魔法の森のくるみとナッツ 第9話 (最終話)

第9話 さよなら、ワタシ(最終話)

(神殿の大広間)
 戦いが終わった神殿の大広間では、もはや敵味方関係なく、けが人の救護活動でごった返していた。
 そんな中、エレノア王女もケガ人の手当てに忙しく走り回っていた。

 その時、エレノアはふと、自分が手当てをしている目の前の敵兵の顔に見覚えがある様な気がした。
 通りすがりのワイズもその事に気がついた。

 ワイズ「エレノア王女!その男は、サマルク帝国のトレイ参謀です!今回の侵攻計画を立案した中心人物です!」

 エレノア「やはりあなたが・・・」

 トレイ「エレノア王女か・・・まさかあなたに手当てをしてもらう日が来るとはな・・・」
 エレノア王女はトレイの頭に包帯を巻きながら問う。
 エレノア「何故お前たちはこんな無益な戦いを仕掛けてきたんだ。フェニックスエネルギーをお互い平等に分け合って、共に生きていけば良かったではないか。」
 トレイ「お前らは何も分かっていない。我々とて、やむを得なかったのだよ。
 ・・・お前たちにいい事を教えてやろう。お前たちはフェニックスさえ捕まえて連れ戻せば、また元の豊かな生活が戻って来ると思っている様だが、それは大きな間違いだ。
 何故ならば、今日の夜明けとともに、フェニックスはその寿命が尽きて死んでしまうからだ。あと1時間ほどの命だ。」

 ワイズ「何言ってやがる。フェニックスは死んでも再びよみがえるはずだ。」

 トレイ「ククク、本当に何も知らないのだな。

 フェニックスの再生は現状、不可能なのだ。
 再生する為に必要な2体の生贄が、世界中のどこを探しても現在、存在しないのだ。あと1時間でフェニックスは本当に死ぬ。そしてもう永遠によみがえらない。

 現状、残り少なくなったエネルギーを他国から奪い取り、他国の魔法使いたちを殺して人口を減らす以外に我々の生き残る道はなかったのだ。

 お前らも、自分たちの置かれた絶望的な状況というものが、じきにわかる・・・。」

 ワイズ「フェニックスが?死ぬだと?」

 エレノアは窓の外を見やり、ぼんやりと遠くを見つめたまま、何も語らなかった。

(神殿屋上)
 フェニックス神殿の屋上ではフェニックスを奪い取るための戦いが繰り広げられていた。
 いや、これはもはや戦いとは言えなかった。彼我の戦闘力には圧倒的な差があり、くるみ達は敵である仮面の女に一方的になぶられているだけであった。

 仮面の女は余裕の笑みを浮かべながら魔法の剣を頭上で大きく旋回させる。
 旋回するほどに、剣からは四色のオーラが噴出し、仮面の女の上空で巨大な渦を巻いていた。

 ダミアン「あの一連の動きは一体何をしているんだ?」
 ヘーゼル「ああ、あんなのは見た事も聞いた事も無い。それに、あの女、一人で四色全てのオーラを使えるとは一体どういう事なんだ?」

 仮面の女が剣をくるみ達の方に勢いよく振ると、四色のオーラが渦を巻きながらくるみ達に襲いかかって来た。
 四色の渦は、辛くもかわしたくるみ達をかすめ、遥か遠くの神殿の南塔を直撃した。
 四色の強烈な渦巻きは、高さ20m程もあるレンガ造りの南塔を粉々に打ち砕き、更には遥か後方の精霊山の木々をへし折り、山の斜面を削り取り、山の形まで変えてしまった。

 くるみが装着しているスカウターがピピピと鳴り、仮面の女の数値が出た。

 くるみ「う、うそでしょ?レベル30って・・・連合軍最強のマックスですらレベル10なのよ・・・なんであなたみたいなのがいるの?・・・あなたは一体、何者なの?・・・」
 仮面の女「ふふふ・・・」

 くるみ「ねえ、何でこんな事するの?フェニックスを返して!お願い!私達の森に必要なの!」
 仮面の女「ダメだねぇ。フェニックスは今から私の国に連れて行って、これからは私の国の為にその聖なるパワーを使ってもらうのさ。」
 くるみ「じゃあ私達の町や森はどうなるの?」
 仮面の女「そんなの知ったこっちゃないねぇ。みんな苦しみながら干からびて死んでいくんじゃないかい?」

