魔法の森のくるみとナッツ 第1話
あらすじ
ごく普通の小学四年生、東雲くるみがひょんな事から森の妖精ナッツと知り合い意気投合する。
二人の周囲には凄い人達、凄い妖精達がいっぱい。
二人は劣等感に打ちのめされながらも必死に成長し、やがて自分の住む魔法の森が他国の魔法使い達に攻められた時、彼らは自分のやるべき事を知る。
プロローグ
おかしい。絶対におかしい。
わしはこのピスタチの森の研究を始めて30年になるが、この森がこんなに急速に精気を失って来ているのを見るのは初めてじゃ。
真夏だというのに上流のロイヤル湖が突然凍ってしまったのも妙じゃし、昨夜は北の森の奥深い所で原因不明の大爆発があったそうじゃ。
これも先週、近くの原子力発電所から大量のウランが忽然と消えた事件と関係あるのではないかとわしは睨んでおる。
いずれにせよ、わしは今夜何としてもピスタチの森の、とある妖精に会って、一体この森で、今何が起きているのかを聞き出さねばならん。
ここはピスタチの森の一番奥、語り部の泉。今夜は満月だから、彼女が現れる可能性は高い。わしらは木陰に隠れながら、ひたすらに彼女が現れるのを待った。
長く、冷たい静寂の時間が流れる。
「教授!現れました!」
おお!
遠く、泉の奥には金色の光を放ちながら水浴びをする美しい妖精の姿があった。
行こう!彼女は夜明けには妖精界へ帰ってしまう。
金色の妖精は周囲に美しく甘美な光を放ち、すべての生き物をその暖かい光で魅惑する。
わしらは隠れながら近づいているつもりじゃったが、その優しい光に思わずふらふらと吸い寄せられて行ってしまっていた。
「誰ですか?そこから覗いているのは!」
「いや、驚かせてすまん」
「あなた方は人間ですね。ここは人間の来るべき場所ではありません」
「あなたはこの森の語り部、シェヘラザードですな?どうしても貴方に教えて頂きたいのじゃ。今、この森で何が起こっているのかを」
「・・・この森の事はあなた方人間には関わりのない事です。」
「果たしてそうですかな?この1か月で、ふもとの町では四人もの少年少女達が次々と行方不明になっとるんじゃ。わしはそれもこの森の異変と何らかの関係があると思っとる。あなた方、本当にこの森の異変は人間界とは関係ないと誓えるのかね?」
「・・・・・」
「もう、事は人間には関係ないでは済まないのじゃ。事と次第によっては、事実を人間界で公表し、妖精達を完全に人間界から隔離せねばならん」
「・・・・・分かりました。決して他言しないと約束されるなら、お話致しましょう。この1か月の間にこの森で一体何があったのかを。」
シェヘラザードは語り始めた。
それは、この森にとってとても悲劇的な事件でした。
しかし、反面で、とても幸運な出来事でもありました。
第1話 ジャンボジェットな二人
お買い物袋を持って街を元気に歩く女の子。彼女の名前は東雲くるみ。小学校四年生の9歳です。
「くるみちゃんおはよー!」
「あ、まりあちゃん、おはよー!」
「くるみちゃん、偉いなぁ。今日もスーパーへのお買い物の帰り?くるみちゃんの家、お母さん早くに死んじゃったもんね。大変ねー」
「ううん、私、お買い物大好きなんだー。まりあちゃんはジョギング中なの?」
「そ、体力づくり体力づくり!」
「まりあちゃん、勉強も運動も学校で飛び抜けてるからなぁ。私もちょっとはまりあちゃんを見習わなくっちゃ」
「何言ってるの。くるみちゃんはそのままでいいのよ。じゃ、また明日学校でねー」
「うん。またねー」
そのままくるみちゃんが歩いていくと、いつも見慣れたどんぐりの木の下で一人泣いている白い生き物がいました。
ネコかしら?ううん、違う。これは白い妖精さんね。
「どうしたの?どこか痛いの?」
白い妖精は泣き止みません。
くるみちゃんはポケットに入っていた、大好きなビスケットを半分あげると白い妖精は泣きながら食べ始めました。
「私の名前はくるみ。あなたは?」
「僕の名前はナッツ。ピスタチの森に住む妖精なんだ。」
「そう。よろしくね。ところで、なんで泣いてるの?」
