台本を公開しながら更新して完成させてみる~『ありの一決』という台本~

キャンプ場のコテージを模した空間。キャンプ好きが高じたマスターが経営している飲食店である。雰囲気は内装だけで実際は街中にある。表通りに面した側に入り口の扉と窓に面したカウンター席。カウンター席の端側にノートがある。来店者が好きなことを書ける自由帳である。店の真ん中には巨大なテーブルがあり、さらに店の奥側にもカウンター席。そのカウンターの開口部を挟んでキッチン。そしてトイレに続くドアと、店のある小さなビルの2階以上に向かう階段へと続くドアがある。壁にウォールハンガーがあり、これは最近になって仕様を新しくしたもの。
 
 明かりをつけず暗いままの部屋にマスターが登場し、喋り始める。
 
マスター ありがとうございます。おかげで当店も10年目に入りました。10年ってすごいと思いませんか? 私が10年以上続いてるのは趣味のキャンプくらいです。
 
 マスターは暗い店の中を見渡す。
 
マスター この店は趣味じゃないです。でもキャンプは趣味です。自分が楽しむことを最優先にしています。森に囲まれて、風が通る音を聞いて、空を見てぼうっとして、自然に還ったような気持ちになるのが好きなんです。「ああ、生きてるなあ」って。鳥とか虫とか見ているとそう思うんですよ。特に虫が子どもの頃から好きで。あれは色んな暮らしをしてて面白いんです。群れじゃないと生きていけないのとかもいて。
 
 マスターは電気をつけるために店の奥に行く。
 電気をつけた時にゴキブリを発見する。そばにあった新聞で叩こうとするが失敗する。
 
マスター 時々人間も似てるなって思うことがあります。この10年、色んな人に会って、そう思いました。
 
 マスターは新聞を元の場所に戻そうとするが、やっぱりやめて処分する。
 
マスター こないだね、店の常連グループが来てたんですよ。学生の頃からうちによく来てた子たちで。でもだんだんメンバーが減ったりしてて……。ちょうどその日、あの子たちがうちに来る最後の日になりました。
 
 ジバさんが店に入ってくる。
 
ジバさん こんばんは。
マスター いらっしゃい。
ジバさん どうも。
マスター 一人?
ジバさん 一人です。
マスター もう来るって?
ジバさん はい。ちょっと待ちます。
マスター はいよ。
 
 ジバさんは黙ってスマートフォンをの画面を見ている。
 
マスター 今日はみんな来るんだよね。
ジバさん 来れたら。
マスター とげ君、じゅんちゃん、むね君、なべちゃん……。
ジバさん ヒメ子も来ます。
マスター お。来れるの?
ジバさん はい。
マスター え、さおりちゃんも一緒?
ジバさん さおりちゃんは無理でしょ。まだ2歳ですよ。
マスター 2歳……無理か。
ジバさん はい。まあでも可愛いですよね。天使でした。
マスター もう会ったことあるんだ。いいね。
ジバさん これ。
 
 ジバさんはスマホの画像をマスターに見せる。
 
マスター おおー……。これ手を挙げてるの?
ジバさん 名前呼ぶと「はーい」って。
マスター わあ。
 
 マスターは画面を覗きながら続ける。
 
マスター あれだね、すごいお母さん似。
ジバさん ですよね!
マスター じゃ、また気の強い子になるかなあ。
ジバさん ね、ちょっと思いますよね。
マスター そんじゃ、今日は6人か。
ジバさん もう1人来ます。
マスター もう1人?
ジバさん はい。 
マスター え、けど……だって、たけ君は違うでしょ?
ジバさん たけは、もう来ないでしょうね。
マスター ごめん、いきなり微妙なところを。
ジバさん いやいや全然。あれももうだいぶたちますし。
マスター あ、リグちゃん?
ジバさん リグじゃないです。リグは、けど一緒にまた行きたいなあ。
マスター ねえ。いい子だよね。まあ商売継いだらまとまった休みはなあ……けど、じゃ誰?
 
 ジバさんは両手の指で自分の頭を軽く叩く。
 
マスター あ……それ何か……誰だ。
ジバさん 仙人。来るんですよ今日。
マスター 仙人! いた! 名前何だっけ?
ジバさん 網目(あみめ)さん。
マスター あー! そうだそうだ。あの子来るの?
ジバさん はい。
マスター へえーすごいね。
ジバさん レアですからね。
マスター だって最後に来てたのいつ?
ジバさん 五年くらい前じゃないですか?
マスター 五年⁈ それメンバーなの?
ジバさん まあ既読はちゃんとつくんですよ。後、参加不参加は毎回きっちり送ってきます。誰よりも早く。
マスター でもほとんど不参加な訳でしょ。
ジバさん そうですね。けど学生の頃はもうちょっと来てましたし。まあやめるって本人が言ってないから。
マスター まあ言っても同好会だもんね。
ジバさん しかも実際一番キャンプのことよく分かってるのもあの人だから。来たら来たで頼りになるんで。
マスター そうなんだ。今何してるの?
ジバさん 全然わかりません。
マスター 登山家とか?
ジバさん やってそうですね。
マスター 日本にいなかったりして。
ジバさん マジでそんな感じです。
マスター でも今日はいると。
ジバさん ということらしいです。
マスター らしい、なの。
ジバさん いやまあちゃんと来るでしょうけど。何か、何となくすぐ逃げちゃいそうな。
マスター レアキャラ。
ジバさん はい……何の話してましたっけ?
マスター 何だっけ? ごめん、聞いてた私が覚えてない。
ジバさん あ、そう。ヒメ子、当日は旦那さんと3人で来るかもって。
マスター おお! じゃさおりちゃんキャンプデビューだ。
ジバさん デビューですよ。
マスター すごいよなあ。いや何か実感ないよ。
ジバさん 何がですか?
マスター だってこないだまでみんな学生だったのに。
ジバさん 気づいたらもうこんなですよ。
マスター ねえ。でもさ、私はヒメちゃんこっち側に来そうな気もしてたんだよ。
ジバさん こっち側?
マスター 家庭より自分ってタイプの。
ジバさん ああ。それ自分もなんで。確かにこっち側、ですね。
 
 ジバさんはマスターが向いているのと同じ方向を見て、体の前に手で線を引く。(境界を
 作る)
 
マスター いやいやジバさんがそうってわけじゃないよ。
ジバさん 大丈夫です、慣れてますから。
マスター 慣れてるって。
ジバさん でもなんでそう思ったんですか?
マスター ああ。あの子全然人に媚びないでしょ。
ジバさん まあそうですね。
マスター 結婚とかするかなあって。
ジバさん はいはい。
マスター でもそうじゃないんだよね。
ジバさん うん全然。学生の時から結婚結婚言ってましたよ。
マスター 意外。
ジバさん 一応言う相手は決めてたっぽいです。
マスター ジバさんには言ってたんだ。
ジバさん 何かあの子なりのルールがある感じなんですよ。
マスター あー、何かわかるな。
ジバさん マスター苦手とかじゃないと思いますよ。
マスター そこは気にしないよ。けどさ、とげ君はその辺やっぱ合わなかったんだろうね。
ジバさん あると思います。
マスター 卒業後も長かったもんね。
 
 マスターは時計を見る。
 
マスター 今日とげ君は遅いって?
ジバさん そんなことないですよ。たぶんもう来ます。
 
 マスターは窓の外を一瞥する。
 
マスター これじゃいつもと変わらないね。
ジバさん いつもはお客さんいてるじゃないですか。
マスター いない時も多いじゃない最近。
ジバさん マスターがそんなこと言わないでくださいよ。
マスター いや減ったよだいぶ。
ジバさん まあ、新しい客が少ないですもんね……。
 