 仮面の女の肩に乗っていたハムスターがチュウチュウと鳴いた。
 仮面の女「お前も遊びたいのかい?あそこにお前の相手としておあつらえ向きなのがいる。あの白い奴と遊んでおいで。」

 仮面の女は自分の肩の上に乗っていたハムスターをナッツにけしかけた。ハムスターは恐るべきスピードで仮面の女の肩を駆け下り、ナッツに襲いかかって来た。

 ナッツは今の自分に使えるあらゆる魔法を使って必死に応戦した。
 しかし、速さではハムスターに全く敵わない。
 ナッツは噛みつかれるたびにくしゃみをして時間を戻し、ハムスターにトドメを刺されるのをからくも避け続けていた。

 もうかれこれ10回ほど時間魔法を使った所で、ナッツはもう体力が尽きて倒れ込んでしまった。

 仮面の女「もう終わり?つまんないわね。あなた、もうちょっと良く考えなさい。時間を操れるなんて最強のカードなんだから。時間魔法って、逃げる為だけにしか使えないの?」

 ナッツはもう魔法力も精神力も尽き果ててしまっていて、何かを考えられるような状態ではなかった。

 仮面の女「こんなに相手が弱いんじゃ、私がつまんないから、一ついい事を教えてあげるわ。複数の色のオーラを同時に撃つと、破壊力が飛躍的に高まるのよ。さっきの私のを見たでしょう?」

 仮面の女が、また剣を頭上で大きく旋回させると、剣の先から四色のオーラが噴出し、女の上空で巨大な竜巻となった。

 マルコ「あいつの言ってる事は本当なのか?」
 ダミアン「・・・悔しいが、このままだと全員やられてしまうだけだ。やってみる価値はある。」
 ヘーゼル「しかし、今、ハートのエースのまりあがいないぜ。」
 ダミアン「やむを得ない。三色でやるしかない。」

 ダミアン、ヘーゼル、マルコの三人は立ち上がり、天に向けて剣を構えた。三人の剣先からはそれぞれの色のオーラが噴出し、三色の渦を巻き始める。

 しかし、三人の渦巻きのパワーは明らかに仮面の女の竜巻に劣っていた。

 くるみは3人の戦いを固唾を呑んで見守っている。

 仮面の女「ハートのエースがいないんじゃしょうがないわね。ポーカーの手で例えるなら、あなた達のはスリーカード止まり。残念だったわね。この私のフォーカードと正面から撃ち合っても絶対に勝てないわ。さ、もう終わりにするわよ。覚悟はいい?」

 この戦いを、遠くから祈るようにして見守っていたくるみだったが、もう居ても立っても居られなくなり、ピスタチの3人の方に向かって走り出していた。

 くるみ「私も入るわ!私のカードが何であれ、私が入ってマイナスになるという事はないはずよ!」
 くるみが3人の側で剣を天に向かって構えると、剣先からは、まさに、今、みんなが喉から手が出るほどに欲しかったハートのエースのオーラが勢いよく噴出した。

 ダミアン「やった!信じられん!」

 四人の頭上で四色のオーラが渦を巻き、仮面の女と同じ、フォーカードの輝きを発し始めた。

 マルコ「くるみ王女の属性はハートのエースだったのか!」

 マルコ達は、このとんでもない幸運に興奮し、三人の心の高まりに伴って魔法のパワーも上昇した。

 その様子を見ていた仮面の女は、どこか嬉しそうだった。
 仮面の女「大したものね。王女が入っただけで部下のオーラパワーまでもがこんなに上昇するなんて。王女が愛されている証拠ね。」

 ダミアン「みんないくぞ!」
 ヘーゼル「おうよ!くらええええ!」

 くるみ達と仮面の女、双方が4色のハリケーンを相手に向けて放った。真っ正面から双方のハリケーンが激突する。
 ダミアン「もうこの一撃に賭けよう!この一撃に我々の、全ての魔法力を込めるんだ!」

