魔法の森のくるみとナッツ 第8話

第8話 Sincerely

(ピスタチ軍の基地内)
 くるみ達はサマルク軍に占拠されているフェニックス神殿を奪還する計画を立てていた。
 折りよく、サマルクの皇帝、タンブラーも前線を視察する為に、現在フェニックス神殿に滞在中であった。皇帝を倒すなら今がチャンスだった。

 ピスタチ・バックムーン連合軍の参謀であるワイズは、ある機器を兵士達に配りながら言った。

 ワイズ参謀「これは兵の魔法レベルを測定できるスカウターだ!各隊長はこの数値を参考にしながら兵を配置する事!」

 くるみとナッツもスカウターを着けて辺りを見回すと、周囲の兵士達のレベルが数値として見えた。
 通常の兵士はレベル3〜5といったところの様だ。

 くるみとナッツはお互いを見た。
 二人とも、レベルは1だった。
 くるみ「がっくり・・・。私たち、まだまだね~。頑張らなきゃ。」


 突然後ろの方でどよめきが起こった。

 くるみが振り向くと、マックスがいた。数値はレベル10。強いはずだ。
 マックスの隣にいたまりあちゃんはレベル8だった。

 マックス「なんだ。有名なまりあ少佐も大した事ないな。また今回も俺がペアを組んで助けてやろうか?」
 まりあ「今はケガの影響でパワーが落ちてるだけだ。」
 マックス「人間界の学校での事を忘れたのか?俺に一度も足で勝てなかったくせに」
 まりあ「持久走なら私の方が速かったぞ。」
 マックス「ちょっと待てよ、確か水泳は・・・」


 ナッツ「あの二人って、いつもああなの?」
 くるみ「そうそう、いつもあんな感じなの。困っちゃうわよね。」

 と、言いつつ、くるみは実はあの二人は気が合うのだと思っている。あの二人は他の者達と比べ、能力がずば抜けて高い為、お互いが本音で話せる相手は他にはそうそう見つからないだろう。

 ナッツとおしゃべりしていたくるみに、三人の男たちが話しかけてきた。
 男たちはピスタチ軍の兵士で、まりあ同様、ブラック中将に逆らったという理由で、ずっと独房に入れられており、先日の基地解放とともに近衛隊に復帰したと語った。
 
 ピスタチの近衛隊は、使える魔法の特性により、スペード、ダイヤ、ハート、クローバーの4隊に分けられていた。
 この三人はそれぞれ、スペードのエース・ダミアン、ダイヤのエース・ヘーゼル、クローバーのエース・マルコと名乗った。

 あとの一人、ハートのエースはもちろん、まりあだった。

 エレノア王女「さあ、出撃よ!バックムーンとピスタチ両国の未来はこの一戦にかかってるわ!各員、一層奮励努力せよ!」


(フェニックス神殿)
 精霊山の深い森の奥にある巨大なフェニックス神殿は、夜に見るとおどろおどろしく、不気味な雰囲気が漂っている。
 その神殿の、高い、高い屋根の上に何者かが立っていた。肩にフェニックスを乗せた仮面の女が強い風の中、真紅のマントを大きくはためかせていた。

 ピスタチ・バックムーン連合軍は神殿の各門の前に布陣し、今、まさに突入せんとしていた。その時、ふと、上から何かあたたかい気配を感じ、屋根を見上げたまりあの目に、フェニックスの姿が映った。

 まりあ「くるみ王女!屋上にフェニックスがいます!」
 くるみ「え?ほんと?」
 まりあ「戦闘は私達に任せて、王女は早く屋上に行ってフェニックスを捕まえて下さい!急がないと、もうじきピスタチの森は魔法オーラが尽きて、魔法使いや妖精達が住めない死の森になってしまいます。」
 くるみ「分かったわ!みんな気をつけて!」

 くるみはナッツを肩に乗せ、屋上に向かって飛んで行った。
 
 ワイズ参謀「?私のスカウターが、屋上から何か大きな魔法オーラを検知したぞ。敵かもしれない。念のためにくるみ王女に護衛を付けた方がよい。まりあ少佐は編成上もう抜けられないから、ダミアン、ヘーゼル、マルコの三人で王女の護衛にあたってくれ。」