 マスターは黙ってジバさんを見て頷く。
 ジバさんはつい本音を漏らしたことに気まずさを感じる。
 
ジバさん すみません。
マスター いや本当その通り。ジバちゃんよく見てるね。
ジバさん いやいや。なんとなく見てただけなんで。全然テキトーな……。
マスター 実際もう全然。
ジバさん そんなに?
マスター そんなに。ジバちゃんが来るようになって嬉しいよ。
ジバさん ……やっぱり先に注文します。
マスター いいよ。若いんだし。
ジバさん 若い、年でもないですよ。
マスター いやいや私だってただ喋ってるだけでさ。
ジバさん そんな! こっちなんてこう、使わせてもらってるんですし。
マスター ご贔屓ありがとうございます。だからみんなちゃんと揃ってよって! ねえ?
ジバさん まあでも来ますよ今日は。いつもお世話になってるんですから。こちらこそ本当ありがとうございます。
マスター ちょっと緊張してる?
ジバさん 何でですか?
マスター 2年も空くとけっこう色々あるじゃない。
ジバさん ……あるっちゃありますね。
マスター でしょ。
ジバさん やっぱそういう空気出てます?
マスター そりゃみんなと同じように年取ってきてんだから。
ジバさん おー。
マスター だってさ、毎年ミーティングってなったらいつも2人が最初に来てたでしょ。
ジバさん ああ。
マスター そこも何かあったのかなって。
ジバさん あー……トゲっちとは最近むしろ仲いいです、まあそっちは、そうなんですけど……あの、すみません。マスターはその、一応自分より長生きじゃないですか?
マスター 一応長生きだよ。
ジバさん 変なこと聞くんですけど、マスターが人生で一番後悔してることって何ですか?
マスター ……ん? それは、その……ごめん、どういうこと?
ジバさん いやそのままです。後悔です。人生で一番。
マスター 何、どうしたの。
ジバさん すみません、やめときます。
マスター その、何か分かんないけどさ、ジバちゃんが後悔してるの?
ジバさん まだ分からないです。
マスター まだって……うーん……たぶんだけど、それは私みたいなのに聞いてもしょうがないんじゃないかな。
ジバさん そんなことないです。
マスター んーそうかなあ……。まあ私は……、私はこないだ自転車盗られちゃった時は痛かったな。
ジバさん え、そうなんですか?
マスター いやそれがさ、鍵かけ忘れてたんだよ。
ジバさん 何やってるんですか。それ普段からかけてなかったんでしょ。
マスター ……うん。
ジバさん いやマスター……。
マスター この年だからさ、けっこうショックだよね。
ジバさん ちゃんと戻ってきたんですか?
マスター あったよ。市内の放置自転車のあれのとこに。
ジバさん あったんならよかったですけど。
マスター まったくだよ。それでジバちゃんはどうしたの。
ジバさん この話からですか?
マスター だっていきなり言われてもそりゃ……。
 
 マスターはしばしジバさんの様子を見ているが、急に思いついたように言葉を発する。
 
マスター もしかして……結婚⁈ ジバちゃん。
ジバさん 違います。じゃないんです。
マスター ごめん! 流石にテキトーすぎた。
ジバさん すみません。なんかややこしくて。
マスター いやこっちが。
ジバさん けど……近いっちゃ近いかも。
マスター どういうこと?
ジバさん 実は……好きな人ができたんですけど。
マスター うん。
ジバさん でも相手がいて。
 
 マスターは無言で相槌を打つ。
 
ジバさん すみません、やっぱなしにしときます。
マスター ジバさんの喋りたいところだけ聞くよ。
ジバさん ……じゃあ、じゃあマスターならどうしますか?
マスター ……そうだね。
ジバさん ごめんなさい、自分で何とかします。
マスター いやいやこっちもぱっと答えれなくてごめん。
ジバさん いや話せただけでも良かったです。
マスター それはもちろん。私なんかで良ければ。でも初めてじゃない?
ジバさん 何がですか?
マスター ジバちゃんの恋愛相談。
ジバさん 恋愛相談、ですか? これ?
マスター いやいや立派なもんだよ。
ジバさん 立派って。
マスター なるほどなあ。けどそうだな……まあ、世の中には相手がいたからなんだって人もいるよ。
ジバさん 分かります。強いですよね。
マスター クロさんわかる?
ジバさん 昔ちょっと喋ったことあります。
マスター あの人ね、不倫相手と来たことあるんだよ。
ジバさん ……ここに? 
マスター うん。
ジバさん しかも不倫?
マスター そう。
ジバさん ええ。
マスター 間抜けなんだよな、こんな街中の店に。
ジバさん いや間抜けっていうか……クロさんってそこそこいってましたよね。
マスター そうだよ。爺さんだよ。
ジバさん あの感じで……。
マスター でバレてさ。それで来なくなったの。
ジバさん ああー……。
マスター ま、世の中そんな人もいるよ。
 
 マスターはわざとジバさんと目を合わせる。
 
ジバさん いやいやいや。
マスター 冗談だよ。ジバちゃんは不倫とかって人間じゃないもんな。
ジバさん 一応、まだ結婚はしてないみたいです。
マスター まだって……あ。いや、それはどうなんだ?
 
 マスターは一人で勝手に盛り上がる。
 
ジバさん はい……。
マスター ……突撃する?
ジバさん いやそれは。
 
 トゲっちが店に入ってくる。
 
マスター おつかれさまでーす。
マスター はい、いらっしゃい。
トゲっち マスター! ごぶさたしてます。
マスター 久しぶり。
トゲっち ジバさんおつかれ!
ジバさん おつかれさま。
マスター 元気?
トゲっち まあ何とかやってますね。
マスター 何とか? まだ若いのに。
トゲっち いや、そろそろ来てます。
 
 トゲっちはお腹周りを触る。
 
マスター そっちよりも……。
 
 マスターは顎をさする。
 
トゲっち ええ! マジですか!
マスター 何か飲みますか?
トゲっち お茶ください。
マスター お茶。はい。
ジバさん 飲まないの?
トゲっち みんな待とうかなって。
ジバさん すみません、じゃ同じく。
マスター はい。
ジバさん ムネオがよく言ってるやつ? 待ちたいって。
トゲっち いやあいつのはヘンテコな主義じゃね。
ジバさん 主義?
トゲっち 喉にアルコールが来るのを想像させて喉をおあずけするって。
ジバさん ああ。
マスター あの子も変わったとこあるよね。
トゲっち ですよね。まあ俺は気にしてるだけなんですけどね。
 
 トゲっちはまたお腹周りを触る。
 
マスター 一杯二杯じゃ変わらないと思うけど。
トゲっち やり手のセールストークにはやられないっすよ。
マスター どこがだよ。こんな店で。
トゲっち またまた。その感じが上手いなあ。
マスター 何言ってんの。じゃお茶でいいんだね。
トゲっち お願いします。
 
 お茶を用意するマスター。
 トゲっちは店の中を見回す。
 
トゲっち まあ確かに変わらないっすね。
ジバさん われらが「小手路」だし。
マスター 一応変えてんのよ。
トゲっち え、どこですか?
 
