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胃を壊してミラーボールを買う

ストレスで胃を壊して、ミラーボールを買った。


太田胃酸分包を懐に忍ばせている限り無敵かと思われた私もやはり人間だった様で、医者に「典型的な神経性胃炎です。ほっといたら胃潰瘍なるとこやで。」と眉をハの字にされた。

昨年には二度の血尿、今年は神経性胃炎。

「上司を喜ばせる為にモリ子さんの人生はない!」
「お腹痛くなってまで働くことないんやで…」

お医者さん(大好き)と看護師さん(大好き)に優しく諭されながら、私は「これで休まして貰い!」と渡された診断書を手に一際猫背で帰路についた。


『2週間の休業を要する。以上。』


尚もキリキリと痛む胃を摩りながら、縦横80cm程のエレベーターの中で診断書を開くと、たった一行のそれにとてつもなくデカい文鎮の様な「以上。」が乗っかっていて思わず慄いた。
こんな重量感のある「以上。」が書ける大人になりたい、と私は瞬時に憧れ、次の瞬間にはもう蒟蒻ゼリーの事を考えていた。


2週間のお暇を頂いた。
しかし自分を労わるというのは案外難しく、3日目にしてその指針をすっかり失ってしまった。

本を読む?
映画を観る?
寝る?
食べる?
ゴロゴロする?
お散歩に行く?

胃は痛いが薬のお陰か動けない程ではなくなった。
しかし何をしたって釈然としない。
その間にも先輩方は私の分まで働いているのかと思うと、また胃がキリキリと痛む。


こんなもん、ミラーボール買うしかない!



昔、職場のトイレで泣きながらウクレレを買った。
あの時に似た感情が、再び私を襲う。
今のこのモヤモヤはミラーボールにしか拭えないという確固たる自信だけが目の前には在り、親指は既に「ミラーボール(自宅用ディスコライト)」を決済していた。

胃炎の女がミラーボールを買う。

この事実だけで私は少し元気になる。
しんどい瞬間なんてのは、引いて見れば見るほど喜劇になるもんで、1日3回1回1錠の錠剤2種類と向き合っていたって決して笑顔にはなれない。
今自分が何をしたら一番滑稽かを想像する他ないのだ。

ミラーボールは翌日の夕方には届いた。

そそくさと部屋中のカーテンを閉めて回り、漆黒の箱からブツを取り出す。
こんなにもワクワクしたのはいつぶりだろう。

コンセントに刺すとパーティーは直ぐに始まった。
見慣れた天井は七色の光に包まれ、ABBAの「ダンシングクイーン」に合わせて円を描く。
楽しい。
鼻の穴で口ずさみながら、ひとりゆらゆらと揺れる。

「そんな事をしていていいのか!」

ふいに自分に叱られた気がして姿見を覗くと、胃炎で肌の荒れた女が、顔を七色に染めてニヤニヤと笑っていた。

「もう手遅れだよ」

と私が答えると、女はパーティーへと戻っていった。

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