ルジューヌ『ギリシア語アクセント規則概説』第一部


第一部
一般的な定義と規則

1.

古典アッティカ方言$${^{(1)}}$$においては,あらゆる語が,母音のうちのひとつに,その語固有の音程上昇を備えている.この母音は,他の母音よりも強く発音されるのではなく,音楽的な抑揚をもって,より高い音程で発音される.つまりドイツ語,英語,イタリア語などのアクセントのような「強さアクセント」ではなく,音楽的特徴をもつ「高低アクセント」である.これを持つ母音を tonique (アクセントのある母音) と言い,それ以外の母音を atones (アクセントのない母音) と言う.

(1) この『概説』は,とりわけギリシア語作文のために編纂したものであるから,古典アッティカ散文には見られないアクセント事象は扱わない.しかし,§ 8 で述べる法則,また § 7 で言及する「置換」$${\text{« metathesis »}}$$ を除いて,第一部で与えられる全ての定義,規則,指示は,古代ギリシア語全体に有効である.
[訳註:ここで「高低アクセント」と訳した語はフランス語原文では $${\text{« ton »}}$$ である.後で見るように $${\text{« accent »}}$$ は「アクセント記号」の意味で用いられ,書名にもある$${\text{« accentuation »}}$$ は「アクセント記号の置き方」を意味するが,文意に合わせて適宜「アクセント規則」「アクセント」と訳した.]

あらゆる多音節語には,アクセントのある母音が一つだけある.一音節語はすべて tonique である.この規則に対する例外は多くない.それらの例外は proclisis (前倚,後接) と enclisis (後倚,前接) に関連し,第三部において扱う$${^{(2)}.}$$

(2) いくつかの一音節語,二音節語はアクセントを持たない:proclitica (前倚辞,後接語) (§ 48) と enclitica (後倚辞,前接語) (§ 50).他方で,多音節語において二つの母音にアクセントが置かれているように見えることがある:これは,固有のアクセントとは別に,後倚によるアクセント (ton d’enclise) を持っている場合である (§ 55).

2.

語におけるアクセントの位置は様々な条件と結びついているが,とりわけ,後で見るように,短いか長いかという母音の量 (quantité) に結びついている.この概念には二つの注意が必要である.

a) 韻律法 (作詩法, prosodie) が考慮するのは音節の長短であって,母音の長短ではない.ごく一般的に,詩においては,母音の後に子音群が続いている音節が,その母音自体の長短を問わず,長い音節とみなされる$${^{(1)}.}$$対して,ギリシア語におけるアクセントの位置$${^{(2)}}$$は母音本来の長短と関連している.音節の長短は干渉しない.したがって,アクセントの観点からすると,ある母音が「性質によって (par nature)」短ければ,たとえ後ろに子音群が続いても,その母音は短いとみなされる$${^{(3)}.}$$

(1) 例えば,$${\text{ὅσπερ}}$$ と $${\text{ὥσπερ}}$$ とは同じ様に $${\text{( ― ⏑ )}}$$ 区切られ,$${\text{λέγεσθε}}$$ (直説法) と $${\text{λέγησθε}}$$ (接続法) とは同じ様に $${\text{( ⏑ ― ⏑ )}}$$ 区切られる,といったように.
(2) 対して,ラテン語のアクセントの位置は,次末 (後ろから二番目の) 母音ではなく,次末音節の長短によって決定される.
(3) そこから,アクセントが置かれた長い次末母音の法則 (§ 8) によって,次のような抑揚の差が生じる:完了不定詞 $${\text{μεμισθῶσθαι}}$$ と $${\text{δεδόσθαι}}$$ との間,$${\text{θώρᾱξ}}$$ $${\text{(ᾱ}}$$ は性質によって長い:属格 $${\text{θώρᾱκος)}}$$ と $${\text{μεῖραξ}}$$ $${\text{(ᾰ}}$$ は性質によって短い:属格 $${\text{μείρᾰκος)}}$$ との間,etc.