 トゲっちは店を見まわす。
 
トゲっち ジバさんは知ってる?
ジバさん うん。
トゲっち ……全然わからん。カレンダー?
マスター それは変わるってか、そういうものでしょ。
ジバさん しかもイラストは同じところのずっと使ってますよね。
トゲっち いや、むしろ何も変わってないですよ。
 
 トゲっちは歩き回りながらカウンター席の自由帳を見る。
 
マスター それも別に変わってないよ。
トゲっち そんな書く人いないですもんね。
マスター だいたい来る客決まってるしね。
トゲっち この傘も前からずっとありますよね。貸し出し用?
マスター あ、それはじゅんちゃんのだ。
トゲっち 会長の?
マスター こないだも忘れたんだよなあ。
トゲっち 降ってないとまず忘れますよね。
ジバさん とりあえず上着脱いだら?
トゲっち 忘れてた。
 
 ジバさんがトゲっちの服を預かる。ウォールハンガーの取っ手を引き出して服を掛ける。
 
トゲっち ごめん、ありがと……え! 何これ。
マスター 面白いでしょ。
トゲっち 確かにこんな壁のやつ無かった。
マスター これなら使わないシーズンは邪魔にならないんだよね。
トゲっち へー。
マスター 後付けできるって言うんで。
トゲっち いいっすね、これ。
マスター 後でかいとこだと換気扇とか。
 
 トゲっちは換気扇をほんの少し見てからマスターに言う。
 
トゲっち いやいやいや。それはずるいですよ。
ジバさん 分かるわけないよね。
トゲっち うん。
マスター これがけっこう大変だったんだよ。
トゲっち そりゃそうでしょうけど……言われてみれば壁の色も変わった気がする。
マスター ああ。壁紙は全部貼り替えたよ。
トゲっち ええ! おんなじ色じゃないですか。
マスター いやいや。それは変えれないよ。
ジバさん 地元の人頼みだからさ。
マスター そう、変わりすぎたら離れちゃうから。
トゲっち あー。
マスター はい、お待たせどうぞ。
 
 マスターがお茶を2人に出す。
 
トゲっち ありがとうございます。
ジバさん どうも。
トゲっち ジバさん先にどこ持ってきたか聞いていい?
ジバさん あ、うん。笠置。
トゲっち カサギ?
ジバさん 京都の南の方。
トゲっち 知らない。どんなとこ?
ジバさん まあ普通なんだけど、無くなるかもって言われてて。
トゲっち へー、アリだね、あるうちに行っとくの。
マスター ごめん。ちょっと部屋空けていい?
トゲっち 大丈夫ですよ。
ジバさん あ。
マスター まだみんな来なさそう?
トゲっち いや、すいませんいつもの調子で
マスター いいんだよ。こっちこそごめんね、屋上片付けるの忘れてた。何かあったら呼んで。
トゲっち え、手伝いますよ。
マスター 大丈夫大丈夫。一旦ゆっくりしなよ。
トゲっち ありがとうございます。
 
 マスターはジバさんに呼びかける。
 
マスター まずはみんなと喋りな。そのほうがいいよ。
ジバさん ですかね……。
マスター ごめんね。
 
 マスターは部屋から出てゆく。
 
トゲっち 何かあったの?
ジバさん 大丈夫。解決しかけ。
トゲっち 本当? 今日は体調どう?
ジバさん こないだよりは大分。
トゲっち 無理は禁物だよ。
ジバさん うん。トゲっちは?
トゲっち 俺は別に。何も無いよ。
ジバさん いや候補。
トゲっち あ、そっちか。ごめんごめん。俺はふもとっぱら。
ジバさん ふもとっぱら?
トゲっち うん。
ジバさん また?
トゲっち だって俺もう今全然だから。
ジバさん いや、ふもとっぱら良かったけど。
トゲっち 皆に合わせるよ。ジバさんのとこ良さそうじゃん!
ジバさん それはいいんだけど。
トゲっち 何?
ジバさん 一応聞くけど。もう行くなって言われてる?
トゲっち ……わかる?
ジバさん わかるよ。
トゲっち そう、そうなのよ。
ジバさん そこまで?
トゲっち 直接言われてるわけじゃないけどね。
ジバさん きついね。
トゲっち まあ何とかするよ。
ジバさん そういう問題じゃなくない?
トゲっち けど俺の問題だし。
ジバさん 彼女さん、だよね?
トゲっち もう奥さんだよ。届出したから。
ジバさん あ、いよいよ。おめでとう。
トゲっち ありがとう。
ジバさん いつ行ったの?
トゲっち 一昨日。
ジバさん わ! タイムリー。
 
 ジバさんは手帳を取り出して見る。
 
ジバさん ちゃんと大安じゃん。
トゲっち 俺はどっちでもいいんだけどね。
ジバさん まだそんなこと言ってるの。
トゲっち いや奥さんには言わんよ。
ジバさん 当たり前でしょ。
トゲっち けど指輪が遅れててさ。
 
 トゲっちはジバさんに手を見せる。
 
ジバさん あ……そんなことあるの?
トゲっち うん。ダイヤが。輸入品だから。
ジバさん あー……。
トゲっち それをだいぶ言われた。
ジバさん ちょっとタイミング悪いね……。
トゲっち 正直、今度の行けるかわかんない。
ジバさん それ……もうちょっと聞いたほうがいいやつ? みんなで聞くやつ?
トゲっち みんなで聞くやつで。
ジバさん わかった。
トゲっち けどあれだな。ジバさんやっぱ話しやすくていいわ。
ジバさん そう? 横でテキトーに聞いてるだけだけど。
トゲっち それがいいよ。がっつかないもん。
ジバさん だってこれで圧強いと嫌じゃない?
トゲっち まあね。ホント最近主張強いやつ多いしな。
ジバさん そうそう。その辺をちゃんとわきまえてますから。
トゲっち 謙虚。
ジバさん どちらかっていうと真面目。
トゲっち 間違いない。
ジバさん 結婚するはするで大変だね。
トゲっち 何でも都合よくいかんよ。
ジバさん 息抜きしなよ。それこそキャンプいいよ。
トゲっち いやそれな!
ジバさん 何か作戦たてる? トゲっちが行けるように。
トゲっち ジバさま!
ジバさん ジバ様って。
トゲっち ごめん、嫌?
ジバさん 嫌ではないけど、何かの大長老みたい。
トゲっち 確かに。ジブリっぽい。
ジバさん いそう。え、ナウシカのは?
トゲっち あれはユパ様。
ジバさん ああ。けど何でだろうね。随分厳しいね。
トゲっち そうよなあ。もうちょっと自由にさせてくれても。
ジバさん やっぱトゲっちモテるから?
トゲっち そうか?
ジバさん うん。だから悪い虫がつかないようにって。
トゲっち 悪い虫……まあ実はさ。ぶっちゃけモテなくはない。この年になって気づいた。
ジバさん うわ。言った。
トゲっち トゲっちです。
ジバさん でたー! ムカつく。
トゲっち これ最初にやらせたのお前らじゃん。
ジバさん 懐かしい。
トゲっち そうそう。
ジバさん このやろ。
 
 ジバさんはトゲっちに向かって軽くパンチをする。
 
ジバさん 式の日に電車遅延しろ。
トゲっち それはマジでやめて。
ジバさん ないない。思ってない。ともかくおめでとう。
トゲっち ありがとう。
ジバさん 思ってるよりは元気そうで安心した。
トゲっち ジバさんもね。
ジバさん 会長は? 何か聞いてる?
トゲっち 会長のどの話?
ジバさん 今日来れそう?
トゲっち ……ちょっと難しいと思う。
ジバさん トゲっちから見ても?
トゲっち うん。
ジバさん そっか。まだ厳しかったかな。
トゲっち 皆でどんどんやってほしいって言ってるけどね。
ジバさん そりゃわかるけど。
 
 トゲっちはゆっくりお茶を飲む。
 ジバさんも合わせるようにして飲む。
 
トゲっち もし会長がずっといなくなっても俺らって続くのかな。
ジバさん ……小さくなるんじゃない。
トゲっち 小さく?
ジバさん 仲いい同士で集まるようになる。
トゲっち 今みたいな感じで?
ジバさん そう。
トゲっち それもう無いようなもんじゃん。
ジバさん ……まあ。
トゲっち 人減っての今でしょ。
ジバさん 副会長がいるじゃん。
トゲっち 一応ね。けど会長がいなくなったらたぶんもう。
ジバさん そっか。
 