 双方の真ん中でぶつかって拮抗していたハリケーンが、徐々に仮面の女の側に押され始めた。くるみたち四人は、自らの体の中に残っていたあらん限りの魔法力を搾り取り、ハリケーンに注ぎ込んだ。

 ダミアン「うおおおおお!」

 そして遂に、均衡が崩れた。

 くるみ達の執念を込めたハリケーンは凶暴な破壊力を伴って仮面の女に襲いかかった。

 大轟音とともに仮面の女の周囲の手摺りや床のレンガが粉々に砕け散った。
 それでも勢いの衰えないハリケーンは女の背後の山々を削り取り、巻き上げ、仮面の女がいたあたりは一面、真っ黒な粉塵で何も見えなくなってしまった。

 ヘーゼル「やった!」

 くるみ達は精も根も尽き果ててその場にへたり込んだ。

 くるみ達の放った四色のハリケーンの威力は凄まじく、まだ山々の間には雷鳴のような音がこだましていた。

 しばらくして、ようやく我に返った四人は肩を抱き合い、薄氷の勝利を雄たけびと笑顔で喜んだ。

 ヘーゼル「やった!やったぞ!」
 マルコ「ああ、これで森は助かった。」

 やがて、粉塵が風に流されて薄くなっていくと、粉塵の向こうから太陽の輝きが、うっすらと見えてきた。

 マルコ「夜明けだ」

 くるみ「?」 

 ダミアン「いや、変だ。あっちの方角は北のはずだ。太陽はあっちからは登らない」

 粉塵が消え去った。
 そこには光輝くフェニックスが立っていた。

 仮面の女を守りながら。

 くるみ「・・・うそ?・・・」

 くるみ達は絶句してその場にしばらく立ち尽くしていた。

 ヘーゼル「何故、フェニックスが敵を守るんだ?」

 くるみ「フェニックスは、ピスタチの味方じゃなかったの?ピスタチに帰って来たかったんじゃなかったの?」

 ダミアン「フェニックスは俺たちの守り神じゃなかったのか?」

 マルコはその場に崩れ落ちた。
 マルコ「俺たちは、一体、何のために戦っていたんだ・・・」

 ヘーゼルは奮い立った。
 ヘーゼル「いいや!フェニックスがピスタチの味方だろうが敵だろうが関係ない!ピスタチの森が死に絶えないようにする為には俺たちはフェニックスを捕まえなければならないんだ!」

 ヘーゼル達はよろよろと立ち上がり、再び仮面の女に向けて剣を構えた。

 その時、塔の階段を駆け上がって来る二つの足音が聞こえた。
 まりあとマックスだった。

 二人は屋上の破壊し尽くされた惨状を見て一瞬唖然としたが、くるみ達と対峙している仮面の女の姿を見て、倒すべき相手だと直観的に理解した。

 まりあとマックスは迷わず剣を抜き、仮面の女に襲いかかった。

 まりあは疾風のごとく一瞬で間合いを詰め、鋭い斬撃を連続で浴びせた。  
 が、しかし、仮面の女はまりあの太刀筋を完全に見切っており、すれすれの所で全てかわして行く。

