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【ショートショート】ひだまりの距離

図書館の窓際の席は、日差しが暖かく心地よかったけれど、廊下からの冷気が時折カーテンを揺らし、少し肌寒かった。吐く息が白く見えるほどではなかったけれど、膝掛けとカイロが手放せない。先週風邪で休んでしまった分のノートを、佐々木君に見せてもらっていた。

「えっと……この問題、まだよく分からないんだけど……」

数学の問題集を指差すと、佐々木君は少し考えてから、「じゃあ、一緒に見てみようか」と言って、私の隣に座った。心臓が跳ねる。さっきまでノート越しに見ていた距離が、嘘みたいに近くなった。制服からほんのり香る石鹸の匂い、さらさらとした黒髪、長いまつ毛――。説明してくれる声は穏やかで優しかったけれど、内容は全く頭に入ってこなかった。

カイロを握りしめた指先がじんわりと汗ばむ。こんなにドキドキするのは、きっと風邪のせいなんかじゃない。佐々木君とは同じクラスで、文化祭のカフェ当番も一緒だ。少しだけ話したことはあったけれど、放課後にこうして二人きりになるのは初めてで、緊張で胸が苦しくなる。

「……あの、佐々木君」

勇気を振り絞って声を出す。「文化祭、カフェの当番終わったら、一緒に……他のクラスの出し物とか、見て回らない?」

不意に顔が熱くなるのを感じながら、視線を窓の外に向けた。落ち葉が舞い散る中庭の景色が、ぼんやりと霞んで見えた。

「うん、いいね。僕も楽しみにしてる」

予想外の返事に、驚きで思わず佐々木君の方を向いた。彼が優しく微笑んでいるのが見えた。嬉しさで胸がいっぱいになる。窓の外では、色づいた銀杏の葉がひらひらと舞い落ちていた。冷たい空気の中、カイロの温もりがじんわりと手に広がる。文化祭まで、あと少し。どんな一日になるんだろう。期待と緊張が入り混じった、不思議な高揚感が私を包んでいた。

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