 そう言ってからジバさんは座る姿勢を変える。
 
ジバさん ところでさ。
トゲっち うん?
ジバさん 超どうでもいいんだけど、こうして2人でお茶飲んでると何か熟年夫婦を想像する。
トゲっち 何それ。
ジバさん ジバ様。
 
 ジバさんはおばあさんっぽく両手でお茶を飲む。
 
トゲっち ハマってる。
ジバさん 結婚して何十年もたったらこうやってお茶すすってるのかなって。
トゲっち お茶だけど、ハーブティーでしょこれ。
ジバさん ハーブティーでもいいじゃん。
トゲっち まあね。
 
 そこにムネオが扉を開けて入ってくる。リュックがパンパンに膨れている。
 
ジバさん あ。
ムネオ おつかれ!
トゲっち お。久しぶり!
ジバさん おひさ。今日何帰り?
トゲっち 今から山行けそう。
ジバさん それ。
ムネオ ああ。色々やることあってさ。
トゲっち 疲れないか?
ムネオ 鍛える一環だな。
トゲっち 本当に?
ジバさん 逆に肩壊しそう。
ムネオ ごめんギリギリで。そろそろ時間だよな。
ジバさん あ、そうだね。
 
 ムネオは少しとげっちを見続けてから言う。
 
ムネオ トゲっち……肉着いたな。
トゲっち マジ? わかる?
ムネオ うん。
トゲっち やばいな。
ジバさん 髪型変わったからじゃなくて?
ムネオ いやオレの目はごまかせない。
トゲっち 誰。
ムネオ それに今の髪型のほうが似合ってると思うぞ。
ジバさん あ、それは思う。
トゲっち そりゃいつまでもあんなうぜー髪型できねえよ。
ムネオ 自分で言うなよ。
ジバさん ねえ。
トゲっち いやムネオに髪型のこと言われても、なあ。
ムネオ 何でよ。
ジバさん とりあえず荷物置いたら?
ムネオ あ、うん。
 
 ジバさんがムネオの荷物を預かろうとする。
 
ムネオ あ。
ジバさん どんぐらいよ実際。
 
 ジバさんはちょっと持とうとしてすぐ諦める。
 
ジバさん 何持ってきたの。
ムネオ 後でみんな集まったら言うよ。マスターは?
ジバさん たぶん上にいるよ。屋上片付けるの忘れてたみたい。
トゲっち 呼んでこようか。
ムネオ 大丈夫。
トゲっち 何か注文しなくてもいいか?
ムネオ いい、いい。どうせみんなだらだら集まるだろ。マスターに悪いよ。
トゲっち じゃいいけど。
ジバさん ムネオはみんな来てから飲みたい派だもんね。
ムネオ そう。正確には体にアルコール入れる前の精神統一の時間なんだけどさ。
ジバさん 前も思ったけど、どういうこと。
ムネオ いや、あるでしょそう言うの。
トゲっち わからん。
ムネオ ない?
トゲっち&ジバさん ない。
ムネオ まあいいや。ジバさんは変わらず店来てるの?
ジバさん うん。近いし。
ムネオ お客さんどう?
ジバさん ちょうどさっき減ってるって話してた。
トゲっち やっぱり? 店休日に貸し切りなんてしてる場合じゃないよな、悪いなあ。
ジバさん なんか気を使ってくれるんだよね。毎年恒例だったからって。
トゲっち 本当ありがとうございます。
 
 トゲっちはマスターが出ていった方に向かってお礼を言う。
 
トゲっち ジバさんもありがとね。いつもマスターと。
ジバさん よく喋ってるから。
トゲっち 俺も近くに住んでたらなあ。
ジバさん 住んでたじゃん。
 
 
トゲっち 前はここ来るお金なかったもん。
ムネオ ダウト。
トゲっち は。
ムネオ パチに使ってただろ。
トゲっち お前学生の頃だぜ。
ムネオ でも、お金は、あったの。
トゲっち 何よ。
ムネオ しかもパチンコは金入る時あるじゃん。でも来ないんだろ?
トゲっち ちょっとちょっと、何の追求よ急に。
ムネオ オレはまずパチンコやめとけってずっと言ってたじゃん。
トゲっち 一応パチスロな。
ムネオ 同じだろ。
トゲっち 違うのよ。
ジバさん 結局やめたしね。
ムネオ やめたの⁈
トゲっち やめれた。今の所。
ムネオ え、すげーな! それはすごいって。
トゲっち 自分でも意外。
ムネオ どうやって? 何したの?
ジバさん そんな気になる?
ムネオ 何か参考になるかなって。
ジバさん 何の。
ムネオ こう、やめられないけどやめたいことを、直すときにさ。
ジバさん んん?
 
 ジバさんは今ひとつムネオの意図が分からない様子。
 
トゲっち 相変わらず変な所しつこいなお前。まあ……ぶっちゃけ、結婚。
ムネオ あ。あー結婚……。
トゲっち 何その反応。
ムネオ あ、いや悪い悪い。おめでとう!
トゲっち ありがとね。
ムネオ ジバさん知ってたの?
ジバさん いえす。
ムネオ いやあトゲっち。結婚かあ。
トゲっち はい。どうやら。
ムネオ いやすごい。けど、どう? 今日やっと集まれたけど次の行けそう?
トゲっち それをどうしよっかなって。
ムネオ だよな。まあ上手いことやろう。去年はそれどころじゃなかったし。
ジバさん マスター寂しそうだった。
ムネオ だろ? それに比べたら全然いいよ。ミーティングできただけでも。
トゲっち 会長の復活イベだし。
ムネオ もう大丈夫そうって?
ジバさん 話してる感じではね。
ムネオ じゃ何とかしよう。ヒメ子とか仙人とか今日スゲー集まるじゃん。いい感じ。いけるいける。
ジバさん そうだね。
トゲっち ちなみにさ、2人は次に誰が結婚すると思う? ヒメ子以来結局全然じゃん。
ムネオ 俺はまだ予定ないよ。
ジバさん トゲっち聞きもしないよね。
トゲっち え。
ムネオ ええ! ジバさんも⁈
トゲっち うそ! ごめん。結婚するの?
ジバさん いいよキャラじゃないから。
トゲっち ごめんって! てかそれいつよ。
ジバさん 無い。
トゲっち ……?
ジバさん そんな話は無い!
ムネオ は。
ジバさん 嘘でーす。
ムネオ いやいやいや。
ジバさん 昔のノリよー。 
トゲっち それは知ってるけど。
ムネオ 結婚ネタは重いって。この年だと。
ジバさん やってて悲しくなってきた。
トゲっち やめとこ。
ジバさん そうします。
ムネオ 何かこの感じ懐かしいわ。
トゲっち 確かに。
ジバさん 部室でもこんなのやったね。
トゲっち あったあった。
ムネオ でさ、いつもちょっと落ち着いたくらいで来るんだよな。
 
 ナベが入ってくる。
 
ムネオ ほら。
ナベ すいません! 遅れました!
トゲっち はいはーい。
ムネオ 電車間違えたんだろ。
ナベ そうなんです。すいません、メッセ送ったんですけど。
ジバさん ごめん読んでなかった。
ナベ いえ、すいません。
ムネオ 早く出るってこと覚えれんの?
ナベ 「小手路」だし、すっと来れると思ったんです。
ムネオ いやお前引っ越したじゃん。
ナベ ああ!
トゲっち まあまあ。座ったら。
ナベ 刺(とげ)さん、お久しぶりです!
トゲっち 仕事どう? ちょっとマシになった?
ナベ それが転職したんですよ。
トゲっち あ、それで引っ越し。
ナベ そうです!
トゲっち おめでとう。
ナベ いえいえ、これからですから。
 