 仮面の女「あら、あなたがあの有名な、「風のまりあ」さんね。」

 まりあとマックスは両側から挟み撃ちにして攻撃する。しかし、仮面の女にはどんな攻撃も全くかすりもしない。

 何度やっても同じだった。これはもう完全に実力差としか言いようがなかった。

 そこへダミアン達の3人も加わり、仮面の女に対して5人で攻撃を仕掛けた。

 仮面の女は5人の攻撃をかわしながら、まだ話す余裕があった。
 仮面の女「実は私にも異名があるのよ。私は人呼んで「Sonic Queen、音速の女王」よ。」

 まりあとマックスが同時に仮面の女に撃ち込んだ。
 仮面の女は数ミリ単位で二人の斬撃を見切り、二人の間を風のように軽やかにすれ違っていく。

 仮面の女はそのすれ違いざま、まりあとマックスの耳元で何かを囁いた。

 まりあとマックスの動きが止まった。

 まりあとマックスは驚愕の表情でお互いに顔を見合わせた。

 一体、何が起きているのか、いったい、何を信じればいいのか分からないと言った表情で、しばらく二人は呆然と仮面の女を見つめていた。

 その時、一匹のハムスターが二人の目の前に現れた。
 まりあとマックスを更なる驚愕が襲う。

 マックス「まりあ・・・この子は、もしかして・・・」

 まりあ「ああ・・・」

 ハムスターは勢いよくまりあの肩にかけ登ってきた。
 ハムスターはまりあとマックスの目を交互に見つめて、何かを伝えようとしているようだった。

 しばらくして、まりあとマックスの目から迷いが消えた。

 突然、まりあとマックスは振り向いて、後ろにいたダミアン達、味方3人の剣を叩き落とした。
 ダミアン「!」
 くるみ「一体どうしたの?二人とも!」

 まりあとマックスはもう既に剣を収め、仮面の女の方にゆっくりと歩いて行った。
 そして仮面の女の隣に立つと、ゆっくりとくるみ達の方を振り返った。

 仮面の女の肩にはフェニックスがとまり、その両脇にまりあとマックスが臣従するかのように並んで立っていた。みな、くるみたちを冷たく見下ろしていた。

 ナッツ「もしかして催眠術か何かをかけられちゃったのかな?二人とも、しっかりして!」

 くるみ「お願い、フェニックス!もう森が死にそうなの!私たちの元に戻って来て!」
 仮面の女「そうだな、お前に最後のチャンスをやろう。私とお前の一騎討ちで、お前が勝ったらフェニックスは返してやっても良い。いや、一騎討ちでは実力差がありすぎてつまらんな、そこの白い奴と二人がかりでも構わないよ。」

 ダミアン「そんな、王女はさっきの一撃で全ての魔法力を既に使い果たしてしまっているんだぞ!戦える訳ないだろう!」

 確かにくるみは体力の限界だった。果たして、まだ自分に魔法が撃てる余力があるのかどうか、自分でも分からなかった。

 しかも、さっきみんなと一緒に四色の魔法を撃って以来、なんだか体の中心が熱いのだ。何か自分の体がおかしい。

 この時くるみはふと自分の剣を見て、不思議な事に気が付いた。剣が四色の光を放っている。どういう事?もしかして、わたし・・・

 仮面の女「嫌なら、もうここで、この遊びは終わりだ。もうフェニックスは諦めるんだね。森ごと干からびて死ぬがいいさ。」

 くるみ「そんなのひどい!ひど過ぎるよ!」
 仮面の女「ひどい?悪いのはお前達だろ?みんなを守る力のないお前達が悪いのさ」

 ダミアン達はうなだれた。

 倒れ込んでいるナッツは自分の無力さに泣いていた。

 くるみはうつむいていた。
 このまま私の国は滅びるしかないの?・・・。

 うそ・・・そんなのうそよ・・・

 くるみの目から涙が一滴こぼれ落ちた。

 ・・・悔しい・・・

 あたりは長く長く、深い静寂につつまれた。

 ・・・・・

 くるみ(そうよ、なんで今まで気づかなかったのかしら。
 レベル30の相手を斃すにはレベル30の攻撃をするしかないじゃない。)

 くるみは顔をあげた。
 くるみ(そして、私はその方法を知っている!)

 くるみはキッと前を向いた。
 くるみは、先ほど仮面の女がやっていた様に、頭上で魔法の剣を大きく旋回させ始めた。

 くるみが頭上で剣を旋回させ始めると、くるみの剣からなんと、四色のオーラが噴出し始めた。

 ヘーゼル「!」

 マルコ「これは!・・・信じられん! くるみ王女が四色のオーラを操っている!くるみ王女はハートのエースではないな。」

 ダミアン「ああ、間違いない、我らがくるみ王女は・・・ジョーカーだ!」

 ヘーゼル「まさか、くるみ王女が、ここ100年間、空位だったジョーカーなのか?」

 しかし、くるみの剣からは四色のオーラが出るものの、明らかにパワーは小さい渦巻だった。

 仮面の女「おやおや、そんな魔法力の尽きた体で一体何が出来るというんだい?」

 くるみ(くるみ、どうなの?本当に、もうやれる事は全てやったの?もう本当に出せるものは全て出し切ったの?)

