魔法の森のくるみとナッツ 第6話

第6話 異国の町にて

 まりあは王宮・大広間の入口の警備にあたっていた。

 大広間の中では厳戒態勢の中、マグマ大将軍とピスタチの森の王族達が会談をしているはずであった。
 しかし、突如大広間の中から耳をつんざくような悲鳴が聞こえ、続いてガラスに似た、何か恐ろしいものが割れるような音が響いた。

 まりあが急ぎ大広間の扉を開けると、大広間の中は既に一面の氷の世界だった。
 床や天井はおろか、警備にあたっていた衛兵達を含め、カシュ王も、王妃も、王族たちはみな凍ってしまっていた。
 左へ視線を走らせると、バルコニーの脇には凍ってしまったくるみの姿が見えた。

 もはや大広間の中で動いているものと言えば、マグマ大将軍とその二人の部下だけだった。マグマ大将軍は入口で呆然と立ち尽くす、まりあ達・近衛兵の姿を認めると、もう全ては終わった、と言わんばかりの勝ち誇った顔でニヤリと笑った。

 まりあは肩の上で呆然としているナッツの首を右手でおもむろに掴むと、左手でナッツの鼻を触った。
 ナッツはたまらずくしゃみをした。

 ナッツ「くしゅん!」

 一瞬、世界が陽炎のようにゆらっと揺れた。

 時間が戻る。

 まりあは再び、閉じられた大広間の扉の外にいた。
 まりあはすぐに扉を開けて中へ飛び込んだ。

 大広間では、今まさにマグマ大将軍が右手から冷気を放ち、王族達が次々と凍りつつある所だった。

(今日は月が出ていない。今のナッツの魔法力ではこのくらい戻すのが限界か)

 まりあは視線を左へ走らせる。

 いた、くるみだ!まだ凍っていない。

 まりあはくるみに向かって走った。
 まりあはくるみに抱きつくと、そのまま窓ガラスに飛び込み、ガラスを突き破ってバルコニーに出た。

 バルコニーの手すりの向こう、はるか断崖の下にはロイヤル湖の水面が広がっており、湖からは強い風が吹きつけていた。

 まりあは迷わずくるみの手を取り、バルコニーから下の湖に飛び込もうとした。

 くるみが叫ぶ。
 くるみ「カシュ王を!みんなを助けないと!」
 まりあ「もう間に合いません!」
 くるみ「でも!」
 
 くるみはまりあの手を振り払うように大広間へ戻ろうとした。

 まりあはくるみの頬を引っ叩いた。

 まりあの目には涙が滲んでいた。

 まりあ「しっかりして下さい!王族が全員死んでしまったら、もうこの国は立ち直れません!それこそマグマ大将軍の思う壺です!王女だけでも!お願いです!」

 くるみははっと我に返った。

 くるみはまりあに向かってゆっくりと頷くと、震える手で手すりをつかんだ。

 くるみはまりあ、ナッツと共にバルコニーからはるか下の湖へとダイブした。
 くるみの足がバルコニーから離れた瞬間、バルコニーは荒れ狂う冷気に飲み込まれ、その場にいた、あらゆる動物、植物たちが凍り付いた。

 王宮は大きな一つの氷の塊と化した。

(ピスタチ王宮のロイヤル湖)
 見渡す限り一面が凍りついているロイヤル湖の畔。突然氷の下から高さ1m程の火柱が上がった。氷が溶けた割れ目からずぶ濡れのまりあが上がって来た。後にはくるみとナッツが続く。

 まりあ「王女、大丈夫ですか?」
 くるみ「うん、・・平気。まだ魔法が使えて助かったね」

 まりあ(言われてみればそうだ。何か変だ。もうこの森の魔法オーラのストックは尽きかけている筈。なのに、まだこれだけ普通に魔法が使えるというのはどういう事なんだろうか?)
 くるみ「まりあちゃん?」

 まりあ「あ、すいません。ここから真っ直ぐに南のピスタチ軍の基地へ行くと、途中、間違いなくサマルク軍の捜索網に引っかかってしまいます。少し遠回りになりますが、一旦東の山のベスフレ峠を越えてバックムーン国に出ましょう。サマルク軍はまだ我々が停戦協定を結んだ事を知らない筈なので、そちらの方が捜索は手薄だと思います。急ぎましょう」