「僕ってダメなやつなんだよ。妖精のくせに何の魔法も使えないんだ。今日は一つ下のやつらに電撃かけられていじめられちゃった。ぐすん」
「そうだったんだ。・・・でも、実は私も死んだお母さんが魔法使いだったから、半分魔法使いの血が入ってるんだけど、魔法なんて一つも使えないの。人間のお父さんが、お前は人間として育てるんだ!って言って、魔法を使うことを許してくれないの。・・・そうだ、今からちょこっとだけ、こっそり二人で魔法の練習しよっか?魔法の杖は持ってる?」
二人は近くの公園で初歩の魔法、エレクトリックスパーク(電撃)の練習をするのだが、二人とも一向に魔法が出て来ない。
くるみ「はぁ、はぁ、ダメねー。魔法って不発でも疲れるものなのね。ちょっと休みましょう」
二人は近くにあったベンチに腰掛けた。
ナッツ「ぐすん。やっぱり僕、ダメなんだ。」
くるみ「・・・あのね、ナッツ、いい事教えてあげる。私が何か出来なくて落ち込んでいる時、お父さんがいつも私に言ってくれること」
ナッツ「?」
くるみ「私が何か出来なくて落ち込んでいる時ね、いつもお父さんは空港へ連れてってくれるの。そして空港ビルの屋上のデッキから滑走路を見ながらいつも言ってくれるの。
見てごらん、あのジャンボジェットを。ジャンボジェットは大きすぎて小回りがきかない。細かい作業が苦手で、色んなクルマに手伝ってもらわないと何も出来ない。空港内を一周するだけの競争なら、間違いなく車の方が速いんだ。でもね、何で他の、あれだけの車が、ジャンボジェットのためにあれだけ働いてくれてると思う?
・・・・・それはね、ジャンボジェットにしか出来ない事があるからだよ。
ジャンボジェットは細かい事は確かに苦手だ。
でもな、たくさんの人達を乗せて、地球の裏側まで飛んで行けるのは彼だけなんだ。
空港内を競争しようぜ!なんて言ってくる車なんか気にする必要はないんだよ。
ジェット機にしか出来ない事を分かってくれていて、黙って陰から支えてくれてる人達の為にも、自分のために滑走路を開けて待ってくれている人達のためにも、ジェット機は自分の仕事をしなきゃいけない。なんとしてでも飛び立たなきゃいけない。
くるみ、お前もいつか、自分の役割が分かって、それを果たすべき時が来る。だから、その日まで真っ直ぐな心でいてくれ、って。」
ナッツ「?」
くるみ「もしかしたら、ナッツもジャンボジェットなのかもしれないじゃない。きっと、何か普通と違う特別な能力があるのよ。」
ナッツ「そうなのかな?僕にも何か出来るのかな?・・・そうだといいな。・・・うん、僕、諦めずに頑張るよ」
くるみ「うん!お互いに頑張ろう!私はナッツの、そういう心の綺麗なところ、大好きよ」
ナッツ「ありがとう。ちょっと元気出た」
二人「あはは」
くるみ「わたし達、名前の意味も似てるし、気が合いそうね!よろしくね!ナッツ!」
ナッツ「うん!僕、人間の友達って初めてだよ。よろしく!」
そこに運悪く、小学校で有名な悪ガキトリオ、鉄雄、剛、タケルが通りかかり、くるみ達に気づいた。
「おうおう、こんな所に魔法の使えねえ魔法使いのハーフ女がいるぜ。なんだ、お買い物の帰りかよ。感心感心。俺らも手伝ってやろうぜ」
ナッツ(ひえーっ!大きな人達だな!怖いよー!)
彼らはくるみがベンチに置いてあった買い物袋を取り上げてしまった。
くるみ「何すんのー!返してよー!」
鉄雄「おらおら、こっちだこっちだ。あはは、そらよ、パス!」
剛「ナイスパス!おらおら、今度はこっちだ!こっちだ!」
くるみ「返してよー!」
ナッツ「や、やめろぉ!」
鉄雄「おお?なんだ、このチビは。お前の連れか?」
タケル「関係ない奴はすっこんでろ!」
ナッツ「ぼ、僕はくるみちゃんの友達だ!買い物袋をくるみちゃんに返せ!さもなければ!」
剛「さもなければ?」
ナッツ、魔法の杖を振り上げる。
悪ガキトリオの顔が引きつる。
(ま、まさか、こいつ、妖精なのか?魔法を使う気か?や、ヤベェ!)
ナッツ「エレクトリックスパーク!」
ナッツ、杖を渾身の力を込めて振り下ろす。
・・・・・・・
鉄雄(・・・・・・・ん?)