 三人は敬礼をし、急いでくるみを追って飛び立って行った。


 まりあ達が神殿一階の大広間に踏み込むと、そこにはマグマ大将軍率いるサマルク軍が待ち構えていた。最後方にはタンブラー皇帝も陣取っている。

 エレノア王女「マグマ大将軍はレベル13だ。やはり強い。我々もこれ以上兵士の犠牲を出したくない。一気にかたをつけるぞ!」
 一撃で戦いを終わらせるため、ピスタチ軍とバックムーン軍は初手から挟み込んでの爆破攻撃を仕掛ける。両軍が左右両方から同時にマグマ大将軍に電撃を撃った。

 空中で電撃魔法がバチバチとショートする音が聞こえる。

 何か今までと様子が違う。

 部屋に充満していた火花と煙が消え去ると、そこにはまだ無傷のマグマ大将軍が仁王立ちしていた。

 ピスタチ軍兵士達「!」

 マグマ大将軍「お前らの新たな攻撃手法に対して、俺が何の対策もしてないとでも思っていたのか?」
 マグマ大将軍がマントを脱ぐと、中には黒い色の防具を着込んでいた。
 マグマ大将軍「これは魔法に対する防護服だ。どんな電撃を撃った所で、全て空中に放電してしまうから、もう今までの様にはいかんぞ。」

 マグマ大将軍が剣を前に向かって振ると、それを合図にサマルク兵士達が突撃を開始し、サマルク軍と連合軍が大広間の中央で激突した。

 マックス「まりあ、聞いたか?魔法がはじかれるとなったら、剣での物理的な斬撃で攻撃するしかないな。」
 まりあ「望むところだ」
 言うが早いか、まりあはマグマに向かって風のように走った。

 マグマがまりあに向けて電撃を放つ。
 しかし、まりあはそれらをことごとくかわしながらマグマに迫る。

 まりあに間合いに入られたマグマは剣を横に薙ぎ払う。剣は空を切った。
 直後、上空からまりあが袈裟懸けにマグマを切り下ろした。


 まりあはチッと舌打ちをしてマグマから跳び退いた。

 まりあ「ダメだ。悔しいが私の斬撃ではパワー不足の様だ。奴の体表面には魔法でバリアが張られている」

 マックス「よし、俺が行く」
 マックスはパワーでの真っ向勝負を挑んだ。
 双方とも、岩をも粉々に砕きそうな斬撃の応酬。不用意に近づけば体を切り刻まれてしまうのは明らかで、誰も近づく事が出来なかった。

 マグマの渾身の斬撃をマックスが辛くも剣で受け止めた。しかし、マグマの圧倒的なパワーの前に、マックスは踏ん張りきれず、跳ね飛ばされて背後の壁に激突した。

 エレノア王女「信じられん。マックスがパワー勝負で負けるなんて。」

 まりあとマックスはチラッと視線を交わした。

 まりあは左手、マックスは右手に分かれ、両側から挟み撃ちでマグマに迫った。

 まりあが左から仕掛ける。
 マグマは、風のように速いまりあの動きを捉えきれない。
 まりあに気を取られ、マグマにわずかな隙が生じる。
 そこを見逃さず、マックスは的確に斬撃を見舞っていった。

 マグマが狙いをマックスに変え、パワー勝負に持ち込まれそうになると、まりあが反対側から斬りつけ、まりあはわざと隙を見せては再度マグマを誘い込む。
 まりあの動きがついに捉えられそうになるとマックスが間に割り込み、まりあを守った。

 二人はずっと昔からのペアだったかの様に完璧に息が合っていた。即席のペアだと言っても誰も信じなかっただろう。

 二人の攻撃は少しずつだが、確実にマグマの体にダメージを与えていった。

 苛立ったマグマがまりあを狙って大振りになった瞬間をマックスは見逃さなかった。遂にマックスがマグマの右腕をたたき落とした。
 マグマ「ぐあああ!」
 まりあ、マックス「トドメだ!」
 まりあとマックスが同時にマグマに斬撃を食らわせると、巨大なマグマの体は吹っ飛んでいって遥か後方の壁に激突し、そしてそのまま動かなくなった。