 その場のみなが固唾を飲んでくるみを見守っている。
 ただくるみの回す剣の音だけがヒュンヒュンと音を立てていた。

 くるみ(もう、もう私、あの基地での時のように、中途半端に諦めて、後で後悔するのはもうイヤなのっ!!)

 その時、くるみの身体から白い炎の様なものが立ち上がった。

 ナッツ「くるみちゃん!まさか自分の生命エネルギーを使うつもりなの?やめて!」

 くるみの着けているスカウターの数字が爆発的に上昇し始めた。

 レベル5・・・10・・・15・・

 仮面の女「・・・生命エネルギーが空っぽになった体でレベル30の魔法を使うという事がどういう事か分かってるの?・・・あなた、確実に死ぬわよ」

 その言葉を聞いても、くるみの体から放たれるオーラはみじんも乱れなかった。

 しかし、スカウターの数字はレベル20あたりで止まってしまい、そこからはもう上がらない。

 くるみ(・・・ダメ、私の生命エネルギーを全部使ってもレベル30の魔法を撃つにはまだ足りない・・・)

 くるみ(・・・・・神様っ!!!)

 その時、突如くるみの首にかかっていたお母さんの形見のペンダントが眩い光を放った。
 それは、その場にいた全ての者たちの五感を一気に奪ってしまうくらい強烈な光だった。

 あたり一面が白い光に包まれた。

 白い白い静寂の世界。

 音のない世界で仮面の女とペンダントだけが何か会話をしていた。

 仮面の女が・・・笑っている?

 ・・・

 しばらくするとペンダントの眩い光が徐々におさまって行き、元の夜の世界に戻った。

 突然ペンダントがパーンと大きな音を立て、粉々に割れて飛び散った。
 くるみ「お母さん!」

 仮面の女はその様子を黙って見つめていた。
 その頬には、何故か涙が伝っていた。

 突然くるみの魔法のパワーがレベル30にまで上昇した。ペンダントに最後に残されていたお母さんの生命エネルギーまでをも取り込んだようだ。

 くるみはお母さんの形見のペンダントが砕けてしまった事に大きなショックを受けていた。

 しかし、お母さんも自分を後押ししてくれているのだと徐々に理解できてきた。
 くるみは、自分たちにこれだけの犠牲を強いる、目の前の憎っくき巨大な敵、仮面の女を強く睨んだ。

 何としても、この魔法は当てなきゃ。遠くから撃ってもダメね。外さないようにするには相手に接近して、この剣で直接切るしかない。
 でも、私に、あの、音速の女王の動きが捉えられるのかしら?

 ナッツはくるみが必死に戦っている姿を見つめながら、自然と立ち上がっていた。

 ナッツは何としても、くるみの援護をしたかった。
 ナッツ(なんとか、なんとかあの敵を捕まえて動けない様にしないと。このままだとくるみちゃんの決死の努力がムダになっちゃう。)

 ナッツは強く、強く願った。
  
 ナッツ(あの女を捕まえなきゃ!捕まえなきゃ!)

 一瞬、ナッツの周りの世界が陽炎のようにゆらっと揺れた。

 ナッツの周囲の時間が止まったみたいだ。

 ・・・いや、動いている?

 しかしナッツの目には他のみんなの動きが全てスローモーションのように、とてもゆっくりに見えた。

 ナッツ(なんだろう?僕以外の時間の進みが遅くなったのかな?)

 ナッツはハッと気づいた。
 これなら仮面の女を捕まえられるかも!

 ナッツはスローモーションになっている仮面の女に向かって走った。

 女の背後に周り、後ろから女に飛びついた。

 捕まえた!!

 ナッツは仮面の女の攻撃魔法を阻止すべく、女が剣を持っている右腕に必死にしがみついた。

 そこで、世界の時間の流れが通常に戻った。

 くるみ「ナッツ!いつの間にそんな所に!」
 ナッツ「今だ!くるみちゃん!早く斬って!」

 くるみ「ちょっと待って、ナッツ!あなたもこの魔法の威力は知ってるでしょ?このまま斬ったらあなたまで死んじゃう!」

 ナッツ「くるみちゃん一人だけ逝かせない!僕も一緒に行くよ!さあ、はやく!・・・千載一遇のチャンスだよ!」

 くるみは涙ぐんだ。
 ナッツ、そんな事までしちゃダメよ、と言う思いが喉まで出かかった。

 しかし、このバケモノを斃すには、もうこれしか方法がなかった。
 もう時間がなかった。

 くるみは王女として決断した。
 そして友達として言った。

 くるみ「ナッツ、ごめんね!そして、ありがとう!ずっと一緒ね!」
 ナッツは最期にとても嬉しそうに笑った。

 
 くるみは静かに息を整え、心の中でいろんなものに別れを告げた。
 (さよなら、みんな)