剛「おい、何か感じたか?」
タケル「いいや」
ナッツ、何回も杖を振り上げては振り下ろすが、電撃は出ない。
ナッツ「えいっ!えいっ!」
鉄雄「あははは!何だよコイツ、脅かしやがって」
剛「妖精の出来損ないか。お前もとんだナイト様を見つけて来たもんだな!あははは!」
くるみ「そんなに笑わなくてもいいでしょ!いいから、返しなさいよ!」
剛「ダメダメ、ほら、パス」
ナッツ、どれだけ杖を振っても電撃は出ない。「えいっ!えいっ!」
ひたすら杖を振り続けるナッツの足元には、もう涙がぽたぽたと落ち始めていた。
ナッツ(ぐすん。やっぱり、僕ってダメなんだぁ。くるみちゃんの為に何もしてあげられないんだぁ。情けないなぁ。ぐすん。ぐすん)
ナッツはもう杖を振るのをあきらめてしまい、その場に立ち尽くしたまま、下を向いてうなだれてしまった。
(あんな大きな人達と素手で戦っても僕じゃ絶対勝てるわけないし、ぐすん、ぐすん)
(ぐすん、ぐすん。何か、何か僕に出来る事は・・・何の魔法も使えない今の僕がくるみちゃんの為に出来る事・・・ぐすん)
くるみ「ちょっと、返してよー!」
鉄雄「おらおら、こっちだこっちだ!」
ナッツは突然、魔法の杖を投げ捨てたか思うと、買い物袋を持っている鉄雄に向かって泣き叫びながら突進していた。
ナッツ「うああああー!」
鉄雄「うおっ!何だコイツ!!いてててて!」
ナッツが鉄雄のお尻に噛みついていた。
鉄雄はたまらず買い物袋を落としてしまった。
散乱する果物や調味料たち
鉄雄「何しやがる!このチビ!」
鉄雄はナッツの耳を掴んで投げ飛ばした。
ナッツは軽々と20m程ふっ飛んで行って林の中の木にぶつかり、落ちた。
ナッツ「むぎゅ」
くるみ「ナッツ!大丈夫?」
鉄雄「何だよもう、しらけちまったな。おい、もう行こうぜ」
去り際にタケルがあたりに散乱した桃を踏み、剛がコショウのビンを踏んでいく。
くるみ「あー、なんて事を。本当に酷いわね。ナッツ、大丈夫?」
ナッツ「うん。・・・桃、ダメになっちゃったね。」
くるみ「もういいのよ。」
ナッツ「何も出来なくてごめんね。僕が普通に魔法が使えれば・・・」
くるみ「ううん、ありがとう、ありがとう、ナッツ。助けてくれて」
あたりには果物や野菜、調味料が無惨に散乱していた。
くるみは黙って散乱してるものを拾い集めた。
くるみ「あーあー、コショウのフタが壊れちゃってる。困ったな」
その時、下でそれを見ていたナッツの顔にコショウが降りかかった。
ナッツはたまらずくしゃみする。
ナッツ「くしゅん!」
その時、くるみ達の世界が陽炎のように一瞬揺れた。
・・・・・・・・・・・
気がつくと、くるみとナッツは公園のベンチに座っていた。
くるみの目の前には、先程去って行ったはずの悪ガキトリオが、今まさに通りかかった所だった。
鉄雄「???」
剛「なんでまたここに戻って来てるんだ?
タケル「・・・・・まさか、お前ら、魔法使ったのか?これは魔法なんだな?」
3人はくるみとナッツを見つめながら後ずさりし始め、途中からは恐怖に耐えかねてたまらず走って逃げて行った。
くるみは隣に置いてあった買い物袋をゆっくりと開けてみた。
するとそこには、綺麗な桃が入っていた。踏まれていなかった。
くるみ「!!凄い!凄いよ、ナッツ!これって、絶対ナッツが時間を戻したんだよ!」
ナッツ「?」
くるみ「凄い凄い!時間を操るなんて、電撃魔法よりも遥かに凄い事だよ!やっぱりナッツはジャンボジェットだったんだよ!」
ナッツ、真っ赤になって照れる「てへへ」
くるみ「さ、暗くならないうちに帰ろ!」
二人は手を繋ぎながら、川の堤防道路を仲良く歩いていく。
くるみ「でも、やっぱりお互い、空くらい飛べる様になりたいわよねー。お買い物するのも楽そうだもん」
ナッツ「そうだねー」
二人の行く手を、真っ赤な、大きな夕陽が明るく照らしていた。
(続く)
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