 まりあが周囲を見回すと、既にサマルク軍は壊滅に近い状態であり、連合軍の勝利は決しつつあった。

 エレノア王女「タンブラー皇帝!もはやあなたに勝ち目はないわ!おとなしく降伏しなさい!」

 タンブラー皇帝「動くな!これを見ろ!」

 空中に外の森の様子がホログラムの様に浮かび上がった。

 ピスタチ軍基地のようだ。基地では避難民達が列に並んで食事の配給を受けている様子がみえる。

 その基地の遥か上空に、銀色に光り輝く球体が浮かんでいた。

 タンブラー皇帝「どんな時でも奥の手を用意しておくのが私のやり方でね。
 今、ピスタチの森の上空に浮かんでいるこのカプセルが何かお分かりかな?
 これは人間界の核施設から集めて来た放射能を凝縮して詰め込んだカプセルだよ。このスイッチを押せばこのカプセルはピスタチの森に落ち、この先、未来永劫、ピスタチの森は生物の住めない死の森になるのだ!降伏するのはお前らだ!」

 連合軍一同は驚きのあまり固まった。

 タンブラー皇帝「わかるだろう?本当は私も今後我が領土となるピスタチの森にこんな放射能は落としたくないのだ。お前らが降伏するならピスタチの人々の命は保証しよう。降伏しろ!」

 本当に放射能爆弾を落としてしまえば、タンブラーは怒り狂った兵士たちに、もうこの場で八つ裂きにされ、自身の命が無くなる事は明らかだ。
 タンブラーもスイッチを押すわけにはいかなかった。
 当然、ピスタチ軍側も押させるわけにいかなかった。

 双方が動けなくなった。

 この時、人知れず、マグマ大将軍は這いながらある場所を目指していた。
 レシーブの間の床にある魔法陣だ。マグマ大将軍は敵兵に感付かれないように気をつけながら、なんとか魔法陣の真上まで辿り着いた。すると、マグマ大将軍の体に再びパワーがみなぎってきた。

 マグマ大将軍がけもののような咆哮をあげると、神殿全体が巨大な地響きで揺れた。
 そして切り落とされたマグマ大将軍の右腕が再生した。

 神殿にいたみなはその地響きに驚いて振り返った。

 ワイズ参謀「しまった!今、やつのいるレシーブの間は森から魔法オーラを吸い上げる事が出来る。あいつは今、ピスタチの森からエネルギーを吸い取ってるんだ!」

 マグマ大将軍が再生した右手を大きく前へ振ると、マグマの手の先から強力な電撃が放たれ、ピスタチ軍兵士達を次々と薙ぎ倒していった。

 タンブラー皇帝「おお!マグマ大将軍!でかしたぞ!ここでピスタチ軍もバックムーン軍も全滅させてしまえ。明日からゆっくりと両国を占領する事としよう。両国とも、私に逆らった罰だ!国民全員皆殺しにしてやる!」

 マグマ「これは素晴らしい!体中に力がみなぎってくるわ!」
 マグマは更に森からオーラを吸い上げ続ける。

 ワイズ参謀「くそっ。やつは魔法オーラだけでなく、手当たり次第に全てのオーラを吸い上げ始めやがった。生命のオーラまで吸ってやがる!」

 窓の外を見ると、森の木々が凄い勢いで枯れていっているのが見えた。森の妖精達も気が遠くなって次々にバタバタと倒れていく。

 ワイズ参謀「このままではピスタチの森が死に絶える!まずいですぞ!」
 エレノア「何か手はないのか!」
 ワイズ参謀「応急処置としては、左のサーブの間から森にオーラを供給すれば、森が死に絶える事は当面はとめられるかと。」

 それを隣で聞いていたまりあは急いでサーブの間に走り、床に描かれている魔法陣の中心に立った。

 魔法陣は容赦なく、まりあの体から精気を吸い取り始める。まりあは気が遠くなりそうな自分を必死に励まし、気を強く持った。

 窓の外を見ると、森の枯死はとりあえず止まっているようだ。

 マグマ「あの女、フェニックスの代わりをするつもりか。まあ良い、結局、森に流した、あやつ自身のエネルギーは回り回って俺の体に流れ込むのだからな。」

 マックスはマグマが何故かよそ見をしているこの隙を見逃さず、マグマに襲いかかった。
 しかし、それに気づいたマグマが剣を横に振る。たちまち竜巻が巻き起こり、マックスを上空に巻き上げたかと思うと、天井からぶら下がっているシャンデリアにマックスを叩きつけた。

