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記憶を繋げる胡蝶の翅 ~サノマ2-23~

サノマ2-23胡蝶(以下「2」)を書くのが一番最後になってしまったのには理由がある。手元に現品がないのでムエットでの判断になるが、何度嗅いでみてもcollectionのうち最も説明が難しいのだ。

渡辺氏がイメージしたように、確かに2は湿った森、針葉樹と泉のある森といった印象である。そして、私は何故かこの香りに一瞬、甘さのようなものを感じることがある。
次は2を購入すると決めている。肌の上でどのように香るか楽しみである。

2は他の3つの香水と創作過程が異なっている。2を除く他の香りは渡辺氏の「感動」から出発し、その後は完全にテクニカルな工程を経て完成している。つまり始めにインスピレーションソースがあり、第一回目の試作品以降は純粋に香りの世界のみに集中して作られている。
一方、2は1-24の試作品から出てきた香りであり、香りのイメージは試作から後追いで想起されたものである。

香水はシントラの森を思い出させ、シントラの森は幼少期のアゲハチョウを思い出させる、という二重構造の思い出を、香りにしようと思った。
Yuta Watanabe note「2-23という香り」

私たち香水Loverは、店頭に並べられた香水を嗅ぎ、販売員に説明を受け、創り手の意図を感じ取ろうとする。もしくは予めストーリーを頭に仕込んだ状態で店頭に嗅ぎに行く。
このnoteでも何度か書いているが、そうしたフィルターは私たちの感度を鈍らせてしまっているのではと思うことがある。

そういう私も、この香りに関してどう書いていこうか考えあぐね、渡辺氏が思い出したというポルトガル、シントラの森をgoogleストリートビューで尋ねてみることにした。

シントラという街はリスボンの西側に隣接する森の多い地域である。
最西端ロカ岬に向かっていく高台の道は細く、木の色や土の色が暗くてどことなく日本の風景を思い起こさせる。薄暗い感じがするのは針葉樹の濃い緑かもしれない。電柱が非常に多いのもよく似ている。ところどころ見えるポルトガルの住宅は伝統的な日本家屋とは違うものの、日本の飲食店だと言われたら納得してしまうかもしれない。草むらや砂利が敷かれた車除けスペースもこんな景色見たような気がするなと思った。
西へ繋がる道には二車線の道路と平行して、柵のない線路が続いている。それだけが日本的ではないなと感じられる。

マウスをクリックしてズンズンと進むと、ふと、私はあることを思い出した。

小学校1年から3年の夏休み前まで、私は親元を離れてある施設に入っていた。
中庭は草むらになっていて、タンポポの暖かな匂いや、甘い草の香りがモワっとした湿り気と共に立ち上り、チョウがヒラヒラと待っていた。
その中庭の端まで行くと薄暗い雑木林があった。敷地を区切るフェンスがあったかどうかは覚えていないが、明らかにそこから先には行ってはいけない雰囲気があった。故に冒険心をくすぐるものでもあった。
独りでその雑木林に入っていき、見上げては脚を広げるクモに慄き、転んでは這いつくばる虫に怯えながら、湿った土や木の香りを嗅いだことを思い出した。

他者が創った香りと他者の記憶から、こんなふうに自分の記憶が呼び覚まされるなど思ってもみなかった。
私たちは出来上がった香りから、創り手がイメージした世界観を再現する必要はない。ただ、そこに香りがあり、自分の嗅覚で確かめ、自分で自由にストーリーを組み立てればいいのだ。

「香り」という形のないものから、ひとつの記憶が呼び起こされ、そこからまた別の記憶が呼び起こされる。いつもはバラバラに保存されている記憶が、何者かによって繋ぎ合わされる。
この香りに感じる一瞬の甘さは、もしかすると過去と現在を行き来して、記憶と記憶を繋ぎ合わせて舞う胡蝶の翅の匂いかもしれない。

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