魔法の森のくるみとナッツ 第5話

第5話 魔法の森の王女

(まことくんの部屋)
 エリは口もとにかすかに笑みを浮かべながらくるみに近づいて行く。

 エリが腕を伸ばし、くるみに手を触れようとした瞬間、突然、窓が破られ、外からエリを狙う電撃が走った。

 エリはすかさず飛び退いて電撃をかわす。

 割れた窓ガラスの向こうには中空に浮かぶまりあちゃんの姿があった。手にはまだパチパチと放電が収まっていない杖を構え、黒いとんがり帽子に黒いマント。そして何より宙に浮いているのだ。どう見ても魔法使いだ。

 まりあちゃんはくるみを護るようにくるみの前に降り立ち、エリと向かい合った。

 くるみ「まりあちゃん、その格好は?え?まりあちゃん、魔法使いなの?」
 エリ「あら、人の家に窓から入って来るとはお行儀が悪いわね。くるみちゃんを連れに来たの?」
 まりあ「あなたにも用があるわ。エリさん、いいえ、バックムーンの森のエレノア王女」
 エレノア「お互いもうそろそろとぼけるのはやめた方がよさそうね。ピスタチの森の近衛隊のエース•まりあ少佐」

 自分のよく知ってる人達が何か自分の知らない世界の話をしている。くるみはびっくりして声も出せなかった。

 エレノア「有名な貴方が相手となると、私の方も護衛兵を呼ばないとフェアじゃないわね。」
 まりあ「呼ぶ?もうここにいるでしょ?」
 エレノア「さすが、何でもお見通しね、まりあ少佐。じゃ、封印を解かせてもらうわよ。」
 エレノアは空中から魔法の杖を取り出し、まことに向けて封印解除の魔法を放った。「リリース!」
 するとまことはみるみるうちに腕が、脚が太くなっていき、体もひと回り大きな、屈強な戦士の姿に変わった。

 エレノア「記憶は戻った?マックス大佐」
 マックス大佐は全てを理解した様子で、エレノア王女に向かって膝を屈した。
 エレノア「マックスの正体がまりあさんにバレないよう、マックスの魔法力を抜いた上、万が一の為に記憶まで抜いておいたのに、それでもまりあさんには見抜かれていたみたいよ。
 ま、記憶が無かったお陰でマックスは先入観なく、ピスタチの森の王女の調査をする事が出来たからちょうど良かったかもしれないけどね。」

 まりあ「エレノア王女、バックムーンの森の首相として、正式に我が王宮にご招待致します。高名なマックス大佐もご一緒ならご安心でしょう。ピスタチの森としてバックムーンの森と協議したい事があるのです。」

 エレノアは一度マックスと視線を交わし、それからまりあに向かって頷いた。

 まりあ「あ、それとくるみちゃんも一緒に来て欲しいの。ピスタチの森のカシュ王が会いたいと言ってるの。」

(ピスタチ王宮大広間)
 カシュ王「エレノア王女、よくぞ来てくれた。早速だが、ピスタチの森とバックムーンの森の間の停戦協定を申し入れたい。そして今回のサマルク帝国の侵攻により発生した難民達がもしバックムーンに逃げ込んだ場合には、暫くバックムーンで保護してはもらえんだろうか?」
 エレノア「分かりました。バックムーンとしても、今回のサマルク帝国のピスタチの森への侵略は看過できません。敵の敵は味方であるという認識でおります。我が国王と急ぎ相談する事と致します。」
 カシュ王「それと、今日はバックムーンの首相であるあなたと我が国の国民に紹介したい者がおる。既に亡くなった私の娘テレサの忘れ形見、くるみ王女じゃ。」

 くるみ「え?わたし?ピスタチの森の王女??」

 エレノア「くすっ。はい、よく存じております。くるみ王女、これからも宜しくね。」
 エレノアはくるみの手を取り握手する。

 くるみは何をどうしたら良いのか、てんで分からず、後ろに立っていた幼馴染のはずのまりあを振り向き、助けを求めた。
 くるみ「え、え、ま、まりあちゃん」
 まりあは、くるみに対して膝を屈して答えた。
 まりあ「くるみ王女、今までの数々のご無礼をお許しください。」

 幼馴染にそんな事を言われ、くるみは余計にわけがわからなくなった。


(王宮のバルコニー)
 王宮でくるみのお披露目会が催された。くるみは白いドレスと銀色に輝くティアラを身にまとい、王宮のバルコニーから王族のみんなと一緒に国民に向けて手を振っていた。

 妖精学校の友達と、このお披露目会を見に来ていたナッツは、くるみが王女として手を振っているのを見て驚いた。王女は自分の友達だと言っても、誰も信じてくれなかったが、ナッツはくるみの事を誇らしいと思った。

 バルコニーの目の前を軍事パレードが行進していく。くるみは近衛軍楽隊の中にまりあの姿を見つけた。
 くるみ(あ、まりあちゃんだ。カッコいい!)