 ワイズ参謀がマグマのレベルを測定すると、なんとレベル20。もはや誰も手がつけられないレベルにまでパワーアップしてしまっていた。

 ワイズ参謀「これは自分の内面から発する本来のレベルではない。いわばドーピングだ。こんな無茶な事に、奴の体は一体どこまで耐えられるんだ?」

 タンブラー「ふはは、素晴らしいぞ、マグマ大将軍!この分だと放射能爆弾は使わずとも良さそうだな!」

 ピスタチ、バックムーン連合軍の兵士達はレシーブの間に踏み込み、マグマ大将軍を囲むが、近づいた者からマグマの剣の餌食になっていくだけの状況が続き、容易に手が出せなかった。遠方からの電撃の挟み撃ち攻撃も、やはり効き目が無かった。

 再び立ち上がったマックスは自らに魔法でバリアを張った。
 そして再度マグマに突撃したが、今のマグマはそんなバリアなどは難なく破り、マックスに強烈な電撃をくらわせた。マックスはレシーブの間の外まで吹っ飛ばされて壁に激突した。

 連合軍の最強の魔法使いであるマックスがここまで手も足も出ないとなると、これはもはや万事休すだった。


 一方、サーブの間のまりあも、もはや瀕死の状態だった。全ての自分の魔法オーラを放出しきり、もう今は生命維持に必要な生命エネルギーまで放出していた。ついにまりあは気が遠くなって魔法陣の上で崩れ落ちた。

 エレノア「まりあちゃん!」
 まりあを助けに入ろうとするエレノアをワイズ参謀が必死に止める。
 ワイズ参謀「あの魔法陣には魔法レベルの低い者が近づくのは危険です。王女は即死の可能性があります。」
 エレノア「じゃ、どうすればいいの!まりあちゃん!まりあちゃん、しっかり!」

 倒れていたマックスの耳にこのエレノアの声が聞こえた。

 マックス「まりあ?まりあがどうしたって?」
 マックスはふらふらと立ち上がり、エレノアの声のする方に歩いて行った。

 マックスがサーブの間に入ると、まりあが魔法陣の真ん中でうつ伏せに倒れているのが見えた。

 マックス「まりあ、どうしたんだ!」
 ワイズ参謀「マックス大佐!もう貴公の魔法レベルもほぼ0に等しい!危険だ!魔法陣に近づくな!」

 マックスは構わず魔法陣の中に入り、まりあに駆け寄った。途端に魔法陣は強烈にマックスの精気を吸い取り始める。マックスの顔は苦痛に歪んだ。

 マックスはまりあを抱き起こした。
 マックス「まりあ、しっかりしろ!」

 まりあは青白い顔でぐったりしていた。

 まりあは目を閉じたまま動かない。

 マックスはまりあを強く抱きしめた。

 その瞬間、まりあの指がピクリと動いた。
 マックス「!まりあ、まりあ!しっかりしろ!」
 まりあはかすかに呼吸していた。

 マックスの頭の中はとりあえずの安堵と不安でごちゃ混ぜになり、何をどうしたら良いのか全く分からなくなってしまった。

 マックスは

 まりあに

 キスをした。

 まりあは今、遠のいて行く意識の中で、一面に白い花が咲いている丘の一本道を登っていた。
 まりあは、不意に後ろからマックスに名前を呼ばれた様な気がして振り返った。

 まりあが

 ゆっくり

 目を開けた。

 まりあは、しばらくぼうっとしていたが、じきに自分がマックスにキスをされているという事が分かると、みるみる顔が真っ赤になっていった。

 その時、まりあの魔法レベルが僅かに上がった。

 ワイズ参謀「おお、まりあさんの顔に生気が戻った!私の知らない魔法ですかな!」
 エレノアは苦笑した。

 まりあは自分の腕をマックスの背中に回した。

 すると、なぜかマックスの魔法力までもが上昇し始めた。

 ワイズ参謀「一体どこからエネルギーが湧いて来ているんだ?これは不思議だ。」
 エレノア「私にはなんとなく分かる。魔法オーラは使う者の気持ちと直結しているとお前がいつも言っているではないか。」