b) 次の母音は性質によって短い:母音 $${\text{ᾰ,}}$$ $${\text{ε,}}$$ $${\text{ῐ,}}$$ $${\text{ο,}}$$ $${\text{ῠ}}$$ [y].次の母音は性質によって長い:母音 $${\text{ᾱ,}}$$ $${\text{η,}}$$ $${\text{ῑ,}}$$ $${\text{ω,}}$$ $${\text{ῡ}}$$ [yː] $${^{(4)};}$$ 下書きのイオータをともなった母音 $${\text{ᾱͅ,}}$$ $${\text{ῃ,}}$$ $${\text{ῳ}}$$ (もともとは二重母音の一種である);そして,二重母音$${\text{αι,}}$$ $${\text{αυ,}}$$ $${\text{ει,}}$$ $${\text{ευ,}}$$ $${\text{οι,}}$$ $${\text{ου}}$$ [uː] $${^{(5)}.}$$ただし,アクセントの観点からすると,二重母音 $${\text{-αι}}$$ $${\text{-οι}}$$ は,語末に来る時,希求法能動態3人称単数語尾と,$${\text{-οι}}$$ に終わる副詞の場合とを除いて,短いとみなされる$${^{(6)}.}$$

(4) 母音 $${\text{α,}}$$ $${\text{ι,}}$$ $${\text{υ}}$$ の長短については辞書によって調べられる.
(5) 二重母音 $${\text{ᾱυ,}}$$ $${\text{ηυ,}}$$ $${\text{ωυ}}$$ (これらもまた性質によって長い) は,ごくまれにしか遭遇しない.
(6) 対して,語尾 $${\text{-αιν,}}$$ $${\text{-αις,}}$$ $${\text{-οιν,}}$$ $${\text{-οις}}$$ は常に長いとみなされる.

したがって,アクセントの観点からすると (韻律分析においては長いと見なされていても:すなわち韻律法とのもう一つの違いであるが) 複数名詞の語尾 $${\text{-αι}}$$ (第一曲用) と $${\text{-οι}}$$ (第二曲用),中動態の活用語尾 $${\text{-μαι,}}$$ $${\text{-σαι,}}$$ $${\text{-ται,}}$$ $${\text{-νται,}}$$不定詞の特徴である $${\text{-ναι,}}$$ $${\text{-σαι,}}$$ $${\text{-σθαι}}$$ は短いとみなされる.対して,3人称単数 $${\text{λῡ́οι}}$$ (現在), $${\text{λῡ́σοι}}$$ (未来), $${\text{λῡ́σαι}}$$ (アオリスト;$${\text{λῡ́σειε}}$$ の二重語), $${\text{λελύκοι}}$$ (完了) のような希求法と$${\text{Ἰσθμοῖ}}$$のような副詞の語尾は長いとみなされる$${^{(7)}.}$$

(7) そのために,アクセントの置かれた長い次末母音の法則 (§ 8) によって,次のような抑揚の差が生じる:$${\text{λῦσαι}}$$ (アオリスト不定詞:短い $${\text{-αι)}}$$ と $${\text{λῡ́σαι}}$$ (希求法3人称単数:長い $${\text{-αι),}}$$$${\text{οἶκοι}}$$ (主格複数:短い $${\text{-οι)}}$$ と $${\text{οἴκοι}}$$ (副詞:長い $${\text{-‍οι)}}$$ との間,etc.

3.

表記上,アクセント (音調) は,アクセント記号 (accents) と呼ばれる記号を母音字の上に置くことで示される$${^{(1)}.}$$アクセント記号は3種ある:鋭アクセント ´ , 曲アクセント $${\text{῀}}$$ , 重アクセント ` .