 ナベは席に座りながら荷物を置く。ムネオの荷物に注目する。
 
ナベ これはムネさん?
ムネオ うん。
ナベ またすごいですね。疲れません?
ジバさん ねえ。
ムネオ 鍛えるんだよ。
ナベ いやそれはわかるんですけど。これは肩壊しません?
ジバさん 思うよね。
ムネオ そんな華奢じゃないから。
ジバさん ヤワ?
トゲっち ヤワだな。
ムネオ うるさいな。トゲっちちゃんと来いよ。人手減ってんだから。
トゲっち わかってるよ。
ナベ でもトゲさんって、それとなくサボるの上手いっすよね。
トゲっち え⁈ そう?
ナベ そうでしょ。
トゲっち そんなことは……。
ジバさん まあでも実際重いのはいつもありがとね。
ナベ ムネさんは逆にもっと楽したらいいんすよね。
ムネオ いらねーよ。
ナベ てか人手って仕事みたい。
ムネオ お前もだから、若手。
ジバさん はいはい。とりあえず。ナベもカバン貸しなよ。
ナベ あ。ジバさんもお久しぶりです。
ジバさん 久しぶり。
ナベ みなさんもう注文されました? ってかマスターは?
ムネオ 今は上にいるよ。まあちょっと待てって。
ナベ いいんですか?
ジバさん ナベがいいなら大丈夫。トゲっちも?
トゲっち うん。
ナベ いやなんかそれもそれで申し訳ないですけど……。
トゲっち いいよいいよ。ナベはどんなの持ってきた? どこ行きたい?
ナベ 始めちゃいます? でもまだみんな揃ってないですよね。
 
 ナベは辺りや荷物を見回す。
 
ジバさん 後3人。
ムネオ 始めよう。進めないと終わらんぜ。
トゲっち おっけー。じゃあ、ナベからどうぞ。
 
 トゲっちはナベに促す。
 
ナベ はい! 北海道行きましょ! 二風谷(にぶたに)!
ジバさん ニブタニ?
ナベ あってます。ニブタニです。
ジバさん どの辺?
ムネオ 日高(ひだか)……わかる?
ジバさん ううん。
ムネオ 札幌から2時間くらい。
トゲっち へー。
ジバさん 詳しいよねえ。
ムネオ いやいや。
ジバさん 北海道、たまにはアリじゃない?
ムネオ うん、面白いんじゃない。オレも行ったことない。
ナベ おお!
ムネオ 運搬どうするかだよな。ここから北海道までが長いし。
トゲっち 運搬……車出す?
ムネオ 計5泊くらいか。途中途中寄りながら行く感じで。
トゲっち 5泊は俺まず無理だな。現地集合で数日ならともかく。
ジバさん ヒメ子もそうなるよね。
ナベ 設備ちゃんとありますよ。なんで飛行機プラスレンタで行けます。それなら2泊とかでいいでしょ。
ムネオ お前飛行機って。
ナベ なんか変ですか?
ムネオ 何のためにオレらテントも車も持ってんのよ。
ナベ いや車移動はハードル高すぎですよ。
ムネオ がんばれば途中一泊……!
ナベ がんばればって……それほとんど移動ってことじゃないですか。それはもうドライブですよ。
ムネオ いやけどこういう時に走らせなきゃ。
ナベ あのガスくい虫?
ムネオ お前そんな風に思ってたの!
 
 ジバさんはこっそり笑っている。
 
ムネオ ジバさん!
ナベ 人も少ないし、アラサーにはきついですよ。
ムネオ そんなんじゃどこも行けねえよ。
トゲっち まあまだ決まってないから。
ナベ じゃムネさんだけ運転してきてくださいよ。
ムネオ は。
ナベ 北海道まで。
ムネオ そん時はお前も一緒だから。
ナベ 何でですか。
ムネオ 当たり前だろ。人手。
ナベ あ、また人手って。
ジバさん わかったから。先に話させて。
ムネオ ごめん。
ナベ すいません。
トゲっち けど、それだと正直ジバさんのもきつい?
ジバさん そうだね、ハードルがちょっと下がったくらい?
ムネオ ジバさんはどこ?
ジバさん 笠置って京都の南の方。
ムネオ ああ。北海道よりは楽だけど……。
ジバさん 笠置は電車で行けなくもないっちゃない。
トゲっち ないっちゃない、なのね。
ジバさん うん、だって結局荷物の量問題でしょ。
ムネオ 関東越えるとルート次第ってなるな。
ナベ アイヌ村が。
ムネオ お前そっち目的?
ナベ いいじゃないですか。北海道なんですよ?
ジバさん たまにはそういうとこもアリかな。
ナベ ジバさん!
ムネオ ジバさん甘やかさない!
ジバさん 甘やかしてはないでしょ。
ムネオ こいつすぐ調子乗るんだから。
ナベ ムネさん。
ムネオ 何?
ナベ 前から思ってたんですけど、先輩ポジションもうやめときません?
ムネオ は。
ナベ 他の人はみんなそんなんじゃないんで。
ムネオ いやお前が後輩なのは事実じゃん。
ナベ そうなんですけど。
ムネオ え。むしろ今そこひっくり返すの?
ジバさん ちょっと。
ムネオ 何だよ。
ジバさん ヒメ子が迷ってるみたい。行ってくる。
 
 ジバさんは3人に目もくれずに部屋を出ていく。
 
ムネオ 迷うって、そんなわけねーじゃん。地元だろ。
トゲっち ありえるよ、あいつは。
ムネオ よくキャンプしようってなるな。
ナベ 僕もでも迷うほうなんでわかります。
トゲっち 町の方が迷うっぽいよ。
ナベ あ、そうなんですよ!
ムネオ どうして?
ナベ なんでしょうね……道が多すぎるんすよ。間違いが多すぎるっていうか。
ムネオ 目的地から辿ればいいじゃん。
ナベ あ。
トゲっち いやいや。そう言いつつまた迷うよ。
ナベ 何でですか!
トゲっち 癖は直らないもん。
ナベ 癖、癖ですか?
トゲっち うん。
ナベ ええー。
ムネオ ところでトゲっちさ、結婚するんだよな。
ナベ ええ!
ムネオ うるさいな!
ナベ すみません。おめでとうございます!
トゲっち ありがとう。で、どしたの?
ムネオ 何でヒメ子と別れたの?
トゲっち あー、簡単に言えば合わなかったってことになるけど。
ムネオ それじゃ答えにならないって。
ナベ やっぱアレですか? 致すときの。
トゲっち&ムネオ ……。
ムネオ お前ね。
ナベ いや冗談すよ。ジバさんいない内にちょろっとぐらい……。
 
 ムネオはトゲっちに向かって言う。
 
ムネオ な。調子乗るだろ。
トゲっち 今のはナベが悪いよ。
ナベ ええ!
トゲっち それ転職先でやってないよな。
ナベ やらないっすよ! そんなゆるくないですよ。
トゲっち&ムネオ ……。
ナベ いや今の違いますからね! 今のはお二人の脳内の問題です!
ムネオ だとしてもだろ。
トゲっち まあわかるよ。たまにはこれくらいいいだろ、みたいな。
ナベ それです。
ムネオ せめて乾杯までは待てよ。
ナベ でもこの話後で聞けないじゃないですか。
トゲっち ヒメ子のこと?
ナベ はい。
トゲっち そうね、一緒に住んだらなんかダメだったんだよね。
ムネオ 生活的な?
トゲっち そう。まあ、それこそトイレとかさ、共有してくじゃん。
 