 マックス「不思議だ、何故か力が戻って来た」
 まりあ「ああ」

 この頃、隣のレシーブの間では、何故かマグマが苦しみ、うめき声をあげ始めていた。

 ワイズ参謀「そうか!マグマはまりあさんとマックスの魔法オーラを直接体内に取り込んでいるから、奴の体の中で2つのオーラがショートしているんだ!奴の防護服の攻略法が分かりましたぞ!」

 エレノア「はやく言え!」

 ワイズ参謀「この、サーブの間の魔法陣の上でピスタチとバックムーンのオーラを爆発させるんです!そうすれば、その爆発は奴の体内に直接巨大な衝撃を与える事ができます。今のマグマの体は例えるなら、水を入れ過ぎてパンパンに膨れ上がった水風船の様なものです。針でひと突きしてやれば破裂します!」

 エレノア「しかし、爆発って、どうやって?・・・ハッ!」

 エレノアは何か恐ろしい事に気づいてしまい、自分の頭からその考えを振り払おうと頭を振った。


 まりあとマックスにもワイズの言葉は聞こえていた。

 マックス「まりあ、聞いたか?」
 まりあ「ああ」

 マックス「俺がここに残る。お前は魔法陣の外に出て、そこから俺に電撃を撃つんだ」

 まりあ「何を言ってるんだ。これはピスタチの森の話だ。私が残る。」
 マックス「もはやマグマを倒さないと未来がないのはバックムーンとて同じだ。」
 まりあ「しかし、」

 マックス「お前がいなくなったら、くるみちゃんはどうする!」

 まりあ「・・・」

 マックス「くるみちゃんはエレノア王女と違ってまだまだ未熟だ。お前が必要なんだ。お前がいなくなったら、途方に暮れる姿が目に浮かぶぜ」

 まりあ「それは、、」

 マックス「俺も少しの間だったけど、くるみちゃんとお前と、三人で一緒に人間界で過ごせて楽しかったよ。」

 まりあは、もう言うべき言葉が見つからなかった。

 マックス「俺、お前ら二人のこと、尊敬してるし・・・なんて言うか・・・好きだぜ。お前らの事。」

 まりあの頭の中には様々な思いがいろんな所から湧いてきて、ぐるぐると渦巻いていた。
 自分でも今、何を考えるべきなのかが分からなくなってきていた。
 
 不意にまりあの目から涙がこぼれ始めた。 
 自分でも、これはなんの涙なのか分からなかった。

 マックスは驚いていた。
 あの、あの強いまりあが泣いている。

 マックスはまりあを強く抱きしめた。

 マックス「俺がかわいそうだと思うかい?」
 まりあは泣き続ける。

 マックス「どっこい、俺は今、幸せなんだ」
 まりあは少し顔を上げた。

 マックス「この俺の命一つで祖国が守れるんだ。軍人として、こんなに名誉な事はないんだよ。お前にだって分かるだろう?」

 まりあは悲しく微笑んだ。

 マックスもまりあも、何か、もっと、とても大切な事を話しておかなければならない様な気がしていたが、それが一体何なのかは分からなかった。

 マックス「まりあ、奴がこの攻撃方法があるという事に気づく前にやらないと。」

 まりあ「・・・分かった・・・」

 マックスに優しく背中を押され、まりあは歩き出した。

 まりあは俯きながら歩き、魔法陣の外まで来ると、ゆっくりと振り向いてマックスに向けて剣を構えた。

 エレノアももう止めなかった。涙を流しながらもしっかりとマックスを見つめていた。

 マックスは改めてエレノアに向かってひざまずいた。
 マックス「それでは王女、最後の任務に行って参ります。」

 エレノアは口を開けばマックスを止めてしまいそうだった。エレノアは口を真一文字に結んだまま、軽く頷いた。

 マックスは剣先を自分に向けて持ち直した。

 そしてマックスは自身に向けて電撃を放ち、マックスの体はオーラを帯びて金色に輝き始めた。

 マックスは両手を広げてまりあの方に向き直った。

 まりあは震える剣先をマックスに向けたまま動けずにいた。

 その場の誰も動けなかった。まるで時が止まったかの様だった。

 ・・・・・・・


 突然まりあは剣を床に投げ捨てた。
 そして、まりあはマックスに向かって走った。

 まりあはマックスに抱きつくと、今度は自分からキスをした。
 まりあの体から強烈なオーラが放出された。

 マックスも剣を床に投げ捨てて、まりあを強く抱きしめた。

 二人の放出する強烈なオーラは竜巻の様に二人の周りで渦を巻き、下の魔法陣に吸い込まれて行った。

 マグマ大将軍が再び苦しみ始めた。

 ワイズ参謀「そうか!分かりましたぞ!二人のやろうとしている事が!膨れ上がった水風船を針で突いて破裂させるのではなく、更に水を流し込んで破裂させようというのですな!」