(1) アクセント記号は母音字の上に書かれる $${\text{(ά,}}$$ $${\text{ᾴ,}}$$ $${\text{ᾶ,}}$$ $${\text{ᾷ) ;}}$$二重母音においては,二文字目の上に置かれる$${\text{(αί,}}$$ $${\text{αύ,}}$$ $${\text{αῖ,}}$$ $${\text{αῦ).}}$$語頭の母音字にアクセントが置かれるとき,気息記号 (これは母音に先行する気息の有無を示す) は鋭アクセントあるいは重アクセントの左に置かれ $${\text{(ἄ—,}}$$ $${\text{αἵ—),}}$$曲アクセントの場合はその下に置かれる $${\text{(ἆ—,}}$$ $${\text{αἷ—).}}$$語頭の母音字が大文字のとき,気息記号とアクセント記号はその左に置かれる $${\text{(Ἀ—,}}$$ $${\text{Ἆ—) ;}}$$同様に,$${\text{ᾳ,}}$$ $${\text{ῃ,}}$$ $${\text{ῳ,}}$$ に関しても,この場合,イオータは下書きではなく大文字に続いて書かれる:$${\text{Ἧι (= ᾗ)}}$$, etc.;対して,二重母音においては,アクセント記号と気息記号は二文字目の上にとどまる:$${\text{Εἶ—,}}$$ $${\text{Οὔ—,}}$$ etc.

アクセントは語末から数えた三母音のうちのいずれか一つに置かれる.母音は長短どちらでもありうる.鋭アクセントが置かれる母音が語末母音なら,その語は鋭調語 (oxytonon) と言われる $${\text{(ἀγαθός,}}$$ $${\text{ἀγαθούς) ;}}$$次末母音(paenultima) に置かれるなら,その語は並調語 (paroxytonon) と言われる $${\text{(λέγω,}}$$ $${\text{λήγω) ;}}$$前次末母音(antepaenultima) に置かれるなら,その語は前調語 (proparoxytonon) と言われる $${\text{(ὑψηλότερος,}}$$ $${\text{χαλεπώτερος).}}$$

アクセントは語末から数えた二母音のどちらかに$${^{(2)},}$$そしてただ長母音にのみ置かれる.もし,曲アクセントが語末母音に置かれるなら,その語は曲調語 (perispōmenon) と言われる $${\text{(ἀγαθῶς) ;}}$$次末母音に置かれるなら,その語は properispōmenon と言われる $${\text{(κοῦφος).}}$$

(2) $${\text{οὗτινος,}}$$ $${\text{ὧντινων,}}$$ etc. のような形は実際には語群であって,一語目 (関係詞 $${\text{ὅς)}}$$ にアクセントがあり,二語目 (不定代名詞 $${\text{τις)}}$$ は後倚辞 (enclitica) である.§ 20⁶ 参照.

アクセントは語末母音に置かれる.母音は長短どちらでもよい;このとき,その語は barytonon と言われる.

[訳註:properispōmenon および barytonon については既訳を見つけられなかった.鋭調語 (oxytonon) 以下の邦訳も定訳とは言い難く,以下ではラテン名をそのまま用いた.oxy-ton-on は $${\text{ὀξύς}}$$「鋭い」$${\text{τόνος}}$$「張り,調子」が語末にある語.語末の「隣に」$${\text{(παρα)}}$$あると par-oxytonon.peri-spōmenon は $${\text{περι-σπάω}}$$「ぐるっと引く,(特に語末母音を)曲アクセントで発音する」の現在受動分詞由来.それぞれアクセントの位置が一つ「前に」$${\text{(προ)}}$$ずれると,pro-paroxytonon と pro-perispōmenon.bary-tonon は $${\text{βαρύς}}$$「重い」調子の語の謂い.]

4.

アクセントは,語の最後の母音字に置かれた鋭アクセントが文中で$${^{(1)}}$$とる形である.強弱問わず句読点の前を除いて,あらゆる oxytonon (疑問詞 $${\text{τίς,}}$$ $${\text{τί}}$$は例外) は,文中で barytonon になる$${^{(2)}.}$$

(1) 第三部参照.
(2) 後倚 (enclisis) による (見かけ上の) 例外については,§§ 54, 55 参照.