 トゲっちはナベの方に向けて話す。
 ムネオはトゲっちを見る。
 
ナベ 何で僕見るんですか。
ムネオ いや見るよ。
 
 トゲっちはさらに話を続ける。
 
トゲっち 色々分かるよね。どういう風に生きてきたとか。
ムネオ 一緒に住むとそうだよなあ。そういうの自信ないんだよなあ。
トゲっち ムネオは大丈夫だと思うよ。
ムネオ 何で?
トゲっち たぶん、最初さえ超えればって思う。
ナベ 細かそうですよ、この人。
ムネオ お前が言うな。
ナベ でも分かってるんですね……黙ります。
 
 ムネオに威嚇されてナベはおとなしくする。
 
トゲっち まあ生活と性格とあるな。
ムネオ 奥さんとはその辺が楽な感じ?
トゲっち そんなこともないな。
ムネオ え。
ナベ いいんですか?
ムネオ なあ。
 
 ムネオはナベに共感している。
 
トゲっち 逆にこんなもんかって、ちょっとなれと言うかさ。あ、本人には言わないよ。ナベこういうのがNGだからな。
ナベ はい。
ムネオ 素直じゃん。
ナベ いやまあ、ここはそれこそ先輩の意見ですから。
ムネオ 俺もな。
ナベ ムネさんのはまた別です。
ムネオ 何がだよ。
トゲっち まあまあ。ナベももしかして結婚とかありそうなの?
ナベ 結婚はちょっとまだ分からないです。けど……はい。彼女とのこと考えます。年が年なんで自分も相手も。
ムネオ 俺らもどうなるのかな。
 
 雨が降り出す。店内にも音が聞こえ始める。
 ムネオは店の外を見る。
 
ムネオ 降ってきてんな。
ナベ あー、マジすか。
トゲっち マスター戻ってこないな。
ナベ どこ行ったんです?
ムネオ 屋上。
 
 ムネオは言って立ち上がる。
 
ナベ そうだったんですか。
ムネオ 行ったほうがいいな。
ナベ ですね。
トゲっち おっけー。
 
 そう言って3人はマスターの出ていった方に向かう。
 
ムネオ 誰かグループにメッセしといて。
ナベ あ、やってます。
 
 ナベはスマホを打ちながら歩いていく。
 部屋は一瞬無人になる。
 少ししてジバさんとヒメ子が入ってくる。
 
ヒメ子 穂希(ほまれ)いてよかったー。
ジバさん 急に強くなったね。
ヒメ子 舐めてた。もつと思ってた。
ジバさん うん。
 
 ジバさんは3人の姿が見えず一瞬戸惑う。
 
ヒメ子 みんな屋上行ってるって。
 
 ヒメ子はスマホを取り出しながら上着を脱いでいる。
 
ジバさん 屋上? あ、今日は干してたな。
ヒメ子 あれ? あのお茶用の草?
ジバさん 草って。
ヒメ子 草じゃん。
ジバさん いやそうだけど。ヒメ子だなあ。
ヒメ子 語彙力無いから。てか、あれしらない? あれ、服かけるやつ。
ジバさん あれあれっておじさんじゃん。
ヒメ子 いやもうおじさん実際。どんどんおじさんになってる。
ジバさん 辛い。
ヒメ子 穂希もすぐこうなるから。
ジバさん おばさんじゃなくて?
ヒメ子 あー……どっちかな。おばさんっぽさは前からあるしな。
ジバさん サラッと酷くない。
ヒメ子 いやいやよく知ってるでしょ。
ジバさん うん知ってる。
ヒメ子 てかどこ?
 
 ヒメ子は上着を持ちながらさまよっている。
 
ジバさん あ、貸して。それ今、壁にかけれるようになってる。
 
 ジバさんはヒメ子の上着をウォールハンガーにひっかける。
 
ヒメ子 うわ。ちょっと進化してる!
ジバさん でしょ。
ヒメ子 気づくか気づかないかぐらいのプチ改造。
ジバさん 他にもあるよ。
ヒメ子 ……植物?
ジバさん あってるけど、それは趣味だね、ただの。
ヒメ子 えー何?
ジバさん ヒント、壁。
ヒメ子 それも壁? ええ?
 
 ヒメ子は辺りの壁それぞれに目をやるが、めぼしいものは見つからない。
 
ヒメ子 全然わからん。メニュー?
ジバさん ノー。
ヒメ子 ギブ。
ジバさん 壁紙です。
ヒメ子 え? ああー……ああ?
 
 ヒメ子は壁紙に顔を近づけて目を凝らす。
 
ヒメ子 いやこれはわかんないって。ほとんど変わってないでしょ。本当に変わってる?
ジバさん 変わってるよ。
ヒメ子 やるならもっと大胆にやりゃいのに。
ジバさん 同じこと言いました。
ヒメ子 全員言うと思う。てかマスター手伝わなくていい? 全然戻ってこないし。
ジバさん いいんじゃない。3人もいれば。
ヒメ子 だね!
ジバさん 即決じゃん。手伝う気あった?
ヒメ子 あるよ!
ジバさん まあ確認大事。
ヒメ子 そう、確認はマジで大事。
ジバさん たぶんいつものハーブ以外もたくさん干してるから今日、まな板とか。
ヒメ子 まな板。
ジバさん 後タオルとかね。
ヒメ子 まあ雨ばっかりだったもんね。
ジバさん 久しぶりに一瞬晴れたし。
ヒメ子 まあ最初からあの3人いても疲れるし、ゆーーーっくり戻ってきてほしい。時間かけて。
ジバさん 実際うるさいし出てきた感ある。
ヒメ子 いやそれな。
 
 ジバさんは急に笑いを堪えて顔に手を当てる。
 
ヒメ子 え、こわ。
ジバさん いや、そりゃそうだよなって。
ヒメ子 何?
ジバさん 久しぶりに皆いるなって思ってさ。そりゃあの3人ならトゲっちだわ。
ヒメ子 当て点け?
ジバさん 違うよ。逆に学生の時はどうだったの? あの時も消去法?
ヒメ子 消去法って言うな。
ジバさん ごめんごめん。
ヒメ子 そりゃ最初はまあ……なんか他よりやっぱ綺麗だったし。
ジバさん わかる。十代とかがんばってもおぼこいよね。けどトゲっちはちゃんと落ち着いてたもん、見た目が。
ヒメ子 うん、整ってた。
ジバさん さっきの話聞いてたら余計別れなくても良かったんじゃって思う。
 
 ヒメ子は自分の口の前に指で×を作る。それから奥側のドアの方を見る
 
ジバさん ごめん……。
ヒメ子 いやこっちはもうどうでもいいけど。一応今日いるし。
ジバさん 今度聞く。
ヒメ子 そうして。
ジバさん トゲっちさ、結婚するんだって。
ヒメ子 へえ。よかったじゃん。やっと落ち着いたね。
ジバさん 相手には苦労しなさそうだけどね。
ヒメ子 ……穂希さ。いや、ちょい待ち。
ジバさん 何?
 