 エレノア「そんな!二人のあんな弱った体では無茶だ!もしも先に二人の体力が尽きたら二人とも、、」

 ワイズ参謀「そうです。二人は死にますな。しかし、まりあ殿は、たとえ万にひとつでも、二人とも生き延びられる可能性のある道を選んだのでしょうな。」

 まりあとマックスは強く、強く抱きしめ合っていた。
 もう国の事も、立場の事も、任務の事も、二人の頭の中にはなかった。

 今はただ、お互いの事だけを想っていた。

 心から


 強く抱きしめ合った二人の体からは、過去に誰も見たことのないような強烈で美しい七色のオーラが放たれていた。

 二人には、フェニックス神殿で戦っている他の兵士達の声が、違う世界での出来事の様に遠くに聞こえた。

 気づくと、まりあはまた一面に白い花の咲き誇る丘の一本道を登っていた。

 しかし、今度は一人ではなかった。

 隣にはマックスがいた。

 二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
 
 そして、二人は手を繋ぎ、丘の上に輝く強い光に向かって歩き始めた。


 空には二人のこれまでの人生が走馬灯のように映し出されていた。

 まりあの走馬灯が回る。
 まりあは、朝も、昼も、夜も、いつも、いつも、くるみを見ていた。
 陰からくるみを見守っていた。

 マックスは言う。
 お前は本当に仕事人間だったよな。

 仕事だけじゃないさ。くるみちゃんといると楽しかったんだ。

 わかる気がする。

 二人は笑った。

 マックスの走馬灯が回る。
 マックスはそんなまりあの横顔を、春も、夏も、秋も、冬も、いつも、いつも、陰から見守っていた。

 まりあは言う。
 なんだよ、お前気持ち悪いやつだったんだな。

 うるさい。

 二人は笑った。

 二人は幸せだった。

 二人は丘を登り続け、丘の上の強い光に近づいて行くと、真っ白な光に照らされ、溶けるように徐々に二人の存在自体が薄れていく。二人の現世での記憶も、もうほとんど消えてしまっていた。そして、恍惚の中で次第に二人の意識も遠くなっていった。

 その時、一匹のハムスターがまりあを後ろから走って追いかけてきた。

 あら、みるく、みるくじゃないの。ご主人様はどうしたの?
 まりあがしゃがんで右手を差し出すと、ハムスターはまりあの右手にぴょんと跳び乗って来て、まりあの指をぺろぺろと舐めた。

 ずいぶんなついてるな。俺はもうほとんど過去の記憶がないや。

 過去?・・・いいえ、これは・・・過去の記憶じゃないわね・・・

 え?

 まりあはみるくを大事に胸に抱えて立ち上がり、来た道を振り返った。

 どうした?

 なんだろう?
 何かとても大切なこと、いいえ、とても大切な人?

 二人の足は、止まった。

 

 その頃、神殿では、タンブラーのペットのハムスターがどこからともなく現れ、タンブラー皇帝の肩に登って来た。
 ヒステリックにマグマに向かって叫んでいたタンブラーはそれに気が付かなかった。