5.

語中の位置によっては,長母音に曲アクセントが置かれることも $${\text{(ἀγαθῶς),}}$$あるいは鋭アクセントが置かれることも $${\text{(ἀγαθούς)}}$$ 認められる.このアクセント表記の差異は,発音上,次のような抑揚に対応する.図式的に,長母音を同じ音色の短母音二つで構成されていると考えてみよう $${\text{(ᾱ = ᾰᾰ)}:}$$曲アクセントが置かれた長母音はその前半で声を上昇させる長母音である $${\text{(ᾶ = ᾰ́ᾰ) ;}}$$鋭アクセントが置かれた長母音はその後半で声を上昇させる長母音である $${\text{(ᾱ́ = ᾰᾰ́).}}$$この定義によって,多くのアクセント規則,あるいはその特色$${^{(1)}}$$を,とりわけ約音に関する規則を理解することができる.

(1) §§ 7 (註), 10, 29 (とその註) を参照.

6. 約音 (contractiō) に関する規則.

語内部で隣り合う母音間の約音 (縮約, contractiō) は,ギリシア語においては,各形態のアクセントの位置が既に固定されていた時代に起こった.したがって,原則$${^{(1)},}$$約音形のアクセントは,約音が起こる前の旧い形のアクセントから導き出される.これは次の規則に従う$${^{(2)}:}$$

二つの母音のどちらにもアクセントがなかった場合,約音で生じた長母音もアクセントはもたないままである:$${\text{*ἐτῑ́mᾰες}}$$ $${^{(3)}}$$は $${\text{ἐτῑ́mᾱς}}$$ に;$${\text{*ἔζηες}}$$ は $${\text{ἔζης}}$$ になる.

二つの母音の一つ目に鋭アクセントがあった場合,約音で生じた長母音は曲アクセントをもつ: $${\text{*τῑμᾰ́ετε}}$$ (直説法),$${\text{*τῑμᾰ́ητε}}$$ (接続法) は $${\text{τῑμᾶτε}}$$ に; $${\text{*ζήετε}}$$ (直説法), $${\text{*ζήητε}}$$ (接続法) は $${\text{ζῆτε}}$$ になる.

二つの母音の二つ目に鋭アクセントがあった場合,約音で生じた長母音は鋭アクセントを持つ:$${\text{*τῑμᾰόμεθα}}$$ (直説法),$${\text{*τῑμᾰώμεθα}}$$ (接続法) は $${\text{τῑμώμεθα}}$$ に;$${\text{*ζηόντων}}$$ は $${\text{ζώντων}}$$ になる.

(1) この原則の例外は § 8 で,一部は § 38 で述べる.
(2) どちらか一方が既に曲アクセントを持っている母音間での約音の例はあまりない;曲アクセントがどちらの母音にあっても,約音で生じた長母音もまた曲アクセントを持つことになる:$${\text{*βασιλῆες}}$$ $${\text{(βασιλεύς}}$$ の複数主格) は $${\text{βασιλῆς}}$$ (のちに $${\text{βασιλεῖς}}$$ にとって代わられる) になる;$${\text{*λαγωῶν}}$$ $${\text{(*λαγωός}}$$「ノウサギ」の複数属格) は $${\text{λαγῶν}}$$ になる.
(3) アステリスク $${\text{(*)}}$$ は,今日の文献で見られる形よりも旧い形であることを示す.

7. 語末から数えたアクセント位置制限の法則.

名詞および動詞の諸形態におけるアクセントの位置は,後述する (第二部) 個別の文法規則によって決定される$${^{(1)}.}$$しかし,アクセントが置かれうる位置の制限は,一般規則によって,語末母音の長短$${^{(2)}}$$に応じて決定される:

もし,語末母音が短母音なら,鋭アクセントは前次末母音 (antepaenultima) まで遡ることができ,曲アクセントは次末母音 (paenultima) に (この母音が長ければ) 置くことができる.