 店の奥側からナベ、ムネオが出てくる。
 
ナベ ちょっとボヤ事件のこと思い出してました。
ムネオ 俺も。
 
  2人が入ってくるのを見て小声で話すジバさんとヒメ子。 
 
ジバさん 勘えぐ。
ヒメ子 こういうのあたしマジですごいから。
ジバさん うんうん。
 
 入ってくる2人を黙って見るジバさんとヒメ子。
 
ナベ あの時も最初「大丈夫大丈夫」って、全然大丈夫じゃないんですよ。
ムネオ マジそれな。
 
 トゲっちも現れる。
 
トゲっち 頑固、ではないんだけどなあ。
ナベ ちょっと過大評価してるんすよね。
 
 少し遅れてマスター出てくる。
 
マスター ごめんね、何とかなるかと思ったんだけど。
ムネオ 前も同じようなこと言ってましたよ。ダメですって過信は。
トゲっち そうっすよ。
マスター 気をつけます。ちょっとあったかいの出そうか……お! いらっしゃい。
ヒメ子 ご無沙汰です。
ナベ おー‼ ヒメ子さん! おつかれさまです! ご無沙汰してます。
トゲっち おつかれー。 ジバさんありがと。
ジバさん いいえー。
ムネオ 久しぶり。
ヒメ子 みんな久しぶりー。
ナベ さおりちゃん元気ですか?
ヒメ子 元気すぎ。朝から晩までずっと何か喋ってる。
ナベ 可愛いですねー!
 
 マスターは皆を横目にキッチン側で作業をしている。
 
トゲっち 今日料理するんですか?
ナベ え! 復活⁈
マスター まさか。
 
 マスターはインスタント料理のパッケージを見せる。
 
ナベ 残念。
ムネオ 贅沢言うな。
ナベ はい。
マスター さおりちゃんも2歳だね。
ヒメ子 はい。来月で。もうあと2週間。
マスター 一番かわいい頃だね。けどイヤイヤ多くて大変でしょ?
ヒメ子 大変です! マジで大変! イヤイヤっていうか、世界に好きか嫌いしかない感じなんですよね。
ジバさん ああー。
マスター なるほどね。
ヒメ子 そこにルール教えていく感じっていうか。
ナベ お母さんですね。
ヒメ子 代わってみる?
ナベ 僕ですか? そこは旦那さんの、ね! 荷が重いですよ、僕なんかじゃ。
ムネオ やったらいいんじゃね。色々鍛えられるって。
ナベ いちいち口出さなくていいですから。
ジバさん ムネオこそやってみた方がいいと思うよ。
ムネオ 俺? 俺はいつでもやる気満々だよ。
ジバさん やる気でなんとかなるもんなの?
ヒメ子 全然。あれやればこれが解決する、じゃないから。
ジバさん だってさ。
ムネオ 大丈夫。俺ならできると信じてる。
トゲっち けどあれだね、参加できるようなキャンプ考えなきゃだね。
ヒメ子 まあ、あたしは行けたら行くでいいよ。正直当日になってみなきゃわかんないし。
トゲっち いやいやせっかく今日来てくれたんだし。
ヒメ子 ありがと。けど急に熱出したりとかあるから。
ジバさん そっかー。
ナベ ムネさんのとか絶対無理でしょ。どこ持ってきたんですか?
ムネオ 最初から決めんなよ。
ナベ じゃどこなんですか?
ムネオ 勝浦。
ナベ 近! てか海じゃないですか。何で?
ムネオ たまにはいいだろ。
ナベ いやいやおかしいでしょ。さっきまでの話し合い覚えてます? ねえ刺さん。
トゲっち お前急に日和ったな。
ムネオ そんなことないよ。それに最初から誰か参加できない前提はおかしいだろ。
ナベ いやそれはそうですけど、ヒメ子さんは来れるか来れないかわからないんですよ。
ヒメ子 うん、あたしはどっちでもいいよ。
ムネオ だと言って可能性ゼロにするのは違うじゃん。
 
 マスターがピーナッツなどが入った皿を持ってくる。
 
マスター はいはい。頭使うんならナッツがいいよ。
トゲっち ありがとうございます。
ジバさん つまみだけ……。
ナベ 逆ですよね、順番
マスター 出すよ出すよ。
ムネオ おめーも手伝って来いよ。
ナベ いや話し合う空気だから座ってるんですよ。
マスター ごめんごめん、お待たせしました。ね、せっかく集まったんだし。
 
 マスターはオーダーメモとペンを手にする。
 
マスター ミーティングも大事だけどさ。男3人とジバさんもビール?
ジバさん あ、はい。
マスター ヒメちゃんはアルコールはまだ?
ヒメ子 一応、ちょっとはいいらしいんですけど、抑えときます。何あるかわかんないし。
マスター 偉いね。 とりあえずお茶作るね。店で一番体に優しいの出すから。
ヒメ子 ハーブティーですね。
マスター そう、ハーブティーなんだよ本当は。みんながお茶お茶言うけどさ、メニューにもちゃんと書いてるんだよ。
ジバさん さっき草って。
ヒメ子 え、良く聞こえない。
ナベ けどヒメ子さん変わらずオシャレじゃないですか。
トゲっち ナベ、それ。
ムネオ 思っとけ。お前は。
ナベ ええー。もうわかんないっすよ。
ヒメ子 いいよ。言ってくれるの嬉しいよ。何気に頑張ってるから。
ナベ 本当ですか?
ヒメ子 うん。ナベだったらまあ許せる。お前らは思っとけってなる。
 
 ヒメ子はムネオとトゲっちを見て言う。
 ナベも2人を見て得意げな表情をする。
 
ムネオ そうしてたじゃん。てかお前そのどや顔やめろよ。
トゲっち まあまあ。この煽ってくる感じ懐かしいわ。
ムネオ いらねー。
ヒメ子 2人もそのまま2人って感じ。
ムネオ そうか?
ヒメ子 うん。見た目はやっぱ老けたけどね。
ムネオ だよなあ。30入ったら白髪が超増えてさ。
 
 
 マスターが飲み物をテーブルに持ってくる。
 
マスター はいまずビールね。
 
 トゲっち、ムネオ、ナベ、ジバさん各々に受け取る。
 
マスター お待たせしましたハーブティーです。今日のはレモンバームです。
ヒメ子 ありがとうございます。
 
 マスターがヒメ子の席にティーセットを置く。
 
ムネオ 会長まだだけど、とりあえず始めますか。
ジバさん そうしようか。
ムネオ 乾杯は?
ジバさん トゲっちお願い。
トゲっち 了解しました。
ナベ こういう時の副会長!
ムネオ 名ばかり!
トゲっち うるさいよ。何こういう時だけ手を組んでんだよ。
ジバさん はいはい、泡消えちゃうから。
トゲっち じゃあまだみんな揃いきってないけど、まずは2年ぶりに集まれたってことで乾杯!
全員 乾杯!
 
 各々、自分たちの飲み物を口にする。
 
ムネオ あー……アルコールが染みる。
ナベ 絶対変ですよね? ムネさんの。
ムネオ 変じゃないよ。
ナベ アルコールが染みるって何かの試験紙ですか。
ジバさん リトマス紙的な。
ナベ そうそう。
ヒメ子 青から赤に変わる。
トゲっち 酔っぱらって。
ムネオ やめろ! 集中攻撃は。
トゲっち まあでも実際ムネオが一番健康的なんじゃね? 俺も気にするけど、気にするで終わっちゃうんだよな。
ジバさん ちゃんと行動するところが偉いよね。
ムネオ あ、ありがとう。何でニヤニヤしてるんだよ。
 
 ムネオはヒメ子にツッコミを入れる。
 
ヒメ子 わかりやすい。
ムネオ いいじゃん。
ジバさん まあ実際そんな気にするほどじゃないよ、白髪。
ムネオ 本当? ちょっと安心する。けどさ、自分でも昔と変われてない所多くて。大丈夫かって、やっぱ思うわけよ。
トゲっち ん? どういうこと?
ヒメ子 内面の話?
ムネオ そう。
ヒメ子 自覚あるんだ。
ムネオ 手厳しいなあ。
ナベ ヒメ子さんもっと言ってやってください。
ヒメ子 もちろんナベも。
ナベ ……はい。
ジバさん 大丈夫でしょ。それこそマルチにハマって声かけれないくらいになるよりさ。
ムネオ タケと比べんなよ。
 