 ハムスターはタンブラー皇帝の首筋に噛みついた。

 タンブラー皇帝「な、何だ!お前は一体?」
 タンブラーは余りに驚いたため、はずみで放射能カプセルの落下スイッチを思わず押してしまった。

 驚くことに、このハムスターは嚙みついている歯から強烈な電撃を放った。そして、その電撃は、タンブラー皇帝の体の中枢神経を一撃で焼き切ってしまった。

 タンブラー皇帝はそのまま倒れ、苦しむ間もなく、あっけなく死んでしまった。

 放射能カプセルが森に落ちた。

 大量の放射能が森中に撒き散らされる。

 しかし、放射能は森からあっという間に消えていく。
 撒き散らされた大量の放射能は、全てマグマ大将軍の体に流れ込んでいた。

 マグマ大将軍は苦しそうに絶叫した。

 マグマ大将軍の水風船が、遂に破裂した。
 大将軍は苦しみ、悶えながら、その場で前のめりに倒れ、そして、ついに絶命した。


 神殿は静まり返っていた。
 神殿にいた連合軍の兵士たちは目の前で起きたことがしばらくは信じられなかった。

 しかし、兵たちは徐々に分かってきた。
 みな、お互いに顔を見合わせ、笑みをこぼし、次第にぽつり、ぽつりと話し始めた。

 兵士たちの声は徐々に大きくなっていき、そして、最後にはみなで歓喜の大声を上げた。
 兵士たちは、さっきまでぎりぎりで耐えていた絶望の淵から、解放された。

 遠くピスタチ王宮ではマグマの魔法で凍らされていた王族達や兵士達の魔法が解け、次々と元の姿に戻っていた。
 王族達も兵士達もみな、身分も忘れ、抱き合って喜んだ。


 戦いは終わった。

 激戦のあった神殿では、もう今は穏やかな時間が流れていた。

 抱き合って喜び合う者。
 ケガをして手当を受けている者。
 家族の写真を見て、涙ぐんでいる者。
 もう疲れ果てて眠ってしまっている者。

 もう戦いは終わったのだ。


 
 気を失っていたマックスは意識を取り戻した。
 
 マックスはゆっくりと周囲を見回し、戦いが勝利のうちに終わった事を知った。

 そして、自分がまりあにひざまくらされている事を知った。

 マックスはまりあが無事で、微笑んでいる事に安堵した。

 そして、まりあの顔を見つめながら言った。
 マックス「あれ、もしやあなたは閻魔大王さま?」

 まりあは、むっとしてマックスのほっぺたを思いっきりつねった。
 マックス「いてて!やっぱ俺は地獄に落ちたのか」

 マックスとまりあは静かに見つめ合った。

 そして、二人は笑った。
 マックスはまりあの頬をやさしく撫でた。

 マックス「いや、やっぱりここは天国らしい。」

 マックスは、まりあが自分に向けてくれるこの優しい微笑みを見つめながら、生きていてよかった、と思った。
 マックスはそのまましばらくまりあの顔を見つめていたが、突然、ハッと何かを思い出して言った。

 マックス「くるみちゃんは?」
 まりあ「屋上にいるフェニックスを捕まえに行った筈だけど、遅いわね。ちょっと見に行こう。」

 マックス「まりあ、その前にちょっと、もう一回、あの、俺にパワーの出てくるおまじないを・・・」

 まりあは一瞬驚いた顔をして顔を赤らめたが、すぐに少佐の顔に戻った。

 まりあ「調子に乗るな!」
 まりあはマックスのほっぺたを思いっきりつねった。
 マックス「いててて!!悪かった、悪かったよ!」

 まりあはマックスのほっぺたから手を放し、少しいたずらっぽい目をしたかと思うと、マックスの頬にキスをした。
 
 マックス「!?」

 ・・・・・
 
 まりあはくるりと振り向いて、階段に向かって走り出した。
 まりあ「さあ行くぞ!」

 マックスは予想外のまりあの攻撃に気が動転しながらも、まりあの後をよろけるようについて行った。

 ワイズ参謀「あの二人のどこからあんな強力なパワーが湧いて来たのか非常に興味がありますな。是非私めにあの二人を研究させて頂きたい。」
 エレノアは肩をすくめて苦笑いをした。

(神殿屋上)

 神殿屋上のくるみとナッツは恐怖で立ち尽くしていた。

 くるみの護衛のダミアン、ヘーゼル、マルコの三人は既に満身創痍で床に倒れ込み、うめき声をあげていた。ピスタチの近衛各隊のエースの三人が、である。

 フェニックスは冷たい目でくるみ達を見つめている。

 くるみ達とフェニックスの間には仮面の女が立ちはだかっていた。

 どこからともなく現れたハムスターが仮面の女の体を駆け上り、女の肩に止まった。
 仮面の女「ああ、下は終わったの?ご苦労さま」

 くるみは今、目の前で起こっている事がとても現実とは思えなかった。

 それくらい、信じられない事が起こっていた。

(最終話「さよならワタシ」へ続く)



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