しかし,語末母音が長母音なら,鋭アクセントは後ろ二つの母音のどちらかにしか置かれず,曲アクセントは語末母音にしか置かれない.したがって,ある語が proparoxytonon や properispōmenon になりうるのは,語末母音が短母音である場合だけである.

(1) この点で,語のリズム構造によって,機械的に,アクセントの位置が決定されるラテン語とは異なる.
(2) この点で,次末音節 (paenultima) の量,音節の長短によって,アクセントの位置が (次末音節か前次末音節か) 決定されるラテン語とは異なる.

換言すれば,語末母音母音である語は次の可能性がある:

$$
\begin{array}{l l}
\text{oxytonon :}&\text{ἀγαθός} \\
\text{paroxytonon }^{(3)}: & \text{δεδομένος} \\
\text{proparoxytonon :}& \text{διδόμενος, }\text{κείμενος} \\
\text{properispōmenon }^{(4)}: & \text{κοῦφος.} \\
\end{array}
$$

語末母音母音である語は次の可能性がある:

$$
\begin{array}{l l}
\text{oxytonon :}&\text{ἀγαθούς} \\
\text{paroxytonon :} & \text{δεδομένους} \\
\text{perispōmenon :}&\text{ἀγαθῶς.} \\
\end{array}
$$

(3) ただし,加えて,次末母音が短母音であることが条件:この追加条件は,次 (§ 8) で触れる,アクセントが置かれた長い次末母音の法則によって生じる.
(4) ただし,当然ながら,次末母音が長母音であることが条件 (§ 3).

ここから,曲用の中で,アクセントの位置と性質における変化が生じる.原則,後に見るように (§ 28),アクセントは全ての格において,単数主格と同じ母音に置かれる;しかし,しばしば制限の法則がこれを妨げる.

音節数不等曲用:単数主格対格 $${\text{ὄνομα}}$$ (proparoxytonon) に対して,制限の法則のために,1º 単数属格 $${\text{ὀνόματος}}$$ (この形も proparoxytonon ではあるが),この形においては一音節付加されることによって,アクセントを語頭の母音に置くことができない;2º 複数属格 $${\text{ὀνομάτων}}$$ paroxytonon (単数属格と音節の数は同じだが,語末母音が長母音である).

音節数不変曲用:単数主格では短母音である語末母音が,長母音になる格においては,proparoxytonon は paroxytonon になる:単数主格は$${\text{διδόμενος}}$$ であるが,単数属格では $${\text{διδομένου.}}$$

また曲用において,アクセントの位置は保持しつつも,制限の法則のためにアクセントの性質が変わることがある.音節数不等曲用:単数主対格 $${\text{σῶμα}}$$ (perispōmenon) に対して単数属格 $${\text{σώματος}}$$ (proparoxytonon).音節数不変曲用:単数主格$${\text{δῶρον}}$$ (perispōmenon) に対して単数属格 $${\text{δώρου}}$$ (paroxytonon) $${^{(5)}.}$$

(5) 曲アクセントが置かれた長母音と鋭アクセントが置かれた長母音の差異 (§ 5) を思い起こせば,実際には,$${\text{σώματος}}$$ においては $${\text{ὀνόματος}}$$におけるのと同じく,$${\text{δώρου}}$$ においては $${\text{διδομένου}}$$ におけるのと同じく,アクセントが語末方向へと移動していることがわかる.