 くるみは、キッと仮面の女を睨みすえた。

 くるみは体に残された最後の力を振り絞り、仮面の女に向かって地面を蹴って走り出した。

 くるみ「うあああああ!」

 仮面の女の動きはスローモーションの様に遅かった。

 これならかわされない!

 ナッツが仮面の女の周りだけ、時間の流れを遅くしていたのだ。

 くるみ「くらええええー!」

 その時、くるみの視界に突如割り込んできた二つの影があった。
 まりあとマックスだった。
 まりあとマックスが左右からくるみに抱きついてくるみの攻撃を阻止しようとしていた。

 くるみ「なんで?なんでよ!あと一息なのよ!二人とも、離してえええ!」

 続いてフェニックスまでもがくるみの前に立ちはだかり、そのまま抱きついてきた。フェニックスはそのまま巨大な炎を発し、くるみは灼熱の炎に包まれた。
 くるみ「きゃあああ!」

 くるみは炎で焼きつくされたかに見えた。

 ・・・

 くるみ「あれ?熱くない。何なのかしら、これは」

 くるみは体中のケガの痛みが消えていき、疲れ切った体にエネルギーが充填されていくのを感じた。

 フェニックスとまりあとマックスがくるみを抱きしめ、3人がかりでヒーリングとエネルギー充填をしてくれていた。

 まりあの目からは涙が溢れていた。
 まりあ「くるみちゃん、ごめんね。辛い思いをさせてごめん。」

 仮面の女は、自分の右腕に必死にしがみついているナッツを抱きしめた。そしてそのままナッツにヒーリングとエネルギー充填を施した。
 ナッツ「えっ?」

 仮面の女「あなたって子は。いつも私のためにありがとう。」

 女の仮面が割れた。

 そこにはとても美しい女性の顔があった。
 
 しかし、どこかで見た事がある様な気が・・・

 ナッツ「!もしかして、くるみちゃん?」
 未来のくるみ「そ、10年後の未来から来たわたし。やったね、ナッツ。レベルアップおめでとう。」

 屋上には既に騒ぎを聞きつけて、多くの人々が詰めかけていた。
 みな、仮面の女の正体に騒然としていた。

 そんな中、エレノア王女が静かに階段から上がって来た。

 エレノア「お疲れ様、未来のくるみちゃん。さすが、一番難しい、最善のシナリオを演じきったのね。」
 未来のくるみ「エリ姉さん!」

 ナッツ「えっ?エレノア王女はこの事知ってたの?」

 エレノア「知ってたも何も、ベスフレ峠で気絶してたあなたを私の部屋の前まで運んで来てくれたのは未来のくるみちゃんよ。で、その時、あらかた話は聞いたわ。みんな、おめでとう。よくこんな、つらいシナリオをみんなで走り切ったもんだわ。」

 未来のくるみ「みんな、手荒な事してごめんねー。でも、3つの森を守る為にはしかたがなかったの。
 実はね、フェニックスの生命は、今日の夜明けとともに尽きてしまうのよ。
 何故ずっと平和だった3つの森が100年前から突然戦争ばかりする様になったのか、わかる?