 カシュ王「くるみ王女、よく来てくれた。お前の母親が人間の男と駆け落ちした後、八方手を尽くして探したんじゃが、お前の母が強力な魔法をかけていたせいで消息がわからなかったんじゃ。
 お前の母が死んだ後、お前の父親にはお前を引き取りたいと申し出たのじゃが、断られてしまっての。もう母親のような危険な目には遭わせたくないから人間として育てたいと言って、お前を連れてこの森を出て行ってしまったのじゃ。
 しかし、今回、こうして戦争になってしまったからには当然敵国はお前の身も狙ってくるじゃろう。
 今までの様に人間社会で無防備に生活するわけにもいかないだろうと、ようやくお前の父親も王室に戻る事に賛成してくれたんじゃ。」

 優しいカシュ王とは対照的に、他の王族の人達はくるみに対して非常に冷ややかだった。

 くるみのことを疎ましく思う王族は多いだろうと確かまりあは言っていた。

 くるみ王女は直系の王女になるので、くるみに王室に戻って来られると自分達の王位が遠のく可能性があるためらしい。

 お披露目会が終わったタイミングで、侍従がそっとカシュ王に近づき、耳打ちした。

 侍従「サマルク帝国の特命全権大使マグマ大将軍から、今後の両国の関係について会談がしたいと、たった今申入れがありました。話し合いの内容次第では兵を引いても良いとの事です。」
 カシュ王「兵を引くか・・・まずは会ってみるしか無さそうじゃの」
 侍従「ただ・・・」
 カシュ王「ただ、なんじゃ?」
 侍従「会談するにあたっては、ピスタチ王族全員の出席が条件との事なのです。」

(ピスタチ王宮の大広間)
 通常の倍の数の衛兵が配置され、王宮は厳戒態勢にあった。警備にあたる衛兵達のピリピリした緊張感の中、マグマ将軍の謁見が始まろうとしていた。
 ピスタチ王宮の大広間中央の玉座にカシュ王が座り、くるみを含め、他の王族も玉座の両脇に勢揃いしていた。
 王族内での王位継承順位争いは熾烈なようで、くるみは今日は一番端っこのバルコニー脇に並ばされていた。

 一方、まりあは大広間の入口付近で警備にあたっていた。
 くるみの所に遊びに来ていたナッツも、さすがに大広間の中には入れてもらえず、まりあの肩の上で退屈そうに、うとうとしていた。

 そこへ、マグマ大将軍が現れた。
 彼が発する異様な闘気で、ナッツの眠気はいっぺんに吹き飛んだ。

 身長2メートルはゆうに超える巨大な体躯のマグマ大将軍は部下2人を従えていた。
 大広間内の緊張が最高潮に高まる中、マグマ大将軍はカシュ王の前に進み出て型通りの挨拶をした。

 カシュ王「サマルク帝国は何故この様な侵略をするのか?」

 マグマ大将軍「では逆に問いたい。あなたはどうすれば良いとお思いか?
この世界にジョーカーが存在しない事が明らかになった今となっては、こうでもしなければ森は三つとも全滅だ。」

 カシュ王「・・・知っていたのか・・・」
 マグマ大将軍「ピスタチもバックムーンも、国民のパニックを恐れてこの重大な情報をひた隠しにしている。そろそろあなた方も国民に対して本当の事を公表すべき時ではないか?」

 カシュ王「あきらめてはいかん。まだ時間はある。最後まで希望を捨ててはいかんのだ。」

 マグマ大将軍「悠長な事を。我々とて、自分の国民の生活を守る義務がある。我々には我々の正義がある。」

 カシュ王「最近、我が国の解析班が、時間の流れの異常を検知しておる。古来からの言い伝えを信じるなら、ジョーカーは既に存在している可能性が高い。他国の者だろうと、むやみに殺してはいかん。ジョーカーと知らずに殺してしまう可能性がある事がわからんのか!」

 マグマ大将軍「既に賽は投げられた。最期に我があるじ、タンブラー皇帝の意思をお伝えしよう。我々サマルク帝国は貴国を占領し、貴国の全てのエネルギーを接収する。従って、この王宮も、現時点をもって封印させて頂く。」

 マグマ大将軍は右手を挙げ、凍結の呪文を唱え始めた!
 危険を察した衛兵達がマグマ大将軍に一斉に飛びかかる。
 しかし、マグマ大将軍の右手が発する強烈な冷気によって、飛びかかった衛兵達はみな一瞬で凍らされてしまい、無情にも床に落ちて粉々に砕け散ってしまった。

 強烈な冷気はカシュ王を凍らせ、王妃を凍らせ、守ろうとする衛兵ごと王族を片っ端から凍らせていく。

 強烈な冷気はやがて、一番端っこにいたくるみにも襲いかかり、くるみも冷気の渦に飲み込まれていく。

 くるみが凍っていく。
 意識が遠のいていく。

 そして、やがて、くるみの心臓は止まった。

 (続く)


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