制限の法則に対する限られた例外$${^{(6)}}$$は,量の「置換」$${\text{« metathesis »}}$$ によって,つまり,アッティカ方言における,かつての母音群 $${\text{*ηο}}$$ から $${\text{εω}}$$ への推移によって説明される$${^{(7)}.}$$例えば,形容詞 $${\text{*ἵ̄ληος}}$$ あるいは,属格 $${\text{*πόληος}}$$ (主格 $${\text{πόλις)}}$$, $${\text{*ἄστηος}}$$ (主格 $${\text{ἄστυ)}}$$ は,それ以前に固定された位置にアクセントを保ちつつ,$${\text{ἵ̄λεως,}}$$ $${\text{πόλεως,}}$$ $${\text{ἄστεως}}$$ となった.

(6) §§ 38, 43 参照.
(7) 約音 (§ 6) のように,同じく二つの隣り合う母音から生じる「置換」$${\text{« metathesis »}}$$ は,ギリシア語において,比較的新しい現象であり,アクセントの位置が既に固定された時代に起こった.しかし,約音とは異なり,置換はかなり古くからある制限の法則に対する例外を生み出しうる性質のものであった.

8. アクセントが置かれた長い次末母音の法則.

次末母音がアクセントを持つ長母音で,語末母音も長母音であるとき,その語は必ず paroxytonon である;というのも,制限の法則のために properispōmenon にはなりえないからである.

しかし,それに加えて,アッティカ方言では,次末母音がアクセントを持つ長母音で,語末母音が短母音であるとき,その語は必ず properispōmenon である.したがって,この法則により,語末母音が短母音で,次末母音が長母音である paroxytonon の可能性が排除される.

そのため,曲用の中で,アクセントの性質が変わる場合がある.アクセントは,原則 (§ 28),全ての格において単数主格と同じ母音に置かれなくてはならない.たとえば $${\text{πολῑ́της}}$$ の単数呼格と複数主格は語末が短母音である;つまり paroxytonon のままにはできない:よって properispōmenon になる $${\text{(πολῖτα,}}$$ $${\text{πολῖται).}}$$

アクセントが置かれた長い次末母音の法則には例外がない$${^{(1)}.}$$約音の規則 (§ 6) の適用によって,規則に反したparoxytonon が生じてしまう語において,この paroxytonon は properispōmenon になる$${^{(2)}:}$$例えば,$${\text{*ἑσταότος}}$$からは $${\text{[ἑστώτος]}}$$ ではなく $${\text{ἑστῶτος}}$$ が得られる.同様に,原則,二語目のアクセントが保持される $${\text{(τὸ}}$$ $${\text{ὄνομα}}$$ から $${\text{τοὔνομα)}}$$ $${\text{« crāsis »}}$$ (融音,縮音,§ 62) においても $${\text{τὸ}}$$ $${\text{ἔπος}}$$ から $${\text{[τοὔπος]}}$$ でなく $${\text{τοὖπος}}$$ が得られる.

(1) 限られた見かけ上の例外は,後倚 (enclisis, § 47 註) に由来する:$${\text{ἥδε,}}$$ $${\text{τοιᾱ́δε,}}$$ $${\text{ἥτις,}}$$ $${\text{μήτε,}}$$ $${\text{οὔτε,}}$$ $${\text{ὥστε,}}$$ etc. は,実際には二語からなる語群で,その二語目 ($${\text{-δε,}}$$ $${\text{τις,}}$$ $${\text{τε)}}$$ は後倚辞 (enclitica) である.
(2) 制限の法則はギリシア語において古いものである:母音衝突の影響はより新しいものであり,したがって,後に例外 (量の置換) を生むことがあった.アクセントが置かれた長い次末母音の法則は,逆に,アッティカ方言では新しいもので,今度はこの法則が,母音衝突の影響を支配する規則 (約音) に対する例外を生むことがあった.
[訳註:「アクセントが置かれた長い次末母音の法則」の原文は$${\text{« loi}}$$ $${\text{de la pénultième}}$$ $${\text{longue}}$$ $${\text{accentuée ».}}$$特に英語圏では$${\text{« σωτῆρα}}$$$${\text{rule »}}$$と呼ばれることもある.]

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