 フェニックスの寿命が尽きかけていて、森に分配されるエネルギーが徐々に少なくなっていたからなのよ。100年続く戦争は、エネルギーの奪い合いだったの。
 本当は100年前にフェニックスはよみがえりの儀式をしないといけなかったのを、やらずにだましだまし、今日までやって来たツケよね。」

 マックス「何故よみがえりの儀式をやらなかったんですか?」

 未来のくるみ「この儀式には、ジョーカーが2枚必要だったからよ。フェニックスが一度燃えて、よみがえる儀式に触媒として必要なの。でも、この100年間、世界中をどれだけ探しても、ジョーカーが現れなかった。」

 マックス「100年ぶりの登場がくるみちゃんなのか。」

 未来のくるみ「この、よみがえりの儀式はね、側から見ていると時間的には1分くらいなんだけど、そのフェニックスの周りだけは千年もの時間が経ってしまうの。
 フェニックスに捧げられたジョーカー達は二度と生きて帰って来れないから、古来から生贄と言われているわ。」
 ナッツ「えっ?じゃあ、くるみちゃん達はどうなっちゃうの?」

 未来のくるみ「古来、何故かジョーカーの側には時間魔法を操る妖精が現れるの。その妖精と心を通じ合わせれたジョーカーだけが生き残って来れたという歴史があるわ。

 どうしても今、あなたに目覚めて欲しかった理由はそこなのよ、ナッツ。
 あなたのその、局所的に時間を止められる魔法で、私たち二人の体だけ時間を止めて欲しいのよ。ほんと、あなたのレベルアップが間に合って命拾いしたわ。」

 ナッツ「ぞおおお、間に合って良かった。」
 ナッツは安堵のあまり、床に崩れ落ちながら言った。

 未来のくるみ「うふふ。もう夜明けが近いわ!フェニックスのよみがえりの儀式、始めましょう!」

 フェニックスを挟んで2人のくるみが両側に立った。
 未来のくるみ「じゃ、ナッツ、私たち二人の時間を止めて」
 ナッツ「うん。・・くしゅん!」

 フェニックスの炎は二人のくるみをも巻き込み、巨大な炎となった。

 フェニックスの体が自らの炎で焼きつくされていく。

 そして・・・やがて、その炎が燃え尽きた時、炎の中から小さな一羽の小鳥のフェニックスが姿を現した。

 フェニックスが生まれ変わった。

 ナッツは再びくるみの時間を動かし始める。
 ナッツ「くしゅん!」

 二人のくるみは再び瞬きをし、呼吸をし始めた。

 未来のくるみ「成功ね。フェニックスさん」
 小鳥のフェニックスはとても嬉しそうに鳴いた。

 その時、目の前の景色が陽炎の様にゆらっと揺れた。時空が歪んだようだ。
 そして、突如、つむじ風が起きたかと思うと、くるみ達の前に一人の女性が現れた。
 その女性は軍の高官の制服に身をつつみ、凛として、とても美しかった。

 マックスはびっくりして女性を指さしながら言った。「ま、まりあ?」
 
 女性はかすかに微笑み、未来のくるみの前に跪いて言った。

 未来のまりあ「お疲れ様でした、女王陛下。お迎えにあがりました」
 未来のくるみ「あら、総司令官がじきじきに迎えに来てくれたの?悪いわね。
 みんなに紹介するわ。私の親友であり、右腕でもある、ピスタチ軍総司令官、人呼んでLightningまりあ、稲妻のまりあ、よ」

 マックスは見逃さなかった。未来のまりあの左手の薬指に指輪が光っている事を。
 マックス「あ、あの、まりあ総司令官、そ、その指輪は・・・」
 未来のくるみ「ストーップ!未来の事を話すわけにはいかないわよ。ね、まりあちゃん?」
 未来のまりあ「はい、万が一未来が変わってしまっては困りますから」
 マックス「そ、それはつまり、どういう意味の・・・」

 未来のくるみとまりあは顔を見合わせて、しばらく、くっくっくっと笑いをこらえている様だった。
 しかし、しばらくするともう二人は我慢しきれずに、大声であーっはっは!と弾けるように笑い始めた。

 未来のくるみ「あっはっは、頑張れよ、少年!油断は禁物だぞ!」

 マックスはむすっとして、隣に立っていたくるみとまりあを肘でこづいて小声で言った。
 マックス「おい、お前ら、いい加減にしろよな・・・」
 くるみ「そんな事、私達に言われたって・・」
 まりあ「ねえ。」