 マスターがカップを人数分運んでくる。
 
マスター はいお待ち。スープです。
トゲっち ありがとうございます。
マスター ごめんね、今はこれぐらいしか出せるの無いよ。
ヒメ子 これはもう美味しいですね。
ナベ あー、いい香り。
マスター これはバジルを結構使ってるかな。
ムネオ じゃこのスープもさっき言ってた畑からってことですか?
マスター 一部はね。いつかは全部自給したいけど。
ムネオ マスターが畑もやるんですか?
マスター いやいや全部は厳しいよ。人も見つけなきゃ。
トゲっち ジバさんやったら。
ナベ ね! マスターがやる気になって料理復活するかも。
トゲっち いいじゃん、その流れ。
ジバさん アリかも。
ムネオ マジで?
マスター 畑もいいよ。キャンプとはまた違って。
ジバさん 会長も呼んでいいですか?
マスター もちろん。あ、お代わりいる?
ナベ はっや。ムネさん大丈夫すか?
ムネオ 今日はいいかな。
ナベ リトマス紙ですよ。
ジバさん すみません私も。
 
 マスターが2人分のジョッキを持っていく。
 
ナベ 刺さん落ち着いてますね。
トゲっち そうか?
ムネオ 酒部はここ3人だったなあ。
ジバさん 会長も割と飲んでたけど。
ムネオ 会長は酔っても全然変わらんから。
ナベ 怖いっすよね逆に。
ヒメ子 わかる。ずっとなんか火見てチビチビ飲んでんの。
ナベ 山に放っちゃダメな感じ。
ムネオ お前ほんとに。
ナベ 大丈夫っすよ、網目先輩がじっと監視してましたもん。
ジバさん 山の仙人がね。
ナベ 降りてきた山仙人が。
 
 マスターがジバさんとムネオにジョッキを渡す。
 
マスター はいどうぞ。
ナベ あ、タイミング悪くてすんません。僕もお代わり。
マスター はいよ。
トゲっち まあ学生でしか許されんノリあったな。
ヒメ子 許されるってか通じないでしょ。
トゲっち そっちか。
ムネオ バカだったなマジで。
ヒメ子 穂希が踊りだしたら来たなって感じ。
ナベ この人はもちろんリトマス。
 
 ナベがムネオを指す。指してすぐにガードの姿勢。
 ムネオは相手にしない。
 
ナベ あれ?
ムネオ 何でも相手すると思うな。
 
 マスターがナベにジョッキを渡す。
 
マスター はいお待ちどう。
ナベ ありがとうございます!
ヒメ子 あたしは顔の色より、ガサガサが面白かったけどね。
ジバさん ガサガサ?
トゲっち 熊。
ジバさん ああ。
ムネオ お前ら熊なめんなって。
ナベ 全然熊じゃなかったでしょ。
ジバさん じゃないってか結局何かわからなかったよね?
トゲっち そうそう。
ヒメ子 その後のムネオがさ。
ムネオ 本当にビビったのよ。
ナベ 「ひゃい」って言ってましたもんね。
ムネオ やめろ。
ジバさん まあ、あの笛だっけ? で実際警備してるんでしょ。
トゲっち かいくぐってきたわけか、あのガサガサは。
ムネオ ヒグマはシャレにならん。
ナベ ああ。そうかあれちょうど北海道でしたね。
マスター 昔ね。
ナベ うわビックリした。
 
 マスターが話に入ってくる。
 ムネオとジバさんはナベを見る。
 
マスター ごめんごめん。いや昔ね、北海道で大学の登山部の子たちが熊に襲われる事件あったんだよ。
ヒメ子 マジですか?
ムネオ まああれはワンゲル部だからもっと山の中だけど。
マスター そうだね。
ヒメ子 え、どうなったの?
マスター 3人。亡くなってる。
ヒメ子 ええー……。
マスター もう50年くらい前だからね。
トゲっち いや俺もあの時内心ビビってた。
ナベ 結局あの晩はお開きにしましたもんね。
トゲっち うん。
ジバさん 会長と仙人だけが最後まで冷静だったけど。
トゲっち 会長は冷静ってかただのんびりしてた気がするけどな。
ヒメ子 確かに。
ムネオ 会長は元気なの?
トゲっち 完全に元気ってのはないけど、来れるかもって。だから今日。
ムネオ わかった。
ヒメ子 来れそうなの?
ジバさん うん……って言いたいけど、ちょっと微妙かな。遅れるって連絡ない。
ムネオ まあアイツはいつも連絡なく遅刻してたけどな。
ヒメ子 気にしてんの?
ムネオ いやさっきタケの名前が出たからさ。
ヒメ子 ああ。
ムネオ あいつも卒業して会わなくなってからああなったじゃん。
ナベ タケさん、ありましたね。生きてるんですかね?
ジバさん さあ連絡手段ないし。
ナベ 怖かったっすよ。僕後輩だからか一時期超誘われましたもん。
ムネオ お前隙ありそうだし。
ナベ ちょっと否定できないっす。還元水って知ってます?
トゲっち いや。
ムネオ まあでも大体想像つくわ。
ヒメ子 水素水って流行ってたじゃん。あれ?
ナベ そんな感じです。
ヒメ子 あーね。
ナベ 一回あれでお金取られかけたことあって。
トゲっち マジ?
ナベ はい。やっぱ人に言われるまで気づかないんですよね。
ジバさん だよね。
ナベ ジバさんもそう言うのあるんですか?
ジバさん いや、無いけど。騙される自信はある。
ムネオ 何だそれ。
ナベ 人ごとじゃないっすよ。ムネさんもこっち側ですよね。
ジバさん うん。
ナベ 騙すより騙される側。
ムネオ マジ? え、他の皆はどう?
ナベ そうですね……。ヒメ子さんはたぶん大丈夫です。
ヒメ子 おー。やった。
ナベ あと意外と会長もそういうのは大丈夫なんですよ。
ムネオ あんなのんびりした感じで?
ナベ けっこうこういう時は女性の方がしっかりしますよね。
トゲっち 経験者は語る。
ジバさん そうでもない気もするけどね。
ナベ やっぱりね、騙すより騙される方が悪いっていうか。
 
 ナベはテレビの再現VTRのモノマネをする。
 
ムネオ いらないからそういうの。
ナベ すみません、ちょっとやってみたくなって。後ね、トゲさんはちょっとわからないっすね。
トゲっち 俺?
ナベ 騙されもしそうだけど、それ以上に騙す側にもなってそう。
トゲっち お前何気に酷いな。
ヒメ子 わかる。マジでそれあり得る。
トゲっち おい。
ナベ さすが元カノ。
トゲっち ずるいよいきなりそこ出してくるの。
ヒメ子 いいじゃんもう時効でしょ。
ムネオ だな、めでたく2人とも既婚者ってわけで。
マスター あれ。とげ君結婚するの?
トゲっち はい。
マスター おー! おめでとう! 式はいつ?
トゲっち やっぱ6月にって。
マスター いいねえ、あこがれるね。
ジバさん それ本心で言ってます?
マスター 当たり前だよ。私もまだまだ現役バリバリだよ。お相手募集中なんで。
トゲっち これでも経営者、ですしね。
マスター びいちおうね。
ムネオ マスターまたお代わりすみません。
マスター はいよ。
ナベ あ、じゃあ僕も。
ジバさん 私も。
トゲっち 俺もお願いします。
マスター はーい。
 
 マスターは4人のジョッキを持っていく。


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