(サマルク軍本部)
 部下「マグマ大将軍、変です。まだピスタチ王宮の機能が生きています!完全に停止していません!」
 マグマ大将軍「まだ王族の者が生きているというのか・・・」
 部下「王宮に氷づけの像がなかったのはくるみ王女だけです。生きているとすればくるみ王女だとしか考えられません。」
 マグマ大将軍「おのれ、草の根を分けてでも探し出すんだ!事は重大だ。親衛隊のラーコとプペシを呼べ!!」

(国境付近の山中・ベスフレ峠)
 真夜中の暗い森の中をひたすら歩く3人。折からの雨が降り出し、3人はずぶ濡れだった。高い崖の中腹を削っただけの細い道が延々と続き、はるか崖下からは水がごうごうと流れている音がきこえる。

 くるみは終始ずっと暗い顔をしていた。

 ナッツ「うー。お腹すいたなー」
 まりあ「もう少しです。もう国境を越えたので、もうじきバックムーンの町が見えるはずです」
 ナッツ「真っ暗で何も見えないや。魔法で灯りをつけちゃダメ?」
 まりあ「魔法を使うと敵に発見されやすくなります。もう少しの辛抱です。」

 くるみはずっと重い足を引きずりながらなんとか歩いていたが、遂に膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。

 くるみの目からは、ぽろぽろと涙が溢れている。
 まりあ「王女?大丈夫ですか?」

 くるみ「もう私を王女って呼ばないでっ!!」
 まりあ、ナッツ「・・・」

 くるみ「・・・私・・・私一人生き残って、何をしろと言うの?私にピスタチの森を救えって言うの?そんな事、私にできっこないじゃない!無理よ!私にそんな力は無いわ!」

 くるみの目からはとめどなく涙が溢れ出していた。

 ・・・

 まりあ「・・・私は王女の代わりにはなれませんが、最期まで王女をお守りします。」

 ナッツ「僕もだよ。くるみちゃん。僕らが出逢った時、くるみちゃんは王女じゃなくて、ただの小学生だった。僕が好きになったのはくるみちゃんなんだ。この先、僕たちの故郷がどうなるかわからないけど、僕は友達としてずっとくるみちゃんの側に居るよ。」

 くるみは泣き続けた。

 まりあとナッツもくるみの両脇に座り、3人並んで延々と、いつやむともわからない、降り続く雨に打たれ続けていた。

 一体何時間くらい座っていたのだろう。やがて雨脚が衰えて小降りになって来た。

 東の空には雲の切れ間が見えた。うっすらと夜が明け始めたようだ。

 そして、雨があがると共に、くるみの涙もやがて止まった。

 ・・・

 くるみ「・・ありがとう、二人とも。うん、しっかりしなくちゃね。」

 まりあは少し微笑んでから言った。
 まりあ「さあ、もう少しです。頑張りましょう。」

 くるみが立ちあがろうとした時、突然、くるみの目の前から大きな鳥が数羽飛び立った。
 くるみ「きゃあっ!」
 くるみは足を滑らせ、崖からずり落ちる。まりあとナッツは咄嗟にくるみの手を掴んだが、あえなく3人とも崖の下に落ちて行ってしまった。

 ・・・

 どれくらい時間が経っただろうか。右脚に痛みを感じ、くるみは目を覚ました。

 板張りの天井が見えた。
 くるみは暖かい布団で眠っていた。
 遠くの方から子供達の楽しげなはしゃぎ声が聞こえてくる。

「お目覚めですか?」
 左を見るとまりあちゃんとナッツが心配そうな顔でくるみを見つめていた。

「脚は痛むかい?」
 右を振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。

 くるみ「あの、ここは?」
 女性「ここは私の働いている保育園さ。私の名前はトトール。この保育園の園長よ。聞けば、あんた達、山の上のキャンプ場に行こうとして迷っちゃったんだって?」
 くるみ「あ、私はくるみです。助けて頂いたんですね。ありがとうございます」
 トトール「さあ、良かったら、温かいスープをどうぞ。」

 窓の外を見ると、30人程の子供達が園庭を元気に走り回っていた。数人の子供達は興味津々で、窓からくるみ達を覗いていた。

 突然ドアが開いて、1人の元気な少年が走り込んで来た。それを追う保母さん。
 保母さん「こらっ!エスプレくん、待ちなさい!」
 トトール園長「エスプレくん、またラテちゃんを泣かせたの?」
 保母さん「そうなんです。園長、お願いします。あの子は園長の言う事しか聞かないんですから」
 トトール園長「もう、仕方ないわね。」