 くるみとまりあも顔を見合わせて笑いあった。
 マックス「ちぇっ。現在も未来も性格わりいでやんの。」

 フェニックス神殿の屋上に詰めかけた人々の間に、どっと大きな笑いが溢れた。

 二人のくるみは向かい合った。
 未来のくるみ「わたしがさっき使ったジョーカーの魔法、やり方はもう分かったわよね?」
 くるみ「あ、はい」
 未来のくるみ「じゃ、しっかり練習するのよ。」
 くるみ「はい。」
 未来のくるみ「ただし、生命エネルギーはもう使っちゃダメよ。」
 くるみ「はい、わかりました。」
 未来のくるみ「それとね・・・さっきお母さんね・・・」

 未来のくるみは胸がいっぱいになったようだった。

 未来のくるみ「・・・「くるみも立派になったね」、だって。」
 2人のくるみは涙ぐみながらあはは、と顔を見合わせて笑い合った。

 未来のくるみ「じゃ、未来にもたっぷりと仕事がたまってる事だし、そろそろ帰るとしますか。
 ナッツ、私たちを10年後の世界に飛ばしてくれる?適当に飛ばしてくれれば、あとはあっちのナッツが引っ張ってくれるわ。」
 ナッツ「ガッテン!」

 未来のくるみ「じゃ、さよなら、ワタシ」

 くるみ「うん、さよなら、ワタシ」

 くしゅん!

 未来のくるみとまりあの爽やかな笑顔の残像だけを残し、二人の姿は静かに消えていく。

 二人のカリスマはあるべき未来へと帰って行った。

 
 もう東の山の向こうからは、眩しい朝陽が姿をあらわし始めている。

 森にあふれる笑い声とともに、新しい時代の夜明けが始まっていた。


エピローグ

(バックムーン王宮)
 マックスが手に封書を握りしめながら凄い勢いで走って来る。

 マックス「エレノア王女!ピスタチのくるみ王女からお手紙が届いています!」

 エレノア「あらほんとね。」
 マックス「早く開封して下さい!」
 エレノア「急かすな急かすな」

 エレノアは笑いながら言う。


(エレノアに対する手紙)
「親愛なるエリ姉さんへ

 こんにちは、エリ姉さん。お元気ですか?

 バックムーンの森の復興は順調のようですね。

 私はあの後、戦いで焼けてしまったピスタチの森の復興の為、お父さんと一緒にピスタチの森に移り住んで来ました。毎日やるべき事が多すぎて、てんてこまいですが、ピスタチの森の復興のため、みんなで毎日、朝から夜遅くまで頑張っています。

 このまま復興が順調に進めば、来年あたりにはエリ姉さんから提案のあった、二つの森にまたがる総合魔法学校の創設計画にも着手できると思います。

 ところで、話は変わりますが、次の満月の日の夜にそちらで開催されるバックムーンの森の魔法祭に私とまりあちゃんとナッツの三人で遊びに行こうと思います。

 聞けば、お父さんがお母さんにプロポーズしたのがバックムーンの魔法祭なんですって。Oath Bellの丘から二人で見た、夜空を彩るバックムーンイリュージョンが凄くキレイだったって言っていたので、今からとっても楽しみです。

 まこと君にも大好きなピスタチまんじゅう、沢山持って行くとお伝え下さい。それでは、次の満月の夜が待ち遠しいです。 

 あなたの事が大好きなくるみより。

 P.S. 当日は私たちも祝日なので、久しぶりに3人で朝からハイキングがてら、ベスフレ峠を越えて行こうと思います。ですので、そちらに着くのは午後になると思います。」


 エレノア「マックス!くるみちゃんとナッツくんと、”ま・り・あ・ちゃん”が遊びに来るってさ」

 マックス「べスフレ峠を歩いて来るとは物好きな奴らだな。
 ベスフレ峠なんて、あいつらにとってはつらい思い出ばかりだと思うけどな・・・。」

 エレノア「・・・そうね。」

 マックス「・・・よし、俺もベスフレ峠まで迎えに行って来ます」

 エレノア「うふふ、行きたきゃ行ってらっしゃい」
 マックス「はっ!」

 マックスが敬礼して出て行こうとする所を、エレノアはふと呼び止めた。

 エレノア「・・・ところであなた、ベスフレ峠の名前の由来、知ってる?」
 マックス「さあ?何ですか?」

 エレノア「親友と共に越える試練の峠、”Best Friendの峠”よ」

 (おしまい)


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