魔法の森のくるみとナッツ 第7話

第7話 今の私にできる事

 くるみ達がピスタチの森に帰ってみると、既に森の殆どがサマルク軍に占領されてしまっていた。

 くるみ達は小高い丘に登り、敵に見つからないように伏せながら、上からピスタチの集落を覗き見た。
 まりあの左手にはまだ包帯が巻かれており、動かすと痛そうだった。

 まりあ「おかしい。ピスタチの集落がこんな簡単に占領されてしまうなんて。防衛軍は一体何をしていたんだ。」
 集落の中では、あたり一帯で略奪行為が行われていた。財産を奪い取られ、家屋に火を放たれ、あちらこちらでピスタチの人々が敵兵達に殴られたり蹴られたりしていた。女達の悲鳴、子供達の悲痛な泣き声が聞こえて来る。

 くるみ「・・ああ・・」
 くるみは顔をそむけた。もう見ていられなかった。
 まりあ「もう少し南に下ればピスタチ軍の基地があります。そこの地下には秘密のシェルターもありますので、そこにピスタチの人々が避難しているかもしれません。行ってみましょう。」

(ピスタチ軍の基地)
 くるみたちはサマルク軍に見つからないよう、うっそうとした森の中を歩いていたが、突然目の前の視界が開けた。ピスタチ軍の基地だ。まだここはサマルク軍の侵攻を受けていないようだった。
 基地の入口の警備兵はくるみ王女の顔を見て驚き、急ぎ基地の総司令官に連絡をした。

 基地の中には女子供や難民たちが大勢おり、皆、長蛇の列をなして食糧の配給を待っていた。

 くるみを見つけた子供達は喜んで近寄って来た。
「わーい!王女だー!」
 くるみが総司令官室に行く途中、子供達がくるみの周りをちょろちょろ走り回りながらついてくる。
「王女!王女!わたしも将来、王女になりたいの!どうやったらなれるの?」
「こらっ!ココナ!やめなさい!王族なんてただ威張ってるだけで何一つ役に立たないんだから!バカな事言うんじゃないの!」

 ココナと呼ばれた少女は怒られてしゅんとしてしまった。
 ココナは名残惜しそうにくるみを見つめていたが、母親に強く手を引っ張られて行ってしまった。

 くるみを遠巻きに見ている市民達の中には、明らかに王族に対する反感を持っている者たちがいた。

「ピスタチの森をこんな風にしちゃって、この先一体どうするつもりなんだ。」

「突然ぽっと出て来て、いきなり私は王女様よ!と言われてもよぉ!」

「人間とのハーフなんだろ?やっぱ王女様は純血じゃないとダメだろ!」

「いつでも人間界に逃げ帰れる場所がある人はいいよなぁ」

 くるみには聞こえていた。

 これは精神的に酷くこたえた。

 総司令官室に着いたくるみたちは総司令官・ブラック中将の出迎えを受けた。
 ブラック「実はですな、昨日サマルク軍から、王女を引き渡して降伏すればピスタチの森の人々の生命は保証すると勧告があったんです。」

 まりあ「ばかな!王女を敵に売るというのか!」
 ブラック「いやいや、そうは言っとりません。ただそういう話があったと言っとるだけです。もちろん我々は王女のご判断に従いますよ。」
 ブラック「あ、あと、まりあ少佐。この基地の中では王女の護衛は基地の者にやらせるから、お前は王女の部屋には近づかんように」
 まりあ「何だと!」
 ブラック「もはや、王宮の軍本部が全滅してしまった今となっては、ピスタチ軍の最高位の総司令官はこのわしだ。総司令官として今ここでお前の王女護衛の任務を解除する」

(夜、くるみの寝室)
 くるみは一人窓際の机に座り、星空を見上げていた。
 くるみの目からは涙が溢れていた。

「私はどうすればいいの?教えて、お父さん、お母さん」
 くるみはいつも困った時には助けてくれたエレノアの事を思い出す。
「ねぇ、エリ姉さんならこんな時どうするの?・・・教えて・・・エリ姉さん」

 くるみは机に突っ伏して泣いた。
 ナッツは基地の警備兵の目をかいくぐり、くるみの部屋まで様子を見に来ていた。しかし、ドアの前まで来たものの、ナッツは中に入る事は出来なかった。くるみの泣き声が聞こえる・・・ナッツはドアの隙間からくるみの様子をそっと覗くのが精一杯だった。

 その夜、ナッツは誰にも見つからないように、そっとシェルターを抜け出して闇夜に消えて行った。

(翌朝)
 基地の司令室にくるみが入って来た。
 ブラック「決心はつきましたかな?」
 くるみ「・・・はい、私が出ていけば、ピスタチの森の人達の生命は保証してもらえるんですね」
 まりあ「王女!待って下さい!」