 トトール園長はエスプレ君を追いかけて部屋を出て行く。
 トトール園長「こらっ!いう事を聞きなさい!」
 エスプレ「やなこったー!」

 子供を追ってきた保母さんはポットさんと言った。
 ポットさん「ピスタチの森との戦いの流れ弾がこの町まで飛んで来た時があってね。エスプレくんのお母さんはその時の爆発に巻き込まれて死んでしまったの。それ以来、一言も口をきかない子だったらしいんだけど、この保育園に来て、トトール園長を見た時からまた元気を取り戻したらしいわ。あの子のお父さんが言うには、トトール園長があの子の死んだお母さんにそっくりらしいのね。まあ、元気になって良かったわよね。元気になり過ぎて私達は大変だけどね」
 ポットさんはイタズラっぽく舌を出して肩をすくめた。

 くるみ「・・・ピスタチとの戦いで亡くなった方は多いんですか?」
 ポット「ここは100年も戦いが続いている国境から近いからねー。この町に住む者は、家族や先祖の誰がしか、戦いで死んでるよね。でも、3日前にピスタチとは停戦協定が結ばれたらしいじゃない。このまま戦いも終わって欲しいもんだね。」

 開けっぱなしの部屋のドアには園児達が5,6人詰めかけ、くるみ達を覗いていた。

 くるみは魔法でお菓子を出すと、にっこり笑って言った「おいで。」

 その頃、エスプレ君を捕まえて叱っていたトトール園長に3人の男の来訪者があった。彼らはバックムーン軍の国境警備隊と名乗った。

 くるみとナッツは園児たちと仲良く電撃魔法の練習をしていた。園児達はまだまだ小さくかわいい電撃しか打てず、くるみとナッツが先生役として、やり方を教えていた。

 気弱なラテちゃんは何度やっても電撃が出ない。
 男友達「相変わらず、ラテはダメだなぁ。こんなの簡単だろ?」

 ナッツ「電撃は心で撃つんだ。強い気持ちを持てば、強い電撃が撃てるんだよ。」
 くるみ(くすっ。ナッツも最近出来るようになったばかりのくせに)

 そこへポットさんが呼びに来た。くるみ達、3人とも、園長室へ来て欲しいと。

 園長室に入ると、机に座る園長と、その前には3人のいかつい男達が立っていた。

 タイチ隊長「お前はピスタチの森のくるみ王女だな?」
 くるみ「・・・」
 まりあ「既に貴国とは停戦協定が結ばれているはずだが?」
 まりあは見えない様に服の下で魔法の剣を握りしめながら答える。

 タイチ隊長「サマルク帝国から、お前らの身柄の引渡しの要請があった。バックムーン王宮に判断を仰いだ所、引き渡さず、保護して王宮に連れて来いとの事だ。俺らとしては、この100年、仲間を何人も殺された憎っくきピスタチだ。今すぐ貴様らを殺してやりたいのはやまやまだが、エレノア王女じきじきの命令とあれば仕方ない。」
 くるみ「エリ姉さんが・・・」
 まりあ「エレノア王女の指揮下なら大丈夫でしょう。」

 タイチ隊長「ところで、今、お前らの魔法オーラはどこから供給されているんだ?」
 まりあ「なぜそんな事を聞く?」
 タイチ隊長「俺の部下が変な事を言ってるんだ。おい。」
 カイセ「俺は技術部・解析担当のカイセだ。お前らの森からフェニックスがいなくなって以来、お前らの魔法の成分が明らかに変化している。論より証拠だ。見せてやる。」
 カイセは自分のポケットからコインを1枚取り出すと、窓から空に向かって投げた。
 カイセは魔法の杖を取り出し、コインに小さな電撃を放った。コインは魔法オーラを帯びて金色に輝きながら空中に浮かんでいる。

 カイセ「まりあ少佐、あのコインに電撃を放ってみたまえ。ただし、パワーは最小限でな」
 まりあはコインに小さな電撃を放った。

 まりあの電撃がコインに当たった瞬間、大爆発が起き、コインは粉々に吹き飛んだ。

 まりあ「これは・・・」
 カイセ「あたかも反物質の対消滅の様な、この爆発現象が起き始めたのは、ちょうどお前らのフェニックスがいなくなった頃からだ。
 そこで先程、お前らの軍の残していった魔法の杖から魔法オーラを抽出して、成分を解析した所、奇妙な事が分かった。」
 まりあ「・・・」

