした。

もうひとつ、これはもう藤子ファンゆえの陥穽、と言ってもいいのだろうけど、先生の作品には常々、田原俊彦=田之木彦彦、真田広之=真田ヒモ行、といった有名人のパロディネームが頻出することから、このモハメド・アリに関しても「モハメド・ホニャララという実在の人物をコンチュー丹のお話に合わせてリネームしたんじゃないか?」という勘繰りが生まれてしまった。

こうなってしまうと、もう理解を進めるのは難しく、以降数年間、僕の脳内では、シュレジンガーの猫よろしくターバンを巻いた(ムハンマド的な)ボクサーとアリが二重になって存在する、という状態が続いた。

だから1996年のアトランタオリンピック開会式で、最終の聖火ランナーとしてモハメド・アリが登場した時は「これがあのアリか」と、感慨深いものがあった。もちろんターバンは巻いておらず、ちっともアリらしくない巨躯が目に焼き付いている。

藤子F先生はその開会式の2ヶ月後、1996年9月23日に永眠された。


「無敵コンチュー丹」についての考察記事がnote内にありましたのでリンクさせていただきます。名作を丁寧にひも解く名解説文です。


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