 ブラックが目配せをすると、基地の兵士達が5人ほどやって来て、暴れるまりあを押さえつけながら部屋の外へ引きずり出して行ってしまった。

 ブラック「よくぞ決心して頂きました。そうですとも。これがピスタチの森にとって最も良い道ですぞ」
 くるみ「昨夜からナッツの姿が見えないんですが、知りませんか?」
 ブラック「さぁー、もうここも危ないと思って逃げ出したんじゃないですかね」
 くるみ「・・・ナッツ・・・」


(バックムーンとの国境・べスフレ峠付近の山中)
 べスフレ峠近くの深い森の中をよろよろと歩く一つの影があった。
 ナッツが歯を食いしばりながら歩いていた。

 既に魔法力は尽き、もう飛ぶ事も出来なくなっていた。
 右脚は電撃を受け、もう動かす事も出来なくなっていた。

 それでもナッツは動かない右脚を引き摺って、樹々につかまりながら必死に進んでいた。

 ナッツ「くるみちゃん、待っててね。くるみちゃん」

 昨日の夜から、国境を封鎖しているサマルク軍の銃撃を幾度となく受け、幾度となく捕えられた。
 ナッツはその度に時間を巻き戻し、ここまで逃げ延びて来た。

 しかし、もうくしゃみをしても1秒も戻らない。
 魔法力も体力も既に使い果たしてしまっていた。
 そして、最後に残された気力までもが、今まさに尽きようとしていた。

「いたぞ!あそこだ!」
 ナッツを追っているサマルク軍の兵士達の声が聞こえた。

 ナッツは走ろうとするが、もう脚が言う事を聞かない。
 飛んできた電撃をもろに背中に受けて、ナッツは前のめりに倒れた。

 ・・・・・

 ナッツは

 それでもなお

 肘で這った。

 ナッツの脳裏にくるみの笑顔が浮かぶ。

 妖精学校でいじめられ、落ち込んでいる僕に優しく声をかけてくれたくるみちゃん。

 僕が時間魔法が使える事がわかった時、自分の事のように喜んでくれたくるみちゃん。

 もう王女と呼ばないで!と泣いていたくるみちゃん。

 そして、今まさに国民のために命を投げ出そうとして泣いているくるみちゃん。

 ・・・・・・
 ナッツは気が遠くなってきた。
 ナッツの思い出の中のくるみの顔もぼんやりとぼやけ始める。

 必死で這うナッツに対し、サマルク兵は容赦なく更なる電撃を浴びせた。

 ナッツ「・・くるみちゃん・・」
 ナッツはついに気を失った。

 サマルクの兵士が3人、ナッツの脇に降り立った。
 兵士A「ただの難民の妖精のようだな。どうする?」
 兵士B「色々面倒だ。ここで始末しちまおう」
 兵士達はナッツに剣を向けた。

 その時、どこからともなく、激烈な電撃が兵士達に落ちた。
 凄まじい威力だった。
 その破壊力は一瞬で3人の兵士達の身体を跡形もなく蒸発させてしまうほどだった。
 これはもう神の怒りに触れたとしか考えられなかった。

 倒れているナッツに1人の女性が近づいて来た。
 女性は仮面を付けていて、素顔は見えない。
 仮面の女性はナッツのそばにしゃがみ込み、ナッツを愛おしそうに抱きしめた。


(基地の滑走路)
 北の空がサマルク軍の軍勢で覆い尽くされた。当世最強と謳われるマグマ親衛隊の3人、サイダー、エール、タンファが率いるサマルク軍の襲来だ。
すごい数だ。優に1000人は超えていた。対して守るピスタチ軍の生き残りはわずか300人。ピスタチ軍は完全に飲まれてしまっていた。

 滑走路上にはくるみがブラック総司令官と共に立っていた。

 まりあは夕べから上官の命令を聞かず、王女に会わせろと暴れて仕方がないため、剣を取り上げられ、滑走路脇の独房に入れられていた。
 皮肉な事に、まりあの独房の窓からはくるみ達の姿が良く見えた。
 ブラックが隣のくるみに手錠をかけたのを見て、まりあは悔しくて悔しくて、血が出るくらいに強く唇を噛み締めながら、鉄格子のはまった窓からくるみ達を見つめていた。