 カイセ「今、ピスタチの森を覆っている魔法オーラの成分は、今現在の世界中、更には過去の歴史に照らし合わせてみても存在するはずのないモノだと言う事だ。」

 くるみとまりあは驚いて顔を見合わせた。

 カイセ「その顔を見ると、やっぱりお前らにも分かってないんだな。過去にも現在にもあり得ないとなると、未来から時空を超えて流れ込んで来てるとでもいうのかね。・・・やれやれ・・・」

 タイチ隊長「この事は軍の最高機密にあたる!トトール園長!ここで聞いた事は絶対に誰にも口外しない様に!」
 カイセ「隊長、軍本部への報告はいかが致しましょうか。」
 タイチ隊長「どうせ今からこいつらを王宮まで護送せねばならん。ついでに軍本部に寄って報告する。」

 くるみ達は3人の兵士達に囲まれながら外に出た。
 園庭を挟んだ向かいの道路には、くるみ達を護送する車が停まっている。
 車の周囲には30人程の兵士達が物々しく警備に当たっていた。

 園庭では園児達、保母さん達が遠巻きにくるみ達を見つめていた。
 その目の中に・・敵意に満ちている目も多くあった。

 エスプレくん「やい、ピスタチの森の奴らはさっさと出ていけ!畜生!僕の母さんを返せ!」
「そうだそうだ!」
 一部の園児達がくるみ達に向かって石を投げ始めた。咄嗟にまりあがくるみを庇う。

 ポットさん「みんな、気持ちは分かるけど、止めなさい。」
 ラテちゃん「そ、そうだよ。くるみねえちゃんはいい人だよ」
 エスプレくん「うるせぇ!」
 気弱なラテちゃんはまた涙をこぼして泣き始めてしまった。

 くるみは少しショックだったが、気を取り直して再び歩きだした。

 と、その時、車に大きな雷が落ちた。
 まりあは咄嗟にくるみを押し倒して伏せた。
 次の瞬間、車は大爆発して炎上した。

「見つけたぞ!くるみ王女!」
 みなが振り向くと、西の空から10人程の魔法使い達が飛んで来る。
 あの軍服は、サマルク帝国だ!

 カイセ「チッ!宣戦布告なしで奇襲かよ!」
 タイチ隊長「応戦しろ!!相手はたった10人だ!」

 くるみを護衛する役目だった30人の魔法使い達が次々に飛び立ってサマルク軍に襲いかかった。

 しかし、サマルク軍の兵士達は圧倒的に強かった。指揮官であるラーコとプペシは後方で悠然と腕組みをして見物している。
 この戦闘はものの5分程で呆気なく終わった。結果はバックムーン軍の全滅だった。

 無傷のサマルク軍の兵士達は、もう歯向かってくる者がいない事を見届けると、ゆっくりと園庭に降り立った。

 兵士達がくるみに向かって近づいて来る。くるみは怯えて後ずさりした。

 まりあ「王女は下がっていて下さい。」
 まりあは剣を抜き放つと、くるみを守るため、両手を広げて敵兵の前に立ちはだかった。

 兵士A「お前、この人数相手に正気かよ。」
 兵士Aがまりあに斬りかかって来た。
 まりあは風のように相手の懐に入ったかと思うと、紫電一閃、敵の胴を右へ薙ぎ払った。
 後ろから別の兵士がまりあに刀を振り下ろす。
 まりあの姿が消える。
「上だ!」
 叫んだ敵兵の生命は既に無かった。空からまりあが地上に舞い降りる。
 一人、また一人と、まりあの剣がきらめくたびに、敵兵の生命がひとつずつ消えていく。
 まりあは敵兵のまっだだ中にあって、一人静かに演武を舞っているかのように鋭く、そして優雅であった。

 くるみは今や恐怖も忘れ、自分の親友の凛々しさに見惚れてしまっていた。

 くるみ(まりあちゃんが側に居てくれれば、私・・・私、やれるかもしれない。)

 気が付くと、あたり一面、もう動かなくなったサマルク軍の兵士達の死体で埋め尽くされていた。

 プペシ「こんな強い者が他国にいるとは驚きだ。よし、俺が相手になろう。」

 双方剣を構える。

 プペシが剣を右へ払う。電撃がまりあを襲う。
 まりあはそれをかわして風のように宙に舞い上がると、今度はまりあが上空から電撃を撃ちおろした。
 プペシはその電撃を剣で真正面から受け止め、力ずくで散らしてしまった。
 その時、プペシは背後で殺気を感じた。

 プペシ(まずい!)

