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愚痴の日めくりカレンダーと幻の卒業制作展


卒業制作の話をする。


私は2020年の3月まで美大生だった。美大では卒業論文の代わりに卒業制作を作る。そして卒業制作展でその作品、4年間の集大成を多くの人に見てもらう…はずだった。


不平不満でいっぱいの卒業制作


私の学科では4年の9月から卒業制作期間が与えられていた。3年のときの作品をブラッシュアップして卒業制作にする人もいるが、私は夏休みが終わってもなかなかテーマが決まらずにいた。


しかし突然作りたいものが明確になった。

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366個の愚痴をレタリング(文字をデザインすること)し、日めくりカレンダーを作ることにした。


経緯はこうだ。10月のある日、積もりに積もった知人へのイライラが爆発した。家に帰って友人に電話し、Twitterの鍵垢に愚痴を書き込んでも苛立ちは治らない。むかつく。腹が立つ。いま世界で一番不幸なのは絶対私だ。歯ぎしりしていると、ふと本棚のノートに目が留まった。小学生の頃から白抜き文字を書くのが好きだった私は、夢中で知人の悪口をレタリングしはじめた。


約1時間、ひとしきり書き殴ったあと冷静になり、ノートを見下ろした。

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「…アレ?これ卒制にできるんじゃね?」



ストレスを作品に


授業の日、私は「趣味悪いですかねぇ」と笑いながら、担当教授に件のノートを見せてアイデアを話した。しかし意外にも教授もゼミ仲間もノリノリ。最初はレタリングした悪口をステッカーにするという考えだったが、教授と友人の意見を取り入れ、日めくりカレンダーを作ることにした。


くる日もくる日も愚痴が書かれた、日めくりカレンダーである。

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日めくりカレンダーというと、喝を入れる格言や前向きになれる詩が書かれていることが多い。ところが私のは、それらの真逆の表現だ。


テーマが決まれば、あとはひたすら手を動かすのみ。スケジュールを立て、とにかく悪口をレタリングしていった。アイデアの元になった知人だけでなく、たくさんの人をことを考えながら愚痴を手描きした。学校の先生、家族、たまにデリカシーのない友人、一悶着あった異性、害はないけどなぜか癪に触る人…自分でも驚くほど淀みなく悪口が出てくる。(もちろんその人たちのことが心底憎いわけではない。)およそ2ヶ月かかって、フィクション・ノンフィクションないまぜの366個に及ぶ愚痴の束ができあがった。


手書きした愚痴をスキャンしPCに取り込み、かなり地道なレタッチやレイアウト検証などを経て、1月半ばに卒業制作として提出した。

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青春の不完全燃焼


無事に作品を提出後、3月に八王子の大学内と恵比寿で卒業制作展を行う予定だった。毎年恵比寿ガーデンプレイスで開催する卒展は、学生主体で企画運営しており、私は企業の方に協賛をお願いする営業班だった。


運営委員会は6月から始まったので、自分の卒業制作を作る時間より営業の仕事をしていたかもしれない。委員会の仕事は大変だったけれど、学びが多く、友人も増えて、まさに最後の青春イベントだった。…そこに新型コロナの流行である。


展覧会直前の2月、いよいよ雲行きが怪しくなってきた。首相がイベントの自粛を促すよう呼びかけたからだ。


私たちの展覧会も2日間で数千人の来場者を数える。決して自粛呼びかけを無視できる規模ではなかった。他校の卒展も次々に中止になり、運営委員会のLINEグループで、何度も何度も話し合った。


そして開催の1週間前に、卒展の中止が決まった。

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ヘルシーに怒ること


正直にいうと、卒業制作展が中止になった心の傷は全く癒えていない。というか一生引きずると思う。もちろん辛いのは私だけじゃないし、世界中の人が何らかの悔しさを抱えているだろう。どこに怒りをぶつけたらいいかわからないから余計にしんどい。絶対的な黒幕でもいればある意味楽だが、そう単純な問題ではないのだ。


コロナに限った話ではない。生きていれば、苦手な人とも付き合わなければならないし、理不尽な災難を被ることもある。一方で振り返れば、相手が100%悪いなんてことはほとんど無い。結局みんな自分勝手なのだ。文句を言ってばかりの自分に嫌気がさすこともあるが、変わらない自分の性根を悩んでも仕方ない。


開き直って、たまった毒を吐き出す。ネガティブな感情をいかにポジティブに昇華するか、これが私の卒業制作のテーマだった。


トゲのついた言葉でも、踊るような文字で描けばクスッと笑える皮肉になる。最後の授業で教授から言われた一言がとても嬉しかった。


「これだけ愚痴が並んでも、なぜか嫌な気持ちにならないね。」

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卒業制作展では、鑑賞者が日めくりカレンダーを思い切りめくれるように展示するつもりだった。


毎朝勢いよくカレンダーをめくり、昨日あった嫌なことを忘れてスッキリと1日を始めよう。


誰もが聖人のようには生きられないから、せめてストレスを溜め込まずにいてほしい。


鋭い言葉とは裏腹に、そんな思いを込めた。


まだまだコロナの影響は続いている。諦めず前向きになろうなんて綺麗事だ。辛いときはマイペースに、ちょっとずつ順応していけばいい。我慢せずに誰かに愚痴って、少しでもマシな気分でいたい。

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