 滑走路の周囲には人々が殺到していた。ピスタチの森の人々や妖精達が全員シェルターから出て来て、固唾を呑んでくるみ達を見つめていた。

 男達は無力感で俯いていた。

 女達は神に祈っていた。

 子供達は泣いていた。

 なぜ国を守る為に王女一人が犠牲にならなければならないのかと。

 ココナ「ねぇ、お母さん。王女さま、どうなっちゃうの?ねぇってば。」
 母親は両手で顔を覆ってただ泣くだけだった。

 マグマ親衛隊のサイダーが近づいて来て、くるみとブラックに対峙した。

 サイダー「降伏して王女を引き渡すと言う事だな?」
 ブラックは卑屈な愛想笑いを浮かべ、揉み手をしながら答える。

 ブラック「はいー左様です。あのー、ところで、私の今後のサマルク帝国での地位は、どんなもんでしょう?」
 サイダー「ああ、貴様か、王女を引き渡して降伏したいと提案して来たピスタチ森の内通者というのは」

 まりあ「!!貴様あ!王女を!ピスタチの森を売ったのか!」

 ブラック「サイダー様達のお手を煩わせてはいけませんので。」

 まりあ「貴様あああ!このゲス野郎!許さんぞっ!絶対に許さんぞおおお!貴様だけは!貴様だけは、この私が地の果てまで追って行って、この手で、この手で地獄へ送ってやる!絶対に許さんぞおおおお!許さんぞおおお!」
 まりあは涙を流しながら素手で鉄格子を殴り続けた。

 サイダー「よし、ブラックとやら、お前に褒美をやろう」
 ブラック「へ?」
 サイダーは目にもとまらぬ速さで剣を抜き、ブラックを真っ二つにしてしまった。

 サイダー「これが俺達の答えだ。王を売る家臣など必要ない。さあ、残りのピスタチの奴らは今から山を越えてサマルク帝国まで歩くんだ。我が国で死ぬまで奴隷として働いてもらおう。」

 くるみ「!!そんな!話が違う!」

 サイダー「違わないさ、あいつらは殺しはしないよ。ただ王女、あんたはここで死んでもらうがな。はっはっは!」

 くるみは膝から崩れ落ち、地面に手をついて泣き始めた。
 くるみの手にぽたぽたと涙が落ちる

 くるみ(私は、私はこれで良かったの?)

 サイダーは剣を抜く。

 くるみ(もっと、もっとみんなを幸せにしたかった。)

 ピスタチの人々から悲鳴とどよめきがあがる。

 くるみ(もっと、もっとお父さんと話したかった。)

 サイダーは剣を振り上げた。

 くるみ(もっと、もっと生きたかった!!)

 サイダー「死ねぇ!」

 くるみの目から大粒の涙が溢れた。

 その時、サイダーを上空から一筋の電撃が襲った。
 サイダーは後ろへ飛び退いて電撃をかわし、上空を見上げた。
 上空から、ハヤブサの如く飛んできたマックスがサッとくるみをさらって、再び上空へと舞い上がる。

 くるみ「まことくん!」

 東の空を見ると、大勢の魔法使い達がこちらへ飛んで来るのが見えた。

 先頭にいるのは、エレノアだ!エリ姉さんだ!
 くるみの涙が嬉し涙に変わった。

 エレノアがバックムーンの軍500人ほどを率いて飛んでくる。エレノアの隣には体中を包帯でぐるぐる巻きにされた、元気なナッツの姿があった。
 ナッツ「くるみちゃあああーん!」
 くるみ「ナッツ!どこに行ってたの?無事だったのね!」

 エレノア「くるみちゃん、私ならそういう時、どうするか教えてあげましょうか?私は決して諦めないわよ。誇りを守る為に戦うわ。」

 軍勢の中にはトトール園長や保母さん達もいた「くるみ王女ー!いつかの借りを返しに来たわよー!」

 あちこちで戦闘が始まった。
 エレノアが近づいて来ると、くるみは我慢出来ず、エリ姉さん、と抱きついた。
 エレノア「あらあら、まだ泣くのは早いわよ。さあ、バックムーンとピスタチの魔法使い同士でペアを組んで戦いましょう。くるみ王女、私と組んでいただけますか?」
 くるみは涙を拭きながら、久しぶりに笑った。「喜んで!」

 マックスはまりあが監禁されているのを発見し、独房の壁を壊してまりあを助け出した。
 マックス「おや、まりあ少佐ともあろうお方がケガをしてるのかい?俺がペアを組んで守ってやろうか?」
 まりあ「何だと?お前のペアごとき、私の右手一本で充分だ!」
 マックス「なんだ、元気じゃねえか。もう力一杯暴れていいぞ。さあ、行こう。」