 プペシの背後を取ったまりあがプペシに斬撃を見舞おうとした時、まりあは別の殺気を感じ、反射的に宙に跳んだ。

 まりあの背後からラーコが打った斬撃は空を切る。

 まりあの姿は既に遥か向こうの木の上にあった。

 ラーコ「分かったぞ。どうやら、おまえがあの有名なピスタチ近衛隊のエース、まりあだな。
 どうだ、おまえもマグマ親衛隊に入らぬか?いまさら、滅びゆくピスタチを守ってどうする。共に世界を支配しようぞ。」

 その時まりあは初めて体から強烈な闘気を放った。

 まりあは疾風の如くラーコに迫った。
 まりあ「舐めるなっ!」
 まりあの斬撃は空を切った。

 ラーコ「やむをえん。我々としても負けるわけにはいかん。ここからは2人がかりでやらせてもらう。」

 ラーコとプペシはまりあに対し、前後からの挟み撃ちで攻撃して来た。
 しかし、それでも彼らの斬撃も電撃も、まりあには全くかすりもしない。
 一方のまりあも攻撃を仕掛けるが、無理な体勢からの攻撃では相手にクリーンヒットはしなかった。

 そして、一見互角に見えた戦いも、時間とともに、徐々に敵の攻撃はまりあを捉え始めていた。
 先程までは一切敵にかすりもさせなかったまりあ。
 しかし、もうかわしきれないのだ。もうとっくにまりあの体力は限界を越えていた。

 プペシがまりあの動きを封じるため、まりあの背後から凍結魔法を放った。

 まりあは咄嗟に右に跳んだが間に合わず、マントの一部が凍りついた。
 それまで風のようだったまりあの動きが一瞬止まった。
 すかさずラーコがまりあに向けて渾身の力を込めて電撃を放つ。

 まりあ(しまった!)

 電撃はまりあを直撃した。
 まりあの身体は数十メートルふっ飛ばされて園庭の木に激突し、暫くして地面に落ちた。

 まりあは剣を支えになんとか立ちあがろうとするが、ついに力尽きて崩れ落ちた。

 ラーコ「トドメだ」
 ラーコがまりあに剣を振り下ろそうとしたその時、ラーコを背後から2発の電撃が襲った。

 ラーコが振り向くと、そこにはくるみとナッツが魔法の剣と杖を構えて立っていた。

 ラーコ「こしゃくな。お前達から先に片付けてくれる。プペシ、やれ!」

 プペシがくるみとナッツに近づいて行く。くるみとナッツは懸命に電撃を放つが、プペシはそれをよけもせず、電撃を浴びたまま近づいてくる。

 プペシ「ふはは、お前ら程度の電撃がこの俺に効くものか」
 くるみとナッツはジリジリと園庭の隅に追いやられていった。

 トトール園長「2人とも伏せてっ!!」

 その声とともにプペシをトトール園長の電撃が襲った。
 プペシ「お前らの電撃など効かんわ、・・・ん?何だこれは?熱い!熱い!」

 くるみとナッツは急いで地面に伏せた。
 その直後、プペシの身体は轟音を立てて爆発してしまった。

 トトール園長は続いてラーコに向かって電撃を放つが、さすがにラーコは警戒してこれを避けた。
 ラーコ「何だ、この爆発は?」

 ラーコはトトール園長に近づき、園長の胸ぐらを掴み上げる。
 ラーコ「おかしな魔法を使うな。くるみ王女を殺したらすぐにこの国から全軍引き上げる。暫く大人しくしていろ。他の者達にもそう言え。」

 トトール園長「みんな!こいつらどうせピスタチの次はこの国を侵略するつもりなんだ!このままピスタチの国を見殺しにしてはいけないよ!」

 ラーコ「こいつ!」

 トトール園長「みんな!さっきの爆発を見ただろう?バックムーンとピスタチが力を合わせればサマルクに勝てるんだ!ピスタチの魔法使いが全滅してしまった後からでは遅いんだよ!この事をみんなに伝えるんだ!」

 ラーコ「こいつ、いい度胸だ」
 ラーコはトトール園長の首に剣を当てた。

 その時、小さな電撃がラーコを襲った。
 ラーコが振り返ると、小さな少年が魔法の杖をラーコに向けていた。

 エスプレ「園長に触るな!」

 ラーコ「こんな小僧の電撃が俺に効くと思ってるのか?」
 ラーコは剣を横に振る。
 剣の発した衝撃波がエスプレくんを襲う。エスプレくんは衝撃波をまともに喰らい、園庭の端の金網まで飛ばされた。