 トトール園長「さあ、シェルターは私達が守るから、安心おし。」
 くるみ「トトールさん!」
 トトール園長「子供達にはこれからは攻撃魔法よりも先に防御魔法を教える事にしてね、ほら、ごらん、この水風船の中に入っているのは、子供達が作った結界魔法だよ。これをシェルターの周囲に撒いておけば、ほとんどの流れ弾は防げるよ」
 くるみ「へぇぇ、あの小さな子たちがねぇ」
 トトール園長「この、強力なやつ、沢山あるけど、誰が作ったか分かるかい?」
 くるみ「エスプレくん?」
 トトール園長「驚かないでおくれよ。ラテちゃんなんだよ。私達大人よりも強力な防御魔法を使えちゃうからびっくりしたよ。あの子、泣き虫だけど、人一倍、大切な物を守りたい気持ちは強かったんだね。」

 エレノア「さあ、くるみちゃん、行こうか!」
 くるみ「うん!」

 数では劣るピスタチ・バックムーン連合軍だったが、電撃の挟み撃ちによる爆破攻撃により、戦闘は圧倒的に優勢だった。

 中でも、まりあ少佐の猛攻は凄まじかった。敵の真っ只中に斬り込み、寄ってくる敵兵を片っ端から切り刻んでいった。まりあ、マックスペアに限っては挟み撃ちの爆破攻撃などは必要なかった。
 マックス「おーおー。まりあ少佐、ストレス解消になってそうだな。恐ろしや。恐ろしや」
 まりあ「黙れ!」

 まりあは気づいていた。
 まりあがケガをしている左手側の敵を、常にマックスが防いでくれている事を。

 この戦いで、敵の大将2人をまりあが倒し、1人はマックスが倒すという、このペアの強さが際立っていた。

 サマルク軍の兵士達は、なぜ味方の体が爆発していくのかさっぱり分からず、大将を3人とも失った段階で混乱のうちに散り散りになって逃げて行った。


(戦闘後)
 くるみ「ありがとうエリ姉さん!」
 エレノア「今日の明け方、ぼろぼろになったナッツが、私にピスタチの森のピンチを伝えに来たのよ。サマルク軍が厳重に封鎖しているあのべスフレ峠をよく越えてこれたものだわ。でも、ほんと間に合って良かったわ」

 くるみとナッツは抱き合って喜んだ。


 しかし、しばらくすると、くるみは悲しげにうつむいた。

 くるみ「でも、私、王女失格です。自分の国を守れなかった・・・」

 くるみは両手で顔を覆って泣き出した。
 エレノアは、くるみを慰めようとくるみの肩に手をかけたが、ふと何かに気づいて後ろを振り向いた。

 エレノア「・・・ふふっ、くるみちゃん。・・そうでもないみたいよ」

 くるみは、またたく間にわあっとピスタチの森の人々に囲まれていた。
「王女、無事で良かった!ケガはないですか?王女!」
 くるみはピスタチの人々にもみくちゃにされていた。

 エレノアはかわいい妹の成長を見るように嬉しかった。
 エリ姉さんは微笑みながら優しく言った。

 エレノア「おめでとう、くるみ王女。貴方は今日、本当の王女になったのよ。」

 くるみはピスタチの人々にもみくちゃにされながら、一瞬きょとんとしたが、やがて涙でぐしょぐしょの顔で、はじけるように笑った。

 ピスタチの森の人々は誇らしかった。
 みんな、自分たちの王女を愛していた。
 もう誰もくるみの悪口を言う者はいなかった。

 ココナちゃんがあふれんばかりの笑顔でくるみに飛び付いて来た。
 ココナ「王女さまーーっ!!」

 今、くるみの胸には爽やかな風が吹き抜けていた。
 王女として頑張って生きよう、と思った。

 その後、くるみ王女とエレノア王女は固い握手をした。
 この日、正式にピスタチの森とバックムーンの森に平和協定が結ばれた。

(フェニックス神殿)
 漆黒の闇夜の中、どこからともなく金色に輝く鳥が飛んで来て、神殿の中に入って行く。
 フェニックスが神殿に帰って来たのだ。
 しかし、フェニックスがいるべき場所・神殿のサーブの間の魔法陣の上には仮面を付けた女が既に座っていた。

 仮面の女「あら、フェニックス、お帰りなさい。もう舞台は整ったの?」
 フェニックスは小さく頷いた。
 仮面の女「じゃ、行きましょうか。歴史の総仕上げをしに」

 仮面の女はフェニックスを肩に乗せたまま、神殿の階段を登って行く。

 カツーン、カツーンと冷たい音が神殿の階段に鳴り響いた。

 最後の戦いの幕が上がる。

 (続く)


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