 しかし、エスプレくんは鼻血を拭いながら再度立ち上がった。
 エスプレ「園長をはなせ!」

 ラーコ「小僧、無駄な抵抗はやめて大人しくしろ」
 エスプレ「やなこった!」

 その時、ラーコをまた別の電撃が襲った。

 一つ、また一つと電撃は増えて来る。

 ラーコが振り返ると、ポット達、保母さん達が震える手で電撃を放っていた。
 ラーコ「愚かな!戦いの素人の電撃など効かぬわ!」

 電撃は一つ、一つとまだ増え続けていた。
 ラーコ「何だ?」

 園児達が、全身震えながら、電撃を撃っていた。
 ラテちゃんの杖からも強い電撃が放たれている。

 ラテ(出ていけ!出ていけ!私達の町から出ていけ!)

 ラテちゃんも恐怖に震える脚で懸命に踏ん張っていた。

 園庭の木の下でくるみはまりあを介抱していた。
 くるみの場所からも、電撃を浴び続けて金色に輝き始めたラーコの姿が見えた。

 くるみ「敵の体に大きな魔法オーラが溜まっている!」

 まりあ「・・・くるみちゃん、魔法は・・気持ちで・・撃つのよ・・・」

 くるみ「・・・うん。」

 まりあはくるみの手を握りしめながら言う。

 まりあ「・・・くるみちゃんなら出来るわ・・・私には分かるの・・だって・・わたし、保育園の頃からくるみちゃんの事見てるんだよ・・・くるみちゃんなら絶対やれる・・・」

 くるみ「うん。」
 くるみはまりあを強く抱きしめた。

 やがて、くるみはゆっくりと立ち上がり、キッと敵の姿を睨み据えた。

 くるみ「じゃ、行って来る!」

 まりあはかすかに微笑みながら言った。
 まりあ「うん・・ここから見てるね・・」

 くるみは走り出した。

 くるみ「みんな、もう充分よ!あとは私に任せて逃げて!」

 そのくるみの声を聞いて、園児達は、きゃーっと蜘蛛の子を散らす様に逃げ散った。

 くるみは空高くジャンプし、魔法の剣を大きく、力一杯振りかぶった。

 くるみ「くらえぇぇぇっー!!!ピスタチの森の怒りの電撃をっ!!!」

 くるみの剣が咆哮した。割れる様な、大きないかづちの音と共に、剣から強烈な電撃が放たれた。

 電撃の直撃を受けたラーコの体は一瞬のうちに炎に包まれた。

 紅蓮の業火に焼かれ、ラーコは苦しさのあまり絶叫した。
 そして、ラーコの体は轟音を立てて大爆発をした。

 やがて、煙が風に吹かれて消えた後には、ラーコの姿は跡形もなく消えてなくなっていた。

 トトール園長が倒れてぐったりいるエスプレくんに駆け寄った。
 トトール園長「しっかり!エスプレくん!」

 エスプレくんは気が付いてゆっくりと目を開いた。園長の顔を見て安心したのか、エスプレくんの目から涙がとめどなく溢れ始めた。
 エスプレ「園長、園長、死なないで・・・死なないで・・・」

 トトール園長は微笑みながら言った。
 トトール園長「大丈夫よ。私は。エスプレくんのおかげよ。守ってくれてありがとう」

 くるみはまりあに肩を貸し、建物内のベッドに運ぼうとしていた。
 トトール園長はくるみの姿に気づいて声をかけた。

 トトール園長「くるみ王女、ありがとうございます。」

 エスプレくん、ハッと我に返り、急いで涙をシャツの袖で拭いて言った。
 エスプレ「お、おう、サンキューな。ちょっとだけ助かったぜ」

 エスプレくんの強がりように、トトール園長とくるみは顔を見合わせて笑った。

 園児達みんなが駆け寄って来る「くるみ姉ちゃん!ありがとう!ありがとう!」

 くるみは心からの笑顔で答える。

「私の方こそ、みんなのおかげだよ。ありがとう」

 くるみは子供達の笑顔に囲まれながら、空を見上げた。
 くるみが初めて異国で見る夕陽はとても綺麗だった。

 戦いも終わり、ようやく静かになった西の空、帰るべき故郷・ピスタチの森の方角には一面、真っ赤な夕焼けが広がっていた。

 くるみ達にとって、それはあたかも、故郷の空が燃えている様にも見えた。

 (続く)


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